軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第124話 少女のその後と穂乃香のご褒美

「ねぇ、あの娘って」

「よく学校来れたよね」

萌衣が2週間ぶりに登校すると、校舎に入った途端に不躾な視線とコソコソとした囁きが浴びせられる。

女子からの陰口には慣れているが、これまでの嫉妬が大部分のソレとは違い、今は侮蔑と嘲笑がたっぷりとこめられているように感じられる。

こうなる予想はできていた。

だから時間ギリギリに学校に着くようにしたし、服装や髪型もこれまでとは違うイメージになるように地味でつまらないものにした。

でも、萌衣はこの学校ではすごく目立つ存在だった分、そんな変化を目敏く気づかれたのだろう。無駄な努力だったようだ。

帰りたくなる気持ちをなんとか堪えて自分の教室に入る。

予鈴が鳴るほんの少し前、一番賑やかな時間帯の教室が、萌衣が入った瞬間静まりかえった。

いつもなら萌衣の姿を見つけたらすぐに走り寄ってくる男の子たちも、一部が気まずそうに目を逸らし、半数が不快そうに睨んでくる。残りは一瞬だけこちらに目を向けた後は興味なさそうに近くの男子と会話を再開させる。

いつだって彼女の周りにいた男の子たちは誰ひとりとして近寄ってこようとしない。

きっかけは黎星学園を中心とした近隣の学校が合同で開催したチャリティーバザーだろうが、決定的になったのは黎星学園の生徒会役員にして四条院家の令嬢である穂乃香が萌衣の家に来たことだ。

その時に穂乃香が萌衣の両親に手渡した報告書で、彼女のこれまでの行状が知られることになった。

肥大した自己顕示欲で学校の男子たちに愛想よく振る舞って味方につけ、気に入らない女子を排除した。

中には萌衣の本質を察して距離を取る男子もいたが、そういった相手は周囲の男子たちを上手く扇動して陥れたり嫌がらせを繰り返した。

なにもかもが自分の思い通りになる。まるでお姫様にでもなったかのように扱われ優越感に浸る。

人間の欲というのは際限がないもので、最初の頃は数人にチヤホヤされるだけで満足だったのが、次第にその範囲は広くなり、思い通りにいかないことが我慢できなくなってくる。

だが、萌衣の周囲に侍る男子はごく普通の高校生であり、同じ学校の男子を虐めたりする程度はできても、女子や校外の人間に対する影響力は乏しい。

だから次は少々やんちゃな男子の伝手をたどって半グレの連中と面識を得た。

見た目の良い女子高生がそんな輩に近づこうとするなど危険極まりないが、彼女の父親がその地域でそれなりの影響力のある立場だったことと、過剰なほどの小遣いを毎月渡されていて気前よく振る舞ったことで程良い距離を保つことができていた。

さすがに半グレの男たちはそう簡単に萌衣の外見や態度に惑わされることはなかったが、それなりに利用価値を認めていたのだろう。彼女自身に手を出すことなく、多少の対価だけで多くの望みを叶えてくれていた。

