軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

散策と朝食

「どうだ、リッドにアモン。ここは良い景色だろう」

城壁の上を案内してくれたヨハンは、朝日で照らされる猫人族領の景色を背後にして白い八重歯を見せたドヤ顔を浮かべている。

「うん、そうだね」

「あぁ、中々の絶景だな」

僕とアモンが鋸壁【きょへき】の隙間から猫人族領の景色に目をやると、早朝の肌寒い風が頬を撫でるよう通り抜けていった。

傍にはティンクとカペラも控えている。

部族長屋敷の近くは平坦な道がどこまで続いている草原だ。

遠くに目をやれば、町や村から煙が上がっているのかすかに見える。

さらにその奥には、うっすらと山岳地帯があるのがわかった。

高くそびえ立つ城壁の真下に目をやれば、深い外堀もある。

これらを合わせれば高低差は十メートルは軽く超えていそうだ。

トーガと国境を接していることから、猫人族の部族長屋敷の造りは豪邸というよりも要塞と言った方が正しい。

周辺に町や村がない平坦な草原なのも、外敵の攻めに備えているんだろう。

遮蔽物のない草原を進むなんて城壁の兵士からすれば良い的だ。

城壁の通路には弓矢や大小様々な石も常備されていて、すぐに臨戦態勢になれる。

バルディアだとズベーラ、バルスト、レナルーテと国境を構える砦がここの造りや備えと似ているかな。

「いま二人が見ているのは狼人族領のある北側だ。それでこっちが鼠人族領のある東側だろ。そして、あっちがトーガに続く西側だぞ」

「へぇ……」

ヨハンが指し示した方角を目で追うと、猫人族が長年かけてトーガとの間に造り上げたという国境壁がうっすらと見えた。

前世で近いものを挙げるなら『万里の長城』とかになるのかな。

考えを巡らせていたその時、『ドクン』と胸の奥で鼓動が鳴って背筋にぞくりとして寒気が走った。

なんだろう、このねっとりとした嫌な気配は。誰かに見られているような。

いや、どちらかというと僕がクロスや騎士の皆から感じた魔力の意思に似ているか。

でも、これは心温まるものじゃなくて、どちらかといえば人を支配しようとする意思のような印象を受ける。

トーガは『ときレラ』で攻略対象の一人だった『エリオット・オラシオン』がいる国だ。

今のところエリオットと接点はないけど、僕の行動によって未来が少しずつ変わりはじめている……何事もなければ良いんだけど。

突然の悪寒で体が身震いすると、隣に立っていたアモンが小首を傾げた。

「リッド、どうしたんだ」

「あ、いや。ちょっと肌寒くてね」

僕は誤魔化すように頬を掻いた。

トーガの方角から見て寒気が走った、というのはさすがに怪しすぎる。

カペラやティンクに無用な心配まで掛けてしまう。

「言われてみれば、確かに風もあって少し寒いな」

「そうか? 僕はそこまで寒くないぞ」

アモンの言葉にヨハンが続くと、ティンクが咳払いをした。

「皆様、そろそろ朝食のお時間になるかと。食堂に移動されては如何でしょうか」

「そうだね。ヨハン、案内をお願いしてもいいかい?」

「もちろんだ。さぁ、こっちだぞ」

僕がお願いすると、彼はにこりと微笑んで自らの胸を軽く叩いてから先導するように歩き始めた。

後を追うようにアモンとティンクが続くが、僕はさっきの『嫌な気配』が気になって歩き出す前にトーガ方面にもう一度振り向いた……だけど、今度は何も感じない。

「……気のせいだったのかな?」

首を傾げると、側にいたカペラが僕の視線を追うようにトーガの方角に振り向いた。

「リッド様、どうかされましたか」

「いや、なんでもないよ」

「リッド、何しているんだ。置いて行っちゃうぞ」

ヨハンの声に我に返ると、彼等は結構進んでいた。

「ごめん。すぐに行くよ」

部族長屋敷の散策を終えた僕達は、朝食を取るべく食堂に移動した。

食堂に到着するとセクメトスやタバル、クリスとエマといった面々が大きな円卓の席に着いて談笑していた。

内容は主に昨日の懇親会におけるエマの飲みっぷりのようだ。

クリスとエマ、二人とも二日酔いの様子は全く見られない。

「おはようございます、セクメトス殿」

僕が笑顔で会釈すると、彼女はこちらに気付いて目を細めた。

「おはよう、リッド殿、アモン殿。昨日はよく眠れたかね?」

「えぇ、ぐっすりと寝かせていただきました」

「私も気付けば寝ていました。おかげで旅の疲れも取れましたよ」

