軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レナルーテ王国からの手紙

部族長の座に満足できず目指すところは更に上。

立場で考えれば、部族長の座はバルディア第二騎士団分隊長とは比べものにならないぐらい高い地位のはず。

ズベーラの部族長と同等もしくはそれ以上の地位となれば、帝国だと皇室直属の騎士や高位貴族ぐらいが妥当だろうか。

トルーバは将来的に皇室直属の騎士となって爵位を授かるとか、そうした方面を目指しているのかもしれない。

なんにしても、彼にこんな大それた野心があるなんて知らなかった。

「部族長の椅子で満足するつもりはない、か。では、お前の目指すところはどこだ」

ハピスが鋭い目で凄むと、トルーバは僕をちらりと横目で見やった。

その視線に僕が「ん?」と首を傾げると彼はふっと微笑んだ。

「リッド様に仕え続けることに決まっています」

「なに……?」

「え……?」

ハピスは眉をぴくりとさせ、僕は呆気に取られてきょとんとしてしまう。

部族長の座に満足できず、目指すところは更に上。

その立ち位置が『僕に仕え続ける』ってどういうことなんだろうか。

すると、トルーバは僕達の反応に「ふふ」と笑みを噴き出し、言葉を続けた。

「もう少し正確にご説明するなら、リッド様が私達を引き連れて登った先から見える光景です。その光景は、どんな椅子に座ろうとリッド様にお仕えしなければ見ることは敵わないでしょう」

「トルーバ……」

僕の胸の奥がじんわりと熱くなって、ぐっと喉の奥が詰まった。

普段、冷静沈着で物静かな彼がこんなこと言ってくれるなんて思いもしなかったからだ。

「私はリッド様が辿り着く場所、そして、そこから見える光景を間近で見たいんです」

「……つまり、お前はリッド殿がいずれ辿り着くであろう場所、その時に傍で仕えていることが部族長の椅子よりも価値がある。故に豪族の子息達が喜び勇むであろう、この打診を、断るというわけだな」