それら、萌衣の行動のすべてが記された報告書を読んだ両親は蒼白になる。

娘が他の女の子と比べてかなり我が儘であることは知っていた。

父親は経営者として毎日忙しかったし、母親は気の弱い性格で、あまり叱ることができていなかった。

だがそれでも娘に対する愛情はできるだけ注いできたつもりで、裕福なこともあって甘やかしてきたのだ。

結果としてそれが萌衣を増長させ、周囲に大きな迷惑をかけることになってしまったことを知り、愕然とした。

自分達がまったく家族と向き合ってこず、娘のことをなにも知らなかった。

ただ甘やかし、自由にさせてきた。問題が起こってもなんとでもなると高をくくっていたとも言える。

その結果もたらされたのは重要な取引先の、さらに上の存在である四条院家の令嬢からの告発と警告である。

地域でそれなりに知られた会社の経営者とはいえ、国を代表するような企業体を経営する名家とは比較することすらはばかられるほどの開きがある。

かの家に睨まれたら父親の会社などすぐにでも潰されてしまうのは明らかだ。

その上、現在進行形で萌衣が迷惑をかけようとしている相手は、その四条院よりもさらに上の、父親が会ったことすらない雲の上の存在。

慌てた両親は萌衣に一切の外出を禁じ、これまで娘が迷惑をかけた相手(中には迷惑という言葉では片付けられない相手も居たが)に謝罪して回った。

もちろんその間は仕事どころではなかったが、社長の不在を重役たちがカバーしていたので会社には今のところ影響はでていない。

両親の謝罪行脚が一通り終わり、萌衣は学校に行くように命じられた。

当然この状況で彼女としては学校なんて行きたくない。

謝罪した相手には同じクラスの女子も含まれていたから今頃は学校中に知れ渡っていることだろう。萌衣の顔が広い分、ダメージも大きくなるのが予想出来るのに行きたいわけがない。

だが両親が登校拒否を許さない。もちろん転校もだ。

自分のしたことの結果を受け入れることも彼女の罰。

そう言われてしまえばそれ以上反論もできない。

萌衣の行状に失望と怒りを露わにした両親ではあったが、それでも娘に対する愛情は涸れていないようで、厳しい言葉の中に萌衣を心配する様子が垣間見える。

本当に萌衣が追い詰められたり危害を加えられたりすることがあれば転校も許可されるだろうが、まずは自分の罪と向き合いなさいということだ。

好き勝手我が儘を言っていたが両親のことは好きだったし見放されたくないと思った彼女は仕方なしに重い足を引きずって登校した。

そして着いた先は完全に針のむしろ。天国から地獄とはまさにこのことだろう。

さりとて、この期に及んではもはや穂乃香や陽斗に逆恨みすることもできない。

知り合いの半グレに片っ端から連絡したものの、その全てからけんもほろろにあしらわれ、所持金も全て父親に取り上げられたのでは仕返しどころではない。

これまで叱られなかった分を取り戻すかのように連日連夜怒られ、謝罪先の様子や被害者たちから浴びせられた言葉の数々を聞かされたことで多少の心境の変化もある。

そしてなによりこれからは同級生たちからの侮蔑や怒り、悪意から自分を守らなければならない。

「なんでアンタが学校来てんのよ。とっくに辞めたと思ったのに」

「そうそう、化けの皮が剥がれたんだからニートでもしてたらいいのに」

予想通り、以前から萌衣に苦々しい目を向けていたクラスメイトが罵倒してくる。

普通なら逆転した立場に萎縮して身を縮めるだけだろうが、あいにく被っていた猫が居なくなった萌衣は本来の図太く高慢な顔をさらすのに抵抗がない。

「別にアンタらにカンケーないよ。ってか、アタシの立場が落ちたからってアンタらが偉くなったわけじゃないんだからチョーシに乗らない方が良いんじゃない?」

そう言い返すと、わかりやすく相手の顔色が変わる。

「テメェ、この」

「ムカつく」

激高した彼女達が萌衣に向かって腕を伸ばした瞬間、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響き、同時に教室のドアが音を立てて開かれた。

「全員席に着けぇ~。点呼始めるぞぉ!」

「チッ!」

「おぼえとけよ。ぜってぇ学校来れなくしてやる」

忌々しそうに舌打ちして自分達の席に戻っていく少女たちを見送り、萌衣はそっとため息を吐いた。

2週間も休んだためにさっぱりついていけなくなった授業をなんとか耐えしのぎ、萌衣はようやく放課後を迎える。

その間、誰からも話しかけられることはなく、といっても絡まれるのを警戒して休憩時間はサッサと教室を離れていたのだが、これまで経験したことのない孤独な一日を過ごした彼女は早足で下駄箱に向かう。

