軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第127話 楽しい遊園地

北関東の中規模レジャー施設にはいささか不釣り合いな、高級感溢れる純白のリムジンがアミューズメントパークの正面入り口前に横付けされる。

当然なことに施設を楽しみに来ている他の来場者から注目を集めまくるが今更だ。

本来なら正面に車を停めるなど迷惑以外何物でもないが、駐車場の警備員が誘導した結果なので問題ないのだろう。

ちなみにこういった場所に来慣れていない陽斗は、こういった対応が普通のことではないと気づいていない。

この施設は全国的に有名なアミューズメントパークと比べて、敷地はともかく規模はそれほど大きくない。

ジェットコースターや大観覧車のあるレジャーランド、動物園、子供向け施設の多い遊園地のエリアに分かれ、隣接する施設にプールもある。

遊び慣れした高校生にとっては多少物足りなく感じるかもしれないが、初心者が一日遊ぶには十分だろう。

助手席に座っていた警備班の男が先に降り、後部座席のドアを開けてくれる。

陽斗ははやる気持ちを抑えつつ車を降り、それでもキラキラした眼で嬉しそうに入場門や、その向こうに見える観覧車を見つめた。

「ほら、陽斗。穂乃香ちゃんをエスコートしないと」

「あっ、うん、ごめんなさい」

「ふふふ、わたくしは大丈夫ですわ。というか、陽斗さんの嬉しそうな顔が見られて楽しいですし」

続いて降りた穂乃香がからかい混じりにそう言うと、陽斗が恥ずかしそうに顔を赤くする。

「一応日が沈む頃には迎えに来る予定だけど、何かあったらすぐに近くの警備員に声をかけるのよ」

「うん。ありがとう桜子叔母さん」

さすがに桜子が同行するのは送迎だけらしい。

明言していないとはいえデートなのだから当然と言えば当然なのだが、実情としては施設内の至る所に保護者が居るような状態である。

まぁ、本人が知らなければ、問題ないのだろう。多分。

「陽斗さま、荷物をどうぞ」

警備班の男が大ぶりな保冷バッグを持ってきてくれる。

今日のために陽斗が早起きして作ったお弁当だ。

当初は屋敷の料理人が作るつもりだったのだが、以前から穂乃香が陽斗の作る食事を食べたいと言っていたのを思い出し、せっかくの機会だからと用意した。

「あ、ありがとう」

「ちょっと待ちなさい!」

受け取ろうと手を出した陽斗を制止して、桜子は保冷バッグを男に持たせたまま、半分ほど開いたままのファスナーに手を突っ込む。

そしてそのままファスナーを全開にして中から何か、モフモフしたものを引っ張り出した。

「にゃ、にゃぁ~」

「れ、レミー?! なんでそんなところに入り込んでるの?!」

引き摺り出されたのは屋敷で陽斗の帰りを待っているはずの愛猫、レミエだった。

首の後ろと腋を桜子に掴まれたまま持ち上げられるが、陽斗の視線から逃げるように顔を背けている。

「呆れたわね。子離れしない姑みたいなことしてると陽斗に嫌われるわよ」

「にゃぅ~」

つくづく人間くさく、あからさまに落ち込んだ様子のレミエに、陽斗も苦笑いを浮かべるしかない。

「レミエさん、本日は陽斗さんをお借りしますわね。どうか大人しくお待ちくださいな」

「シャーっ!」

気のせいか、優越感を仄かに匂わせながら穂乃香が笑みを浮かべると、レミエがうなり声を上げながら威嚇を返す。

「はいはい、嫁姑戦争には早すぎるから。お邪魔虫は消えるわよ。あ、そうそう、お弁当は入り口入ってすぐの建物に保冷用コインロッカーがあるはずだから入れておいた方が良いわ。じゃぁ楽しんできてね」

