軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 詠美の決意

「いくら画が上手でもデザインとしてはなんの価値もないわ」

ジュエリーブランドのチーフデザイナーである美浦の容赦ない言葉に詠美が辛さに耐えるように固く目をつぶり、手を握りしめる。

自分で言っていたように、まだ高校生であり専門的な教育を受けていない詠美のデザインは素人の嗜みでしかない。

一般で手に入る書籍などを買って独学で学んではいるものの所詮は付け焼き刃にすぎない。

美浦が指摘した詠美の個性や、誰にどんなシチュエーションで身につけさせたいかなど考えてもいなかった。

プロの目から見て厳しく指摘されるのも当然であり、詠美自身もそれはわかっていた。

とはいえ、ショックを受けないわけがないし、ほんの少しでも見込みがあるという言葉を聞きたかったのも確かだ。

詠美がなんとか気持ちを落ち着けるまでにしばらく重い空気が流れる。

しかしそれを振り払ったのは詠美自身だった。

「あの、ありがとうございます!」

勢いよく頭を下げてそう言った詠美に、美浦は少し驚いたように目を見開いた後、ニッコリと笑みを浮かべる。

「勘違いしないでね。アタシは貴女に才能が無いなんて思ってないわよ。そもそも高校生で自分の個性をしっかり出せるような天才なんて世界でもほんの一握りでしょうね。貴女にはまだまだ無限の可能性があるわ」

先程の厳しい言葉とは一転して励ますような言葉をかける美浦。

顔を上げた詠美の目の端にはわずかに涙が滲んでいるが、それでもその表情に影はない。むしろ、一層気持ちを強くしたかのように口を引き結んでいる。

それを見て陽斗が気づかれないように小さくホッと息をついた。

夢を実現させるためには必要なことだったとは思うものの、それでもクラスメイトが傷つくのを見るのは辛い。

陽斗の目には詠美が夢を諦めたわけではないように見えていた。少なくとも厳しい言葉を突きつけられた程度では諦められないほど想いは強いのだろう。

そうであればやはりできるだけ協力したいと思い、詠美が内心では聞きたいであろうことを代わりに陽斗が代弁することにした。

「えっと、ジュエリーの個性ってどういうものなんですか?」

「そうねぇ、ひとつはモチーフかしら」

美浦はそう言って、部屋の隅に積まれていたカタログのような冊子を持ってきて広げて見せる。

「アタシがデザインしたジュエリーは主に爬虫類と花を組み合わせたものをモチーフにしているわ。デザイナーはテーマごとに基になるモチーフを持っていることが多いのよ。もちろんそれだけじゃなくて、そのモチーフをどうジュエリーに昇華させるかがそのデザイナーの個性となるわね」

美浦のデザインしたジュエリーは蛇や蛙、蜥蜴などと百合や薔薇などの植物が複雑に絡み合う意匠が施されている。

確かに特徴的であり、華やかな宝石や貴金属とうまく調和していて手に取ってみたくなるジュエリーだ。

「一言で個性といっても出し方はそれぞれよ。それに個性を出すことばかりを考えると実際に身につける人のことを考えなくなってしまうこともあるわ。

だから、それよりもまず、どんな人に、どんな場面で身につけてほしいか、自分の強みは何かを考えることが大事なのよ」

美浦はそう言って陽斗にウインクする。

間違いなく陽斗が詠美にヒントを与えようという意図で質問したことがわかっているのだろう。

そしてそれは詠美にしっかりと届いているようだ。

「誰に、どんな場所で、私の強み……」

美浦の言葉に詠美はブツブツとつぶやきながら何かを考え込んでいる。

その様子に、陽斗と穂乃香が顔を見合わせ、そして微笑みを浮かべた。

「あの、穂乃香さま、もう一度美浦様に私のデザインを見てもらうことはできないでしょうか」

詠美が教室でそう穂乃香に声をかけてきたのはジュエリー工房を見学してから1か月が経とうとした日の放課後だった。

あの日、詠美が考え込んでしまったために挨拶もそこそこに陽斗達は工房を後にしたのだが、帰る車の中でも詠美の黙想は続き、結局寮に帰り着くまで一言も口を開くことはなかった。