「はい、仰せのとおりです。従いまして、大変光栄なお話ではありましたが、謹んで辞退させていただきたく存じます」

ハピスが眉間に皺を寄せて凄みを効かせるが、トルーバは動じずに一礼した。

部族長を前に威風堂々とした受け答え。

なによりもその言葉に感動した僕は、気付けば駆け寄って彼を力一杯抱きしめていた。

彼の横耳が鼻先に当たって少しこそばゆくもなるが、そんなことは気にならない。

むしろ、それもなんだか嬉しくなる。

「トルーバ。君は、なんて良い子なんだ」

「あ、ありがとうございます。でも、私が言ったことは、リッド様に救われた皆が思っていることですから。そんな大袈裟なことではありませんよ」

照れくさそうにはにかみつつ、頬を掻くトルーバ。

でも、部族長を前に理路整然と物怖じせずに言えたのは彼だからこそのように思える。

その時、険しい表情を浮かべていたハピスが「ふふ……」と噴き出したかと思ったら、大声で笑い始めた。

「なるほど、面白い奴だ。気に入った、もし、バルディアが飽きたらいつでも私を訪ねてこい。歓迎しよう」

部族長会議から現在に至るまで、ハピスが見せた初めての笑顔だった。

トルーバのことが、よっぽど気に入ったらしい。

トルーバは畏まると、彼の前に出て会釈した。

「お気遣い感謝いたします。ですが、きっとこの先、そんな日は訪れないかと」

「そうですよ、ハピス殿。トルーバは私の大切な騎士の一人ですからね。本人もこう言ってくれている以上、諦めてください」

僕が続くと、ハピスは肩を竦めて頭を振った。

「わかった、この件はもう言うまい」

こうして、牛人族部族長からの獣化訓練は、ひとまず終わりを告げた。

会談、獣化訓練、牛人族領での水田開発の調査。

全ての日程を終えた翌日、僕達は一行はハピスと牛人族の豪族や領民に別れを告げ、彼等に見送られる中で牛人族領を出発。

今回は木炭車の運転を他の者に任せてカペラ、クリス、エマ達にも僕と一緒に被牽引車内に同乗してもらった。

熊人族領に行くまでの道中で水田測量の報告を聞くためだ。

時間は無駄にできないからね。

乗り物酔いはあるけど、クリスに酔い止め用の飴を大量に用意してもらっている。

ひたすら口に放り込めば、しばらくはなんとかなるはず。

虫歯がちょっと怖いけど。

皆の報告を聞く限り、僕と分かれた後に行われた水田開発に向けた調査と測量はつつがなく行われ、ほとんどの候補地は土地的には問題ないという判断が下された。

田起こしを始めとする水田開発に必要となる農具一式は、レナルーテ王国からクリスティ商会が仕入れる。

その後、アモンが率いる狐人族領で、仕入れた農具を参考に研究開発を行う予定だ。

ただ、豪族達が説明しても地元領民には懐疑的な人達もいたらしい。

立地条件が良くても現在小麦が大量生産される場所をいきなり水田開発していくとなれば、当然だけど強い反発も予想される。

まずは協力的かつ小規模な候補地に限定し、取り組むべきだろうという話し合いもされたそうだ。

ネットはもちろんのこと、写真もない。

得られる情報が限られる現状では、地元領民の反発も当然だ。

百聞は一見にしかずという言葉があるように、水田を実際に行って収穫ができてから地元領民の理解を得ていくのが肝要かな。

もしくは、各地元領民の若手や代表者を豪族と共にレナルーテに連れて行き、農業研修をしてもらう方法もある。

僕達がどうこう言うよりも『お米』の価値をその目で感じてもらった方が早いかもしれない。

そういえば、そろそろ父上伝いにレナルーテのエリアス王にも獣王戦の一件が伝わった頃かなぁ。

レイシス兄さんには、知らされることはないかもしれない。

でも、絶対にエルティア母様とザックさんの耳には入るよね……。

エリアス王は為政者だから、驚きはしても意外と冷静かつ客観的に見てくれそうな気がする。

問題は、エルティア母様だろう。

あの人は表向きは冷淡に装っているけど、心根はとても優しい素敵な女性だ。

そして、内心ではファラのことをとても大事に想っている。

その想いをファラには伝える気はないみたいだけど、エルティア母様なりの考えがあるんだろう。

牛人族と熊人族に農業技術を提供することには、部族長会議前から打診していて良い返事をもらえていたから問題ない。

でも、部族長会議後、獣王戦の場で開かれる前哨戦で負けてしまった場合の取り決めの報告は、僕がバルディア出発後に父上が行ったはず。

バルディアに帰ったとき、エルティア母様からの手紙がありそうで怖いなぁ。

「……リッド様。何やら難しい顔をされていましたが、何か不安なことでもございましたか?」

「あ、いやいや、気にしないで。今回の会談をレナルーテにどう報告しようか悩んでいただけだから」

カペラが首を傾げると、僕は誤魔化すように頬を掻いた。

レナルーテのことや報告のことを考えていたのは本当だから、嘘は言っていない。

「そうでしたか。ところで、リッド様。レナルーテから何故か私宛にエルティア様から手紙が届きまして」

「エルティア母様がカペラに?」

僕や父上、ファラや母上でもなくカペラに送った。

そして、どうしてそのことを彼は僕に告げたんだろうか。

意図が理解できずに首を捻っていると、カペラは自身の懐から一通の封筒を取り出した。

見た感じ、開けた跡がある。

「こちらなんですが、開封したらこのような中身でした」

「封筒の中に、また封筒……?」

「はい。それも、こちらはリッド様宛です」

「え……⁉」

驚いて受け取ってみると、封筒には美しく整った、でも、どこか刀のような鋭さと鉄の冷たさを思い出させる達筆な文字が書いてあった。

でも、どうしてだろう。

文字が目に飛び込んできた瞬間、とんでもない威圧感が放たれて背筋がゾッとした。

『カペラ・ディドールへ。こちらの手紙をお仕えしているリッド・バルディア様へ必ず渡しなさい。これは命令です』

「え、えっと。どうしてエルティア母様は、これをカペラに送ったんだろうね」

「おそらく、リッド様に送ればバルディアで止まってしまいます。かといってリッド様に『至急』ということで送れば、騒ぎになってライナー様やナナリー様にもこの手紙の件が耳に入るはず。しかし、エルティア様から私宛に至急となれば、そこまで騒ぎにならずお二人の耳にも入りづらいかと」

「つ、つまり、エルティア母様は確実に僕だけが読むようにカペラに送ったこと?」

「おそらくは……」

カペラが頷くと、車内の空気が何故か重くなる。

「えっと、報告は粗方終わりましたから私達は自分の席に戻りますね。エマ、いきましょうか」

「は、はい。クリス様」

「リッド様。どうぞお一人でお読みください」

「そ、そうだね。ありがとう、クリス」

空気を読んだのか、クリスとエマが立ち上がって前の席に移動した。

「じゃあ、私もちょっと自分の席で休憩するよ」

「う、うん。わかった」

次いで、アモンが立ち上がって自分の席がある前へと移動した。

「では、私達も邪魔にならぬよう別席で待機しております」

「そうですね。そうしましょう」

カペラとティンクも気を遣ってくれたらしく、僕の傍を離れて別の席に腰掛ける。

レナルーテ王国では、僕の事を慮ってその胸に抱きしめ『あなたの母上であるナナリー様は、きっとリッド様のことを誇りに思っていると存じます』と言ってくれたエルティア母様。

そのエルティア母様から届いた、カペラを使ってまで秘密裏に僕に寄越した手紙。

状況から察するに十中八九、『前哨戦』の件だろう。

後部座席に手紙片手に一人だけ残された僕は、深呼吸をする。

心のどこかでは、いずれ何かしらの動きがエルティア母様にあるだろうとは思っていたんだ。

ただ、バルディアもしくは狐人族領に戻った時に知ることになるだろう……そう高を括っていた。

どうやら、僕はエルティア母様の行動力を、いや、ファラへの想いを甘く見積もっていたらしい。

父上や母上、マチルダ陛下を前にした時はまた違う、独特の緊張感に襲われる。

逃げたいような、見たくないような気持ちがせめぎ合うなか、僕は覚悟を決めてエルティア母様から届いた手紙の封を切って中身を取り出した。