軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第179話 フォレッド家の親族

屋敷の玄関前に大型のSUVが停まり、数人の男女が降りる。

『いらっしゃいませ』

恭しく出迎えたスーツ姿の男に、車から降りた男が不機嫌さを隠そうともせずに鼻を鳴らす。

『親父に会いに来た。居るんだろう?』

『いらっしゃいますが今すぐはお会いになれません。部屋を用意してございますのでそちらでお待ちください』

慇懃ながら有無を言わさぬ調子で告げられ男が眉を顰める。

『息子とその家族がわざわざ会いに来たというのに待たせるつもりか?』

『そうするよう命じられております。他の方々も来られていますので全員が集まってから話をされるそうですので。お忙しいのなら日を改めても構わないとのことです』

淡々と返されて男は舌打ちする。

親族が集まることなど滅多にない。

その目的は自分たちと同じであろうことを考えれば怒りにまかせて帰ってしまえば自分の首を絞めることになる。

結局それ以上何も言うことはできず大人しく案内された部屋に向かうことになった。

フォレッド家の邸宅、その一室でジャネットもまた落ち着きなく部屋の中をウロウロと歩き回っていた。

『少しは落ち着きなさい』

『ママ、でも』

母親のアンジェリーナから呆れ交じりに窘められ、渋々ソファーに座り直す。

「ワガママで無駄に元気なオマエがそんなにソワソワしてるってのが見てて面白いけどな」

「ワガママで無駄に元気って何よ! コーキはデリカシーがなさ過ぎよ!」

緊張をほぐしてやろうとでも思ったのか、光輝がニヤニヤしながら軽く言うとジャネットは途端に唇を尖らせる。

そんな娘を見てアンジェリーナは興味深そうに笑みを浮かべた。

『グランパの指示で貴女を日本に行かせたのは正解だったわね。良い出会いをしたようで安心したわ。それに、話には聞いていたけどスメラギの坊やもとても良い子だし』

彼女も大富豪の子女が心を許せる友人を得る難しさをよく知っている。

それだけに気の置けない様子で軽口を交わし合う娘たちを見て喜んでいるようだった。

『ママはグランパがママと私を後継者にしようとしてたのを知っていたの?』

母からの視線に恥ずかしそうに目を背けながら、ふと疑問に思っていたことを訊ねてみると、アンジェリーナは頷いた。

『2年ほど前から相談は受けていたの。ジャネットも知っているとおり、パパには5人の子供が居るけど、ハッキリ言って人間性はあまり良くないわ。欲が強すぎるし他人に対して傲慢に振る舞っている。パパは仕事にかまけてしっかり教育できなかったと嘆いていたの。私がそうならなかったのはアマンダのおかげね』

『アマンダさん、ジェイク氏の車椅子を押しておられた女性ですか? あの方はどのような立場なのでしょうか? てっきり秘書かと思っていたのですが』

アンジェリーナに穂乃香が聞き返す。

『彼女はパパの3番目の妻よ。フォレッドの姓は名乗っていないし、子供も居ないけれど正式に婚姻した相手』

彼女の説明したところによると、ジェイクは3度結婚しており、結婚後10年で死別した最初の妻との間に3人の子供が居る。2人目の妻とは離婚していて、そちらはアンジェリーナともうひとり妹がいるらしい。

