軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セクメトスとの賭け

「大した賭けではない。貴殿も聞いていただろう、エマとやらがこの盃で酒を飲み干せば褒美を取らすとな。しかし、飲み干せなかった場合、懇親会の費用をそちらが持つというのはどうだ。余興として面白かろう」

「お、お待ちください」

セクメトスの提案にいち早く反応したのはクリスだ。

「盃での挑戦は私とエマが言いだしたことです。リッド様……もといバルディア家は関係ありません」

「つまらぬことを申すな。そちらから言いだした以上、そもそも成功ありきであろう」

「それは……」

クリスとエマが言い淀むと、セクメトスは目つきを鋭くして凄んだ。

「それとも何か、失敗でも我らの関心が引けるならそれでよかったとでも言うつもりか。だとすれば、随分と舐められたものだな」

「い、いえ。決してそのような考えはございません」

二人は慌てて頭を下げようとするが、僕は「その必要はないよ」と制止して、セクメトスの目を真っ直ぐに見据えてにこりと微笑んだ。

「わかりました。その賭けに乗りましょう」

「はは、リッド殿は話が早い」

セクメトスが不敵に笑うと、豪族達の「おぉ⁉」という歓声が会場に轟いた。

「さすがは型破りな風雲児。酒宴の余興をわかっているじゃないか」

「よ、バルディアの甲斐性持ち」

「リッド殿、俺は貴殿のことを気に入ったぞ」

酒の席だと思って、何やら好きに叫んでいる。

楽しんでくれているみたいだからいいけどね。

それにしても……僕は会場をぐるりと見渡した。

エマが飲めなかったらこの酒宴に掛かった費用が請求されるのか。

僕の貯金だけで足りるかな。

最悪、クリスティ商会と第二騎士団から得ている収入が数年分は吹っ飛びそうだ。

「……リッド様、巻き込んでしまって申し訳ありません」

「え? いやいや、気にしなくていいよ」

クリスとエマが申し訳なさそうに小声で話しかけてきたから、僕は頭を振った。

「セクメトスの言っていた通り、勝算があって申し出たんでしょ。なら、勝ち馬には乗らないとね」

「あ、いや……」

エマは決まりが悪そうに頬を掻いたので、僕は顔から血の気が引いた。

「え、まさか飲めないの?」

「いえ、飲めるとは思います。私、どれだけ飲んでもお酒に酔ったことはありませんから」

エマはそう言うと「ただ……」と続けた。

「この盃で飲んだことはありません。それだけが不安要素でしょうか」

「あぁ、そういうことね……」

彼女は自身が両手で持つ盃に目を落とした。

酒の水面にエマや僕の顔が薄らと写っているが、まだ一杯にはなっていない。

一体、どれだけの量になるんだろうか。

でも、賭けに乗った以上、引くことはできないし、覚悟を決めるしかない。

「賽を投げると決めたのは僕だ。どんな結果になっても責任は僕が持つよ。だから、エマは気負わずにね」

「……ありがとうございます。私、必ず飲み干して見せます」

エマの瞳に決意の火が宿ったその時、「お待たせしました」と給仕とメイド達が酒瓶を大量に持ってきた。

セクメトスは彼らから酒瓶を無造作に受け取ると、蓋を片手で開けて微笑んだ。

「さぁ、足りない分を注ごうか」

「はい、よろしくお願いします」

エマが盃を差し出すと、セクメトスが嬉々として酒を注いでいった。

一つ、また一つと酒瓶が空になっていく。

程なく盃は酒で満たされ、水面が揺らめいていまにも溢れそうだ。

「さて、エマとやら。飲み干してみるがいい」

「畏まりました」

セクメトスの言葉に彼女は頷くと、息を吐いて盃の端に小さな口を付けて飲み始めた。

会場から感嘆の声が漏れ聞こえ、エマはこの場の注目を一身に浴びている。

盃に注がれた酒の量が量だけに最初は減っているように見えなかったけど、程なくして酒がみるみると減り始めた。

エマの傍にいる僕には、ごくりごくりと喉を鳴らして酒を飲む音が聞こえている。

猫人族の体格についてはよく知らないけど、会場を見渡す限りだと彼女は小柄なんだろう。

にもかかわらず、これだけの量を一気に飲めるなんて体の作りはどうなっているんだろうか。

大食いの人は食べたものが胃を通り越して腸に流れ込む、なんて話を聞いたことがあるけど、エマもそうした体質なのかもしれない。

凄まじい飲みっぷりに目を丸くして呆気に取られている間に、盃の角度がどんどん急になっていく。

