軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決着、第二階層

魔力障壁に囲まれた舞台上でもうもうとした爆煙が立ち込めるなか、僕は気配察知魔法の『電界』で鬼山羊【バフォメット】の位置を把握する。

次いで、風の属性魔法も発動してゆっくりと歩き出した。

イビとマルバスとの立ち回り、僕が放った魔法による爆発によって舞台上は大小様々な瓦礫が転がっている。

足を踏み出す度に砂利の上を歩くような足音が鳴っている。

やがて激しく炎が立ち上がり、爆ぜて火の粉が舞い散りながら黒い煙がもうもう立ち上がっている場所に辿り着いた。

まるで何かを真っ黒に焦がしたような臭いが鼻を突いてくる。

「ここだね」

ゆっくりと火に向かって掌を向けると、僕は水槍を発動して一気に鎮火させた。

水と燃え盛る炎が打つかり合うことで、水が蒸発する『ジュワ』とした音が響き、発生した水蒸気が白い煙となって立ち上がる。

風の魔法で白い煙を掻き消すと、その中心から鬼山羊が頭部だけとなった姿がお目見えした。

ただし、頭部と言っても口はない。

口を含めた体は『火遁・大爆殺陣ノ術』で文字通り爆散してしまったようだ。

鬼山羊は「シュー、フシュー」と荒い鼻息を立てつつ、殺気と憎悪の籠もった横線の入った瞳をこちらをじろりと向けてきた。

「そんな目で睨んでも、僕は動じないよ」

微笑みながら火の魔力を右手に込めていくと、その右手から赤い魔力が燃え盛る焔のように立ち上がった。

「さぁ、これで止めだね」

荒い鼻息を放ち、こちらに睨んでくる鬼山羊の額に向けて僕は右手を突き刺した。

その瞬間、焦げた木乃伊片が飛び散っていく。

端から見れば、結構酷いことをしているように見えるかもしれない。

でも、先に進むためにもこれは絶対に避けては通れないことだ。

「うん、見つけた」

感じていた気配を頭部に突っ込んだ右手でわしづかみにして抜き出すと、その手の中には翡翠の丸玉があった。

鬼山羊は忌々しそうに目付きを細め、さらに鼻息を荒くしながらこちらを凄んでいる。

さしずめ『何故、わかった』といったところだろうか。

冥土の土産に教えてあげるべく、僕は大きな瞳の前にしゃがみ込んだ。

「一階層の牛鬼は胸元にでっかくあったけど、君は再生する体の中に小さくして隠し持っていたね。おまけにイビとマルバスの戦闘中、好きに体内を移動させていたでしょ」

鬼山羊の目と瞳孔が大きく開いた。

どうやら気付かれたことに驚愕しているようだ。

「僕、魔力の気配察知には少し自信があるんだ。君みたいな存在と立ち会ったのはこれで三回目だし、三回とも激戦だったからね。さすがに丸玉の気配というか、位置は何となくわかるようになるよ」

立ち上がってわざとらしく肩を竦めて頭を振ると、僕は「だから……」と切り出してにこりと笑った。

「爆散焼失させて頭部以外、逃げる場所をなくしたってわけ。おわかりいただけたかな」

「……⁉」

鬼山羊の大きく見開かれていた目が、今度は逆に細くなっていく。

『この人の皮を被った化け物が……⁉』と言ったところだろうか。

僕はやれやれとため息を吐いた。

「あのねぇ。僕は気配察知魔法に自信があるっていったでしょ。これって、君の抱いている感情も何となくわかるんだよ。こんな幼気な子供に向かって化け物はないでしょ。というか、門番役の化け物が、相手を化け物なんて罵るのはかっこ悪すぎだと思わない?」

