軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一触即発

「しかし、さすがに覗き見とは感心いたしませんね。守護十翼【ブルートリッター】の力に興味があるのなら、一言仰っていただければよかったのです」

ホルストは大きな翼を羽ばたかせながら肩を竦めると、諭すようにそう告げた。

僕はごくりと喉を鳴らして息を呑む。

鳥人族領内の空を勝手に飛び回り、守護十翼と魔物達の戦いを観察していた現場を抑えられてしまったのだ。

非常に危うい状況だが、ホルストは笑顔のままで感情や考えがまったく読めない。

僕達のことを怒っているのか、訝しんでいるのか、はたまた全く気にしていないのか。

ただ、改めて間近で見るとホルストの瞳は暖かみを感じずにとても冷たい……というよりも無機質と言った方が正しいかもしれない。

僕が対峙してきた人達は善人であれ悪人であれ、何かしらの感情が籠もっていた。

でも、ホルストの目の奥には感情が一切籠もっていないのだ。

彼の眼差しは人が『モノ』に向けるようなものに近いような印象を受ける。

『優しい瞳をした人に会いたい』

ふとアリアと初めて会った時、彼女が叫んだ言葉が脳裏に蘇った。

ホルストがこれだけ冷たく無機質な眼差しをしているということは、他の豪族達がアリア達に向けていた眼差しも相当に冷たいものだったことは想像に難くない。

空の冷たい空気が頬を撫で、一気に緊張感が高まっていくなかで「あ、あぁ……」と震えた声が背後から聞こえてくる。

横目で見やれば、アリアは目を見開いて口をぱくぱくさせていた。

彼女にとってホルストは鳥人族領の辛い日々の記憶、心の傷を抉る存在であって最も顔を合わせたくない人物のはずだ。

しっかりしろ、僕はアリア達を守るって約束したじゃないか。

心中で自分自身に檄を飛ばすと、僕はアリアに小声で「大丈夫、気をしっかり持って」と優しく声を掛けた。

次いで、ホルストの目を見つめながら頭を下げる。

「……申し訳ありません。牢宮【ダンジョン】から魔物が溢れたと聞き、いても立ってもいられませんでした。守護十翼の皆さんは不要と仰いましたが、万が一のことがあれば助太刀できるように戦況を見守っていた次第です」

