軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第200話 皇の後継者

都内のホテルにあるホールに次々に人が入ってくる。

男性の多くは仕立ての良さそうなスーツ姿、女性は和装や華やかな色合いのイブニングドレス姿。

年齢は40~50代くらいの人が多いだろうか。

ホールの中では挨拶したり、親しげに会話を交わす人で溢れていた。

「皇さん、ご無沙汰しております」

ホールの中程の壁に近い場所に居る重斗の姿に気付いた来場者は、やや足を速めながら近づき挨拶をしに来て、さらにはすぐには立ち去ろうとしないためちょっとした人混みになってしまっている。

「おぉ、白木君か、久しぶりだな。頑張っているという話は聞いているよ。このところ業績も安定しているようでなによりだ」

「いえ、皇さんのご支援のおかげです。本当にありがとうございました」

重斗が親しげに応じると白木と呼ばれた男性は嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げた。

そして、重斗の隣に居た男の子、つまり陽斗に目を向ける。

「初めまして、繊維素材の会社を経営している白木と申します。もしかして、皇さんのお孫さんですか?」

「は、はい。陽斗と言います。祖父がお世話になっています」

「とんでもない。一方的にお世話になっているのは私の方ですよ。陽斗さんにお会いできて光栄です。今後ともよろしくお願いいたします」

白木は子供にしか見えないだろう陽斗に対して過剰なほど丁寧な態度で挨拶する。

そして、長々と話をすることなく一礼して立ち去る。来場者の多くが重斗と言葉を交わそうと待っているのを気遣ったようだ。

「皇さん、先日はありがとうございました。そちらが噂の若きプリンスですな」

「久木芝さん。こちらこそ楽しませていただいた。これは孫の陽斗だ」

「は、初めまして。その、噂、ですか?」

「皇さんが後継者を定められたということで財界ではよく話題に上るのですよ。まだあまり社交界に顔を出されていないので、会ったことのある連中が自慢気に吹聴しているようですが」

久木芝が笑いながらそんなことを言うと、陽斗は困ったように重斗に顔を向ける。

「う~む、あまり噂ばかりが先行するのは好ましくないな。まぁ、これから陽斗が表舞台に立つことが増えれば自然に収まるだろうが」

「ほう、ということは今後は陽斗さんも社交界に出る機会が増えるということですな。最近はあまり明るい話題が無かったですから、しばらく賑やかになりそうです」

重斗の言葉に、久木芝は朗らかな笑みを見せて陽斗に目を向ける。

その態度から彼が重斗と良い関係を築いているのがわかって、陽斗もはにかみながらも嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げた。

この日、重斗と陽斗がやって来たのはとある大手企業の創立記念パーティーの会場だ。

重斗が多少の出資をしているし仕事上の付き合いもあるが、以前陽斗が出席したパーティーを主催した企業ほど深い関係ではなく、あくまで出資者のひとりとして招待されたものだった。

なので招待客には重斗と親しい人物や親しくない人物、初対面の者も居る。もちろん陽斗にとっては初めて会う人ばかりで緊張しっぱなしである。

そんな場所に、陽斗の心身の健康をなによりも大切に思っている重斗が連れてきた理由は、本格的に陽斗を後継者として紹介するためだ。

以前重斗が口にしていたように、現在の重斗が直接経営している企業はごくわずかしかないし、それすら運営の大部分を役員に任せている。

なので、陽斗自身がそれらを引き継ぐことになってもそれほど困ることはないのだが、それはあくまで重斗の資産を受け取って維持するという部分のみに於いては、だ。

これから先陽斗が、受け継いだ資産を利用して事業を興したり、他の企業の経営に参画する場合や、出資や投資を行う時に必要となるのは経営や経済に関する知識だけでなく、人脈を広げたり人との関わり方を学ぶことだ。

もちろん人との関わり方とは、親しくなるばかりでなく距離を取ったり、場合によっては排除することも含まれる。

それにはとにかく場数と多くの時間が必要だ。

人の本質を察することに長けた陽斗といえど、人柄を見抜ければ全てが解決するわけではない。

それどころか、自分に対して悪い感情を持っている相手であっても状況次第で上手く付き合っていかなければならないことも多い。

これから陽斗は経験を通じてそういったことを身につけなければならない。

まぁ、もっとも、重斗としては別に陽斗が仕事をせずに好きなことをして過ごしてもまったく構わないと本気で思っているのだが、本人は尊敬する祖父の後継者として恥ずかしくない能力を身につけようと気合いを入れているのだが。

