軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第149話 初めての修学旅行

生徒会長選挙が終わり、引き継ぎが一段落して間もなく、次の学校行事が始まる。

といっても2年生だけなのだが、それでも参加する生徒にとって、重要な行事であることは間違いない。

そう、高校生活最大のイベントである『修学旅行』だ。

「西蓮寺、楽しそうだな」

「陽斗くん、可愛い!」

修学旅行が近づくにつれ、クラスメイトばかりでなくすれ違う生徒たちが口々に言うほど、目に見えてご機嫌なのが陽斗である。

小さなシッポをちぎれんばかりにブンブン振っているのが幻視できるほど浮かれて、常に笑顔が絶えない様子に、見ている方も思わず口元が緩んでしまうほどだ。

その様子を友人たちが微笑ましく見守っている。

「修学旅行なんてそんなに良いもんか?」

「家族とか友達と旅行したほうが自由だしな」

「西蓮寺とか四条院さんの家なら海外に別荘くらいあるだろ?」

クラスの仲良しトリオ、千場、宝田、多田宮が怪訝そうに訊ねてくる。

実際、彼らだけでなく、この学園の生徒の多くは海外旅行など普通に家族で行っているだろうし、友人と旅行なども珍しくはない。

もちろん学校で、クラスメイトとワイワイ騒ぎながらする旅行も楽しみではあるが、陽斗のはしゃぎぶりはそんな範疇ではない。

「うん! 僕、修学旅行に行くの初めてだから!」

満面の笑みで帰ってきた答えに言葉を失う。

普通なら小学校と中学校の時にそれぞれ修学旅行は経験しているだろう。よほど身体が弱くない限りはせいぜいどちらかを病気や怪我で欠席するくらいなはずだ。

陽斗が皇重斗の孫であることが知られたことで、その複雑な事情を察した生徒は多い。陽斗が幼い頃に誘拐されたことも調べるのは難しくないのだ。

彼らにとっての当たり前が、陽斗にとってはそうではないことを察して、どんな顔をすれば良いのかわからなくなる。

「ふふ、それでは出発までに風邪など引かないようにしませんとね」

「小さな子供は、はしゃぎすぎて当日に熱を出すとかよく聞く話だからな」

微妙な雰囲気になりかけた瞬間、穂乃香の優しげな声が割り込み、新生徒会長の壮史朗も、揶揄うように言葉を繋げた。

「だ、大丈夫だよ! こまめに手洗いとうがいもしてるし、たっぷり寝るようにしてるから」

小さな子供扱いは不本意なのか、壮史朗に言い返す陽斗だが、その内容は子供そのものだったりする。

それが周囲の笑いを誘い、重くなりかけた空気は霧散したのだった。

そして数日が過ぎ、待ちに待った修学旅行当日。

朝に学園へ集合してからバスで空港まで移動する。

地方空港の、それも平日ということもあり、比較的閑散とした空港内のロビーで教員たちによる手続きを待つ。

その間も陽斗は周りをキョロキョロ、顔はニコニコ、動きはソワソワ。落ち着きないことこの上ない。

もちろん体調は万全で、この日も日が出るずっと前に起きて旅行先のパンフレットやスケジュール表を飽きることなく見ていたほどだ。

学校行事をここまで楽しみにしている高校生も珍しいだろうが、陽斗に感化されたのかクラスメイトたちもいつになく楽しみにしているようで、あちこちで到着後の予定などを話し合っていた。

「この空港は昨年末に重斗様やわたくしと旅行されたときも利用されたのに、まだ興味がおありなのですか?」

笑いを堪えながら穂乃香が訊ねると、陽斗は恥ずかしそうに顔を赤くする。

「あの、空港というより、皆が一緒に居るのが楽しくて」

(か、可愛い!)