当初、冷やかしや煽っていた豪族達だったが、小柄なエマに吸い込まれるように消えていく酒と、天へと向かっていく盃を前にして、いまは唖然として目が釘付けになっている。

やがて盃は完全に天を仰いだ。

「はぁ……」

エマは息を吐くと、舌なめずりをして不敵に笑った。

すごい、あれだけの酒を本当に飲み干しちゃったよ。

空になった盃を見たセクメトスが口元を緩めると、エマは一礼してその場を立ち上がって空になった盃を両手で掲げた。

その瞬間、会場には豪族達の驚喜した歓声が轟く。

「見事だったぞ」

「ありがとうございます。猫人族の一人として、セクメトス様のお言葉は生涯忘れません」

エマは会釈して顔を上げると、「では……」と切り出した。

「褒美の件もよろしいでしょうか」

「よかろう。私に何を求める?」

セクメトスが椅子の肘当てで頬杖を突きながら足を組んで尋ねると、エマは彼女の傍で控える戦士が大事そうに抱えている長柄で幅広い刃を持つ戦斧を見やった。

「そちらの斬竜半月刀【ざんりゅうはんげつとう】をいただきたく存じます」

「なに……?」

その一言でセクメトスが顔を曇らせ、眉をぴくりとさせる。

豪族達からもどよめきが起き、会場内が一気にざわめいた。

えっと、これはどういう状況なんだろうか。

「この斬竜半月刀がズベーラに古くから伝わる由緒正しい戦斧の一振りと知ってのことか」

セクメトスが低い声で問い掛けると、エマはこくりと頷いた。

「はい、もちろんでございます。何でも褒美を取らすと仰ったのは、セクメトス様ご自身でございますから」

エマは微笑み返すが、豪族達から一斉に怒号が飛び交った。

「ふざけるな。酒を飲んだだけであろうが」

「そうだ。言うに事欠いて図々しいぞ」

「この泥棒猫め」

ズベーラに古くから伝わる……ということは国宝になるんじゃなかろうか。

そんな一品を飲み干した酒の褒美にくれと獣王に言い出すなんて、エマの肝っ玉はとんでもなく図太い。

しかし、この一件をクリスは承知しているんだろうか。

視線を向けてみると、クリスは動じずに微笑んでいた。

さすがクリスだ。

商売で様々な修羅場を掻い潜ってきた彼女にとっては、こんな状況は慣れっこなのかもしれない。

一方の僕は急激に殺伐となった雰囲気に胸がどきどきして、体が緊張している。

クリスとエマを見習わないといけないな……そう思っていると、こちらの視線に気付いたらしい。

クリスがまるで錆びた歯車のように振り向き、目を細めたまま声にならない声で口を動かした。

『た、助けてください。リッド様……』

あ、どうやら一連の流れはエマの独断らしい……独断⁉ 僕は真っ青になってエマを見やるが、彼女は笑みを浮かべたままセクメトスと睨み合っている。

二人の間に僕が知らない遺恨でもあるのか。

でも、いまはそれどころじゃない。

このまま事態が悪化すれば、猫人族との関係性が最悪なことになる。

そうなれば僕の貯金……というか金銭でどうこうなる話じゃなくなってしまう。

僕は会場の豪族達を見渡して「皆様、お静かにお願いします」と大声で口火を切った。

「もともと、クリスとエマは盃による挑戦を言い出したのみ。飲み干せば褒美を取らすと申し、私と賭けをするよう持ちかけたのはセクメトス殿でございます。エマの言葉には全て筋が通っておりましょう」

「そ、それは……」

豪族達が言い淀むと、僕は畳みかけるように「それとも……」と続けた。

「まさか声を上げられている皆様は、セクメトス殿が約束を反故にするお方だと愚弄するおつもりですか」

「うぐ……」

会場の怒号は止んだが、豪族達は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている。

とりあえず収められたけど、ここからは『彼女次第』だ。

「そうですよね、セクメトス殿」

「いいだろう」

彼女は頷くが、すぐさま「ただし……」と切り出した。

「斬竜半月刀は由緒正しき戦斧だ。約束したとはいえ、扱えぬ者に渡すわけにはいかぬ。エマ、貴殿が持ち主として相応しいかどうか見極めさせてもらう。この場で斬竜半月刀による演武を披露してみせよ」

「承知しました」

エマは二つ返事で即答し、すっと立ち上がる。

セクメトスは戦士から斬竜半月刀を受け取ると、彼女に向かって差し出した。

エマが丁寧に受け取って会場の中心へと歩き出すと、豪族達が揃って道を開けていく。

自然と出来上がった空白にエマが辿り着くと、会場の空気が張り詰めた。