軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第144話 水入らず

ジャネットたちが来た翌日。

朝食の席でこの日の予定について話し合いが始まる。

「ミス・フォレッドは何か希望はありますか?」

当初警戒していたほど彼女が陽斗に執着を見せなかったこともあり、多少打ち解けてきた感じのある女性陣が、美味しそうに納豆を食べているジャネットに尋ねる。

「ん~、思ったより暑いし、せっかく目の前にあるんだからビーチで遊びたいわ。それと貴方たちとももっと話をしたいわね」

ジャネットが顎に指を当てながら少し考え、そう返す。

昨夜、観光からかえった彼女は、家の意向はともかく自分としては日本を目一杯楽しみたいと言っていた。

その言葉どおり、陽斗に対しては割とサラッとした態度で、むしろ日本の普通の高校生である光輝の生活に興味を持っていたようだった。

「それでは、わたくしたちとビーチに行きましょうか。あ、せっかくお祖父様が合流されたのですから、陽斗さんはお祖父様とお出かけなさってはいかがですか?」

「あ~、そういや爺ちゃんって普段は仕事が忙しいってたっちゃん言ってたな。良いんじゃね? 俺たちとはまだまだ日にちがあるし、遊ぼうと思えばいつでも遊べるしさ」

「そうだな。ミス・フォレッドの相手は僕たちが務めよう」

穂乃香の提案に光輝と壮史朗が賛成し、賢弥とセラも頷く。

ジャネットの顔色も窺ってみるが、特に不満はないようでニコニコと笑みを浮かべるだけだ。

「ふむ、だが陽斗がせっかく友人とバカンスに来ているのに邪魔するのは心苦しいのだが」

「あら、兄さんが行かないのなら、陽斗、私と買い物でも行きましょうか」

「だ、誰も行かないとは言っておらん!」

困惑気味な重斗に、桜子が悪戯っぽく陽斗に自分の腕を絡ませる。

それを見て不機嫌そうに声を荒らげる重斗の様子に、晃やジャネットが目を丸くした。これまで威厳のある姿しか見たことがなかっただけに意外だったのだろう。

「えっと、お祖父ちゃんとふたりで出かけるのってあまりないから、僕は嬉しいけど」

「もちろん儂もだとも。さて、それでは何処へ出かけるか考えようか」

爺馬鹿、あっさり前言を翻す。

事実、陽斗が皇家に来てから重斗と出かけたのは数えるほどしかない。

それも、ほとんどが桜子や穂乃香が同行するか、普段忙しくしている重斗の身体を陽斗が気遣って短時間で済ませることが多いのだ。

もちろん、逆に重斗のほうが年寄りにつき合わせるのは可哀想だなどと考えて遠慮していたのも大きいのだが。

そんなことを話しているうちに朝食を終える。

陽斗が部屋に戻って出かける準備をしていると、さっさと水着に着替えた光輝たちは先にビーチへと出かけていった。

陽斗は慌てることなく着替えを済ませ、鏡で身だしなみを整えてから部屋を出る。

玄関ロビーに出ると、すでに重斗がソワソワと落ち着きなく待っていて、思わず笑みがこぼれる。

自分と一緒に出かけることを心から喜んでくれる。

それが実感できて、陽斗の胸が温かいもので満たされる。

「お祖父ちゃん、お待たせ」

「おぉ、陽斗。いや、待っていないぞ。うん、それでは出かけようか」

表情が崩れるのを自覚して取り繕うと口元を引き締める重斗だが、今にも鼻歌がこぼれそうな雰囲気は変わらない。

別荘の前に停められた車に乗り込むと、すぐに出発して島の中央部に向かう。

外は強い日差しが降り注ぐ真夏の離島なのだが、重斗と陽斗の服装は長ズボンに薄手の長袖シャツ、それに帽子。

見た目は少々暑そうだが、これから向かうのは三原山の火口なので、日焼けと怪我の予防のため必要なのだ。

山頂口というところまでは車で移動し、そこから徒歩でぐるりと火口を回る、約2時間半のトレッキングコースとなっている。

陽斗はともかく、重斗は大丈夫かとの心配にも、自信満々に応じていた。

コースはしっかりと整備されていて歩きやすいし、重斗自身『曾孫を抱くまで絶対に死なん』と、陽斗が来てから運動を欠かさないから年齢以上の若々しさを保っている。

それに加えて、もう一つ理由があるらしいが。

それは山頂口に着いてすぐ判明した。

「わぁっ! 可愛い! 馬だ!」

駐車場に車を止めて、登山口から少し離れた場所まで歩いていくと数頭の馬が陽斗たちを出迎えてくれた。

よく見るサラブレッドよりもかなり小柄でしっかりとした足の穏やかそうな馬。

与那国馬という品種で、ここから山頂展望台まで観光乗馬ができるらしい。

「わっ、温かい! あはは、くすぐったいよ」

係員から説明を受けている間、馬たちも陽斗に興味津々の様子で耳を真っ直ぐ前に向けて近づこうとしていたのだが、いざ近づいてみるとすぐに陽斗に身体をすり寄せたり顔をスリスリしたり、唇でモニュモニュしてきている。