周囲の、その言葉を聞いていた生徒の、ごくごく小さな声も数が多ければ大きなざわめきになる。

驚いた陽斗がビクリと肩を震わせて周囲を見回すと、それがさらに大きくなった。

「は~い、静かに! これからクラスごとに出国手続きをします」

副担任の 小(こ) 坂(さか) 麻(ま) 莉(り) 奈(な) がそう声を張り上げてようやく静まる。

今回の修学旅行の日程は7泊8日。

初日と最終日はほぼ移動だけなので、現地では実質6日間となる。

行き先は予定どおりニュージーランドだ。

国立公園や博物館、マオリ文化の体験や、現地の学生との交流などが予定されている。

当然荷物も多く、ほとんどの生徒が大きなトランクと機内持ち込みできるギリギリの大きさのバッグを持ってきている。

教員の誘導で、普通科の1組から順に荷物を預け、手荷物検査と出国手続きを行う。

そしてそのままゲートを抜けてすでに駐機場に待機しているチャーター機に乗り込むことになっている。

なんでも、当初学園側が申し込みをしたのとは違う機体という話なのだが、どうして変更になったのかは不明とのことだった。

ただ、客席空間や設備、安全性などは、今回使用する機体のほうが上ということで、特に問題はないらしい。

しばらくして陽斗のクラスも麻莉奈に促されて手続きを始める。

保安検査ゲートを通って、出国審査。といっても事前にチャーター機を使った修学旅行ということは伝わっているらしく、パスポートを見せるだけの簡単なものだ。

「旅行、楽しんできてね」

「はい!!」

係員の女性が笑顔でそう言うと、陽斗はそれ以上の明るい顔で元気よく返事をする。

(可愛い!)

