軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

退場

「さっき、条件の合う海さえ見つかれば兎人族の繁栄と発展に繋がると言ったな」

ヴェネの一言で豪族達がどよめき、シアが目を見開いた。

「お前まさか、このような話を鵜呑みにするつもりか⁉」

「……親父、少し黙っててくれ」

「う……⁉」

彼女が眉間に皺を寄せて一瞥すると周囲の空気が一瞬で張り詰め、殺気の籠もった魔圧で体が押しつぶされそうになる。

シアは顔を顰めて後退ると、がくりと片膝を突いた。

周囲を見やれば一部の豪族達も片膝を突いているし、僕達側も魔圧で立っていられずにしゃがみ込んでいる者が多数出ている。

特に騎士が少ないクリスティ商会側はヴェネの発する魔圧に戦き、尻餅をついている人もいるぐらいだ。

クリスはエマの肩を借りて何とか立っているけど、かなり辛そうに見える。

ヴェネが僕の前に一歩、また一歩と近寄ってくるだけで全身から冷や汗が溢れ、この場から今すぐ逃げ出したい衝動にも駆られた。

僕の目に映るヴェネは、車両内で笑い合っていた姿ではない。

殺意の籠もった真っ黒い魔力に覆われた、恐ろしい存在だ。

狭間砦でエルバと対峙した時に近い戦慄を覚えるが、ヴェネなりに僕を試しているんだろう。

彼女を真っ直ぐに見据え、喉を鳴らして息をごくりと飲んだその時、黒い小さな影が僕の前に飛んできた。

「……⁉ クッキー⁉」

「グルゥゥウゥゥ……」

彼は地の底から響くようなうなり声を上げ、魔波を吹き荒らして体を大きくしていく。

僕を守ろうとしてくれているんだろう。

「リッド様、前を失礼します」

「ティンク、カペラ……⁉」

二人は武器の柄に手を掛けてはいるけど、抜刀はしていない。

僕の前に出た二人を見やると、ヴェネは尖った八重歯を見せた。

「へぇ、面白いじゃねぇか。だが、俺は敵じゃねぇぜ」

「それでしたら、その殺気と魔力を抑えていただきたく存じます」

「恐れながら皆怯えております故、どうかお納めください」

ティンクとカペラは畏まって丁寧に諫めるが、ヴェネは肩を竦めた。

「じゃあ、どいてくれ。俺はリッドと話したことがあるんだよ」

「では、先に殺気と魔力をお納めくださいませ」

ティンクが目を細めると、ヴェネは舌打ちをして頭を掻いた。

「面倒臭い奴等だな。取って食ったりはしねぇって」

「そういう問題ではございません」

カペラが真顔で即答すると、ヴェネは「あぁ?」と訝しんだ。

「貴殿がどのような意図をお持ちであれ、これだけ強烈な殺気と魔波を放った状態では主君の前に立たせることはできないと申し上げているのです。ティンク殿が先にお伝えしたとおり、どうか殺気と魔力をお納めください」

「面白れぇ。ここまで面と向かって諫めてきたのは、お前達が初めてだぜ。だが、これが俺のやり方なんでね。引くことはできねぇよ」

「なら、我らもここは通せません」

カペラが笑顔で答えると、ティンクとクッキーが身構える。

一触即発の緊張感が漂う中、僕はゆっくりと歩き出して三人の横を通ってヴェネの前に立った。

「リッド様⁉ お下がりください」

「ありがとう、三人とも。でも、これは僕が言い出したことだから」

僕はそう告げると、ヴェネの殺気と魔力に対抗すべく身体強化・烈火を発動した。

身体強化に殺気や魔圧を防ぐ効果はないけど、術者を魔力で覆う『烈火』であれば結果的に多少の抵抗力を得られる。

烈火を発動したことで僕を中心に発生した魔波が吹き荒れると、面前に立つ彼女が発している魔波とぶつかり合い、周辺の砂が凄まじい勢いで巻き上げられていった。

「やっぱり、リッドはいいねぇ。俺のこと、よくわかってんじゃねぇか」

「当家にも幼いながら獣人族の騎士達がおりますので、何となくヴェネのやりたいことが理解できただけです」

「そうか、なら改めて問うぜ」

彼女がそう告げた瞬間、さらに強烈な殺気が僕の全身を貫き、両足が震えるほどの魔圧が体全体にのしかかってくる。

「ぐ……⁉」

歯を食いしばって堪えると、彼女は真顔で切り出した。

「リッドに協力して探し求める海が見つかった時、兎人族領の発展と繁栄は約束されるんだな?」

「はい、その通りです。嘘は申しません。ただし……」

「ただし……?」

ヴェネが首を捻ると、僕はその目を真っ直ぐに見据えた。

「条件に合った海が見つかれば、領地発展の礎になることは間違いありません。しかし、領地の発展と繁栄は最終的にヴェネの手腕次第です。もちろん、出来るかぎり協力はしますけどね」

