軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境壁

「どうだ、リッド。猫人族が誇る国境壁だぞ」

「……うん、圧巻だね」

高くそびえ立つ防壁を背後に、ヨハンは白い歯を見せてドヤ顔を浮かべている。

猫人族領とトーガの国境地点に到着して車両から降りた僕達は、地平線まで延々と続く国境壁に驚嘆して圧倒されていた。

バルディアとズベーラの境にある『狭間砦【はざまとりで】』も防壁があるけど、国境壁はそれを上回る大規模な造りだ。

城壁上では武装した猫人族の戦士達が一定間隔で立ち並び、トーガ側を監視していて物々しい雰囲気が漂っている。

「私も話には聞いていたが、こうして間近で見るのは初めてだな」

アモンが驚嘆した様子で声を漏らすと、タバルが北側にすっと指先を向けた。

「国境壁は狼人族の領内まで続いていましてね。この辺りは猫人族の戦士ばかりですが、途中から狼人族の戦士達や傭兵も警備兵として立ち並んでいますよ」

「へぇ、猫人族と狼人族だけでなく傭兵も警備兵に加えているんですね」

傭兵とは主に冒険者達のことだ。多種多様な種族が入り混じって警備に当たっているんだろう。

僕が相槌を打つと、セクメトスが「さて……」と切り出した。

「防壁の上に案内しよう。面白いものが見られるぞ」

「面白いもの、ですか?」

「まぁ、見ればわかるさ」

僕が首を傾げると、セクメトスは不敵に笑って石段を登り始める。

その後ろをヨハン、僕達とアモンが続き、最後尾はタバルだ。

石段の角はどれも少し丸くなっていて、長い歳月と歴史を感じさせる。

おまけに見た目よりも意外と急勾配で一段一段が高くて、子供の足だとちょっと登りづらい。

僕達よりも一足早く上に辿り着いたセクメトスは、周囲の警備兵達に目配せして少し後ろに下がらせた。

「ここに立ってあそこを見てみろ」

彼女は空いた場所に来るよう目配せしつつ、トーガ側に指先を向けている。

階段を上りきった僕は、彼女に言われるがまま鋸壁【きょへき】部分から顔を覗かせた。

早朝に感じた悪寒はない……やっぱり、気のせいだったのかな。

「あれは……」

遠くの光景をよく見ようと目を凝らし、僕の眉間に皺が寄る。

セクメトスが指し示した方角に見えたのは、白くて大きな防壁だった。

遠目だから正確にはわからないけど、ぱっと見た感じでは僕達が立っている国境壁と同等の大きさぐらいはありそうだ。

「トーガの国境壁だよ、リッド殿」

「……あちらもズベーラ側が攻めてくることを想定しているんですね」

「それもあるだろうが、本当の目的は別だよ」

彼女は頭を振ると、深いため息を吐いた。

「我らが攻めることは滅多にない。何せ、獣人族は人族以下と考えている国だからな。攻め込めば防壁内に戦士達を引き込んで捕らえようとするはずだ」

「セクの言うとおりです。それに残念ですが、ズベーラにトーガを滅ぼせるほどの軍事力はありません。こちらが下手に攻めれば、口実を得てこれ幸いと攻め込んでくるでしょう」

「あの国の中心にいる者達が囁く言葉は甘く、優しい。慰問と称して各国の紛争地や貧困街を訪れ、布教する者達は男女問わず見目麗しいそうだ。しかし、その本質は凶暴な性格の蜂によって造られた巨大な巣と言って良い。払う程度なら簡単だが、突けば厄介なことになる」

セクメトスがやれやれと肩を竦めた。

帝国やバルディアでは、トーガの布教活動やミスティナ教に触れる機会は少ない。

彼女達の言葉や評価を鵜呑みにすることはできないけど、一国を治める獣王の意見だ。

心に留めて参考にしておくべきだろう。

「……私も肝に銘じておきます。ところで、セクメトス殿の仰ったトーガが国境壁を造った本当の目的とはなんでしょうか」

相槌を打ってから僕が切り出すと、セクメトスは不敵に笑った。

「自国民を逃亡させないためだ」

「え……?」

呆気に取られると、タバルが咳払いをした。

「トーガの国民は、そのほとんどが敬虔なミスティナ教です。しかし、奴隷となった者や他国から訪れてきた者は違いますからね。身分格差も酷いですし、あの壁が出来る前は密かにズベーラへ脱国を図る者が後を絶たなかったのです」

