作品タイトル不明
渚の麗人
「えっと、皆。クッキーの背後に隠れてどうしたの?」
「申し訳ありません。この水着という服は着たことがなかったので少々恥ずかしくて」
ティンクは会釈して顔を上げると、照れ隠しか、決まり悪そうに頬を掻いた。
彼女が身に着けている黒の水着は、ヴェネと同じでお腹を出すビキニっぽい。
リングによる装飾はなく、布面積がやや少なくて肩や腰部分が紐で結ばれていた。
「全くですよ。というか、ヴェネ様が選んだ水着の大きさが恐れながら少し腹立たしいです」
口を尖らせたのはエマだ。
彼女は水着は水色に桃色の花柄が描かれた可愛らしいもので、胸元には大きな結び目がリボンに見える工夫がされてる。
おへそは出ているけど、腰回りはスカートを履いているようだ。
確か、こういうのは前世で『ボレロ』と言っていたような気がする。
でも、見た感じ、ヴェネが選んだという水着はエマによく似合っているし、大きさも問題ないっぽい。
「少し腹立たしいって、エマにとても似合っていると思うけど?」
「う……⁉ 問題はそこなんです。嬉しいけど、全てを見透かされた気がして嬉しくないんですよ」
「は、はぁ……?」
彼女は手を拳にし、悔しそうにわなわなと震えはじめた。
すごく似合っているのに、何がそんなに気になるんだろうか。
「あ、ところでクリスはどうして二人の後ろに隠れているの?」
「それを聞いちゃうんですね、リッド様」
「覚悟を決めてください、クリス様」
エマがため息を吐き、ティンクがちょっと不憫そうに背後を見やると、ちょっとだけ見えていたクリスの頭がぴくりと震えた
「バルディアではこんな水着は取り扱ってなかったはずなのに。うぅ、どうして私だけ……」
「そりゃ、クリスが突出してたからだろ」
さも当然のように返事をしたのは、僕の後ろからやってきたヴェネだ。
「突出……?」
「ヴェ、ヴェネ様。それ以上はお止め下さい」
僕が首を傾げて聞き返すと、クリスが慌てた様子で切り出した。
そして、意を決したのか。
彼女はティンクとエマの背後から恐る恐る前に出て来た。
「あぁ……」
クリスの水着姿が目に飛び込んでくると、僕は皆の言わんとしていることを何となく察して目を泳がせた。
彼女の水着はレオタードタイプなんだけどお腹、臍【へそ】、首元、脇下の素肌が露出していて、ハイカットかつ布面積が全体的に少なく設計されているようだ。
何というか、凄まじく刺激的な水着と言わざるを得ない。
「うぅ、こんな水着があるなんて知りませんでした……」
クリスが顔を真っ赤にしていると、ヴェネが「言っとくけどな」と切り出した。
「そりゃ俺の趣味じゃねぇぞ、ジェティの趣味だ」
「え……⁉」
僕とクリスが思わず目を瞬くと、彼女はやれやれと肩を竦めた。
「あいつ『折角海で泳ぐなら、布面積は少ない方がいいじゃない? それに私の魅力も周知できるし、一石二鳥よ』とか言って、その水着を作らせたんだよ」
「じゃ、じゃあ、別にわざわざこれを選ぶ必要はないでしょう。今からでも、エマの水着と交換してもらえませんか……」
クリスがちらりとエマを見やると、ヴェネは「そりゃ、無理だ」と即答で頭を振った。
「ど、どうしてですか」
「どうしてってお前、そりゃ……」
ヴェネはそう言うと、クリスの胸元を指さした。
「その大きさに合う水着がジェティのぐらいしかなかったからだよ」
「え……えぇえええ⁉」
クリスは鳩が豆鉄砲を食ったような表情できょとんとするが、次の瞬間には顔を引きつらせて胸元を両腕で隠しながら後退った。
「な、なななな、何を急に仰るんですか⁉」
「いや、だからお前の大きさに合う水着がそれしかなかったんだって」
「……⁉ お、同じことを二回も言わないで下さい」
「あぁ? 言わせてんのクリスだろ。そもそも、エマの水着はルヴァとか小柄な奴用に作られてるものなんだよ」
「私が、私がルヴァ様達と一緒……」
ヴェネが面倒臭そうに頭を掻くと、不意を突かれたエマが愕然として自分の体を見つめてずんと暗くなってしまう。
二人のやり取りが、とんでもない暴投になっている。
「気落ちしなくても大丈夫ですよ、エマさん」
ティンクがにこりと微笑み、呼びかけた。
おぉ、さすがはこの場で一番の年長者だ。
ちゃんと励ましてくれれば、エマの気持ちも少しは落ち着くだろう。
「将来、子供ができれば小さくてもちゃんと徐々に大きくなりますから。子育てには支障ありませんよ」
「……そうなんですね。ありがとうございます」
違った、ティンクの見ていた場所がエマと違った。
励ましのようで、全然励ましになっていない。
エマはお礼を言って会釈をするが、いつもの明るさが見る影もないくらい表情が死んでいる。
「じゃ、じゃあ。今回の会談に向けて、エマが着ている水着も作っておけば良かったじゃありませんか」
「お前なぁ、海の視察はリッドが急に言い出したことなんだぜ。使うかどうかもわからねぇ水着に大金を掛けるほど、うちの領地は儲かってねぇんだよ。そんなこと言うなら、万が一に備えて自分で用意しておけばよかったじゃねぇか」