そう告げると、僕はあえてにこりと微笑んだ。

ヴェネはきょとんと目を瞬き「なるほど、そりゃそうだ」と笑い始めた。

同時に彼女が発していた殺気と魔圧がふっとなくなって、僕はその場に片膝を突いて思いっきり息を吸い込んだ。

押しつぶされそうな魔圧に耐えるのに精一杯で、息もまともにできなかった。

僕も以前よりは大分強くなったし、上には上がいることもわかっている。

でも、世の中には、まだまだ強い人が沢山いるんだということを改めて痛感させられた気分だ。

息をしながら肩を上下させていると、ティンクとカペラが駆け寄ってきた。

「リッド様、大丈夫ですか⁉」

「お怪我はありませんか」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

お礼を告げると、僕は「それよりも……」と切り出して面前で楽しげに笑うヴェネを見つめた。

彼女は僕とのやり取りをどう判断したんだろう。

悪い感触ではないけど、果たして吉と出るか、凶と出るか。

ヴェネはひとしきり笑うと、僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。

「はは。諫言、耳が痛かったぜ」

彼女は自身のピンと立った耳を触ると、尖った八重歯を見せた。

「真意は測れた。俺は、誰が何というとリッドのことを信じるぜ」

「本当ですか⁉」

ハッとして聞き返すと、ヴェネはこくりと頷いた。

「俺に二言はねぇ。今すぐ海に向けて出発しようぜ」

「はい、ありがとうございます」

やった、これで『あの計画』が進められるかもしれない。

そう思った時、「待て、ヴェネ」とシアの怒号が響きわたった。

「なんだよ、親父」

「勝手な真似は許さん。海の情報は国防に関わる問題だ。いくらリッド殿の真意が測れたとしても、理由や用途もわからずに教えてはならん」

「相変わらず石頭だな。俺がさっきやった『読心術』で真意を測れなかった奴なんて、今までいなかったじゃねぇか」

いや、あれは読心術というよりも脅迫や威嚇に分類されるんじゃないだろうか。

心の中で突っ込んでいると、シアは「駄目なものは駄目だ」と頭を振った。

「じゃあ『海』の視察は、俺とリッドの二人だけで行くってのはどうだ。それと条件に合わない場合は記録を残すのも禁止。それなら外部に漏れた時、責任の所在はリッド……引いてはバルディア家ってことになるだろ? 親父、これなら納得できるか」

「いや、そういう問題……」

シアが言い返そうとすると、ヴェネが眉間に皺を寄せて凄んだ。

「親父、いい加減にしろよ。兎人族領の発展と繁栄が掛かってんだぜ。そもそも、海に関する情報は莫大なんだ。記録を残す手段を禁じれば問題ないだろ」

ごめん、ヴェネ。

僕の場合、記憶することを意識すればメモリーを通じていつでも思い出せるんだ。

再び心の中で突っ込んでいると、シアから「だが、しかし……」と唸る声が聞こえた。

「あぁ、もういい」

ヴェネが叫んだ。

「兎人族部族長の名の下に『シア・ノーモス』を部族長補佐役から一時的に庶務へ更迭し、屋敷の自室で謹慎処分とする。理由は『会談における遅延行為』だ」

「な、なにぃいいいいい⁉」

シアが目を見開いて驚愕した。

豪族達からどよめきが起きるなか、僕は傍にいたアモンに耳打ちする。

「ところで、部族長補佐ってどれぐらい偉いのかな」

「部族によって多少違うだろうけど、シア殿の場合は間違いなく部族長に次ぐ地位のはずだよ。それが実の娘による鶴の一声で一般職の庶務とは、シア殿の心中には察するに余りある。同情を禁じ得ないよ」

「あ、あはは。それは辛いね」

僕は苦笑するも、ふと『でも、これってただの親子喧嘩では?』という疑問が脳裏に浮かんだ。

ただ、言葉にするとややこしくなりそうなので口にするのはやめておこう。

ヴェネは愕然とするシアや困惑する豪族達を気にすることもなく、近くにいた兎人族の衛兵に目配せした。

「ほら、親父は庶務になったし謹慎を命じたんだ。早く連れて行け」

「し、しかし……⁉」

「部族長の命令が聞けないのか?」

ヴェネが尖った八重歯を見せると、衛兵達は震え上がって「畏まりました」と頭を下げてシアの両脇を抱えた。

「ちょ、ちょっと待て。こんなこと、こんなこと許されると思っているのか、ヴェネ⁉」

「わかってるって。ちゃんと後で怒られるし、更迭も解除して謹慎も解くからさ。今回だけ我慢してくれ、頼むよ親父。さぁ、連れていってくれ」

ヴェネが『しっし』と手で払うような仕草をすると、衛兵達が「は、はい」と敬礼した。

「お前達、ことの重大さをわかっているのか。離せ、離せぇええええ⁉」

「申し訳ありません。シア様、獣人族は弱肉強食。部族長の命令には逆らえません」

「のぉおおおおおおお⁉」

「じゃあな、親父。ここ最近、疲れて休みたいって言っていただろ。しばらく休んでいてくれ」

衛兵に問答無用で連行されるシアに、ヴェネは満面の笑みで手を振っている。

でも、どよめく豪族達は彼に向けて同情の眼差しを送っているようだ。

目の前で起きた一部始終に開いた口が塞がらず、僕達が唖然としていると、彼女は咳払いをしてこちらに振り返った。

「さて、邪魔……じゃなくて親父はいなくなった。海に行くぞ」

「あ、はい。でも、本当に良いんですか?」

「あぁ、構わねぇよ。過去にも何度か同じようなことしているからな」

「え、えぇ……?」

呆気に取られていると、この場にいた豪族の一人が「あの、よろしいでしょうか?」と手を挙げた。