軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第169話 閑話 友情のメヌエット

「はぁ~」

「や、やっと帰ってきたぁ」

玄関を開けて家の中に入った途端、お 父(と) んとお 母(か) んが盛大に溜め息を吐いてへたり込んだ。

……なんで?

南国の超リッチなリゾートでのんびりしながらたっぷり楽しんで、美味しいものいっぱい食べて、飛行機だってシートはゆったり、サービス満点だったし、しかも家から一番近い空港に立ち寄ってくれた。その後はタクシーで家の前まで。

「アンタは大物だわ」

「華音はずっと楽しそうだったな。確かに至れり尽くせりだったし、一生に一度あるかないかの凄い体験だったけど、とにかく気が張って疲れたんだよ」

ウチが不思議そうにしていると呆れたように言われた。

不本意。

とりあえず狭い玄関にいつまでも居たくない。

山のような荷物を持ってリビングに移動する。

着替えとかは大して無いんだけど、タダで旅行して気が大きくなったせいで調子に乗ってお土産を買いすぎてしまった。

……帰ってきて改めて見ると、この仮面はちょっと恐い。

夜中とかに見たら不気味かもしれない。

飾るのはお父んの部屋にしておこう。

外はそろそろ暗くなってくる時間だけど、さすがのベテランお母んでもこれからご飯の用意をするのは面倒みたい。

かといってまた外に出るのも嫌だということで、宅配でお寿司を頼むことにした。

どうやらお母んたちも金銭感覚が狂ってるみたい。

スマホで注文を済ませ、待っている間になんとかお茶だけは淹れてくれた。

「とにかくアンタがスゴイ人と友達だってことは実感したわ。あんな場違いな学校に通ってアンタに友達ができるとは思わなかったけどね」

ものすごくお母んが失礼。

ウチだって友達はそれなりに居るのだ。

”ともみん”とか”さとち”とか。クラスには他に居ないけど。

妙に敵視してくる人も居たっけ。

まぁ、いじめとかは無いから問題ない。

「とにかく、貴重な経験をしたと思っておくよ。けど、ちょっと想像ができないくらいのお金持ちみたいだからね。華音も気をつけて付き合うんだよ」

「いい人たちなのは間違いないんでしょうけどねぇ」

うん。陽斗はとっても良い子だし、のかちゃんもお祖父ちゃんもいい人。桜子さんは面白い。

今回一緒だった倉ポンもいい奴だったし、クマちゃんもおっきくて楽しい。

陽斗の周りはいい人がいっぱい。

別荘に置いてあったスタインウェイ&サンズのピアノも最高だったし、この冬休みのことはずっと忘れない。多分。

でも、お父んとお母んが緊張したのも理解できる。

ウチは別に陽斗の家がどんなのでもあまり興味は無かったけど、あの学園に通ってるのだからお金持ちなんだろうとは思ってた。

家に行ってみたら国産の最高級ピアノが置いてあったし、あれのお値段は確か2000万円以上したはず。しかもほとんど使われていなくて、ただのインテリアみたいに置いてるくらいだから。

まぁ、黎星学園の普通科に通ってる人はお金持ちばかりなので差はわからなかったけど、聞いた話では陽斗の家はその中でもダントツらしい。

でもウチにとっては陽斗がお金持ちかどうかなんてどうでもいいこと。

陽斗はただウチのピアノを聞いて、感動してくれた。

芸術科の生徒とか、一般家庭出身とか、そんなこと関係なく、ただウチの演奏を嬉しそうに聴いてくれた。

ウチの家は、というかお父んは普通のサラリーマンでお母んはスーパーのレジ打ちパートさん。

裕福じゃないけど、別に不自由はないくらいの収入はあるんだろうと思う。

家族仲は良好だし、誰が見たってごく普通の家だと思う。

そんなウチがピアノをやりはじめたのは、お父んとお母んと一緒に電気屋さんに行ったこと、だったらしい。憶えてないけど。

なんか、テレビだかレコーダーだかを買いに行って、まだ小学校低学年だったウチをほったらかしにしてあれこれしてるとき、退屈したウチが売り物の電子ピアノを楽しそうにかき鳴らしていたんだと。

多分音が出るのが嬉しくて適当に鍵盤叩いてただけだろうけど、だったらいっそ習わせてやろうってお父んが言ったらしい。

それで、通い始めたのは最寄り駅の近くにあったヤ○ハ音楽教室。

そのくらいから少し憶えてる。

最初の頃は指が全然動かなくて、でもだんだん曲が弾けるようになって楽しかった。

先生のビックリする顔が面白かったし、難しい曲を弾くのも曲芸みたいで飽きなかった。

勧められてコンテストにも出たりしたけど、最初の頃は年上のウチよりもっと上手な人がいっぱい居て、刺激的だった。

コンテストで賞を獲るような人にもだんだん勝てるようになってきて、先生やお父んに褒められるのが嬉しかった。

けど、だんだん。

コンテストで優勝するのが当たり前になってきて、一緒に出場したピアニストが憎しみがこもった目で睨みながら祝福してきたり、目が全然笑ってない大人が大げさに褒めそやすのを見ていると、だんだんつまらなくなっていった。

ピアノを弾くのは変わらず好きだったけど、コンテストに出るのは嫌になった。

先生は次から次へとコンテストに出させようとしてきたけど、適当に言い訳してときどきしか出なくなった。

お母んはそれで良いって言ってくれたし、しつこく言い始めた先生にお父んがキレて教室も辞めた。

賃貸マンションだったから家には電子ピアノしか置けなくて、教室のピアノが弾けなくなったのだけは悲しかった。

それからしばらくして、確か小学校6年生になったばかりだったっけ?

