軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アステカとの会談

「……この扉の先が会談を行う会議室だ。心の準備はいいか、リッドとアモン」

「もちろんです。私はいつでも構いません」

「私も心はすでに整っている」

アステカが挑発するような物言いで口元を緩めるが、僕とアモンは動じずこくりと頷いた。

豪族達が両脇を囲む道を真っ直ぐ進み、先導するアステカに屋敷と併設されていた倉庫を案内され、その屋敷に移動して最後に到着したのがこの会議室だ。

馬人族はズベーラの運送を担っているということもあってか、部族長屋敷の隣には二階に事務所があるほぼ平屋の大規模な物流倉庫が建てられている。

馬車の荷卸しや荷台詰め込みをしやすいよう倉庫の壁には高さのある大きな搬入口が一定間隔で何個も並び、物流拠点と呼ぶに相応しい造りだ。

商会の代表であるクリスやエマも倉庫を見て『ここまでの規模はあまり見たことがありませんね』と感嘆していた。

僕が何気に驚いたのは、倉庫内で使われていた台車が『高さのある折りたたみ式』や『棚の高さを段階で設定できる』もので、前世を彷彿とさせる作りだったことだ。

『この台車はな。俺が考案して作ったんだぜ』

案内の際、僕が驚いたことを察したらしいアステカは、ドヤ顔でそう言っていた。

似たような台車は、バルディアでも作って運用しているんだけどね。

発想から考えを煮詰めれば、誰でも作ることはできる。

ただ、それを実際に『作る』ところまで考えられる人は少ない。

そういう意味で驚いていたんだけど、そこは言わぬが花というもの。

『へぇ、そうなんですね』と、僕は笑顔でとりあえず相槌を打っておいた。

倉庫から屋敷内に移動すると、様々な国の調度品が置かれていることが目につく。

ズベーラ国内における他部族の工芸品をはじめ、帝国、レナルーテ、バルスト、ガルドランド、アストリア、トーガ……おそらく大陸中の工芸品が置かれているんだろう。

案内の最中、各国の調度品が多いことを尋ねたところアステカは『目ざといな』と口元を緩めた。

『馬人族はズベーラ国内から他国への輸送をほとんど請け負っている。その関係で俺には各国と独自の人脈があってな。その関係で仕入れた品の数々だよ』

『なるほど、独自の人脈ですか。それは実に興味がありますね』

『はは、残念だがそう簡単には教えられねぇよ』

アステカは肩を竦め、『独自の人脈』を語ることはなかった。

そして、僕達が寝泊まりする部屋や懇親会が開催される会場を回っていき、現在に至っているというわけだ。

「じゃあ、いくぜ」

彼が扉の取っ手に手を掛け、扉がゆっくりと開かれていった。

室内は壁に金箔で豪華な装飾が施され、天井にはシャンデリアが並び吊るされ、格式高い一枚板の長机が置かれている。

その席には、玄関で見た厳つい顔の豪族達がすでに鎮座していたが、僕達を見るなりさっと立ち上がって畏まった。

「アステカ様。リッド様、アモン様。そして、御一行の皆様、お待ちしておりました」

「気にするな。それよりもさっさと始めるぞ」

アステカは軽く手を振って彼等を座らせ、自身は颯爽と歩いて一番最奥の席に無造作にどかっと座った。

その仕草にも目を引かれるが、一番この部屋で目を奪われるのは彼が座った席の後ろの壁に布に大きく描かれた『ゼブラート家の家紋』が掲げられていることだ。

ゼブラート家の家紋は、前世で見たことのある『万字轡』と似ているだろうか。

僕の視線に気付いたのか、アステカは背後にある家紋をちらりと見て「あぁ、これか」と頷いた。

「この家紋は、馬人族の戦士が活躍した武や車輪を重んじて描かれたものだそうだぜ。まぁ、大昔に描かれたものだからな。真意は定かじゃねぇけどな」

「そうでしたか。ご丁寧に教えていただきありがとうございます」

お礼を告げると、僕達は用意されていた席に腰掛けていく。

僕の隣にはアモンとクリスが腰掛け、僕達の背後でカペラ、ティンク、エマ達が資料の準備を開始する。

「さて……」

アステカは含みのある物言いで切り出すと、机の上を指先で叩きながら頬杖を突いた。

「会談を始めようか。だが、最初に言っておくぞ」

「……何をでしょうか?」

聞き返すと、彼は身を乗り出して凄んできた。

室内の雰囲気が唐突にぴりつき、緊張感が漂い始める。

「人の噂に戸は立てられねぇ。リッドとアモンが各領地でしてきた提案は、色々と聞き及んでいるってことだ。狐人族領の隣なのに最後に回された挙げ句、出がらしを提示されたら、こっちはくそ面白くもねぇ」