これは決して嘘じゃない。

魔物に守護十翼が苦戦するようであれば、僕は待機している一団と共に援軍として駆けつける考えだったからだ。

「なるほど。どうやらリッド殿にはいらぬ心配をおかけしてしまったようですね」

ホルストは合点がいった様子で相槌を打つと、決まりが悪そうに頬を掻いた。

「まぁ、そもそも私の領地運営が至らずに魔物が溢れ出てしまったのです。リッド殿の行いをとやかく言える立場ではありませんね」

「いえ、バルディアでも牢宮の発生、対処には手を焼いております。決して、ホルスト殿の領地運営に至らぬ点があったとは思っておりません」

「はは、そう仰っていただけると助かりますよ」

表情や言葉は当初よりも柔らかくなったけど、彼の瞳は冷たく無機質なままだ。

「それはそうと……」

ホルストはそう切り出すと、ゆっくり視線をアリアに向けた。

「久しぶりだね、アリア」

「は、はい……」

「そう怖がらないでください。私も、イリアも心配していたのです。皆、元気にしていますか?」

彼の問い掛けにアリアがびくりと体を震わせる。僕はすかさず「ご安心ください」と告げた。

「以前もお伝えしたとおり、バルストに流れ着いたアリアをはじめとする鳥人族の子供達はバルディアで手厚く保護しております」

「リッド殿、私はアリアに尋ねているのです。本人の口から直接聞きたいと思いましてね」

ホルストは笑顔のまま淡々と答えてきたが、異様な圧を感じてぞくりと背中に戦慄が走った。

「アリア、どうなんだい。リッド殿の仰っていることは本当なのかな?」

「ほ、本当です。おにい……いえ、リッド様は私をはじめ、皆をとても大切にしてくれています」

恐る恐るアリアが告げると、ホルストはにこりと頷いた。

「そうか、それは良かった。しかし、鳥人族領はアリア達の生まれ故郷だ。帰って来たくなったら、いつでも帰って来なさい。私も、イリアも歓迎すると皆に伝えてくださいね」

「はい。わかり、ました」

アリアが頷いたその時、僅かだけど頭の中がふわりとした感覚に襲われる。

同じ手は喰わない。

咄嗟に身体強化の出力をあげて、全身に巡る魔力の流れを活発化させた。

僕の周囲に魔波が突風となって吹き荒れる。

体に多少の痛みを伴うが、これによって催眠魔法は防げるはずだ。

ホルストは眉をぴくりとさせ、こちらに視線を向けてくる。

「……リッド殿、どうかされましたか?」

「突然、申し訳ありません。アリアの力を借りて飛翔しているので、適度に身体強化の出力をあげる必要があるんです。どうかご了承ください」

彼の扱う催眠魔法の仕組みは正直わからない。

だけど、何かしらの方法で対象者の魔力に影響を与えていることは確かだ。

王都で催眠魔法を掛けられそうになった時、カペラが僕に外部から魔力を流し込むことで未然に防ぐことができた。

今、僕が行っていることはそれの再現。

身体強化の出力を上げて全身に巡る魔力量を増やし、体に負荷を掛けることで意図的に自傷を発生させたわけだ。

『全身に巡る魔力量を増やし、外部から流れ込んでくる魔法の影響を消し去る』

『自傷行為によって意識をはっきりさせる』

この二つのどちらか、もしくは両方が催眠魔法を防ぐ方法なんだろう。

にこりと微笑み掛けると、ホルストは「ふふ……」と吹き出した。

「そうですか。リッド殿は本当に面白く、実に興味深いお方ですね」

ここにきて初めて、彼の瞳に感情の色が宿った気がする。

でも、その色は好意的ではなく、どちらかといえば好奇的で背筋に凍るような悪寒が走る。

なんだ、この感じたことのない薄気味悪い眼差しは。

僕は平静を装いながら「ところで……」と切り出して話頭を転じた。

「イビ殿から、ホルスト殿は牢宮の対応に追われているとうかがいました。それなのに、どうしてこちらに?」

「守護十翼に任せたとはいえ、リッド殿が仰ったとおり万が一ということがありますからね。私もこの近くで魔物を掃除していたので、様子を見にきたんですよ」

彼はそう告げると、自身がやってきたらしい方角を見やった。

僕達が守護十翼の戦闘を見ていた後ろ側だ。

「なるほど。そういうことでしたか」

「さて、リッド殿。守護十翼による魔物達の討伐も大詰めのようですし、もう万が一は起きないでしょう。どうか自陣にお戻りください」

「……わかりました。そうさせていただきます」

僕が頷くと、彼はにこりと目を細めた。

「私はまだ魔物の討伐が残っております故、ここでお別れさせていただきます。いずれ、リッド殿と会談できる機会を楽しみにしておりますよ」

「はい、こちらこそ楽しみにしております」

差し出された手を握り返し、握手を交わす。

彼は黒い手袋をしているが、それでも氷のようにひんやりとした冷たさを感じる。

「それから、アリア」

ホルストは僕との握手を終えると、彼女を見やった。

「さっきも言いましたが、帰ってきたくなったらいつでも帰ってきなさい」

「は、はい……」

アリアがこくりと頷くと、僕は咳払いをした。

「では、私達はこれで失礼します」

「えぇ、また会える機会を楽しみにしておりますよ」

目を細めるホルストに一礼すると、僕は「戻ろう、アリア」と声掛けした。彼女はこくりと頷くと、僕達の一団が待機している場所に向かって移動を開始する。

背後から不気味な視線を感じ、胸がどくんどくんと鼓動を打つなかで僕はその場を後にした。