美浦に言われた事を何度も頭で反芻し、自分と向き合っていたのだろう。

穂乃香に声をかけてきた詠美の表情は真剣で、目には決意のようなものが見て取れた。

「美浦さんに確認しないと約束はできませんが、多分少しの時間なら大丈夫かと思いますわ。連絡を取ってみましょう」

「あ、ありがとうございます!」

深々と頭を下げて礼を言う詠美に、教室に残っていた他の生徒が何事かと注目する。

以前の詠美ならその途端慌てていただろうが、今の彼女はそれも気にならないようで喜びと緊張がないまぜになった表情を浮かべていた。

穂乃香はすぐにスマートフォンを取り出して工房に電話をかける。

そして二言三言やり取りをしてから通話を終了した。

「週末に時間を作ってもらいましたわ」

穂乃香はそう言って優しげな笑みを詠美に向けた。

そうして週末。

陽斗と穂乃香は再び寮まで詠美を迎えに行き、美浦と面会する。

「また会えて嬉しいわぁ。ここに来たってことは、自分の道が見つかったってことかしら?」

詠美を迎えた美浦は嬉しそうに言う。

前回は厳しい言葉を投げつけたものの、美浦も若者がジュエリーの世界に興味を持ってくれることは嬉しいのだ。

その才能の芽を摘むようなことはしたくないし、こうして再度チャレンジをしようと意欲を持ってくれるのなら出来るだけの事はしたいと思っている。

「きょ、今日は時間をいただき、ありがとうございます! あの、私、あれから色々考えて、自分のしたいことだとか、デザインを届けたい相手だとか、その、と、とにかく、まだ私はジュエリーのことをよくわかってないです。だからこれがプロのデザイナーの人にどう映るのか聞きたくて」

詠美が途切れ途切れに自分の心情を口にしつつ、一冊のノートを美浦に差し出した。

「まだ完全に形になっているわけじゃないんですけど、今の私の気持ちを込めたつもりです。どうか忌憚のないご意見を聞かせてください」

「ええ、見させてもらうわね。自分から飛び込んできた以上は遠慮なんかしないわよ」

冗談めかした言葉とは裏腹に、美浦は真剣な目で詠美を見返す。

そして受け取ったノートを開いた。

「?! へぇ、着物に合わせたジュエリーなのね」

最初のページに描かれていたのは和服姿の女性の上半身のイラストだ。

その襟にチェーンの付いたブローチのようなものが描かれており、その下にその装飾品の詳細なデザイン図があった。

「わ、私の家は金沢の老舗呉服屋なんです。だから幼い頃から着物を見てきてて、私も和服は大好きなので、着物に合うジュエリーを作りたいと思って」

詠美がそう説明するが、美浦はそれが耳に入っていないかのように真剣な表情でパラリパラリとページを捲ってデザイン画を食い入るように見ている。

「和服用のジュエリーもないわけじゃないけど、組み合わせるのは難しいわよね。でもこれは面白いわね……」

独り言をつぶやきながら全てのデザインを見終えた美浦はイメージを膨らませるためか一度虚空を見つめ、そしてもう一度最初からノートを見返している。

詠美はそんな美浦の仕草全てを見逃すまいと緊張した表情でジッと見つめていた。

どれほど時間が経ったのか、おそらくはほんの数分程度なのだろうが、詠美にとってはひどく長く感じられる時間を経て美浦がノートを閉じる。

そしてゆっくりと口を開いた。

「デザイン画そのものは前回見させてもらったもののほうがクオリティーは高かったわね。意匠も洗練されていたわ」

詠美の肩がビクリと震える。

「でも、今回のデザインにはきちんと相手が居る。誰に、どんなふうに身に着けてほしいのかが込められているわ。まだ形になりきってはいないけれど、まぎれもない詠美ちゃん、貴女の個性が出ているわよ。

もちろん、まだ商品にできるというレベルではないけど、方向性は悪くないわ。これから技術が身に付いてくればもっとイメージ通りのデザインができるようになるはずよ」

「ほ、本当ですか?!」

詠美が望んでいた言葉が美浦の口から出て、勢い込んで聞き返す。

「お世辞でも社交辞令でもないわ。アタシはジュエリーに関しては嘘は言わない。正直少し嫉妬したいくらいの気持ちよ。このデザインは和装を知り尽くしている人じゃなきゃできないわ」

美浦がそう言うと、詠美は驚いたように目を見開き、その直後、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「あ、あり、ありがとう、ございます……」

「アラアラ、喜んでくれるのは嬉しいけど、まだまだ半人前以下なのは確かなんだから満足しちゃダメよ」

美浦は詠美の背中をポンポンと優しく叩きながら釘を刺す。だがその言葉にも優しさが込められている。

「水鳥川さん、すごい!」

陽斗もそんな詠美を見て純粋に称賛していた。

「わたくしも、まさかこんな短期間で成長するなんて思いませんでしたわ」

穂乃香も驚きを隠せない様子だ。

だが穂乃香はコホンとひとつ咳払いをすると、美浦に向き直る。

「美浦さん、水鳥川さん、ひとつ提案があるのですけれど」