子供たちは全員がジェイクに引き取られたのだが、あまり彼自身は接する時間を作ることができず、自由にさせていたら見事に子育てを失敗したというわけだ。

そうして20年ほど前、老齢にさしかかっていたジェイクが迎えたのが3番目の妻であるアマンダ・リシュエルだ。

ジェイクよりも30歳以上年下の彼女は元々彼の秘書を長年勤めている相手であり、公私ともに彼を支えてきた。

結婚後はフォレッド家の事業からは距離を置いていて、ジェイクの資産に関しても一切口出しをしていないということだ。

生活も派手さは無く、慎ましく穏やかな性格で雇用している人たちからの評判も良い。

ただ、歳の近いアンジェリーナやその妹に対しては厳しく叱責や助言をしてくるときもあり、アンジェリーナは割と素直に聞き入れ、妹は嫌っていたようだ。

「ほとんど話をしていないから僕にはわからないが、西蓮寺は彼女と何か話をしていただろう?」

説明を聞いた壮史朗がそう言うと、陽斗はコクンと頷いてみせる。

「うん。ジャネットさんと仲良くしてほしいって、それとありがとうって言われた。ジャネットさんのことをすごく心配してる感じだったよ」

「信頼できる方ですか?」

「僕はそう思う」

陽斗がそう太鼓判を押すと、娘に通訳してもらっていたアンジェリーナも同意した。

「私もアマンダ伯母さんは好きだし、プリンスがそう言ってくれると安心するわね」

ジャネットは冗談めかして言うが、かなり本音が含まれている。

陽斗の人を見る目は最早異能と言っても差し支えないほどであり、彼女もそれを知っているのだ。

『私も彼女を信頼しているわよ。今回の話し合いにも加わってもらうことにしているわ』

アンジェリーナにとってはアマンダは友人のようなものなのかもしれない。あるいは少し年上の姉か。

いずれにせよ、ジェイクに最も影響力のあるアマンダとの関係が良いというのは今後のことを考えると心強い。

『アンジェリーナ様、ジャネット様、親族が全員集まりましたのでこれから始めるとのことです』

しばらくして、彼女たちの居る部屋に来た執事がそう告げる。

『さぁ、行きましょうか』

『はい』

言いながら決意のこもった顔を見合わせ立ち上がる母娘。

『頑張って』

拙い英語で陽斗が送ったエールに力強く頷いたのだった。

ジェイクの血脈は子供と孫、全部会わせると20人近い。

そのほとんどが後継者指名を聞きつけて慌ててテキサスの邸宅にやって来ていた。とはいえ全員では無く、まだ成人していない数人と、末娘であるジェシカの養子は来ていないようだ。