「……それは初耳ですね」

トーガのことについても事前にある程度は勉強したけど、脱国を図る人がいるほど身分格差が酷いという話はあまり聞いたことがない。

「知られたくない、葬り去りたい歴史なんだろう。あの国の教皇は『トーガは楽園』だと国内外に謳っているからな」

「都合の悪い事実は隠したい、ということですね」

「その通りだ」

ネットや電子機器による通信網がないこの世界では口伝、手記、手紙という方法でしか情報を外に出せない。

おまけに民衆の識字率は国によって全然違うし、紙はまだ高級な記録媒体の部類だ。

時の権力者が本気で隠そうと思えば都合の悪い歴史は闇から闇に葬られてしまうし、外に漏れることも少ない。

脱国を図る者を阻む『壁』もあるなら尚更だろう。

教国トーガ、か。

伝え聞く限りではもう少しまともな国だと思っていたんだけど、警戒しておくことに越したことはなさそうだ。

「ところで、リッド殿。我が国の誇るこの防壁だが、何か気付かないかね」

セクメトスは話頭を転じて周囲を見渡した。

その動きに釣られて見てみると、ちょっとボロボロになっている箇所もあるようだ。

「……えっと、防壁の一部に経年劣化や風化が見られるように見受けられますね」

「さすが、リッド殿。仰る通りです」

タバルは明るい声を発すると、目を細めてにじり寄ってきた。

「防壁の維持、管理は徹底しているんですがね。それにも限界がありまして、我々も頭を悩ませていたんですよ」

「は、はぁ。それは大変ですね」

笑顔の圧にたじろいで後ずさりしていると、背中に誰かがぶつかってしまう。

ハッとして振り向くと、セクメトスがにこにこと笑っていた。

「せ、セクメトス殿?」

恐る恐る見上げると、彼女はしゃがみ込んで僕の両肩をがっつり掴んで顔を寄せてきた。

「そこで、だ。昨日、ヨハンとの手合わせでリッド殿が使用していた土の属性魔法を我らに教えてもらえないだろうか。そうすれば国境壁の修繕、改修、外堀造りにかかる手間暇や予算を大幅に削減できるはずだ」

「そ、それは……」

僕が言い淀みながらそれとなくタバルを見やると、彼もにこりと微笑んでいた。

昨日の夜、僕が修練場を魔法で修繕した時に二人が不敵に笑っていたのはこれか。

「あの土の属性魔法か。あれは素晴らしい魔法だったからな。可能であれば僕も教えてほしいぞ」

ヨハンまで目を輝かせて身を乗り出してきた。

『リッドの魔法が民衆に広く普及した時、その軍事力はいかほどのものになると思う?』

ふいにキールの言葉が脳裏に思い起こされる。ここで気軽に魔法を教えてしまえば、帝国とトーガの関係性にも影響が及んでくるかもしれない。

「あ、あはは。残念ですが『僕の魔法』はバルディア家の秘伝のようなもの。僕の一存で皆様にお伝えすることは致しかねます故、ご容赦ください」

「ほう、バルディア家の秘伝か。あまり聞いたことのない話だな」

僕が苦笑しながら頬を掻くと、セクメトスはにやりと笑った。

苦し紛れの言い訳だと見抜かれているんだろう。

でも、意外にも彼女はスッと引いてしまった。

「まぁ、それならそれで構わんよ。我らの部族から土の属性素質を持つ者をバルディアに留学させるまで」

「え、留学ですか」

首を捻ると、タバルが咳払いをした。

「ルヴァから聞き及んでおりますよ。鼠人族にバルディア留学を提案したと。是非、我ら猫人族からも優秀な人材を発展著しいバルディアに留学させ、見聞を広げたいと考えましてね」

「おぉ、父上、それは面白そうな考えです。母上、僕もバルディアに留学してみたいです」

「はは、ヨハンは王子だからな。それはさすがに難しいかもしれん」

セクメトスは笑みを浮かべて頭を振ると、僕を見やった。

「さて、リッド殿。鼠人族の留学は受け容れるのに、猫人族の留学は受け容れない……そのようなことが許されると思うかね?」

「うぐ……」

痛いところを突かれて僕はたじろぐが、すぐに肩を落として「はぁ……」と深いため息を吐いた。

「畏まりました、留学の件は父に話してみましょう。しかし、魔法を伝授できるかどうかはわかりませんよ。様々な思惑が絡みそうですからね」

「それはそれで構わんよ。どちらにしても、未来を担う若者にはバルディアを知ってもらいたいからな」

セクメトスは豪快に笑い出したその時、背中にぞくりと悪寒が走った。

ハッとしてトーガ方面を見やるが、特に何も見えない。

「どうしたんだ、リッド?」

アモンが首を傾げながら尋ねてきた。

「いや、誰かの視線を感じてね」

「視線だって……?」

彼は僕の見つめる先を見やった。

「特に何も感じないぞ」

「……そうだね。多分、僕の気のせいだよ」

教国トーガ、やっぱり何か嫌な感じがするな。

その後、国境壁周辺をセクメトスとタバルが案内しつつ、必要物資を僕やクリス達に語り始める。

遠回しに『売ってくれれば買うぞ』ということだろう。

猫人族領内の訪問は意外にも時間通りに終わって、僕達は部族長屋敷の帰途に就く。

屋敷に帰り着くと、いよいよ獣王セクメトスとタバルから猫人族の獣化についての説明が開始された。