「んぎゃぅ~、にゃぁ」

桜子はレミエを抱き上げたまま車に乗り込んで窓から手を振った。

警備班の男も慌てて陽斗に保冷バッグを手渡し、助手席に再び乗り込む。

レミエの鳴き声を残して去って行くリムジンを見送り、陽斗と穂乃香は顔を見合わせて吹き出してしまう。

「えっと、それじゃそろそろ」

「はい。中に入りましょう」

ひとしきり笑い合ったことですっかり肩の力が抜けたふたりは、入場券販売窓口に行きチケットを購入する。

入場券と乗り物のチケット。

代金は陽斗が支払う。

穂乃香が申し訳なさそうな顔をするが、陽斗としては日頃のお礼を兼ねているので譲れない。

門をくぐった途端、一瞬だけもの凄く視線を集めたような気がしたが、陽斗が目線を向けたときには誰とも眼が合わなかったので気のせいかと流す。

桜子の助言に従ってコインロッカーに保冷バッグを入れてから、改めて案内パンフレットを穂乃香と一緒に覗き込んだ。

「最初は空中電車、ですわね。乗り口はすぐ近くみたいですわ」

「うん。午後は動物園の方も行ってみたいし、ドンドン乗っていこうよ」

身軽になった陽斗が楽しそうな満面の笑みで頷いて歩き出した。

「陽斗さん、大丈夫ですか?」

「う、うん、ちょっと休めば、多分」

アトラクション出口のすぐ脇にあるベンチに座り込んだ陽斗の顔を穂乃香が心配そうに覗き込むと、少しばかり顔色の悪い陽斗がなんとか言葉を返した。

高さはあるものの、ただレールの上をゆったりと進むだけの空中電車を乗り終え、次に乗ったのは遊園地の定番ジェットコースターだ。

富士山近くの超有名な遊園地にある大規模コースターとは比較にならないほどのものではあるが、どうやら陽斗の三半規管はあまり強くないらしくすっかり酔ってしまったようだ。

座ることで少しずつ顔色は回復しているものの、まだユラユラと頭を揺らしている。

そんな陽斗の肩を隣に座った穂乃香が引っ張ると、まだ身体に力が入らないためにポテンと穂乃香の方に倒れてしまう。

「え? あ、あの」

「そのまま力を抜いてください。少し横になったほうが早く回復しますわ」

体勢としてはまさしく膝枕。

穂乃香の膝枕は怪我で入院していたときに経験しているが、それでもこんなところでされるのは完全に想定外だ。

最初はあまり頭が回っていなかったが、しばらくするとだんだん恥ずかしさがこみ上げてくる。

「あの、も、もう大丈夫だから」

「ダメです。完全に回復するまではこのままで。それともわたくしの膝枕はお嫌ですか?」

そう言われればそれ以上断ることもできない。

というか、嫌どころか嬉しい気持ちが強いのでなおさらである。

10分ほどそうしてから、陽斗が身体を起こすと、穂乃香が気遣わしげに様子を確認し、本当に大丈夫そうなのを見てようやく笑顔を見せた。

「ほ、穂乃香さん、ありがとう」

「無理はしないでくださいね。その……膝枕ならわたくしはいつでもして差し上げますから」

見ているもの全てに甘酸っぱさを振りまきながら、ふたりは互いに頬を染めて目を逸らす。

「えっと、一応次は少し大人しいものにしよう、かな」

「そ、そうですわね。それではゴーカートなどいかがです? 二人乗りができるみたいですし」

気まずさを誤魔化すように陽斗が提案すると、穂乃香もそれに乗ってくれた。

「それでは行きましょう」

「う、うん!」

ごく自然な様子で穂乃香が手を差し出す。

陽斗はそれを見て戸惑うが、すぐに自分も手を伸ばし、そして繋いだ。

「きゃーー!! 嫌っ! こないで!!」

「穂乃香さん、大丈夫だよ! 機械仕掛けであれ以上動かないから!」

「もう嫌ぁ! 陽斗さぁん!」

「わぁっ?! だ、抱きつかれると前が見えないよ!」

建物の中から外に漏れ聞こえる悲鳴。

まぁ、何も知らない人&事情を知っている人が聞いても単にイチャついているだけにしか聞こえない内容だが、しばらくすると、疲弊しきった様子の美少女を、彼女よりも小柄で華奢な少年が支えながら出てくる。

