作品タイトル不明
イビとの再会、守護十翼【ブルートリッター】との対面。
「リッド殿、この度は領地管理の不行き届きによって急な会談延期となりましたこと申し訳ありません。当主のホルストに代わってお詫びいたします」
イビが畏まって一礼すると、守護十翼【ブルートリッター】の面々も片膝を突いて頭を下げてきた。
まさかここまで丁寧な謝罪をしてくるとは思わなかったけど、彼等の背後にいるのはホルスト・パドグリー。
何か裏があるのかもしれないし、油断は禁物だ。
関所内が異様な緊張感に包まれる中、内心で訝しみつつも平静を装いながら頭を振った。
「いえいえ、とんでもないことです。牢宮【ダンジョン】の発見が遅れることは、どこの領地だってあり得ますから」
「そう仰っていただけると助かります。我らの当主ホルストも、リッド殿に申し訳ないことをしてしまった、と申しておりました」
「そうでしたか。機会はまたあるでしょうから、会談延期の件は気にせずに牢宮対応に専念していただくようホルスト殿にお伝えください」
差し当たりのない会話をすると、僕は咳払いをして「それよりも……」と話頭を転じた。
「私達の一団は半分以上がバルディア騎士団員です。よければ領民の避難をはじめ、お手伝いできることはありませんか?」
「いえ、こちらの不手際でリッド殿達に万が一のことがあってはなりません。馬人族領に続く関所へ厳重に護衛するように、ホルストから申し渡されております」
イビは強い口調で一礼した。
言葉を通りに受け取れば、牢宮から溢れた魔物で僕達一行に怪我を負わせるわけにはいかない、という配慮だ。
裏を返せば、鳥人族領内を僕達に見せたくない意思表示にも取れる。
さて、ホルストの意思はどっちだろうねぇ。
守護十翼の面々からは異様な雰囲気があるし、下手に食い下がればいざこざが起きかねない。
牢宮から魔物が溢れた、というのは気になるけど、ここはイビの言うことに従った方がよさそうかな。
「……恐れながら申し上げます」
その時、頭を垂れていた一人の鳥人族が声を発して顔を上げた。
彼はさっきまで僕と話していた兵士だ。
「牢宮から魔物が溢れたのであれば早急な鎮圧が必要でございましょう。領民の避難だけでも、リッド殿にご助力を願いできるべきではないでしょうか」
兵士の言葉が関所内に響くも、イビをはじめとした守護十翼の顔色は全く変わらない。
緊張感が漂う中、僕は「えっと……」と切り出した。
「どうしますか。私達は助力を求められれば応じられますけど……」
「度重なる有り難い申し出には感謝します。しかし、当主ホルストの命により、優先すべきはリッド殿一行が無事に鳥人族領を抜けることでございます故、助力は不要でございます」
「そうですか。わかりました」
僕が頷いていると、守護十翼の口元をにやつかせていた気味の悪い男が兵士の前に歩み出た。
男は橙色の長髪に鋭く細い目つきをしている。
背中には大きな羽が生え、獣人族特有の獣耳は見られない。
「おい、お前。ホルスト様は俺たちにリッド殿を護衛し、馬人族領まで案内しろという命令をしたんだぞ。一介兵士が口答えをし、あまつさえリッド殿に助力を願い出るとは……差し出がましいにも程がある」
彼が冷たく低い声を発すると、兵士は真っ青になって地面に頭をつけた。
「決して、決してホルスト様や守護十翼様の行いに口答えした訳ではございません。領民を案じた故、差し出がましい発言をしたこと大変申し訳ありませんでした」
殺伐とした空気となるなか、この場を宥めるべく「あの、もうそれぐらいで……」と僕が切り出した次の瞬間、男はにやりと口角を上げた。
「お前の代わりなんざいくらでもいるんだよ。反乱分子は粛清あるのみだ」
男の全身から黒く染まった魔力が溢れ出たかと思ったら、頭を垂れていた兵士の体に瞬く間に黒い魔力が巻き付き、首を締め上げながら宙に持ち上げていく。
「お許しを、お許しください。エンディオ様……⁉」
「謝るぐらいなら、もう少し考えた発言をすべきだったなぁ。無能な兵士は必要ねぇんだ」
「な……⁉」
突然の凶行に目を見開いて止めようとした瞬間、イビがエンディオと呼ばれた男と兵士の間に割って入った。