「そうか、それは良かった」

この場にいる皆に軽い挨拶をしながらクリス達に近い席に着くと僕の左にアモンが、右にヨハンが腰掛ける。

ティンクとカペラは席に着かず、僕達の背後で畏まって控えた。

「えっと、ヨハン殿。貴方はセクメトス殿達の近くに座った方がよろしいのではありませんか」

公の場なので畏まった口調で問い掛けると、彼は目を細めた。

「気にしなくて大丈夫だぞ。今日は遠い地から来てくれた友人と友好を深めたいからな。父上、母上、問題ありませんよね」

「あぁ、構わないよ」

タバルが頷くと、ヨハンは嬉しそうに目を輝かせた。

「はは、だから大丈夫だと言っただろう」

「わかりました。では、一緒に食べましょうか」

僕が「ふふ」と笑みを溢すと、セクメトスが口元を緩めて壁際に控えていた給仕やメイド達に目配せした。

「では、朝食にしよう」

「畏まりました」

給仕とメイド達は会釈すると、すぐに準備に取り掛かる。

それから間もなく、料理が次々と運び込まれてきた。

懇親会の時みたく肉料理ばかりかと思ったが、意外にも魚料理が多い。

見た目から察するに海魚のようだ。

海と面している猿人族、兎人族領から仕入れたのかもしれない。

刺身のような生食文化はないらしくて焼き魚、煮魚、汁物、素揚げ、炒め焼きなど種類も豊富だ。

ただし、種類が多い分だけ量がとんでもないことになっている。いや、

こんなに食べられないよ。

「リッド殿、我らが残した分は給仕やメイド達の食事となります。食べられないようなら、気にせず残してください」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます、タバル殿」

ほっと胸を撫で下ろしていると、「そうだ、リッド」とヨハンが声を発した。

「どっちが沢山食べられるのか。勝負してみよう」

「え、嫌だよ」

即答で断ると、ヨハンは目を丸くした。

「な、なんでだ。友達って勝負を重ねて友好を深めていくんじゃないのか」

「どこで仕入れた知識か知らないけど、普通に食事を一緒に楽しむだけで十分だと思うけど」

「でも、僕はリッドとアモンと勝負したいんだ」

「私もするのか⁉」

振られるとは思っていなかったのか、アモンが目を瞬いた。

「当たり前だろ。僕達は年齢的に今後のズベーラを背負っていくんだぞ。勝負をして誰が一番上に立つべきなのか。今から競い合っておくべきだろ」

「ま、まぁ、言わんとしていることは何となく理解できるが……」

アモンが困惑するのを横目に、僕はやれやれと肩を竦めた。

「ズベーラを背負うも何も私はバルディア家の嫡男ですよ。やっぱり、勝負する意味はないでしょう」

「むぅ……」

ヨハンは頬を膨らませると、ハッとして怪しく目を光らせた。

「あ、そうか。リッドは勝負で負けるのが怖いんだな」

「挑発かな。でも、そう思ってくれても構わないよ。負けるが勝ち、なんて言葉もあるからね」

「もう、ああ言えばこういうな。だけど、リッドが見た目同様に少女のように小食ってことはわかったよ」

「……なんだって?」

挑発だとわかっていても『少女のように』と呼ばれると、さすがにカチンときてしまう。

僕の目付きが変わったことを察したヨハンは鼻を鳴らして不敵に笑った。

「なら、勝負しようよ」

「わかった。そこまで言うなら受けて立とうじゃないか」

「二人とも何を熱くなっているんだ……」

アモンがやれやれと頭を振ったその時、セクメトスとタバルの笑い声が響いた。

何事かと見やれば、二人は僕達を見てにこりと微笑んだ。

「ヨハンがこんなことを言いだしたのは初めてだ。なぁ、タバル」

「そうですね。折角ですから、リッド殿が勝った時には猫人族の獣化をより詳しくご説明しましょうか。いいですか、セク」

「あぁ、構わんぞ」

セクメトスが頷くと、僕は胸がドキリと好奇心で高鳴った。

猫人族の獣化をより詳しく説明してくれる、だって⁉ これは絶好の機会じゃないか。

僕は平静を装いながら咳払いをした。

「今のお言葉。嘘偽りはございませんね」

「うむ、獣王の名に誓って約束しよう」

「畏まりました」

僕は目を細めると、ヨハンに振り返った。

「じゃあ、今から一時間でどれだけ食べられるか比べてみよう。いいね、ヨハン」

「よし、望むところだ」

「アモン。君には審判をお願いしていいかな」

「……本当にやるつもりか。はぁ、わかったよ」

彼は呆れ顔で懐から取り出した懐中時計を机の上に置いた。