軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

熊人族領の夜

「えっと、これはいくらなんでもやりすぎなんじゃ……」

立ち上がる土煙で咳き込みながら二人がいた場所を見やると、土煙の中から二つの大きな影が見えてきた。

目を凝らしてみると白い体毛に覆われた獣化状態のカルアが、薄灰色の体毛に覆われた獣化状態のカムイの腹に拳をめり込ませている。

いや、もう、構図的にどでかい白熊同士の取っ組み合いだよ。

というか、この世界にも白熊っているのかな。

心の中で突っ込んでいると、カムイの「ふふふ……」という不敵な笑い声が聞こえてきた。

「少しは腕を上げたようだな。だが、この程度では俺は倒せん。まずは、拳の打ち方を教えてやろう」

「……⁉ こい、赤頭巾」

カルアが歯を食いしばって睨みを利かせると、カムイは眉をぴくりと動かして額に青筋を走らせた。

「お前は、その名で呼ぶな」

カムイはそう吐き捨てると、カルアの鳩尾に下からえぐり込むように拳めり込ませる。

その瞬間、見ている僕すらお腹がきゅっと締め付けられるような、重くて鈍い音が聞こえた。

絶対に痛いよ、あれ。

「がぁ……⁉」

カルアがたまらずその場に片膝を突くと、カムイはにやりと笑った。

「熊人族の拳とはこうやって打つものだ。重要なのは圧倒的な筋力、握力、速力であり、魔法など小手先に過ぎん。『大地破砕拳』は良い魔法だが、術者の基本がなっていなければ宝の持ち腐れだな」