黒い魔力は霧散し、兵士は地上に落ちて激しく咳き込んでいる。
「大丈夫ですか⁉」
「は、はい。ありがとうございます」
兵士に駆け寄ると、黒い魔力で締め付けられた部分が赤くなっている。
本当にたったあれだけの発言で彼を粛清つもりだったのか。
怒りを堪えて見据えるが、男は兵士を一瞥することもなく別方向に視線を向けていた。
「イビ、何の真似だ」
男がじろりと睨みを利かせるも、彼女は動じず凄み返した。
「来賓の前だぞ、エンディオ。それに、リッド殿の心象を悪くする行いこそホルスト様の意に反することだ。粛清は控えろ」
「……わかったよ」
エンディオは舌打ちをして肩を竦めると、ようやくこちらに振り返って頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしたことお詫びいたしましょう。ですが、我らは鳥人族の規律を乱す無能を独自に判断して粛清する権利を保有しております故、どうかご容赦ください」
「……そうでしたか。しかし、今後は私達の前でこのような蛮行は厳に謹んでいただきたい。危うく貴殿を吹き飛ばしてしまうところでしたよ」
「ほう、私をですか?」
「えぇ、こんな風にね」
挑発するように口角を上げて笑うエンディオ。
ゆっくり立ち上がった僕は、微笑み返しながら右手の人差し指を彼に向けて細くも強烈な『火槍』をエンディオの頬を掠めるように放った。
周囲に爆音が轟き、火槍の火明かりで関所内が一瞬だけ赤く染まる。
「条件反射で咄嗟にこうした魔法が出てしまうこともあります。私達の護衛を務めるというならご注意いください」
「……くく、なるほど。心に刻んでおきましょう」
彼は火槍が擦った自らの頬を摩ると、不敵に笑って深々と一礼した。
こいつ、絶対に碌な奴じゃないぞ。
エルバやガレスと似て人を蹴落とし、生き血を啜ることに全く躊躇のない輩だ。
こんな男に『守護十翼』とかいう特別な立場を与えたホルストの気が知れない。
いや、むしろ、立場を与えているという事実からホルストの本性を垣間見れたと考えるべきか。
「リッド殿、お騒がせして申し訳ありませんでした。代表してお詫びいたします」
イビが会釈すると、僕は頭を振った。
「いえいえ、構いませんよ。ただし、さっきもお伝えしたとおり『体が咄嗟に動く』ということはありますから。次は頬ではすまないかもしれません」
「……承知しました」
彼女は顔を上げると「それでは……」と切り出した。
「馬人族の国境地点まで我らが先導してご案内いたします故、出発の準備をお願いいたします」
「わかりました。ですが、折角の機会です。出発する前に、守護十翼の皆様と挨拶をさせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ、失礼いたしました。我らの自己紹介もまだでしたね」
イビはそう告げて背後の面々に目配せすると、咳払いをして畏まった。
「改めて、当主直属特殊任務部隊守護十翼の一翼【いちよく】イビ・パドグリーです」
彼女が会釈すると、寡黙そうで目力の強い鉢巻を巻いた男性が前に出て来た。
彼の焦げ茶色の頭髪は逆立っているが、後ろ髪は地面につくほどに長い。
肌は少し黒くて、頭に狼人族っぽい耳が右片方だけあって、背中には漆黒の翼があるけど尻尾はないみたい。
目を引くのは、彼が腰の後ろにぶっとい鉈のような得物をぶら下げていることだ。
獣人族の怪力であれを振り下ろされたら、大抵は真っ二つか叩き潰されるだろう。
「……守護十翼の二翼【によく】。レウス・パドグリー、以上だ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
低い声で端的すぎて呆気にとられるも、僕はハッとしてイビを見やった。
「一翼とか二翼っていうのは、守護十翼の序列という認識でいいのでしょうか」
「お察しの通りです。基本は実力ですが、総合的にホルスト様が判断して任命されております」
「なるほど。でも、この面子に『イリア』はいないんですね」
探るように尋ねると、イビは眉をぴくりと動かした。