黎星学園のスカウトの人が家に来た。はず。

あの頃はストレスが溜まってて、気持ちが荒れてたからちょっと曖昧。

だって学校のピアノをたまにしか弾かせてくれなくて、それも調律がいい加減で気分が悪かったから。

憶えてるのはスカウトの人に、無理にコンテストに出なくても良いし、最高の環境で好きなだけピアノが弾けるって聞いて、二つ返事でOKしたこと。

ただ、その黎星学園の中等部は家とは新幹線の距離だったから寮に入らなきゃいけない。

小学校出たてで親元から離れるというのにお父んは反対してたけど、お母んが味方になってくれてなんとか納得してくれた。

特待生として学費も寮費もタダっていうのがダメ押しになってた気もする。

黎星学園は確かにすごく良い環境だった。

入学したての頃はウチより上手い人が沢山居たし、ピアノ以外の楽器を演奏する人も居る。

カリキュラムをこなすのは面倒だったけど、それさえ済ませれば好きなだけピアノが弾けた。

コンテストに出なくていいのも気楽で良かった。

まぁ、学内コンテストだけは成績に関係するから出なきゃいけなかったし、同じピアノ専攻の人からは嫉妬されたり嫌味を言われたりもしたけど、別の楽器専攻の人の方が多いしそれほど気にならなかった。

でも、どこか物足りない感じがずっとしてた。

なにか、かゆいところにギリギリ手が届かないというか、焦燥感みたいなのがあって、ピアノを弾いている間だけはそれを感じなくて済んだから、下校時間ギリギリまで演奏室に引きこもる毎日。

おかげで演奏室の主なんてあだ名がついたけど、それは仕方ない。

そんなこんなで高等部に進学して、1年生も終わろうとしたとき、陽斗に会った。

生徒会役員をしてたから遠目では何度も見かけてた。

小っちゃくて可愛らしい男の子。

同い年なんて信じられなかったし、連れて帰って愛でたいくらい。

そんな男の子が、私の演奏を聴いて、心からの拍手をくれた。

嫉妬も打算もなく、ただ純粋に演奏に耳を傾けて、その音色に感動してくれた。

その瞬間、ウチの胸がいっぱいに満たされた気がした。

それからは少し練習に余裕を持たせられるようになったから、もっと情緒的な表現に磨きを掛けるようにしてる。

速く正確な運指ってだけなら別に生身じゃなくて機械で十分事は足りる。

でも演奏はそれだけじゃない。

譜面の旋律に心を編み込んでいく。

不特定多数の人間なんてどうでもいい。

陽斗やのかちゃん、優しくて楽しい友達や家族に聴かせるための、ウチだけの演奏。

喜び、淋しさ、楽しい、嬉しい、悲しい、面白い……

ウチの心の思うまま、感情を曲に乗せて奏でる。

それをウチが好きな人たちに聴いて欲しい。

陽斗はウチの演奏を好きだと言ってくれた。

のかちゃんは目を閉じて微笑みながら耳を傾けてくれた。

倉ポンはキラキラと目を輝かせ、クマちゃんはコックリコックリと?

セラっちはあれこれとリクエストしてくるし、 壮史朗(そーちゃん) は無愛想なふりしてしっかり聴いてる。 賢弥(侍ちゃん) だけは興味なさそうだけど。

陽斗の周りにはいい人しかいない。

でも、誰だっていつも強くはいられない。

だから、ウチがピアノで心を癒やせたら。

うん。それがいい。

プロになるかどうかはわからない。

というか、プロになっちゃったら陽斗たちに演奏聴かせる時間が無くなりそう。

う~ん、やっぱり陽斗の愛人枠が一番いい気がする。

寝るところと食べるものとピアノだけ用意してくれれば良いんだし。

今度のかちゃんに相談してみよう。

「アンタまた変なこと考えてるんじゃないでしょうね」

お母んが失礼だ。

大事な将来設計プランだというのに。

「うちは吹けば飛ぶような一般人なんだからね。あんな人たちに睨まれたらアンタを守れないかもしれないんだから注意しておくれよ」

「あはは、でもそれが華音の良いところだからな。いざとなったら父さんが頑張るよ。だから、周りに迷惑を掛けない範囲で目一杯楽しむと良いよ」

お父んはいつも優しい。

ウチは幸せだ。