「……だまれ。俺は、俺はまだやれる」

カルアは血の混ざった唾を吐き捨てると、立ち上がってカムイを凄んだ。

「ほう。腕だけでなく、根性もつけたか。ならば、改めて獣化のなんたるかを教えてやろう」

「望むところだ」

カルアとカムイは互いに睨み合って咆哮のような怒号を発すると、交互に拳を打ち出して殴り合いをはじめた。

3mは優に超えているだろう獣化した熊人族の殴り合い。

間近で見ると凄まじい迫力だ。

迫力なんだけど、なんかもう色々ありすぎて疲れてしまったなぁ。

僕はため息を吐いて、草の上に体操座りで座った。

「二人が満足するまで、もう好きにやってよ」

一応、ヨハンとの戦いの何か参考になるかもしれない。

そう思いながら、僕はカムイとカルアの殴り合いを観戦するのであった。

水田開発候補地めぐりと獣化訓練が無事(?)に終わった夜。

カムイ主催による懇親会が部族長屋敷で開かれた。

僕、アモン、クリスの服装は熊人族のままだ。

牛人族領の懇親会しかり、立食式の会場に設置された食卓に並べられた食事量に僕が目を丸くしたのは言うまでもない。

どでかい皿の上、極盛りに盛られた色鮮やかすぎる料理の数々。

牛人族も似たような感じで並べられていたけど、意外と野菜が使われた料理が多かった気がする。

熊人族の料理にも野菜は使われているけど粉物、肉、魚を使用した料理が沢山並べられていた。

極盛りであることは一緒だけど、料理の種類が多い分、結果として熊人族の方が食べる量が多い印象だ。

「美味しそうですね。いただきましょうか」

「はい、母上」

「どれ、お前の分は私がよそってやろう」

熊人族の家族とみられる豪族が並べられた食材の前に立ち、手に持つお皿に料理を慣れた手つきでよそっている。

ご婦人は身長2m前後ですらりとした体型で、凜とした印象を受ける。

子供と思われる男の子の身長は僕よりも高いけど、顔のあどけなさや両親との会話から察するに多分、年下と思われる。

夫と思われる男性はカムイほどでないにしろ、身長は奥さんよりも大きい。

ちなみに会場に用意されていた取り皿は、彼等が大きいから小さく見えるだけ。

実際は、僕の顔より遥かに大きいお皿である。

僕が手に持つお皿は『取り皿』ではなく『小皿』だ。

何故だか、男の子心がちょっと悔しくなる。

会場を見渡せば、誰も彼もが熊人族の家族同様な感じだ。

もし、この世界にバスケやバレーなんていう身長が重要視されるスポーツがあったとすれば熊人族、牛人族は間違いなく強豪国。

いや、強豪部族というべきかもしれない。

「リッド殿、楽しんでいるかな」

呼びかけに振り向くと、そこにはカムイの姿があった。

もちろん、獣化はしていない。

普通の穏やかな彼である。

「あ、これはカムイ殿。はい、皆で楽しませてもらっております」

会釈しながら僕は周囲を見渡した。

カペラとティンクは僕の傍に控えつつ、交代しながら料理を取りに行っている。

意外にもティンクとクロードの面倒で同行しているメイドのニーナがよく食べるんだよね。

熊人族領の料理が帝国と違う食材や味付けがされているから、そうした部分も楽しんでいるみたい。

狐人族部族長という肩書きを持つアモンは、熊人族の豪族達が次々に挨拶にやってきている。

挨拶が終わると豪族達に令嬢を紹介される流れがお決まりだ。

熊人族の令嬢達は僕達と年齢が近いはずだけど、すでに身長が他部族の大人並みにある子ばかり。

顔立ちや体つきも大人っぽくて、何も言わずに目の前に立たれたら成人女性と勘違いしてしまうだろう。

同年代と思われる熊人族の子もしかりだ。

僕のところにも、さっきまで豪族達が次々に挨拶にやってきていたんだけどね。

でも、今回はいつもと違うところがあった。

令嬢の紹介がほとんどなかったのだ。

どうやら、僕がファラの彫刻を依頼したことで愛妻家を超えた『妻馬鹿』であるという話が一日も経たずに広まったらしい。

その根拠は、最初に僕のところにやってきた熊人族のとある令嬢の言葉だ。

『あの、恐れながらリッド様の愛妻家ぶりは度を超えているという噂を聞きました。本当でしょうか?』

『え、えっと。うん、まぁ、そうだね』

最早、説明するのを諦めた僕は、開き直って満面の笑みで返した。

その時、令嬢は何故か憧れというか、尊いものでも見たかのような、そんな表情を浮かべていた気がする。

そのせいなのか、以降は令嬢を紹介されなくなったというわけだ。

ちょっと遠巻きからは視線を感じるんだけど、これって、愛妻家云々じゃなくて変わり者とかそっちの類いじゃないだろうか。

一抹の不安はよぎるけど、この件はもう好きに思ってくれていいや。

クリスとエマを横目で見やれば、二人は豪族やご婦人方にどんどん声を掛けていた。

クリスが着ている熊人族の服を話題にして、飛び込んでいるみたい。

転んでもただでは起きない、むしろ利用してやるという雰囲気さえある。

時折、エマがメモ紙を懐から取り出し、それを確認する瞬間だけクリスとエマは目付きが商人になっていた。

多分、あのメモ紙は縁を作るべき重要な顧客リストなんだろう。

相変わらず、商魂たくましいなぁ。

「そうか。それなら良かった」

カムイは相槌を打つと、「ところで……」と切り出した。

「あちらで少し話をしないか」

「あちら、ですか?」

彼の視線を追うと、そこは大きな窓があってその奥には広めの露台がある場所だった。

二人きりで、ということだろう。

「わかりました。参りましょう」

「すまんな」

僕とカムイは足を進め、露台に出ると出入り口となる窓を閉めた。

カペラとティンクには窓の前で待機してもらっている。

第三者の乱入を防ぐ目的と、警護のためだ。

露台からは月明かりで照らされた平野が延々と続いており、夜風で草原に穂波が走っている。

夜空を見上げれば、満天の星空と綺麗で丸い月が浮かんでいる。

夜風は少し冷たいけど、寒いほどじゃない。

もし、お酒を飲んで火照っているなら、酔い冷ましにはうってつけの場所だろう。

まぁ、僕はお酒を飲めないけど。

「へぇ、綺麗ですね」

僕は肌で感じたことをそのまま口にすると、深呼吸をしてカムイに振り返った。

「それで、お話とはなんでしょうか」

「……昼間の、獣化訓練の件だ」

カムイがそう告げると、強めの夜風が吹いた。

穂波が立って、風のさざめきが聞こえてくる。

夜の静寂の中にいるせいか、その音がいつもより大きく聞こえた気がした。