軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第173話 閑話 感謝の日

「御機嫌よう、天宮さん、セラさん」

「ああ、お邪魔する。本日はお招きに、って、これは四条院に言う台詞じゃないか」

「あはは、穂乃香様、御機嫌よう。みんなはもう集まってるの?」

わたくしが迎賓館のホールで招待客を待っていると、天宮さんとセラさんが連れ立って入ってきたので挨拶を交わします。

天宮さんの言葉が微妙に苦笑交じりなのはここが四条院ではなく皇家の迎賓館だからでしょう。

「まだ来られていない方もいらっしゃいますわ。武藤さんと門倉さんは別の場所におられますが」

門倉さんは昨夜から陽斗さんの部屋に泊まっていたそうで、心底羨まし、いえ、なんでもありません。

今は早めに到着した武藤さんと、皇家の警備班の訓練を見学するということで別の場所に行っています。

約束の時間まではまだありますから問題は無いでしょう。

後は、華音さんもすでに何時間も前から来ていて、今も大ホールにあるピアノを楽しそうに弾いていらっしゃいます。

今日は特に演奏を披露する予定はないのですが、折角来たのだからと脇目も振らずにピアノに駆け寄っていきました。

聞けば、彼女はここのグランドピアノがお気に入りらしく、たびたび入り浸っているそうですが、目的がピアノとはいえ、何かモヤモヤしてしまうのはわたくしの心が狭いからなのでしょうか。

いえ、ついこの間も突然わたくしに『陽斗の愛人になりたいけどどうしたら良いか教えて』とか言っていたのでこの感情も無理ないことだと思います。

今居るこの場所は皇家の邸宅に隣接する、というか敷地内の別区画にある迎賓館。

当主である重斗様は滅多に邸宅に人を招くことが無いのであまり使われることはないそうですが、それでも十分に手入れは行き届いていて、たとえ皇族や他国の元首を招いたとしても不足はないほどの格を備えています。

そんな場所にこの日集まっているのは、名門校とはいえ只の学生に過ぎない陽斗の友人たちと、同じく要人や官僚ではない一般人が数人。

全員が陽斗さんと親しい関係の方たちです。

目的は陽斗さんの誕生日を祝うため。

といっても実際の誕生日は平日なのでその前の週末ですが。

ですから陽斗さんには申し訳なかったのですが、今日ばかりは準備が全て整うまで自室で待っていてもらっています。

当初はサプライズでという話も出たのですが、理由も知らずに周囲の人がよそよそしくなったり、部屋から出るなと言われれば不安を感じてしまうかもしれないので、陽斗さんにはきちんと誕生日のお祝いをすることと、その準備を迎賓館で行うことを話してあります。

その時の陽斗さんの嬉しそうで、同時に申し訳なさそうなはにかんだ笑みの破壊力に思わず理性が飛びそうになったのは内緒です。

「穂乃香様、会場の飾り付けが終わったので確認をお願いします」

「はい。承知しましたわ。手伝いをしてくださった方には飲み物をお出しして少し休憩をしてもらってください」

「わかりました」

会場になっている食堂のほうから皇家のメイドがひとり出てきて、わたくしに報告してきたので、従事してくださった方々を労うように伝える。

どういうわけなのか、今回の陽斗さんの誕生会は準備をわたくしが中心となるよう桜子様から言われているのです。

なんでも、一昨年は比佐子さんや渋沢さんなどのメイドたちが中心に、昨年は桜子様が主導して誕生会を開いたそうで、今年はせっかくなのでわたくしに任せたいということになったそうです。

その、せ、正式に、こ、交際が始まったということで。

その気遣いに、嬉しいのと恥ずかしいのが相まって真冬だというのに全身が燃えるように熱くなり、今でも思い出すたびに体温が5℃ほど上がってしまいます。

ともかく、そんなわけで陽斗さんの大切な誕生日をお祝いするために色々と考えたのですが、一番重要なのは陽斗さんに喜んでもらえて楽しむことができるというもの。

国内随一の資産を持つ皇家当主に引き取られたものの、陽斗さん自身は贅沢を好むわけではなく、むしろ放っておくと飲み物を買うことすら躊躇するほど控えめな性格のままです。