「君はずいぶんと動物に好かれるみたいだね」

係員もそんなことを言いながら笑っていた。

「うむ、馬にも陽斗の魅力はわかるようだな」

「もう! お祖父ちゃんってば」

ご機嫌な態度とは裏腹に、重斗が乗る予定の馬は少々、いや、結構彼のことを怖がっているようだったりする。

しかしそこはそれ、観光乗馬に使われる馬なのですぐに慣れてその背に重斗を乗せていた。

陽斗も係員の手を借りて鞍に乗り、手綱を引く案内係に合わせてゆっくりと登山道を上り始める。

もちろん大山をはじめとした護衛班が数人、こちらは徒歩でついてきているのだが、いい加減陽斗も慣れてきたのであまり気にしないことにした。

この山のベストシーズンは春と秋だそうで、暑さのせいか人はそれほど多くない。

なので陽斗は重斗と並んで周囲の景色を楽しむ。

周囲は草と低木が青々としていて、ところどころ溶岩の塊が黒い岩肌を覗かせている。

少し視線を上げれば紺碧の海と抜けるような青い空、そして遠くにはいくつもの島々が見える。

「わぁ~……」

「素晴らしい景色だな」

思わず感嘆の声を上げて、顔を見合わせて笑みを交わす。

何度もそんなことを続けていると、やがて山頂に到着した。

三原山山頂には神社があり、天候に恵まれるとコンクリート製の鳥居越しに富士山を望むことができる。

ちょっとだけ馬を下りて参拝し、再度馬の背に揺られること数分で観光乗馬の終点となる山頂展望台で乗馬も終了だ。

「ありがとうね。あはは、くすぐったいってば」

すっかり陽斗に懐いた馬が名残惜しそうに何度も顔を舐めたり甘噛みするのに首筋や身体を撫でて応え、手を振りながら別れた。

「さて、ここからは歩きだな。少し休憩するか?」

「僕は大丈夫。でもお祖父ちゃんは?」

「儂も座っていただけだからな。むしろ少し身体を動かしたいくらいだ」

心配そうに聞く陽斗に、重斗は力こぶを作ってみせる。普段よりかなりテンションが高い。

一応展望台から何枚か写真を撮ってから火口展望台に向かう。

目的地まではゆっくり歩いても30分ほどらしいが、火口の縁に近い道はさすがに少し歩きづらい。

筋力はなくても持久力はある陽斗はともかく、重斗のほうは暑さもあって半分を過ぎる頃には多少歩みが遅くなってくる。

「むぅ、もう少し運動しなければならんか」

「大丈夫?」

立ち止まって汗を拭く重斗に、陽斗は手を差しだした。

少しでも助けになればという気持ちでだが、途端に爺馬鹿が回復する。

嬉々としてその手を握り、だらしなく表情を崩しながら足取りも軽く、いや、フワフワとかえって危なくなったようにも思えるが。

展望台といっても建物があるわけではなく、火口を覗き込むような位置が整地され手すりが設けられただけの場所だ。ベンチすら置かれていない。

陽斗たちは到着すると手すりにもたれかかりながらもってきたペットボトルのお茶で喉を潤す。

「すごい。僕、火山の火口を見るのって初めて」

目を輝かせる陽斗を見る重斗の目はとても温かい。

「お祖父ちゃん、ありがとう」

「ん? どうした? なにも礼を言われるようなことはしておらんが」

