軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ライナーの言霊

「えっと、父上。ひょっとして僕が剣に数えられたことを喜んでますか?」

悪戯心から上目遣いで尋ねてみると、父上は「む……」と口をへの字にする。

でも、すぐに気恥ずかしそうに口元を緩めた。

「……まぁ、我が子の成長を頼もしく思わぬ親などおらん。才能豊かであればなおさらな」

「え……?」

本当に喜んでくれているなんてと、僕は嬉し恥ずかしくなって顔が火照った。

「あ、ありがとうございます」

照れ隠しに俯くと、父上は咳払いをして真顔に戻った。

「だが、油断してはならんぞ。リッドは調子に乗りやすいところがあるからな」

「う……心して気をつけます」

父上の言葉が胸にぐさりと深く刺さった。

気をつけているつもりなんだけど、僕はどうしても調子に乗ってしまいやすいところがあるんだよなぁ。

「なんにせよ、リッドが剣と評されれば良い抑止力になるはずだ」

「あ、それがバルディアと帝国に弓を引く者が少なくなることに繋がるということですね」

「そういうことだ。今後の活躍も期待しているぞ」

「はい、畏まりました」

期待している。

そう言われたことが嬉しくて声がつい弾んでしまった。

でも、僕は一つ未報告だったことを思い出しハッとする。

「あ、申し訳ありません。一つ直近であったことがまだ未報告でした」

「直近であったこと、だと?」

父上の眉がぴくりと動くと、僕はカペラに目配せした。

「実はつい先日、狐人族領でバルディアの駐屯地としている元グレアス・グランドーク氏の屋敷において、故人グレアス氏が隠していた本が二冊見つけたんです」

「ほう。だが、どうして通信魔法で事前に連絡をしなかったのだ」

「アリーナやシルビアを介しての会話もはばかれる内容だったもので……」

僕が決まりの悪い顔で頬を掻いていると、カペラが机の上に例の木箱を置いて中身を丁寧に取り出した。

彼は箱の隣に手袋も置くと会釈して下がり、元の位置に控える。

ちらりと、父上の顔色を窺うと思いっきり眉を顰めていた。

「……リッド、それでこの手紙と二冊はどういった内容の代物なんだ」

「手紙はグレアス氏がガレス達と袂を分かつ事を決意し、決起する直前に書いたようです。手紙の内容に目を通していただければ、事前報告が出来なかった理由がおわかりになるかと」