「そ、それは……」

アモンはたじろぐが、僕は「なるほど」と相槌を打って微笑んだ。

「一理あるご指摘ですね。では、具体的に何をお求めでしょうか」

僕が尋ねると、彼はにやりと笑った。

「手始めに文字を打ち込める新製品の台数、道路整備の依頼、もろもろの価格。その辺を考慮してくれ、ってところかな」

運送業で各部族領を頻繁に出入りしているから、彼の言う『独自の人脈』で情報収集をしていたんだろう。

各部族領での会談内容が公になることはなくても、いずれ部族長会議や仲の良い部族長同士で共有されることは見越していた。

でも、馬人族が短期間でここまで情報収集してくるのは予想外だったと言わざるを得ない。

「さて、俺はちょっと一服させてもらうぜ」

アステカはそう告げると、自らの懐にすっと手を入れた。

一瞬、カペラ、ティンク、エマが身構えるが、その懐から取り出されたのは銀色の小さなケースだ。

彼はゆっくりと開けると、中から葉巻を一本取り出して先端を少し切る。

次いで、近くにいた豪族に目配せし、魔法で火を付けさせた。

彼が葉巻を深く吸い、ゆっくり息を吐く。

室内に木材を削ったような独特の甘い香りが漂っていくが、ちょっと煙い。

「……ふぅ、ここは俺の屋敷だからな。遠慮なく吸わせてもらうぜ」

「えぇ、もちろんです。ご自由に吸ってください」

「へへ、リッドは話が早くて助かるぜ。セクメトスの奴も以前は吸っていたんだがな。ヨハンが出来てからぱったり止めちまってよ。挙げ句、城での喫煙まで禁止しやがった。ありゃ、職権乱用だぜ」

セクメトスも葉巻を吸っていたのか。

雰囲気的にはぴったりだけど、ヨハンが出来てぱったり止めたというのも何だか彼女らしい。

アステカは肩を竦めると、僕達を見やった。

「お前達の中で吸いたい奴がいるなら吸ってもいいぞ。遠慮するな」

「いえ、私達は……」

断ろうとしてハッとした。

そう言えば、僕の周りで葉巻や煙草を吸う人はいない。

ひょっとして、遠慮してくれているのかな。

確認する意味で周囲を見渡すも、皆揃って首を横に振った。

どうやら、皆は吸わないらしい。

「なんだ。どいつもこいつも吸わないのか。まぁ、それならそれでいいけどよ」

彼はつまらなそうに切り出すと、「それで……」と話頭を転じた。

「どうなんだ、リッドにアモン。考慮はしてくれるんだよな?」

「そうですね……」

僕は即答せず、あえて思案するように口元を手で覆った。

狐人族領の隣領であることを考えれば、友好関係を重視すべきだ。

でも、相手の言い分を全て受け容れれば調子に乗らせてしまう可能性もある。

特にアステカのような人物は飄々とのらりくらりしながら、気付けば何かも根こそぎ持っていこうとするだろう。

思案のしどころだな。

考えを巡らせていると、アモンが耳元に顔を寄せてきた。

「……どうする、リッド」

「狐人族領の隣に位置する部族だから無下にはできないよ。かといって、言われるがままに応じればどこまでも足下を見られるだろうね」

僕がそう告げると、アステカが机を指で叩いてこの場の耳目を集めた。

「会談の時間も限られてるんだ。さっさと答えを聞かせてくれねぇかな?」

アステカと豪族達の注目を浴びる中、僕は深呼吸をしてから目を細めた。

「……わかりました。出来る範囲で善処しましょう」

「おぉ、そうか。やっぱり、リッドは話が早くて助かるぜ」

「ただし……」

喜ぶ彼の言葉を遮るように、僕は強い口調で発した。

「価格は他部族との兼ね合いもありますので譲れません。その代わり、台数や施工範囲などで調整いたしましょう」

「なんだと……? 価格が譲れねぇってのはどういうことだ」

アステカの眉間に皺が寄るが、僕は対照的に目を細めた。

「言葉どおりですよ。他部族領から情報を得られたということは、逆もまた然りということ。要望を叶えたい気持ちは当然ありますが、人の噂に戸は立てられませんから」

「む……」

彼の眉がぴくりと動いた。

自分で言った言葉だからね、そう簡単には言い返せないだろう。

僕は笑顔のまま淡々と続けた。

「隣領で最後だからと、あまりに優遇しては折角築いた他部族と私達の関係性に亀裂が入りかねませんからね。ですが、台数や施工範囲であれば表向きは『隣領』だからという説明でなんとかなるでしょう」

「ほう、考えたな。しかし、だ。ルヴァのところを含め、打ち込み機器は一部台数を優遇するそうじゃねぇか。そこはどうすんだ?」

「よくご存じですね。誰に聞いたのか、ぜひ伺いたいです」

「残念だが、それは教えられねぇな。守秘義務ってやつだ。はは」

あえて目を丸くして尋ねるも、アステカはにやりと笑って頭を振った。

「文字打ち込み君の即納はどのみち難しいですからね。長期的かつ継続的に納入する契約を結んだということにいたしましょう」

「いいだろう。及第点だな」

彼は葉巻を再び深く吸い、息をゆっくりと吐いていく。

一応、僕とアモンに煙が届かないよう顔を逸らしてくれている。

会議室に煙が漂う中、アステカは葉巻を灰皿に置くと目付きを鋭くしつつ、楽しそうに口元を緩めた。

「じゃあ、いよいよ本題だ。聞かせてもらおうか、バルディアが開発した木炭車、クリスティ商会の集荷力、馬人族の輸送力を組み合わせた新たな仕組みとやらをよ」

「はい。それもあって、私達はここ馬人族領を最後の訪問地に選びましたから」

僕が目を細めると、ティンクとカペラがすかさず豪族達に資料を配付する。

程なく、この場の全員に資料が行き届くと、僕は咳払いをして計画を語り始めた。