むしろ友人たちとではなく、自分のような老人と、しかも手まで引いてくれたのだ。礼を言いたいのは重斗のほうである。

しかし陽斗はブンブンと首を振った。

「僕、お祖父ちゃんのところに来て、毎日が凄く幸せで、こんなにいつも楽しんでばかりで良いのかなって」

「なにを言う。陽斗は長い間誰よりも苦労してきたのだ。まだまだそれを取り返していないくらいだぞ。もっともっと幸せになる権利がある。儂も、桜子もそう思っているぞ。多分葵や佑陽君もそう言うだろう」

重斗の言葉に、陽斗ははにかんだ笑みを浮かべて頷く。

「僕、これから先もずっとお祖父ちゃんと一緒に居たい。沢山話もしたいし、いろいろな所に行ったり、いろんなこともしてみたい。穂乃香さんとかコーくんとか賢弥君たちと居るのは楽しいし嬉しいけど、お祖父ちゃんや桜子叔母さんとも居たい」

「陽斗……」

「だから、無理しないでね。できるだけ長く、一緒に居てね」

春に重斗が病院に運ばれた出来事が陽斗の心に思った以上の影を落としていたのだろう。

重斗を見つめる目には縋るような想いが滲んでいるようだった。

「人は不老不死ではいられん。儂がいくつまで生きられるかは神のみぞ知ることだろう」

突き放すような言葉だが、見返した重斗の目はどこまでも優しい。

「もちろん儂は陽斗の子供をこの手に抱くまでは死ぬつもりはない。いや、曾孫だけでなく 玄孫(やしゃご) も抱きたいな。葵ができなかった分、陽斗の行く末を見守るのは儂の役目だ」

「……お祖父ちゃん」

「だが儂も桜子も、お前には誰よりも幸せになってほしい。そのためには儂等だけでは足りん。もっと沢山の大切な人、打ち込めるもの、楽しみを作りなさい。伴侶も、友人も、仕事も、趣味も、金で買えないそれらが陽斗の支えになる。多くの支えがあれば人は倒れることなく前に進むことができるだろう」

多くの経験を積み重ねてきた言葉の重み。

そこには心から陽斗の幸せを願う想いが目一杯詰め込まれていた。

たとえ望み通りの時を生きられなくても、愛する孫が絶望に押しつぶされることのないように。

喜びの中でその生を謳歌できるように。

愛する者に囲まれて、幸福なまま人生を終えてほしい。

誰しもが願うそれを、祖父はただ孫のために願う。

それを感じて陽斗は嬉しいような淋しいような、複雑な顔で重斗を見つめた。

「そんな顔をする必要はないぞ。儂は今とても幸せだからな。不良メイドや口うるさいベテラン使用人に邪魔されることなく孫と水入らずでデートだ。実に楽しい」

遠回しに彩音と比佐子のことを言っているのを察して陽斗が吹き出す。

「比佐子さんに教えちゃおっかな」

「なっ?! それは勘弁してくれ。あやつは儂にも一切遠慮せずに説教するんだぞ」

あの優しくも厳しいメイド長が、腰に手を当てて淡々と説教する姿が容易に想像できて声に出して笑う。

「それじゃ、そろそろ降りようよ。お祖父ちゃん、僕お腹空いてきたからどこかに食べに行こう」

「お、おう、そうだな。そう言えばこの島には牧場もあるらしいから、食事の後に行ってみるか?」

「うん!」

孫の差しだした手を握り、ふたりは山道を下り始めた。