あちこちからそんな言葉が聞こえてくるが、当然すでに意識が先に向いてしまっている陽斗が気づくことはない。

地方空港なので 搭乗橋(ボーディングブリッジ) ではなく、機体に接続されたタラップで乗り込む。

生徒と教員併せて200名を超えるので、チャーターした機体も大型のものだ。

機内に入ると、客室乗務員が左右に並び挨拶をしてくれる。

そして案内されるまま客席へ。特に座席の指定はなく、クラスごとに区分けされた席の中で自由に選べるらしい。

「お~い、西蓮寺! 窓際の席に座ったらどうだ?」

クラスメイトの男子が通路の先で手を振りながらそう声を掛けてきた。

「え? で、でも、良いの?」

一瞬嬉しそうな顔をしたものの、陽斗はすぐに申し訳なさそうに聞き返す。

「別に良いって。どうせ乗ってる間は友達としゃべるか映画見るか寝るかしかしないし。なぁ?」

「ああ。俺も特に窓際に興味ないぞ。それに外の風景はモニターでも見れるしな」

その男子生徒といつも一緒に居る男子も、特に気にする様子もなく笑って了承する。

「陽斗さん、あまり遠慮するとかえって厚意を無にしてしまいますわよ」

「そ、それじゃ、ありがとう!」

穂乃香の口添えに、陽斗がようやく頷いて嬉しそうに笑みを見せた。

「「う゛」」

それを向けられたほうはというと、呻くような声を漏らしてから慌てて互いの顔を寄せる。

「ヤベぇ。何か別の扉を開きそう」

「おまっ、向こう見てみろよ。女子の目がギラついてて怖ぇって」

コソコソと話すふたりに気づかず、陽斗は旅客機の小さな窓から外の景色に目を奪われていて、その隣に座った穂乃香が優しげな目を向けていた。

陽斗たちが席に着いてからさらに30分ほど。

黎星学園の生徒が搭乗したチャーター機がゆっくりと滑走路へ移動していく。

徐々に大きくなるエンジン音。そして滑走路の端に辿り着いた機体は180度反転し、その直後、ひときわ大きな音を立てて加速していく。

かなりの速度で景色が流れていき、そしてフワリとした浮遊感を覚えたときには機内の振動は収まっていた。

離陸した後も旅客機は加速を続け、地上に見えていた建物が判別できなくなるほど小さくなり、やがて海上に出る。

そして大きく機体を旋回させたところでシートベルトのランプが消えた。

飛行機になれている生徒が多いとはいえ、やはり多少の緊張はあったのか、あちらこちらから溜め息のような声が聞こえてきた。

陽斗も、窓から見えるのが雲と海だけになってようやく窓から顔を離す。

「あっ、えっと」

景色に夢中になりすぎていたことを反省しつつ、改めて周囲を見回そうと視線を通路側に向けると、いくつもの視線が陽斗に注がれているのに気づいて慌てる。

穂乃香だけでなく、壮史朗やセラ、複数のクラスメイトや他のクラスまで。

誰もが皆、微笑ましいような笑いを堪えているような。けして嘲笑されているわけではないが、それでも恥ずかしさで真っ赤になって穂乃香の陰に隠れる陽斗だが、その仕草がますます視線の主たちを悶えさせていることには理解が及ばない。

「えと、み、みんな、どうしたの?」

「い、いや、西蓮寺君が夢中になってるのが可愛、面白くて、つい」

「そ、そうそう。本当に楽しみにしてたんだなって」

「あぅ」

そんな言い訳をされてもなんて返して良いやら。

陽斗はますます小さくなるばかりだ。

「陽斗さん、皆さんは陽斗さんが楽しんでいるのが嬉しいのですわ。この学園は旅行慣れしている方が多いので、自分たちが初めて旅行に行ったときのことを思い出して懐かしい気持ちもありますし」

「そう、なの?」

穂乃香のフォローに、陽斗がクラスメイトたちに聞くと、全員がブンブンと首を縦に振る。

そうしてようやくホッと肩の力を抜いて、にへらと笑みをこぼした。

……何故か数人の男女が慌てて上を向いたり後ろを向いたりしていたが。

通常の定期便と違って、機内にいるのは学園生ばかり。

生徒たちはエコノミー席、教員はカーテンを隔てたビジネスクラスに分かれているので、多少騒いでも叱られることはない。

もちろん、羽目を外しすぎれば教員よりも先に客室乗務員に叱りつけられることになる。

事前に聞いた説明では、チャーター機を契約する際、問題行動をする生徒には一切遠慮する必要はないと言ってあるらしい。

もっとも、基本的に育ちが良くて大人しい生徒ばかりなので問題が起こったことはないそうだが。

ちなみに、教員ばかりがビジネスクラスという部分だが、一機丸ごとチャーターしているのでどちらにしてもビジネスクラスの席が余るし、当たり前だが教員たちは生徒より年を取っているので、特に不満は出ていない。

生徒も、体調が悪くなったり、怪我をしているなどの事情があればそちらに移動もできる。

芸術科の生徒は普通科の生徒ほど飛行機になれていないのだろう。物珍しげにあちこちを弄ってみたり、楽しげに談笑している。

そうこうしているうちに客室乗務員が着席を促し、食事を配り始めた。

「うわぁ、美味しそう!」

「……これは随分と豪華な食事ですわね。ファーストクラス並みですわ」

エコノミー席の小さなテーブルにギリギリ載るようにしたと思われるトレーに色とりどりでボリュームのある食事が置かれ、穂乃香がどこか呆れたように言う。

「おおかた、どこぞの過保護な富豪がゴリ押ししたんだろう。まぁ、僕らもご相伴に与れば良いさ」

「役得だねぇ」

さすがに陽斗も察したらしい。

申し訳なさそうに小さくごめんなさいと口にするが、もちろん彼らに文句があるわけではない。

どこぞの爺馬鹿が暴走しても得する分には問題ない、はずだ。

陽斗には少々量が多かったようで、食べきれなかった分は千場たちが喜んで引き受けてくれた。

そうしてようやく機内は落ち着いた雰囲気になり、各々映画を見始めたり、タブレットなどで本を読んだりし始める。

穂乃香も、座席のポケットからイヤホンを取り出して、一緒に映画でもと陽斗に話しかけた。

「陽斗さん。どんなジャンルの映画を、あら? うふふ」

寝不足だったのか、それともお腹が膨れたからか、陽斗はいつの間にか彼女にもたれかかりながらうたた寝を始めてしまっていた。

穂乃香は、クスリと笑みをこぼすと、客室乗務員を呼んで毛布を受け取ると、そっと陽斗に掛けた。