さすがに身につける物や身の回りの物は重斗様や桜子様、比佐子さんたちが用意しているようで高級品ばかりですが。

そんな陽斗さんの性格を考えると、あまり派手にするのではなく、ごく親しい人だけを招いた小規模なものにしたほうが楽しめるはずです。

陽斗さんは学園内でも人気があり、誰にでも分け隔てなく接するのでクラスのみならず所属している料理部や生徒会にも親しく話す生徒が沢山居ます。

ですが、その方々全員を招くとなると相当な人数になりますし、招かれなかった人から間違いなく不満が出るでしょう。

中には皇家と繋がりを持ちたいと考える生徒も居るでしょうが、なにより陽斗さんと仲良くなりたい、親しくしたいと考えている生徒は男女問わずかなり多いのです。

……陽斗さんはあまり自覚がないようですし、わたくしもできれば教えたくないです。

ですので、やはり特に親しくしているクラスメイトや生徒会役員などに絞り、それに陽斗さんが希望する方を加えて招待することにしました。

学園からは天宮さんに武藤さん、セラさん、色々とあったものの1年の2学期以降親しくなった千場さん、宝田さん、多田宮さんという男子3人。

生徒会からは前会長の鷹司先輩と後輩の大隈さん、それから音楽科の華音さんです。

そこに陽斗さんからの希望で親友の門倉さんと、琴乃様もいます。

そして、わたくしも初めてお目にかかったのですが、陽斗さんが大変お世話になったという新聞販売店の社長を務めておられる大沢様ご夫妻。

この方々は陽斗さんが親のように慕っておられるということで、随分と緊張しました。

陽斗さんに相応しくないと言われたらどうしようかと思いましたが、幸い素晴らしい方で、とても優しい目で祝福してくださいました。

一緒に居た陽斗さんは楽しそうに揶揄われて恥ずかしそうでしたが。眼福です。

つらつらと昨日のことを思い返しつつ食堂に入ると、奥側に主賓席が設けられていて周囲にも立食用のテーブルが等間隔に配置されています。

今回は出席者が気軽に交流できるように席を決めず、立食形式にしてあります。

招待客が多くないので場所も大ホールではなく食堂です。大ホールは広すぎて寂しく感じてしまいますからね。

昨年までは使用人の方々も参加しているようでしたが、今回はそちらは誕生日当日に行い、今日は友人たちが中心にお祝いすることになっています。

会場の装飾は落ち着いた雰囲気に抑えられ、飾られている花が色を添えている。

誕生会というよりちょっとした大人のお祝いといった感じでしょうか、最近の陽斗さんはできるだけ大人っぽく見えるように仕草や口調に気をつけているようです。

小柄なのはどうしようもないとしても、あまり子供っぽく扱われるのは不本意なようなのでシックな雰囲気に纏めてみました。

もっとも、一部のメイドたちからは不満の声が上がっていたようですが。

気持ちはものすごくわかるのですが、あくまで陽斗さんが喜んでくださるのが一番ですからね。

「どうでしょうか?」

「とても良いと思いますわ。料理の準備はどうですか?」

「問題ありません。開始時間に丁度仕上がるように調整しているそうです」

心配そうに訊ねてきたメイドにわたくしは笑みを浮かべて言葉を返す。

さすがに皇家が雇っている方々です。

仕事は手早く的確ですし、安心感があります。

皇家で働いている方、特に若いメイドの間では陽斗さんはかなり人気があると聞いていたので、わたくしが陽斗さんと、その、お付き合いを始めたと聞いてどういう態度を取られるのか心配しましたが、どうやら陽斗さんに対する好意は弟や子供、あるいは推しのアイドルかペットに対するものに近いようです。