「う……⁉」
呆れ顔でヴェネが腕を組むと、クリスは言い淀んでしまった。
なお、水着は水はけの良い特殊な素材を使うし、加工技術もいるから普通の服よりもお金がかかる。
商流豊かなバルディアだと素材は比較的安価で手に入るけど、それでも一般的な服よりも高価だ。
ズベーラの商流を鑑みると、素材は一般流通していないだろうし原材料費だけでも結構するのかもしれない。
「……良いじゃありませんか、クリス様」
エマが感情のない声で口火を切った。
「え、エマ、どうしたの?」
クリスはヴェネとのやり取りに夢中だったから、ティンクとエマの会話に気付かなかったらしい。
普段の明るい様子がなくなって、ずんと暗くなった無表情のエマにクリスが異様さを感じて顔を引きつらせている。
エマはにこりと目を細めると、すっとクリスの胸元を指さした。
「持つ者は悩めるからいいじゃありませんか。持たざる者は悩むこともままなりませんから」
「な……⁉ エマ、貴女まで急に何を言い出すのよ」
「まぁ、確かにそれはあるかもな。でも、これがでけぇと動きづらそうなんだよなぁ」
クリスがエマの言葉に目を丸くすると、二人のやり取りを聞いていたヴェネが悩ましげに唸り、自らの胸を触り始めた。
そして、何を思ったかクリスの前に歩み出る。
「こ、今度はなんですか」
「わりぃ、ちょっと触らしてくれ」
「は……? きゃああああああ⁉」
クリスがきょとんとしたのも束の間、ヴェネはさも当然のように胸を鷲づかみにしたのである。
僕はその光景に目を点にし、唖然としてしまう。
一方、クリスは即座に身を引き、彼女と距離を取った。
「な、ななな、何をするんですか⁉」
「わりぃわりぃ。でも、やっぱ、クリスみたいに大きすぎると動きの邪魔になりそうだな。俺はこれぐらいでいいや」
「な、何を仰っているんですか⁉ いい加減にしてください。いくらヴェネ様が部族長でも、怒りますよ」
「いいじゃねぇか。触ったところで減るもんじゃねぇだろ?」
あっけらかんとするヴェネだが、クリスは目つきを鋭くして睨み付けた。
「減ります。私の自尊心が、精神がすり減ります。そもそも、エルフの国アストリアの貴婦人や令嬢は、人前で肌を晒すことなんて極力しないんです」
「なんだよそれ……。というか、ここは兎人族領だぜ。なんで、アストリアが出てくるんだよ。郷に入っては郷に従えって、言葉を知らねぇのか。それに裸を見られたわけじゃあるめぇし、水着姿だろ。気にしすぎだって」
「な……⁉ 国が違えば、文化も違うのは当然でしょう。貴女が、じゃなくてヴェネ様が無神経なだけです」
「はぁ、そう怒るなよ。クリスが神経質なだけだろ。本当、面倒くせぇな……」
「あ、貴女という人は……⁉」
耳まで真っ赤にして怒号を吐き捨て、ヴェネを睨み付けるクリス。
何が悪いんだと言わんばかりに、口を尖らせて頭を掻くヴェネ。
「私は身長が少し高いだけで、本質的な体型はルヴァ様と一緒……」
「ふふ、皆まだまだ若いわねぇ」
普段の明るい笑顔が見る影も無く、ずんと暗くなって無表情なエマ。
三人の様子を慈愛に満ちた包容力のある笑顔で見つめているティンク。
巨大化したままのクッキーは、いつまでこのままの大きさでいないといけないのかと、僕に目配せをしてきている。
もう、えらいこっちゃ。
「リッド。さっきから何をそんなに騒いで……」
アモンがそう言って顔を覗かせたその時、さんさんと輝く太陽の日光で満ちる砂浜だというのに『ぴしり』と彼は凍り付いたかのように固まった。
そして、茹で蛸のように顔が真っ赤になってしまう。
「な、ななな……⁉ 皆さん、どうしたんですか。その格好は⁉」
「あれ、アモン。皆の水着姿をまだ見てなかったの?」
僕が首を傾げると、彼は動揺した様子で頷いた。
「見ているわけないだろ。皆さん着替え終わったと言っても、上から服を着ていたんだぞ」
「え、そうなの?」
言われて皆を見やれば、なるほど、砂浜の上に布が引かれて上着が置かれていた。
つまり、クッキーを陰にして水着の上から羽織っていた服をここで脱いでいたのか。
「アモン様、お顔が赤くなっていますよ。太陽の熱で気分が悪くなっておりませんか?」
彼を心配したらしいティンクが近寄っていくと、アモンの顔がますます赤くなって、目が泳ぎ始める。
「え、あ、いや。あの、その、えっと…………きゅう」
限界を超えたのか、アモンは顔を赤くしたまま目を回して倒れてしまった。
「アモン⁉」
「アモン様⁉」
慌てて僕が倒れないよう支えると、ティンクが介抱すべく抱擁した。
「アモン様、大丈夫ですか⁉」
「あ、あぁ、すまない。だいじょ……⁉」
幸い、彼はすぐに目を覚ます。
でも、アモンが目を開けたその時、彼の面前には水着姿で介抱するティンクがいた。
そして間もなく、彼から『ボン』という音と煙が立ち上がる。
何事かとアモンの顔を見やれば、彼は「きゅう……」と再び目を回していた。