「ほら、穂乃香さん、外に出たよ」

「うぅぅ、見苦しいところを。恥ずかしいです」

ジェットコースターの時とは逆に、怖いものが苦手らしい穂乃香が這々の体でベンチまでたどり着いて謝罪を口にする。

「無理しなくても良かったのに」

「で、でも、せっかくだから全部のアトラクションを回りたかったんです」

こちらも定番のお化け屋敷に入ったのだが、怖いのが苦手で家族とホラー映画を見るのすら無理な穂乃香は入った直後からずっと悲鳴を上げ続けていたのだ。

「陽斗さんは平気なのですか?」

「うん、僕はあまりそういうの怖いと思わないみたい」

陽斗にしてみれば実在するかどうかわからない幽霊やモンスターなどより生きている人間の方がよほど恐ろしい。

まして、絶対に安全が保障されているアトラクションのお化け屋敷などちょっと暗くて歩きにくいだけでしかない。

それは別として、陽斗ほどではないにしろ、穂乃香も名家四条院家の令嬢である。

気軽に好きな場所へ行けるわけもなく、家族も忙しかったこともあってあまりこういった施設で遊んだ記憶がない。

だからこの日は心から楽しんでいたし、陽斗が苦手なジェットコースターに乗ったのに自分が断るのは嫌だったのだ。

そんな彼女の考えがわかったのか、陽斗もベンチの隣に座り、穂乃香に笑顔を見せながら自分の膝をポンポンと叩く。

「陽斗、さん?」

「さっきのお返しです。あの、嫌じゃなかったら」

穂乃香が一瞬で顔を真っ赤にし、そして躊躇いがちにそっと陽斗の太ももに頭を乗せる。

「っ~~~~~! やっぱり恥ずかしいですわ!」

しばらくは大人しくしていたものの、穂乃香は顔を覆ってプルプルと震えだし、起き上がってしまった。

「え~? 僕の膝、ダメですか? 穂乃香さんだって僕にしてくれたのに」

珍しく陽斗がからかうように口を尖らせると、穂乃香が子供っぽく頬を膨らませた。

「わ、わたくしが陽斗さんにするのは良いんです! していただくのは、その、もっと親密に、っ! 何でもありません! 時間がもったいないですから、次に行きましょう」

強引な話題の転換。

それもまた楽しげで、二人は再び手を繋いで立ち上がった。

それほど大きくない遊園地のアトラクションをほとんど遊ぶとちょうど昼を少し過ぎた頃だった。

そこで、陽斗たちは入り口近くまで戻ってお弁当をロッカーから取り出して芝生が植えられた広場のような場所に移動した。

陽斗たちの他にも家族連れが何組かレジャーシートを広げて、売店や屋台で買ったらしい料理やお弁当を広げている。

陽斗は木陰になっている場所にシートを敷き、折りたたみの小さなテーブルも用意する。

「僕の手作りだからあまり見た目は良くないと思うけど」

そう言いながら陽斗が出したのはハムやチーズ、レタスなどをたっぷり挟んだサンドイッチと、唐揚げ、ベーコン巻き、卵焼きなど、定番のお弁当メニューだ。

「工夫のない普通なお弁当だけど」

「そんなことありませんわ! 彩りも綺麗ですし、何よりとても美味しいです。本当にありがとうございます」

穂乃香ならこういった外出時でもそれなりに良いものを食べていそうだが、逆に素朴な定番弁当が新鮮だったのかもしれない。

量は、穂乃香は女性だし、陽斗も頑張っても同じくらいしか食べられないのでそれほど多くは作ってきていない。

30分ほどで全て食べ終わる。

少しくらい残るような分量を用意したつもりだったが、歩き回って食欲が増していたのか二人とも普段より多く食べていたので弁当箱は空っぽだ。

その後は飲み物を屋台で買い、しばしの食休み。

その間も陽斗と穂乃香の会話は途切れることなく、午前中に体験したアトラクションの感想や、午後に回る予定の動物園で見たい生き物の話をしていた。

お腹が落ち着いたのを見計らって動物園の方に向かう。

特別珍しい動物が飼育されているわけではなかったが、ふれあいコーナーがありウサギやモルモット、子ヤギなどを触ることができた。

やはり穂乃香はかなりの動物好きのようで、終始笑顔が絶えなかった。

なお、陽斗は子ヤギに顔を舐めまくられ、ウサギに髪の毛をはむはむされていたので、手洗い場で洗うはめになった。

そうして時間を忘れて楽しみ、日の長い季節もとうとう空が茜色に彩られてくる。

「最後は観覧車、でしたわね」

「う、うん」

遊園地デートの締めくくりが観覧車というのは、どこかにマニュアルでもあるのだろうか。なぜだかラブコメでの鉄板となっているようだ。

陽斗も、皇家のメイドたちから『最後は絶対観覧車!』と強く念押しされ、わけがわからないまでも頷いた。

もちろんそのことは穂乃香にも話をしたのだが、彼女は恥ずかしげに、それでいて嬉しそうに了承したのだから、やはり女性にとってはなにかしらあるのかもしれない。