僕が告げたその瞬間、鬼山羊の目がニヤリと歪む。

彼の体が一気に再生し、その場に立ち上がった。

「ガァアアアア」

『油断したな。馬鹿め』

鬼山羊が両手を組んだ拳を振り上げると、彼の勝ち誇ったような感情が聞こえてくる。

だけど、僕は動じずにその目を見据えるべく見上げた。

「だから、君の考えていることなんてわかるってば」

振り上げた拳を鬼山羊が振り下ろそうとしたその瞬間、突風が吹き荒れる。

砂が舞い上がるなか、ちらりと横目で見やれば、イビが槍を振るっていた。

「もうテメェの出る幕は終わったんだよ。さっさと舞台を降りやがれ」

彼女が冷たく吐き捨てると、鬼山羊の肘から先の両腕が地面に落ちた。

「グォオオオ⁉」

「叫ぶな。牢宮の家畜は家畜らしく跪け」

舞台を一筋の灯りが駆け抜けた。

マルバスが薙刀を振るったのだ。

彼が冷酷に告げると、鬼山羊の両足は切断されて再び仰向けに倒れ込んでしまう。

どん、という重い音と共に、舞台がすこし揺れた。

「あらあら、また倒れこんじゃったね」

僕は優しく告げると、右手に持っていた翡翠の丸玉をこれみよがしに鬼山羊に見せつけてにこりと笑いかけた。

ちなみに両隣にはイビとマルバスがやってきて、ひれ伏した鬼山羊に冷たい眼差しを向けている。

「ばいばい、鬼山羊さん」

「とっとと消えろ、三文役者」

「家畜に用はない」

「ガァ……⁉」

『や、やめろ⁉』

慌てふためき、怯えた感情が伝わってくる。

でも、僕は容赦なく、一切の躊躇なく翡翠の丸玉を魔力を込めた右手で握り潰すように砕いた。

破片が飛び散り、煌めきながら霧散していく。

その様子を鬼山羊はわなわなと震えながら目を見開き見つめていた。

程なくして鬼山羊の体も霧散をはじめ、煌めきの中から人族の青年らしい冒険者が形作られていって舞台に倒れ込んだ。

「君、大丈夫」

「う、うぅ。あの時はそんなつもりじゃなかったんだ。すまなかった、悪かった、どうか許してくれぇ……」

僕が駆け寄って抱きかかえながら声を掛けると、彼は苦しそうに呻き、うわごとを呟いた。

白くも日に焼けた肌、茶髪の短髪。

見た目と着ている洋服、装備の様式からして、おそらく帝国出身の冒険者と思われる。

何処かでこの牢宮に誘われ、攻略に失敗したんだろう。

彼の意識が戻れば、新たな情報を得られるかもしれない。

「君、気をしっかり、気をしっかり持つんだ」

大声で語りかけると、彼はうっすらと目を開ける。

その瞳の色は、帝国人が多く持つ水色の瞳だった。

「俺は悪くない、悪くないんだ」

「……うん、そうだね。君は悪くないよ」

何だかわからないけど、気を落ち着かせるためには肯定してあげたほうがよさそうだ。

母上の優しい表情を思い浮かべ、できるかぎり優しく告げて微笑み掛けると、彼はふっと表情を崩して

「ありがとう、ありがとう。優しい……ミスティナ様」と言って目を瞑り、がくりと項垂れてしまった。

「え、ちょっと、君⁉」

声を掛けるも返事はない。

どうやら気絶してしまったようだ。

というか、この人、ミスティナ教の信者なのか。

魘されていたとはいえ、僕のことを聖女に見間違えるなんて。

「おい、悪役主人公【ダークヒーロー】。そいつから離れろ」

「え……?」

イビの声にハッとして顔を上げると、地面の彼方此方に黒い渦が出現し、手が生え出てきていた。

うわ、気持ち悪い。

ぎょっとするも、手は冒険者の彼を掴むべく、こちらに襲いかかってくる。

「狙いは彼か。そう簡単に渡さないよ」

立ち上がって構えたその時、「この、木偶が」とマルバスに抱きかかえられてしまった。

「な……⁉ 急に何をするんだよ」

声を荒らげると、彼は飛び退がりながら怒号を発した。

「目的をはき違えるな。私達の目的は牢宮攻略であって、あの男を助けることではない。あの手は牢宮が生み出した魔物で半永久的に出現するはずだ。あの蝶が仕掛けてきた遊戯の門番と違い、勝てる見込みはない」

「じゃあ、このまま見殺しにしろって言うのか⁉」

「だから木偶だというのだ」

マルバスは下がった場所で僕を放り投げるように解放した。

受け身を取って冒険者を見やれば、彼は黒い手に絡め取られて黒い渦の中に引き込まれてしまう。

助けるようにも、もう間に合わない。

「お前、どういうつもりだ」

僕は鬼の形相でマルバスに詰め寄るも、彼は鼻を鳴らして眼鏡の山をくいっと上げた。

「あの冒険者風情がいつ牢宮に迷い込み、鬼山羊にされたのかはわからん。だが、奴は生きていた。つまり、この牢宮もしくはあの蝶に生かされ、飼い殺しにされていたのだ」

「なら、尚更に新しい情報を得るためにも助けるべきだったんじゃないのか」

「少しは考えろ、木偶め。私は奴の命などどうでもいい。しかし、どうしても助けたいというのなら、最深部にいって牢宮核を破壊するか、蝶と交渉するべきだ。奴を助けようとして消耗すれば、私達が牢宮に取り込まれる可能性が高くなるのだぞ」

マルバスが冷静沈着に淡々と告げると、「はは、あたしも今回はぼんぼん眼鏡に賛成だぜ」とイビが切り出した。

「木乃伊取りが木乃伊になるって言葉もあるからな。仮に助けられても、物資は限られてんだぜ。気持ちはわからなくもねぇが、目先のことに囚われて感情的になんなよ。悪役主人公【ダークヒーロー】」

「ぐ……」

僕は言い淀み、俯いた。

マルバスとイビの言葉は正論だ。

目先のことに囚われてしまえば、大局を見失ってしまう。

牢宮攻略と囚われた人達を救うため、どうすれば良いか。

癪だけど、マルバスの言うとおり、冷静に考えるべきだろう。

僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、顔を上げてマルバスとイビに頭を下げた。

「……ごめん、ちょっと感情的になりすぎたね。でも、牢宮に囚われている人達がいることを知ってしまった以上、やっぱり放っては置けないよ。攻略と合わせて囚われた人達も救いたい、これが僕の意思だということも伝えておくね」

「それは好きにしろ。私は部下を救えればそれで良いからな」

「あたしもここを出られればそれでいいぜ」

「わかった。ありがとう」

二人の言葉に敵意は感じられない。

許してくれたことにお礼を告げると、イビは「良いってことよ」とおどけるも、マルバスは眉を顰めて鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

「木偶に礼を言われる筋合いなどない。寒気がするからやめろ」

「あ、あはは。わかった、ごめんね」

「だから謝るな」

マルバスが怒号を発したその時、舞台を覆っていた魔力障壁が消え、正面の少し離れたところに光が集まって次に進むための門が唐突に出現した。

そして、頭上から底抜けに明るい笑い声が降ってくる。

見上げれば光が集まり、蝶の羽を持つ『あの妖精』が形を成していた。