軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狼人族領と猿人族領

猫人族領を出発して約丸一日、僕達一行は狼人族領へと入る。

狼人族領は道があんまり整備されておらずがたがたで、車内に伝わってくる振動が今までとは比べものにならなくて地獄だった。

クリスをはじめ、ティンクやアモンに何度背中をさすってもらったことか。

休憩のため立ち寄った狼人族の町々は外周に空堀をはじめ、木材や石で外壁という防塞設備が造られていて物々しい雰囲気を発していた。

猫人族領同様、トーガと国境を構えている関係からだろう。

でも、ひとたび町に入ると狼人族の活気ある様子が見られた。

狼人族における男性の服装は、首元に赤や茶色のスカーフを巻いてシャツの上から長袖の上着を羽織っている。

腰に巻いたベルトで帯剣し、裾の広い長ズボンに膝下まであるブーツを履いていた。

前世の記憶で挙げるなら、ガウチョとかカウボーイに近い格好かもしれない。

女性はあざやかな色と刺繍が施されたワンピースで、スカートの裾は広くて足は膝下まであるブーツを履いていた。

山岳地帯特有の強い日光を避けるためか、狼人族は老若男女問わず丸つばの帽子を首に掛けていたり、被っていたのも印象に残っている。

狼人族部族長屋敷は山岳地帯に位置した天然の要害に加え、屋敷というよりも『城』の造りになっていた。

高所に位置することから国境地点におけるトーガの動きも見やすいため、万が一侵攻されても部族長屋敷が落ちることは余程のことがないだろう。

僕達が屋敷を訪れた際、狼人族部族長ジャッカス・ヴォルフガングが出迎えてくれた。

当初は寡黙でつかみ所がない人物かと思ったけど、会談になると必要なことは理路整然かつ流暢に話してくれた。

ちなみに、会談前に僕とアモンは民族衣装に着替えている。

ジャッカス曰く、狼人族は国防を伴った国境警備に重点を置いている関係から、武具と兵糧の獲得に毎年困っているらしかった。

狼人族の特産品は山岳地帯で取れる山菜、香辛料、果物の他、羊の畜産、漁業で取れる海の魚が少々ある程度だという。

僕とクリスは香辛料と羊に着目。

山岳地帯で取れるという香辛料を会談中に用意してもらったところ、独特の香りと舌が痺れるような辛みが特徴のものだった。

これ、前世の記憶にある山椒とそっくりじゃないか。

子供の僕には辛みが強かったけど、これを量産してクリスティ商会の販路を使えば素晴らしい商機になる。

僕同様にクリスも同じことを思ったらしく、ジャッカスに「この香辛料を生産しましょう」と提案し、必要であればレナルーテの農業技術も提供すると伝えた。

羊については羊毛や肉もあるが、何よりも『チーズ』を生産してほしいとお願いする。

鼻の良い狼人族達からは「あんな臭いもの、食べれたものじゃない」と懐疑的だったが、売り先はエルフや人族が中心となるから問題ないと説明し、了承を得られた。

意外にも会談は今までと比べると一番順調に終わったと言えるだろう。

懇親会も開かれたけど、ジャッカスはお酒を飲まずにずっとお茶を嗜んでいる姿が目に入る。

持参した清酒が気に入らなかったかな、そう思って尋ねると彼から返ってきた答えは意外なものだった。

「俺は下戸で酒は飲めん。気にするな」

獣人族にもお酒が苦手な人がいると知って、ちょっと親近感が湧いた瞬間だ。

会談と懇親会を終えた翌日は狼人族領内の山岳地帯や防衛設備を見回った後、ジャッカス指導の下で行われるシェリルの獣化訓練を見学した。

ただ、ジャッカスはシェリルを見ると、少し驚いた表情を浮かべていたんだよね。

「シェリル、だったな。両親の名前を覚えているか」

「はい。母はユリーシャ、父はアデルです」

「そうか。二人は……いや、聞くまでもないか」

「あの、私の両親がどうかしましたか?」

「……いやなに、昔の知り合いと似ているように感じただけだ。気にするな、ただの勘違いだ」

「は、はぁ……?」

シェリルは小首を傾げたが、ジャッカスが彼女の両親について尋ねたのはこの一度だけ。

以降の彼は銀の体毛に覆われる姿に獣化。

寡黙で厳しくも、的確な指導でシェリルを鍛えてくれた。

狼人族領での日程を無事に終えると、僕達は狼人族領を出発。

約一日の移動を経て猿人族領に入った。

猿人族領は王都ベスティアに通じる中心部から南に続く道は自然豊かな森林に覆われ、北西部は山岳地帯。

北へ真っ直ぐ進むと海に出るという領地だ。

森林で取れる豊富な果物や海で取れる海産物の他、手先が器用な猿人族は領内で採取された材料を元にした装飾品や工芸品を作成し、ズベーラ国内に流通させている。

猿人族の職人達が生み出す作品はドワーフのエレンやアレックス、狐人族の皆も唸らせるほど技術が高い。

特に自然美を流線で表現するという独特の感性は他国にはないものだった。

途中で寄った猿人族領内の町並みは色鮮やかで活気に溢れていたけど、狼人族や猫人族領で見かけた防塞設備は見られない。

町行く猿人族に目を向ければ、男女ともにお洒落な刺繍が施された裾が大きな上着、足上まで隠れる長くふわっとした袴のようなスカートを履いている。

ただ、よく見れば男性のスカートには動きやすいようにスリットがあって、中には長ズボンを履いているようだった。

猿人族領内は買い付けに訪れた他国の商人が多いらしく、冒険者もそのほとんどが商人達の護衛で訪れるというものがほとんどだそうだ。