実際に結構な昔から現在まで最後に観覧車デートというのはよく聞く話だ。

もっとも、場所によってはカップルで乗ると「別れる」というジンクスがあるらしいが。

午前中に通った遊歩道を歩いて巨大な観覧車に向かう。

入場した頃に比べるとふたりの距離は近く、自然に手も繋いでいる。

近づくにつれ、周囲には恋人同士と思われる男女の割合が増えてくるとだんだんと陽斗たちの口数が減ってくる。

別に観覧車に特別な感情を持っているわけではないのだが、それでも周囲の雰囲気にあてられてということなのだろうか。

観覧車にはそれなりの客が来ているようだったが、ゴンドラの数は余裕があるらしく、待つことなく陽斗たちは案内されて乗り込む。

ゆっくりと回転するゴンドラで向かい合わせに座り、とりあえずホッと息を吐いた。

陽斗と穂乃香がまるで鏡写しのように同じ行動をしたのに気づき、互いに吹き出す。と同時に、先ほどまでのどこか落ち着かない空気が霧散する。

「今日はとても楽しかったですわ」

「うん、僕も。でも、いろいろな人が協力してくれたから、穂乃香さんが喜んでくれたら嬉しいよ」

きっかけは穂乃香が陽斗と出かけたいと言ったことだったが、そのためにいろいろと相談に乗ってくれたメイドたちだけでなく、警護のために大山をはじめとする皇家の警備班が細部まで骨を折ってくれていたのも陽斗はきちんと理解している。

いわば、陽斗の我が儘で多くの人たちに苦労をかけたのだ。

感謝するのは当然として、そもそも穂乃香が喜んでくれなければ意味がない。

「遊園地で一日遊ぶなんて小さな頃、家族で出かけて以来ですわ。それに、陽斗さんと一緒ですもの。楽しくないわけがありません。今日はわたくしの無理なお願いを叶えてくださってありがとうございます」

そう言って穏やかな笑みを向ける穂乃香の顔を見て、陽斗の顔が熱を帯びる。

「あ、あの、僕、えっと」

言葉に詰まっていると、穂乃香が無言で立ち上がり陽斗の隣にくる。

急に移動したせいでゴンドラが揺れる。

体勢を崩しそうになった彼女を陽斗が慌てて支えた。

そして穂乃香の腰に手を回した状態で横にずれて場所を空け、座らせる。

「ありがとうございます」

至近距離で礼を言われ、吐息を感じて緊張してしまう陽斗。

だが穂乃香はそれ以上密着することなくそっと陽斗の手を取り自分の指を絡ませた。

「穂乃香、さん?」

「また、一緒にどこかに行きましょう。今度は山や湖、ショッピングも楽しそうですわね」

話ながら陽斗を見る穂乃香の顔は優しげで、心からのものに思えた。

「わたくしは陽斗さんと一緒に居ると楽しいです。安心します。その、ドキドキもしますけれど。もっといろいろな場所に行きたいですわ」

「それは、ぼ、僕も、です」

「それじゃあ、約束ですわ」

「約束?」

「はい。約束です」

それは、何度でも陽斗と一緒に遊びに行きたいという意思表示。

これから先も共にありたいという願いをこめた、穂乃香なりの告白だ。

いくら悪意以外の自分に向けられる感情に鈍感な傾向のある陽斗でも、それは誤解することなく伝わっている。

だからこそ誤魔化すことなく心の内をさらす。

「僕は、まだ全然ダメで、頼りなくて、もっと頑張らなきゃいけないと思ってて」

「そんなこと!」

あまりに自己評価の低い言葉を穂乃香が否定しようとするのを陽斗は首を振って制し、言葉を継ぐ。

「お祖父ちゃんも穂乃香さんや晃さん(穂乃香の兄)もすごい人たちで、でも、いつかそんな人たちにも頼られるようになりたい。ううん、なる、つもり」

「…………」

「それにはすごく時間がかかると思うけど、その、ぼ、僕は頑張って穂乃香さんの隣に居たいと思ってる」

「陽斗さん」

「だから、これからも、隣に居ていいですか? いつか、穂乃香さんを守れるくらいに強くなるから」

最後まで言い切った陽斗の顔は真っ赤で、下を向いたまま隣の穂乃香に向けていない。

だがそれでも、それは穂乃香に向けた、精一杯のものだ。

「……約束、してくれますか? これからもわたくしと一緒に」

コクン。

その言葉に頷くと同時に、陽斗の頬に柔らかく温かいものが押しつけられる。

「え?!」

驚いて顔を上げた陽斗の隣では、今度は穂乃香が頬を染めて顔を背けていた。

「も、もうゴンドラが一番上まで来たようですわ!」

彼女のかなり無理な話題転換に、一瞬キョトンとした陽斗だったが、すぐにクスリと小さな笑い声を上げる。

「わ、笑わないでください! さ、さっきのは予約の印なんですからね!」

ゴンドラの中は夕日で赤く染まり、もはやふたりの顔が赤いのが恥ずかしさからなのかどうかわからない。

陽斗と穂乃香は互いの顔を見合わせ、ただ、笑顔を浮かべていた。