……それにしては熱量が凄いように感じるのですが。

「お疲れさまです、穂乃香さん」

「渋沢さん、お疲れさまです。色々とご協力ありがとうございます」

わたくしに声を掛けてきたのは皇家の顧問弁護士のひとり、渋沢彩音さん。

まだ20代なのに皇家の法務部門を任されている才媛です。

かなり美人でスタイルも良く、それに、陽斗さんへのスキンシップが過剰気味なのが非常に気になります。

ですが今回、学園生以外の招待客の対応を快く引き受けてくださったので助かりました。

「さすがは四条院のご令嬢ですね。準備の段取りも人の采配も、とてもまだ学生とは思えません。……女主人になる資格はバッチリです!」

「な!? そ、それはまだ、その、気が早い、ですわ」

お、女主人ってことは、その、陽斗さんの奥さんになるってことで、それはまだもう少し先、というか、そ、そこまではお話が進んでいませんわ。

渋沢さんの悪戯っぽい表情と台詞はわたくしを揶揄っているだけだとはわかっていますが思わず動揺してしまいます。

「あ、武藤さんと門倉さんも来られましたね。わ、わたくしは招待客の対応をいたしますので」

ニヤニヤしてさらに何か言おうとしている渋沢さんを、入口から武藤さんたちが入ってきたのを幸いとその場から立ち去ります。

「まだ少し早かったか?」

「いえ、良いタイミングというか、そろそろ皆さんを案内しようと思っていたところです」

慌てたようなわたくしの態度に、準備が終わっていないと勘違いした武藤さんに首を振る。

「ロビーにみんな集まってるみたいだし、全員揃ってるんじゃね?」

「……そうですわね。時間もいい頃合いですし、陽斗さんを呼んできていただきましょう」

いつものように飄々とした自然体で笑顔を見せる門倉さんに頷いてみせる。

入口のドアの前に居たメイドに合図をすると、すぐにロビーで待っているお客様を中に誘導してくれました。

それと同時に料理人と給仕のメイドたちがテーブルに料理を並べ始めます。

メインの料理は陽斗さんが到着してからですが、デザートも含め色とりどりでボリュームのある美味しそうな料理の数々が食欲をそそります。

この気合いの入った品々を見るだけで、陽斗さんがどれほど愛されているかわかりますね。

ほどなく招待した方々が全員食堂に入り、メイドたちが飲み物の入ったグラスとクラッカーを配ります。

集まった方たちは皆笑顔で、大沢様ご夫妻などは感極まって涙まで浮かべているようです。

「達坊、幸せになれたんだねぇ。良かったよぉ」

「ああ。離れちまったのは淋しいが、いつだって会いに来れるしな」

奥方様は昨夜も陽斗さんに会っているのですが、それでもこうして誕生日を祝われるほど大切にされていることが実感されたのか、複雑そうな泣き笑いです。

もちろん重斗様と桜子様は真っ先に陽斗さんを迎えるべく待ち構えていますね。

そうしてしばらく待っていると入口のところに居たメイドが陽斗さんの到着を合図してくれました。

招待客が一斉に扉に注目します。

そして次の瞬間、ドアが開いてはにかんだ陽斗さんが食堂に一歩入って来ました。

パン、パン、パン!

『陽斗くん誕生日おめでとう!』

鳴り響くクラッカーの音に続いて皆からの祝福の声。

陽斗さんは一瞬何かを堪えるかのように表情を歪ませると、花が咲いたような笑顔を見せてくれました。

……どうして陽斗さんはこんなに可愛らしいのでしょう。

ときどき見せる男らしい表情とのギャップに鼓動がヤバいです。

「達坊、おめでとう!」

「たっちゃん! ようやく俺に歳が追いついたなぁ!」

大沢夫妻と門倉さんが陽斗さんの肩を抱きながら手荒く頭を撫でています。

やはり幼い頃から付き合っているだけにわたくしたちとは違う種類の親しさがあるようです。

それに、彼のことを昔の名前で呼んでいるのが少しばかり特別感があって羨ましく感じてしまいますね。

わたくしも、わたくしだけの呼び方をしてみたいです。

門倉さんを真似て、「達ちゃん」とか?

……どこからか怒られそうな気がするので止めておきます。

口々に祝福の言葉を掛けられながら、陽斗さんが用意されていた席に着くと、大きなケーキが運ばれてきました。

純白の生クリームがたっぷり使われたシンプルなケーキに、チョコレートボードで「誕生日おめでとう」の文字。それと火の付いた17本のろうそく。

会場の照明が消され、招待客が静まりかえります。

「えっと、ふ、ふぅ~~!」

照れくさそうに陽斗さんがろうそくを吹き消すと同時に再度クラッカーが鳴り響く。

「あ、あの、きょ、今日はありがとうございます!」

陽斗さんが立ち上がって深々と頭を下げました。

そしてさらに言葉を重ねます。

「僕がこの家に来てから3回目の誕生日を、皆さんと一緒に迎えられて、その、とても幸せで、僕の誕生日だけど、でも、僕にとっては一年間を皆さんと過ごすことが出来た感謝の日だと思っています」

『…………』

「僕はまだまだ子供で、色々な人に助けてもらって。でも、僕はこれからもいっぱい頑張って恩返しができるようになりたい。そして、来年も、こうやって皆さんと一緒に過ごすことが出来たら嬉しいです。だから、よろしくお願いします!」

陽斗さんはそう言ってまた頭を下げました。

誕生日のお祝いをただ喜ぶのではなく、一年の感謝を伝える日だと思っているのは本当に陽斗さんらしいです。

わたくしは陽斗さんのすぐ隣まで行き、同じように頭を下げます。

会場からはほんの少し戸惑ったような声が漏れた後、すぐに拍手が響きました。

ほら、陽斗さんはこんなにも愛されています。

もちろんわたくしも、謙虚で、誠実で、そして真っ直ぐな陽斗さんが大好きです。

相変わらずのはにかんだ表情で微笑む彼に、わたくしも心からの笑顔を向けたのでした。

……ですが、重斗様、誕生日プレゼントにクルーザーはさすがにどうかと思います。

それと、わたくしはいつになったらレミエさんに懐いてもらえるのでしょうか。クスン。