今回のパーティーは企業の節目のパーティーということで国内外から多くの招待客が参加することが見込まれており、陽斗の顔見せに丁度良い機会だと重斗は判断したようだ。

実際、陽斗たちが会場に入ってから何人も重斗の姿を見ると挨拶に訪れていて、そのたびに陽斗を紹介している。

多くの人が重斗の孫の存在を聞いてはいたが直接目にするのは初めてという人ばかりだ。そしてほとんどの人が陽斗の幼く見える外見に驚いている。

『初めましてスメラギのリトルプリンス。フォレッド氏から話は聞いていますよ』

『あ、ジェイクさんとお知り合いですか?』

招待客の中には外国人とおぼしき人も居て、ジェイク・フォレッドを通じて陽斗のことを知っているようだった。

留学の成果もあって、突然英語で話しかけられても慌てることなく挨拶を交わすことができている。

その様子に、重斗はどこか誇らしげに、そして微笑ましく見守っていた。

「……皇さん、ご無沙汰しております」

「木藤くんか。久しいな。頑張っているようで業績が伸びていると聞いている」

「おかげさまで。それではまた」

挨拶の波は続き、50代半ばくらいの男性が重斗の前に立って挨拶の言葉を口にする。

ほとんどの人が笑みを浮かべる中、その男性はむっつりとした表情と口調で、最低限の言葉だけで踵を返してしまう。

話を振るもそれに答えることなく人混みをかき分けるようにして離れていったのを見て重斗は苦笑を漏らす。

「お祖父ちゃん、あの人……」

「彼の態度が意外か? まぁ、木藤くんは儂のことを嫌っているからな」

重斗の言葉に陽斗は驚く。が、あれほどあからさまな慇懃無礼さであれば重斗でなくても気付くだろう。

「彼はちゃんと損得を考えられる人間だから心配いらんよ。もちろん足を掬われないように対策はしているが」

その言葉とは裏腹に、重斗は木藤の態度をまったく気にしていないようだった。

「嫌われた、嫌ったなどという理由で人を排除していてはキリがないし、そのうち周りに人が居なくなる。好き嫌いというのは人との関係性では要素のひとつでしかない。個人としては嫌いでも利益をもたらせてくれる人間とは付き合っていけるし、いくら好ましい人間でも不利益ばかりをもたらすなら長くは付き合えん。人の感情というのは複雑なものだ。……これから少しずつ学んでいけば良い」

陽斗は人の感情を読み取ることに長けている。だがそれだけで渡っていけるほど世の中は簡単なものではない。

重斗はこういった社交界を通じてそれを教えようとしている。

「……僕、足りないものが多すぎて、でも、お祖父ちゃんみたいになりたいから」

「儂のようになる必要はないぞ。陽斗は陽斗にあったやり方がある。それに、真似するだけでは粗雑な複製にしかなれん」

穏やかでいて厳しい言葉。

陽斗はその中に込められた意味を理解しようと心に刻む。

当たり前だが陽斗と重斗は別個の人間だ。

育った環境も、性格も、時代さえ違う。

重斗が辿った軌跡を陽斗がなぞることなどできないし、そもそもの社会環境が違いすぎる。

重斗が若い頃はまだ法律の未整備が多かったし、事業家が暴力団と完全に無関係でいることさえ難しかった。つまり社会的にグレーな部分が多かったのだ。

そんな状況の中でいくつもの事業を成功させ、多くの出資、投資を行いながら今の立場を築いてきたわけで、陽斗が同じことをするのは時代的にも性格的にも不可能でしかない。

では陽斗が重斗のような力を身につけることはできないのかというと、必ずしもそういうわけではない。

陽斗には人と縁を紡ぐ希有な力がある。

重斗のところで暮らすようになって3年弱。

たったそれだけの期間で、四条院、錦小路、天宮、フォレッドという経済界で知らない者が居ないほどの名家や、学園の内外で数多くの人と知り合い、繋がりを持ってきた。

それは誰しもが望んでも得られないほどの人脈であり、関係の深度は重斗ですら舌を巻くほどだ。

ただ、人との縁は良いものだけとは限らない。

陽斗の、人を引き寄せる力は、悪意を持つ者もまた惹きつけてしまうのだった。