軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話 ノートに書かれた夢

黎星祭の翌日。

先週の賑やかさが噓のように学園は落ち着きを取り戻しており、朝から普段通りの学園生活が再開されている。

といっても黎星祭での出来事や催し物などの話題が会話の中で飛び交っているので何事もなかったようにというわけでもない。

陽斗もまたいつも通り授業を受け、生徒会もしばらくは少しばかり余裕ができる。準備に追われて忙しかった分、数日は業務も休みとなっているのだ。

午前中の授業を終え、いつものように穂乃香、壮史朗、賢弥、セラと一緒に食堂で昼食を摂る。

交わされるのは黎星祭の話題、というよりも陽斗の身代わりとして招かれた光輝に関する事だ。

「結局アイツは陽斗の家に夜まで居たのか?」

「ううん、夕方には帰ったよ。夜間のヘリコプターは危険だからってお祖父ちゃんに言われてたから」

「でも陽斗君ゲームしたことなかったんだぁ。今度は私と対戦しない?」

壮史朗やセラが時折言葉を挟みながら陽斗の語る光輝と過ごした週末の話に耳を傾けている。

賢弥はいつも通り口を挟むことなく無言。

そして穂乃香はというと、どこか不機嫌そうに頬を膨らませていた。

「あの、穂乃香さん? えっと、どうかしましたか?」

その感情が自分に向けられているのを感じた陽斗が恐る恐る訊ねる。

「……ズルイですわ」

「え? あの?」

「門倉さんだけが陽斗さんのお宅に遊びに行ったなんて、ズルイです。そ、それは、彼が陽斗さんの恩人であり、幼馴染みなのは伺っておりましたけれど、今はわたくしだって陽斗さんと親しくさせていただいています。なのにわたくし達は一度も招待されておりませんもの」

いつになく拗ねたような穂乃香のもの言い。

自分でも言っている内容が無茶苦茶で身勝手なものであることはわかっているのだろう、穂乃香は顔を赤くして聞こえるか聞こえないかの小声で内心の不満を漏らしていた。

そんな穂乃香を壮史朗は呆れたように、セラは微笑ましいもののように見る。

そして肝心の陽斗はというと、昔の友人が呼ばれたのに今の友人が呼ばれないのは不公平だ、そう受け取っていた。

あながち外れてはいないのだが、肝心な部分がわかっていない。

「えっと、コー君は桜子さんが泊まっていくのを提案してくれて、その、僕は穂乃香さん達にも遊びに来て欲しいなって」

「四条院は意外に……めんどくさいな」

「うっ!」

陽斗の言葉に喜色を浮かべた穂乃香だったが、壮史朗の呆れ混じりの一言に凍り付く。自覚があったらしい。

「でも陽斗君の家ってのも興味ある」

「そ、そう? こ、今度みんなを呼んで良いかお祖父ちゃんに聞いておくから、良いって言ってくれたら招待していい?」

セラの言葉に陽斗がモジモジしながらそう返すと友人達は笑みを浮かべながら頷く。すると陽斗はパァッと花が咲くように笑った。

陽斗にとって友人を家に招待するというのは憧れのひとつでもあった。

以前の家では考えることすらできなかったし、今回の光輝も招待したのは桜子だ。

まだ重斗の許可はもらっていないが、なんとか実現させたいと思っている。

そうこうしているうちに昼休みも半ばを過ぎ、早めに教室に戻ることにした陽斗達は席を立つ。この頃は賢弥も最後までこうして付き合ってくれることが多い。

「あれ?」

入口に向かう途中で通路脇のテーブルの下にノートが落ちているのを陽斗が気付いた。

その席を利用した生徒が落としたのだろうが、位置的に見えづらい場所なので他の人も気付かなかったのだろう。

陽斗の場合、少々背が低、いや、視点がやや低めなので見えたのだ。

「陽斗さん、どうかなさったのですか?」

すぐにしゃがみ込んでテーブルの下に手を伸ばした陽斗に穂乃香が訊ねるが、陽斗は答える代わりに引っ張りだしたノートを見せる。

「落とし物、みたい。誰のだろう?」

「名前は書いてありませんか? 無ければ生徒会で預かって放送で呼びかけるか、学生課を通して担任経由で落とし主を探すことになりますね」

「ノートのデザイン的に女の子っぽいわね。あと、あれ? 罫線がない、無地のやつだ。美術科の生徒かな?」

セラの言うとおり、ノートは淡いパステルカラーのもので、普通のノートには引かれている罫線がないタイプのもののようだ。

陽斗は申し訳ないと思いながら、どこかに名前やクラスが書かれていないか、ノートを開いてみる。

「あら? デザイン画、のようですわね。ジュエリーのようですし、やはり美術科の生徒のものでしょうか」

穂乃香がデザイン志望の学生の物だとあたりをつける。

ノートのどこにも名前らしきものは書かれておらず、それでも半分以上のページにビッシリと描かれたジュエリーの図案はとても丁寧なものばかりだ。とても大事なものだろうと容易に想像できる。

