軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

猫人族との会談にむけて

「アモン、リッド。二人ともよく似合っているじゃないか」

「ありがとう、ヨハン。お世辞でも嬉しいよ」

「リッド。僕はお世辞なんか言わないぞ」

部族長屋敷の一室で先方が用意していた服に着替えた僕とアモンを見て、ヨハンはニコッと白い八重歯を見せた。

この部屋に案内してくれたセクメトスとタバルは「会議室へ先に行っている」と、この場にはいない。

まぁ、いたとしても着替えを見られたくないから退室をお願いしただろうけど。

僕達が着替えた服はセクメトスを初めとする猫人族の豪族達が身に着けているもので、今までの民族衣装と比べて軍服のような印象を受けるものだ。

歴史的にトーガや他領と小競り合いが多かった猫人族領では着替えやすく、すぐ戦闘態勢になれる服が好まれた結果、こうした軍服のような服装が豪族の間に定着したらしい。

膝下まである黒のゲートルブーツにすらっとした長ズボン、上着には胸ポケットが施され、裾と袖口が長くて肩幅が狭く、手には黒い手袋も身に着けている。

清潔感と威圧感も同時に与えるような作りで、つば付きの軍帽みたいな帽子を被ると身が引き締まるような気がした。

かといって服に硬さはなく、全体的にとても動きやすい。

多分、着たままストレッチとかもできる柔らかさだ……しないけどね。

「しかし、私はヨハンが着ているような衣装を想像していたから、少し意外だったよ」

アモンがそう言うと、ヨハンはにこっと白い八重歯を見せた。

「この服は母上の特注だからね。民族衣装とは少し違うんだよ」

「へぇ、セクメトス殿の特注か」

彼の服に目を向けると、清潔感と気品あるシャツに動きやすそうな膝丈の半ズボン。

そして、高貴さを感じさせる刺繍の施された膝上まで丈がある上着を羽織っている。

可愛らしい顔立ちのヨハンだけど、一見ではどことなく大人びた子のように見えるだろう。

多分、そうした印象を受けるのは服装のおかげだ。

人は見た目が九割、なんて言葉もあるぐらいだし、王子という肩書きを持つヨハンであれば大人びた印象を相手に与えるぐらいが丁度良いのかもしれない。

まじまじと見つめていると、ヨハンがきょとんと首を傾げた。

「どうした、リッド?」

「え、あ、ごめん。セクメトス殿の服選びも上手なんだなと思ってね」

「母上は意外と可愛いもの好きでな。ぬいぐるみもたまに自作していて、僕も何個かもらって部屋に飾ってるんだ。あ、でも、これはここだけの秘密だぞ」

「そ、そうなんだね」

ヨハンは嬉しそうに破顔したが、僕の脳裏では怖面のセクメトスが可愛らしいぬいぐるみを見て微笑んでいる姿が浮かんでいた。

自作する、ということは刺繍も得意ということか。

意外と似合っている……のかも。

「……今度、可愛いぬいぐるみでも送ってみようかな」

「それは面白い。狐人族領でも、何か作ろうか」

僕の発した言葉にアモンが続く様子を見て「な……⁉」とヨハンが目を丸くした。

「駄目だって。母上、怒ると本当に怖いんだから!」

「あはは、冗談だよ。冗談。ね、アモン」

「あぁ、ここだけの秘密だしな」

「二人とも僕をからかったな……⁉」

ヨハンが「むぅ」っと頬を膨らませてしまった。

僕とアモンが「ごめんごめん」と宥めるが、彼は「知らない」とそっぽを向いてしまう。

こうしていると、ヨハンも年相応の男の子に見えてくる。

「リッド様。恐れながら、そろそろ移動したほうがよろしいかと存じます」

皆で談笑しているところ、部屋の隅で控えていたカペラが会釈した。

「あ、そうだね。ヨハン、案内してくれるかな」

「わかった」

威儀を正して僕が尋ねると、彼も姿勢を正した。

次いで、ヨハンは僕達を先導するように歩き出し、部屋の扉を開けて退室する。

廊下に出ると外で待機していたティンクが僕達の出で立ちを見て、にこりと目を細めた。

「リッド様、アモン様。お二人ともよくお似合いです」

「ありがとう、ティンク」

お礼を告げて周囲を見渡すが、クリスとエマの姿はなかった。

「あれ、二人はまだ着替え終わってないのかな」

「いえ、時間的に着替え終えられてはいると存じます。おそらく、会議室に直接向かわれたのかと」

ティンクがそう言うと、ヨハンが頷いた。