海外に居た数名も含め、集まるまでわずか3日。

そのことからもどれほど彼らにとってジェイクの後継者という立場が大きな意味を持つかがわかる。

待機させられていた客間から邸宅のホールに通された親族たちだったが、その顔は一様に苛立ちが浮かんでおり、自分たちへの扱いへの不満が滲んでいる。

何しろ、彼らは親族、それもジェイクの子や孫だというのに屋敷の中を自由に動き回ることすら許されなかったのだ。

来客用の区画から奥に入ろうとすれば止められ、文句を言ったところで使用人の態度はにべもない。

結局宛がわれた部屋で声が掛かるのを待つしかなかったわけだ。

彼らが案内されたホールはテーブルと椅子が用意されていて、それぞれの場所に名前の札が置いてあった。

奥側には長テーブルと椅子が4脚。

一見すると記者会見の会場のようで、それは奥に座るであろうジェイクと後継者、それを眺める位置に座る親族たちの立場の違いを表しているようだ。

到底納得できるものではない。が、おそらくは全員が席に着かない限りジェイクがホールに姿を現すことはないだろう。

それがわかっている彼らは内心を押し殺して席に着くしかなかった。

その予想どおり、親族たちが席に座ったのを見計らったかのように再び扉が開かれ、車椅子に座ったジェイクとそれを押すアマンダが入って来た。

それに続くのはジェイクの3女、アンジェリーナとその娘ジャネットだ。

その瞬間、人づてに聞いた後継者の話が紛れもない事実だと知った親族たちがざわめく。

『お静かに願います』

落ち着いた、それでいて通る声がホールに響き、一瞬でホールに静寂が戻る。

それだけアマンダの声は力に満ち、有無を言わさぬ圧力があった。

『ふむ。呼んでもいないのによくもまぁ集まったものだな』

静まりかえった親族たちの顔を睨めつけ、呆れたようにジェイクが引き継ぐ。

『おおかた私が財産をアンジェリーナとジャネットに譲るという話を聞いて慌ててやってきたのだろうが』

『そ、そのことです! いったいどういうことですか!』

『そうです! フォレッド家の事業を支えてきた私たちを差し置いて、何もしてこなかったアンジェリーナと、カレッジを卒業したばかりのジャネットが何故』

『フォレッド家を存続させるためには長子である私とその子供が相続するのが筋でしょう!』

『馬鹿なことを言わないでちょうだい! お父様の血を引いているのは私たちも同じ。ならば最低でも兄妹で均等に分配すべきよ!』

口々に言い合う子供夫婦や孫たちをジェイクは冷めた目で見ていることに当事者たちは気づいていないようだ。

『それぞれの主張はともかく、アンジェリーナとジャネットは認められないということでは一致しているようだな。それはフォレッドの一員として実績がないからということで間違いないか?』

しばらく醜い争いを静観していたジェイクだったが、徐々に感情的な言葉が増えてきたタイミングでそう口を挟む。

『そう、だな』

『え、ええ。少なくとも私たちはフォレッド家傘下の企業を経営しているという実績があります』

『グランパの資産を受け継いだとしてもそれを生かす才覚がない人は認めたくありません』

それまで互いに自分の取り分を増やす主張を繰り広げていた者達だったが、ジェイクが示したわかりやすい反対理由にあっさりと乗ってしまう。

実際、一番の攻撃材料として考えていたこともあったのだろうが、まんまと論点の集約を許してしまっていることに気づいていない。

『それならばお前たちを超える実績があれば反対する理由も無いということだな』

続けられた言葉に違うとは言えず、困惑の顔を見合わせる親族たちにジェイクはさらに言葉を重ねる。

『それならば問題無いな。アンジェリーナとジャネットはすでに誰もが認める実績を上げている。それも、自らの資金のみでフォレッドの力をまったく使うこと無く、だ』

その言葉に親族たちは眉を顰める。

アンジェリーナたちがフォレッド家の事業に関わっているのなら彼らが知らないはずが無い。だが今までフォレッド家が所有する企業どころか、関連企業の経営をしているとも聞いていない。

『皆さんにはあまり馴染みが無いでしょうが、今アメリカやイギリスで“PersonBond”というスマートフォン用のコミュニティーサービスアプリケーションが話題になっています。主に日本への旅行者向けサービスのアプリですが、ホテルや交通チケット、食事、体験型サービスの予約や詳細な情報を提供するもので、複雑でわかりにくい日本のシステムを気軽に利用できるということで登録者数がかなりの数に上っています。収益手段はアプリを通して予約や申し込みを行った場合の手数料と関連する業種からの広告ですが、利益率が高く、かなり評判が良いようです』

親族たちの疑問にアマンダが資料を掲示しながら説明する。

『し、しかし、たかがサービスアプリ程度では利益など知れているじゃないか! その程度の小金を稼いだところで実績になど……』

『アンジェリーナとジャネットはゼロから起業した。そして十分な利益を出している。では、お前たちはどうなのだ? 私が所有する企業の経営を任されて無難な運営をしているだけだろう。それこそ実績とは言いがたいぞ』

反論の言葉をジェイクがバッサリと切って捨てる。

実際に、利益の金額でいえばアプリの収益などフォレッド家全体から見れば誤差にも満たないものでしかない。

しかし重要なのは、家の資産に頼ること無く最初から企業を生み出し、結果を出したということだ。

その意味ではジェイクの子供たちのほうこそ実績に乏しいと言われても反論はできない。

事実、彼らの中には新規で起業したり、有望なベンチャーを買収した者もいるが結果は惨憺たるものだった。

資金さえあれば無難な経営くらいはできる。

だがそれは莫大なフォレッド家の資産を受け継ぐ資格としては甚だ心許ないものでしかない。

それを突きつけられ、親族たちは二の句が継げなくなっていた。