「あまり良い予感はせんな」

父上は手袋を嵌め、封筒の中にあった二枚の手紙の中身を取り出し、目を落とす。

眉を顰めていた父上だったけど、手紙を読み終える頃には険しかった顔に哀れみ色が表れ、心なしか目が潤んでいるように見える。

グレアス同様に妻子を持ち、領地運営を託された身として、父上は僕以上に思うところがあったのかもしれない。

狭間砦の戦いでエルバ達に敗れていれば、バルディアだってグレアスと似たような運命を辿っていたことは疑いようがないからだ。

「……内容から察するに、故人もさぞ無念だったであろうな」

一通目を読み終えたらしく、父上はゆっくりと息を吐いた。

「はい、グレアス氏の心中は察するに余りあります。ですが、今後の問題となるのは手紙の二枚目です」

「二枚目……」

僕の返事を聞くと、父上は二通目を手に取って再び目を落とした。

「古代マーテル語で書かれた著者不明の聖本、だと……⁉」

父上は眉を顰め、眉間に皺が寄った。

さっきまであった哀れみの色は消え、むしろ青ざめているようにも見受けられる。

ティンクやカペラからの指摘もあって僕も驚愕したけど、父上の表情は今までにないほど険しく厳めしい。

改めて『著者不明の聖本』がどれだけ危険なパンドラの箱なのかがうかがい知れたような気がした。

二枚目を読み終えたらしい父上は、手紙を丁寧に封に戻すと机の上に丁寧に置いた。

そして、眉間を手で揉みながら息を吐き、鋭い眼光でこちらを睨んだ。

「リッド、これまでの流れから察するに、お前は聖本に目を通したんだな?」

「は、はい。現地で発見した時に一応は目を通しました。しかし、グレアス氏が翻訳していたのは最初の数頁【ページ】のみです。聖本の全容まではわかりません」

いつもよりも数段低い声を父上が発する。部屋の空気が一気に張り詰める。

僕は息を飲みながら、丁寧に答えた。

やっぱり、この『聖本』は僕どころか、バルディアの手にも余る代物なのかもしれない。

「そうか。では、この本の存在を知っている者は、リッド、カペラ、ティンク、私以外に誰がいる」

「アモンがおります。狐人族領内で見つけ、グレアスの遺品である以上、バルディアに持ち帰るには彼の確認を取るのが筋だと判断いたしました」

「わかった。では、先に言っておく。どのような内容にしろ『著者不明の聖本』の存在は一切口外無用とする。これだけは決定事項だ」

「畏まりました」

僕が頷くと、父上は身を乗り出して念を押すように僕の目を見据えた。

「ナナリーはもちろん、ファラ、メル、キール、ティス、シトリーにも絶対に話してはならんぞ」

「しょ、承知しております。ただ、グレアス氏の手記だけはシトリーとノワールに読ませたく存じますが、よろしいでしょうか」

グランドーク家の一員であるシトリーも、今後のことを踏まえて伯父の心中を知っておくべきだと思う。

公表はされてないけど、ノワールはグレアスの遺児だ。

彼の妻だったマリチェル氏は亡くなっているそうだから、残された家族はノワールだけということになる。

「故人の手記、か。気持ちとしては読ませたいが、これも内容次第だな」

机に置かれていた二冊の本に父上が視線を落とすと、僕は机の上に置かれていた本の一冊目を父上の前に差し出した。

「こちらがグレアス・グランドークの手記です」

「……読ませてもらうぞ」

「はい。手記の前半にはガレスやエルバ達が行った軍拡に賛同して私腹を肥やし、悪行を重ねた豪族達の名が連なっておりました。ですが、そのほとんどはすでにアモンが部族長となった後に改易を命じられて没落しております。後半はグレアス氏が万が一に備え、妻子に向けた内容になっていました」

僕の説明を聞きながら、父上は手記をぱらぱらと確認していく。

ややあって、父上は本を閉じて机の上に置いた。

「なるほど。結果的にグレアス氏の遺志をアモンが継いだということか」

「はい。本人も喜んでおりました」

「この内容であれば、シトリーとノワールに読ませて問題なかろう」

「……⁉ ありがとうございます、父上。二人もきっと喜びます」

もしかして駄目と言われるかなと、思っていたから嬉しくて僕はにこりと目を細めた。

でも、父上は「しかし……」と続けて手記を見やった。

「後半に記されている故人の私生活の部分だが、この辺りもリッドは読んだのか?」

「あ、いえ、その部分は故人の尊厳に関わるので血縁者以外は読むべきではないと、ティンクに読むのを止められました」

「そうか……」

何故か父上は少しほっとした顔をすると、ティンクを見やった。

「ティンク、良い判断だった。シトリーとノワールに手記を読ませる時も、悪いが立ち合ってやってくれ」

「畏まりました」

彼女が会釈すると、僕は小首を傾げて「えっと……」と切り出した。

「ところで、どんな内容が書いてあったんですか?」

「……まぁ、リッドがまだ知らなくてよいことだ。お前とて、ファラとの相思相愛な日常を書き記した手記があったとしたら、他人に読まれたくはないだろう?」

「う……⁉ そ、それはそうですね」

実のところ、僕は日々の出来事を日記にひっそりと書き記している。

当然、その中にはファラとのやり取りも書いているけど、他人に読まれるなんてまっぴら御免だ。

決まりの悪い顔で頬を掻いていると、父上はもう一冊の本こと『著者不明の聖本』に目を落とした。

「さて、次はこれだな。さっき、グレアス氏が翻訳していたのは最初の数頁のみだと言っていたな」

「はい。しかし、その翻訳が正しいかどうかも含めて精査すべきかと。父上の許可さえいただければ、サンドラに翻訳を任せたいと存じます」

「そうだな。彼女なら信頼できるだろうが、やはり問題は中身だ。女神ミスティナ・マーテルの人物像が記載されている聖本など、今まで聞いたことがない」

父上はゆっくりと机の上に置いてあった聖本を手に取った。

「だが、さすがに女神ミスティナ・マーテルを根底から否定するようなことが書かれている訳ではあるまい。もし、そんなことが書かれていたなら、トーガが黙っておらん。下手すれば聖戦をふっかけられて戦争だな」

本の表紙をめくる前、僕が思っていたことを口に出してしまった父上。

僕が「あ……」と目を点にするなかで、父上は本の表紙をめくる。

「本当に古代マーテル語で書かれているようだな。ふむ、これがグレアス氏が翻訳した字か……」

父上は目付きを細くして字を追うが、間もなく眉を顰め、眉間に皺が寄り、著しく顔が厳めしくなってしまう。

何も言わずにパタンと本を閉じ、父上は俯きながら深いため息を吐いて自らの眉間を揉み始めた。