「そうだな、クリスとエマだったか。着替えが終わっているなら、もう会議室に向かっていると思うぞ」

「あ、なるほど。じゃあ、僕達も行こうか」

「うん、会議室はこっちだ」

ヨハンは前に出て進み始め、僕達はその背中を追うように歩き始めた。

ヨハンの先導で廊下を歩いていると、前方に落ち着いた濃い赤を基軸としたワンピースで高貴な刺繍が施された長袖ドレスを着ている女性の後ろ姿が見えた。

下ろされた金色の長髪が歩く度、さらっと靡いている。

後ろ姿からでも豪華なドレスを着こなしている様子が窺えるし、すごく綺麗な人なんだろうな……なんて思ったけど、よくよく見れば横髪から長耳が見えた。

おまけに、彼女の隣を歩く猫人族はエマだ。

「あれ、ひょっとしてクリス……?」

首を傾げて呟くと、僕の声が聞こえたらしく前を歩いていた彼女がすっと振り向いた。

「あ、リッド様とアモン様も着替えが終わられたんですね。お二人とも、よくお似合いです」

「う、うん、ありがとう。でも、クリスも似合っているよ」

普段の彼女とは、全く違う雰囲気をしたドレス姿だ。

刺繍は全て金糸で繊細な模様が施され、窓から差す光で小さな煌めきを放っている。

その様子はどこか神秘的というか、神々しいような雰囲気もあって、思いがけずどぎまぎしてしまった。

「本当ですか? 着慣れないので、どうかなと思っていたんですよ」

「ほら、私のお伝えした通りじゃありませんか」

首を傾げるクリスに向かって、エマがにこりと微笑んだ。それでもクリスは「そ、そうかなぁ」と謙遜するが、僕は「いやいや」と頭を振った。

「クリスは身長もあるし、どんなドレスを着ても似合うと思うよ。ね、アモン」

投げかけると、彼は「あぁ」と頷いた。

「クリス殿には気品もあるからな。ドレスも映えて見えるというもの」

「あ、ありがとうございます」

クリスが気恥ずかしそうに頬を掻くと、アモンは「ちなみに……」と肩を竦めて続けた。

「姉上が着ると、どんな気品あるドレスも着崩されて妖艶な雰囲気になってしまう。全く、困ったものだ。クリス殿の着こなしを見習ってほしいものだよ」

「あ、あはは……」

ラファと比べられ、返答に窮したのかクリスは苦笑している。

アモンの言うとおり、ラファの雰囲気であればどんな服であっても妖艶な雰囲気になることは間違いない。

実際、彼女がクリスに化けたであろう時も、商会の服を着ていたのに、やたら色気があって目のやり場に困る着こなし方だった。

あの場に一緒にいたディアナは、その姿を見て『品がない』と怖い顔で凄んでいたっけ。

まぁ、当時は敵同士だったから、止むを得ない状況もあったけど。

「あ、でも、このドレス。見た目に反して軽くて柔らかいんですよ。ほら……」

彼女はその場でくるりと回って見せた。スカートの裾がふわりと膨らむと、ゆっくりと元に戻っていく。

金糸の刺繍が光で煌めき、一瞬見蕩れてしまった。

「どうですか。帝国様式と比べて、とても柔らかいですよね」

クリスの問い掛けでハッとすると、僕は咳払いをした。

「本当だね。帝国様式とは、作りというか布地が違うのかな」

「かもしれません。ですが、このドレスも上手に売り込めば、相当な人気になりますよ」

早速、彼女は商人の目になっていた。

うん……普段と違う雰囲気だったけど、こういう現金なところはやっぱりクリスだ。

我に返ってそう思った時、「あれ……?」と僕は違和感に首を傾げた。

「どうして、クリスは僕達と同じ服装じゃないの? セクメトス殿はこっちの服装だったと思うんだけど」

「あ、言われてみればそうだな」

僕の疑問にアモンが反応すると、ヨハンが咳払いをした。

「母上は部族長にして獣王だからな。他の部族長や豪族達に舐められないよう、公の場ではリッド達が着ている服しか着ないんだ」

「なるほど。確かにそれはあるかもね」

弱肉強食の思想に加え、一癖も二癖もある部族長や豪族達を束ねる……口で言うほど簡単なことじゃないだろう。

セクメトスの性格からして威厳を保つために服装から言葉の使い方まで、ありとあらゆることを考えているような気もする。

相槌を打つと、ヨハンが「でも……」と切り出した。

「母上のドレス姿はすっごく格好いいんだぞ」

「そうなんだ。機会があればぜひ見てみたいね」

「あぁ、楽しみにしておくといい」

クリスとも合流した僕達は、皆で談笑しながら会議室に向けて足を進めていった。