正直、萌衣に向けられる視線は想像したものよりもずっと厳しく、かなり悪意のあるものが多かった。

ある程度覚悟はしていたものの、さすがの彼女もこの先ずっとこんな環境だと思えば気が滅入ってくる。

当面は罰として仕方ないとしても、卒業まで1年半以上あることを考えればとても耐えられそうにない。

クラスメイトから絡まれたときは強気で言い返したが、今の萌衣に守ってくれる男子は居ない。

元々女子生徒からは敵視されることが多かったし、今後は男子生徒たちにも警戒しなければならない。

彼女自身は非力な女子でしかないのだから、女子の集団や男子から危害を加えられたら抗いようがない。

「最悪、強そうな男を身体を使って誑しこむしかないかなぁ。そんな目的でヤらせたくないけど」

靴を履き替えながら萌衣がそう独りごちていると、不意に後ろから声をかけられ肩がビクリと震える。

「ようやく出席したのね。悪いけど少しつき合ってちょうだい」

「……せーとかいちょーが、アタシになんの用? 文句とかなら聞き飽きてるし、授業についていけなくなってるから家で勉強しなくちゃいけないんだけど?」

振り返ってその姿を見て力を抜く。

嫌っていた相手ではあるがくそ真面目でソリが合わないだけで、彼女が陰湿なことをしたりする性格でないのは知っている。

だがだからといって大人しくついて行くのは気が進まないが。

「生徒会にも貴女のご両親がお詫びにみえたわよ。迷惑をかけられたのは確かだし、その責任を取らせるとも言っていただいたの」

その言葉に萌衣は顔をしかめる。

それが本当なら彼女は従うしかないが、もってまわった言い方が気に入らない。

「別に腹いせに酷使しようなんて考えてないから安心しなさい。生徒会の雑用をしてもらうだけだし毎日というわけでもないわよ。それに、貴女にとっても悪い話じゃないわ」

「……どういう意味?」

「今の状況じゃかなり学校に居づらくなっているわよね。元から女子生徒からは嫌われてたわけだし」

「ほっといてよ」

嫌そうに言う萌衣を気にすることなく言葉を続ける生徒会長。

「このままだと多分、貴女に対してイジメが始まるでしょうね。そしてもうかばってくれる男子も当分は居ない」

「…………」

まさについ先ほど萌衣が考えていたことだ。

「生徒会としては生徒が他の生徒を虐めるなんてことは黙認できないし、これ以上学校をかき回されたくないの。だから、直接の被害者は別としても、貴女に対して生徒会が代表して罰を与える代わりに、他の生徒が手を出さないようにするつもり」

「そんなことできるわけが……」

否定しながらも言葉尻を濁すのは多少の期待もあるからか。

「これでも生徒会長を任される程度は人望があるつもりよ。貴女のクラスにも役員がいるし、各委員会にも話を通してあるわ。それでも陰でいろいろされるのを全部防ぐことはできないけど学校側に目をつけられたくない生徒を牽制するくらいならできるんじゃないかしら」

確かに、と萌衣は考える。考えてしまった。

「それじゃ異論はないわね」

「どうせアタシに拒否権ないんでしょ?」

「ええ。黎星学園の生徒会からも頼まれているしね。断れないわよ」

「っ! アタシがこんな状況なのはあの女のせいじゃない!」

「貴女のは自業自得でしょ。今回のことがなくてもいずれはバレてもっと悪い状況になってたわよ。それでも貴女が必要以上に追い詰められることを心配しているんだから感謝した方が良いくらいよ」

ぐうの音も出ないほどの正論。

(だからこの女は嫌いなのよ)