部族長屋敷に到着すると、猿人族の女性が明るくハイテンションな声で僕達一行を出迎えてくれた。

「遅かったわねぇ、リッドちゃん。私、首を長くしてずっと待っていたのよ」

彼女の名前はジェティ・リストート、猿人族を統べる部族長だ。

「部族長会議以来ですね。お久しぶりです、ジェティ殿」

「ズベーラ国内で同じく工業を営む領地。今回もいろんなことを学ばせていただきます」

僕とアモンが手を差し出すと、彼女はにこっと白い八重歯を見せた。

すると、彼女は僕達の手を引っ張り、自らの胸の中にたぐり寄せて抱きしめてきたのである。

「相変わらず二人とも可愛いわね。あと十年早く生まれてくれていたらよかったのに」

「えっと、ジェティ殿?」

きょとんとする僕達を意に介さず、彼女はずっとにこにこしていた。

途中でティンクやカペラが仲裁に入ってくれて僕達は解放されたけど、次に待っていたのは民族衣装への着替えだった。

その後、会議室に案内されて会談の運びとなった。

猿人族との会談で焦点となったのは、部族会議でも提案していたクリスティ商会を通じた『装飾品』や『工芸品』の製作依頼と原材料の販売だ。

バルディアとクリスティ商会が帝国を中心に各国で市場調査を行い、売れる見込みの高い製品を発注。

原材料は領内で採取できるものは任せ、足りないものはクリスティ商会が仕入れて販売するという流れである。

外注費、人件費、原材料費などを交渉していくなかでも、ジェティは明るくハイテンションの雰囲気を崩さない。

しかし、ジェティはおちゃらけた雰囲気と裏腹に仕入れ値、販売価格、契約内容などを笑顔でずばりと何度も指摘してきた。

その問いかけの鋭さは鼠人族部族長ルヴァに勝るとも劣らないもので、僕達とクリスは何度も唸ることになって交渉は今までのなかで一番の難航を極める。

午前中から夕方遅くまで続けられた会談は、何とか双方で妥協点を見つけられたけどね。

でも、猿人族との交渉でここまで難航するとは思っていなかったのだ。

彼女、ジェティ・リストートの認識を僕達は改めることになった。

会談後に開かれた懇親会では、森林で取れた果物やジュースのほか、海で取れた海産物に舌鼓を打つことになる。

また、お土産として持参した清酒は大変に喜ばれた。

「ふふ、これ美味しくて大好きなのよね。ところで、リッドちゃん。ジャックスはお酒飲めなかったでしょ。あいつの分、まだ残っているならもらえたりしないかしら」

「申し訳ありません。ジャッカス殿は飲めませんでしたが、豪族の方々が大変気に入ってくださったので残っていないんです」

「えぇ? じゃあ今度、私宛に送ってね。お礼はするから」

懇親会中、上機嫌のジェティは清酒がなみなみと注がれたグラスを何度も一気に飲み干していた。

あんな飲み方して大丈夫かな? 僕の心配を余所に彼女は浴びるように飲み続けても平然としたままで、クリスやエマ、ティンク達といった女性陣との距離を瞬く間に詰めている様子だった。

彼女達は懇親会がお開きになった後も飲み続けていたみたいだけど、全員翌朝にはけろっとしていてびっくりしたものだ。

会談と懇親会の翌日はジェティの案内で領内を見て回り、午後にはバルディア第二騎士団所属のスキャラに獣化訓練を施してもらった。

猿人族領内で取れる果物は帝国、レナルーテ、バルスト経由で仕入れできないものが多くて、クリスは「商機に満ちています」と目を輝かせていたものだ。

一方で僕が猿人族領を訪れた際の目的に『海』の視察がある。

条件さえ整えば『莫大な富』を生み出す仕組みが作れるだろう考えがあったからだ。

ただ、残念ながら猿人族領の海は想像以上に波が荒かった。

「猿人族領周辺の海は、山岳に沿って吹く風と北風で波が荒いのよね。海水浴にはあんまり適さないけど、波が強い分お魚の身が引き締まって美味しいのよ」

「そうなんですね。ご教授ありがとうございます」

猿人族領では、あの計画は無理っぽいなぁ。

風で白波が立つ海を前に、僕は平静を装いながらジェティの説明に耳を傾けていた。

領内の案内から屋敷に戻って行われた獣化訓練では、スキャラが奮闘してジェティから「将来有望ね」と太鼓判を押されている。

ただ、獣化して銀の体毛に覆われたジェティは終始にこにこ笑顔だったけど、訓練中のしごき方はとても厳しい。

ジェティは遠距離魔法の扱いも得意らしく、近接戦と風の属性魔法による魔弾を上手に使い分けていた。

「スキャラちゃん。私を前にして寝るなんて、随分と余裕じゃないのぉ?」

「い、いや、あたしは決して寝ているわけじゃ……」

「問答無用。ほらほら、私の間合いに入っているのよ? つまらないものだから避けられるわよね。どうぞぉ~」

「ちょ、ちょっとま……うわぁああああ⁉」

その日、部族長屋敷の訓練場ではジェティの明るい笑い声と爆音が轟くなかで、スキャラの悲鳴が響きわたっていた。

ジェティ、ちょっとやりすぎじゃない……?

翌日、猿人族領での日程を終えた僕達は兎人族領に向けて出発すべく、部族長屋敷の前で準備を進めていた。

「じゃあ、またね。リッドちゃん」

「はい、ジェティ殿もお元気で。それから清酒の件、ちゃんと手配しておきますね」

「あらぁ、それは嬉しいわ。楽しみにしているわね」

僕達はジェティに別れを告げると木炭車に乗り込み、見送られながら兎人族領に向けて出発した。