「生徒会で預かって放送するのが良いんじゃないのか?」

手がかりが少ないため教師に預けても持ち主が見つからないのではないかと考えて壮史朗がそう提案する。

が、陽斗はノートにデザイン画とともに書かれている字に見覚えがあった。

「僕、この字を見たことあると思う。多分、クラスの人だよ。で、でも、勘違いかもしれないから、訊いてみて違ったら生徒会で預かることにしようと思うんだけど」

言いながら穂乃香の顔を窺う陽斗。

自分の判断に自信がもてなかったからなのだが、穂乃香はすぐにそれに気付き、微笑みながら頷く。

「今頃無くしたのに気付いて探しているかもしれませんし、早めに教室に戻ってみましょう」

「そうだね。陽斗君の言うとおりクラスの子だったら丁度良いし」

穂乃香とセラの言葉に、陽斗達は足早に教室に向かうのだった。

教室に戻ってみると、まだ時間に余裕があるため室内にいる生徒は半数にも満たない。

その中に陽斗の心当たりの生徒の姿があったので、陽斗は真っ直ぐにその席に向かう。

「あの、 水鳥川(みどりがわ) さん」

「……どこいったのかなぁ……たしかにご飯食べに行ったときまではあったのに」

全員で行くと威圧してしまうかと考えて陽斗と穂乃香のふたりで近づき、声を掛けたのだが、その本人はバッグや机の中を覗き込んで何かを探している真っ最中らしく気付かない。

「えっと……」

「水鳥川さん、ちょっとよろしいかしら」

「ひゃい?! あ、え? ほ、穂乃香様?!」

声を大きくするのを躊躇った陽斗の代わりに、穂乃香が女子生徒のすぐ目の前に移動して声を掛けると、さすがに気付いた彼女が顔を向け、驚いて上擦った声をあげる。

同じくクラスとはいえ、あまり交流があるとは言えない女子生徒、水鳥川 詠美(えいみ) としてみればいきなり学園内でも有数の家柄の穂乃香に声を掛けられた理由がわからず混乱してしまう。

「えっと、もし間違ってたらごめんなさい。このノート、食堂で拾ったんだけど、水鳥川さんのものじゃない?」

「あ! それ!」

陽斗が差し出したノートを見るなり、毟り取るように手に取る詠美。

すぐにパラパラとページを捲って破れや汚れがないことを確認すると大きく安堵の息を吐いた。

と、すぐに自分の態度がとても失礼なものであったことを思い出して慌てて椅子から立ち上がり頭を下げる。

「あ、あの、ごめんなさい! さっきからずっと探してて、拾ってくれてありがとうございました!」

テンパっていたのか意外に大きな声で言うものだから変に注目を集めてしまい、陽斗達が居心地悪そうに首を竦める。

「名前は書いてなかったようですけれど、陽斗さんが字を見てクラスの人ではないかと言っていたので。すぐに見つかってよかったですわ」

「日直の日誌で見た覚えがあって、特徴のある字だったから」

陽斗の言葉に恥ずかしそうに顔を赤くする詠美。

別に字が汚いという意味ではないのだが、多少は個性的な字という自覚があるのかもしれない。

「ごめんなさいね。少しだけ中を見てしまったのだけれど、ジュエリーのデザインをされているの?」

落とし物を持ち主に返すことができたのだからすぐに立ち去ってもよかったのだが、少々気まずい空気になりかけていたので穂乃香が気を利かせて話を振る。

だが、その言葉を聞いて詠美の顔色が青くなる。

「あ、あの、穂乃香様、見た、んですか?」

突然の変化に戸惑いながらも、今さら否定もできずに素直に頷く。

「え、ええ、どこかに名前が書かれていないかと、わたくしと陽斗さんだけですが」

「お、お願いです、誰にも言わないでください!」

「え? あ、うん、言わないよ」

「もちろん、言うなと言われれば誰にも話しませんけれど、どうかなさったの? 少し見ただけですが、とても良く描けていましたし隠さなくてもよろしいのではなくて?」

穂乃香がそう言うと、詠美は周囲を見回し、穂乃香と陽斗を教室の隅に誘導した。

「あの、私がこういうのを描いているのを両親に知られたくないんです。うちの家は穂乃香様のご実家とも取引があるので」

つまり、穂乃香が家族にこの話題を出せば詠美の両親にも知られてしまうかもしれないということだ。

「水鳥川さんのご実家は、たしか加賀で老舗の呉服屋を営んでいらっしゃったかしら。たしかに四条院の家でもお取引させていただいておりますし、ご両親とも何度かお目に掛かったことがありましたわね。でも、どうして知られたくないのですか?」

年頃の娘ならジュエリーに興味があってもおかしくないし、デザインを自分で考える程度隠すようなことでもないと思えた。

だが詠美は首を振る。

「わ、私は、できれば宝飾品のデザインとかを勉強したいって思ってて、でもうちは呉服屋で、私は一人娘だし……」

要領の得ない言葉だが、穂乃香はそれだけで何となく事情を察したようだ。

穂乃香もそうだが、事業の創業家に生まれるということは周囲からそれなりの進路を期待されることも多い。

ましてや伝統を重んじる家柄で、一人娘ともなれば色々と制約があるのだろうことは容易に想像できる。

「家の仕事はすごく好きなんです。和服は子供の頃から着てたし、着物も好きだし。だから、せめて学生の間だけでも自分でできる範囲の勉強だけはしておきたくて。

で、でも、家は私が継がなきゃならないのはわかってますから、その……」

必死の表情で懇願する詠美に、陽斗と穂乃香は顔を見合わせるばかりだった。