内心でそう不満を爆発させるも、結局先のことを考えて萌衣は首を縦に振るしかなかった。

「そうですか。それではお願いしますわね。ええ、また今度ゆっくりとお話ししましょう」

生徒会室前の廊下で電話を切ると、穂乃香は小さく息を吐く。

なんとか彼女のもくろみ通りに事が進んで安堵する。

今回、萌衣を陽斗から遠ざけるために穂乃香がしたことは、彼女が好き勝手できる状況を潰すことだ。

そのために萌衣の過去を含めて身辺調査を行い、両親に報告した。それに加えて、彼女と繋がりがあると思われる半グレや不良少年のグループに警告を出した。

どちらも四条院家だけでは手に余ったので桜子の勧めで皇家傘下の調査会社の力を借りている。

萌衣自身には直接手を出していないしその必要もない。これから彼女は自分のしたことのツケを払うことになる。

だがそれでも桐生貴臣とは違い、直接的に陽斗に危害を加えたわけではないし、被害者への償いは家族で背負うべきものだ。

まだ若く更生の可能性がある以上は追い詰められ過ぎないように配慮が必要だと考えて、所属する学校の生徒会に協力をお願いしたというわけだ。

とりあえず彼女の件はこれで終わったと考えて良いだろう。

油断して良いわけではないが、半グレの連中にも距離を置かれたようなので、彼女ひとりでは通常の警備をくぐり抜けることは無理だ。

穂乃香が生徒会室に戻ると、陽斗が心配そうな顔で彼女に目を向けていた。

「申し訳ありません、知人からの連絡だったもので」

作業の途中で抜け出したことを詫びると、陽斗はブンブンと首を振る。

中断したと言っても大した時間ではなかったし、そもそも誰に迷惑をかけたわけでもない。

「作業は前倒しだから大丈夫。というか、そろそろ切り上げて帰ったらどうだい? 四条院さんと西蓮寺くんは少しばかり働き過ぎだからね」

そんなやりとりに気づいた生徒会長の雅刀が穏やかに口を挟む。

実際、夏に行われるオリエンテーリングの準備にはまだまだ余裕があるし、生徒会の仕事はそれほど立て込んでいない。

しかもその少ない作業も陽斗と穂乃香がどんどん処理してしまうので他の役員の仕事がほとんど残っていないほどなのだ。

このままでは大半の役員が、ただ生徒会室で駄弁るために集まっているような状況になってしまう。

「今週はもうふたりは休むこと。あぁ、もちろん部活のほうは参加しても構わないよ。でも生徒会の仕事は他の役員のためにも禁止」

そんなことを言われ、穂乃香は陽斗と顔を見合わせ、クスリと笑う。

「そういうことなら少しお休みをいただきますわ」

「えっと、僕もそうします」

ふたりはそれまでしていた作業を他の人に代わってもらい、帰り支度をする。

陽斗は他の人が作業している中で先に帰るのを気が咎めているようだが、メンバーは皆笑って手を振ってくれている。

そうしてどことなく気まずそうに礼をして生徒会室を後にしたのだった。

「あの、穂乃香さん、ごめんなさい」

廊下を歩きながら突然陽斗が頭を下げる。

「どうしたのですか? わたくしは陽斗さんに謝られる覚えがないのですけれど」

戸惑った穂乃香が聞き返すと、陽斗は曖昧にかぶりをふった。

「その、なんとなく、なんだけど、穂乃香さんが何か僕のために無理をしているような気がしてて」

その言葉に穂乃香は顔が引きつりそうになるのをなんとか堪える。

「どうしてそう思ったのですか?」

「べ、別に根拠があるわけじゃないんだけど、本当にそんな風に思ったから」

ただの勘、にしては察しが良すぎる。

ここは変に隠すと逆に心配させてしまうだろうと、穂乃香はほんの少しだけ事情を漏らすことにした。

「チャリティーバザーでトラブルを起こした生徒がこちらに迷惑をかけるかもしれないのでその対応をしていただけですわ。本当に念のため、なので陽斗さんが気にする必要はありませんよ」

嘘ではないが本当でもない。

なおも心配そうに見つめてくる陽斗に、穂乃香は明るい笑みを見せる。

実際に粗方終わったことなのでこれ以上気を煩わす必要がないのだ。

「……うん。あ、でも、僕に何かできることってないかな?」

「できること、ですか?」

「その、役には立たないかもしれないけど、穂乃香さんが僕にしてほしいこととか」

陽斗がそう言うと、穂乃香は立ち止まって顎に手を当てて考え込む。

「そう、ですわね。あの、もし、は、陽斗さんさえ良かったら、ですけども、わたくしとお出かけしてくださいませんか? その、お休みの日、とかに」

「ぼ、僕が?」

「え、ええ、わたくしは今回、自分でもそれなりに頑張ったと思いますの。ですので、ご、ご褒美を、陽斗さんから」