軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヨハンの提案

「決まりだな。では、私の直筆でバルディア家当主ライナー・バルディア辺境伯宛の親書を早急に用意しよう。リッド殿、貴殿の父であるライナー辺境伯へ必ず届けてくれたまえ」

僕は深いため息を吐くと、セクメトスに向かって会釈した。

「……畏まりました。責任を持って渡しましょう」

それにしても、妙なことになってしまったな。

僕達が獣王戦に出るだけに留まらず、バルディア家が来賓として招待されるなんて思いもしなかった。

国の大きな祭典に他国の来賓が招待されることは、どんな世界でも起こりえることだろう。

ただ、気になるのは『バルディア家の招待』を言いだしたのが、あの『ホルスト・パドグリー』という部分である。

来賓室前で何かしらの魔法を用いて、僕に催眠をかけようとしてきた彼のことだ。

良からぬことでも企んでいるのかもしれない。

それとなく横目で一瞥するが、彼はにこにこと目を細めて微笑んでいるだけ。

悪意や怪しい気配は感じられない。

でも、それが逆に気持ち悪くて、嫌悪感に似た感情が湧いてくる。

ホルスト・パドグリー、彼は一体何を考えているんだろうか。

「母上、私も良いことを思いつきました」

突然とヨハンの明るい声が会議場に轟き、僕を含めてこの場にいる皆の耳目が彼に向けられた。

「急にどうしたんだ、ヨハン」

セクメトスが首を傾げて問い掛けると、彼は八重歯を見せて微笑んだ。

「前哨戦とはいえ、大舞台で私とリッドは手を合わせる、つまり勝者と敗者が生まれるわけです。獣人族であれば敗者は勝者の言うことを聞くのが筋というもの。私が負けた場合、リッド達が求める条件を誰が獣王になっても全て無条件で受け容れるというのはどうでしょうか」

彼の突拍子もない提案に、部族長達が顔を顰めてざわついた雰囲気を露わにする。

僕が求めた『税制上の優遇処置』とは、ズベーラの国益に大きく関わる問題だから当たり前の反応だろう。

一方、バルディア側も長期的な利益に直結する重要な部分だ。

出来る限り良い条件で結びたいという考えは当然ある。

ヨハンとの手合わせに僕が勝利すれば交渉を優位に進められるというのは、一考の余地はあるかもしれない。

だけど、いくらなんでも博打的過ぎる。

「あはは。面白い提案だとは思いますが、国の行く末に拘わる問題を私達の勝負に掛けるというのは流石にどうかと」

僕が苦笑すると、セクメトスは「ふむ」と相槌を打った。

「ちなみにヨハンが勝利した場合、バルディア側には何を求めるつもりだ」

「はい。私がリッドに求めるのは……」

一体、彼は何を言うつもりだろうか。

身構えていると、ヨハンは「えへへ」とはにかんで、シトリーと僕を交互に見やった。

「リッドの血です」

「は……? 私の血、ですか」

何のことかわからず首を傾げると、ヨハンは咳払いをした。

「私が勝った場合、ズベーラとバルディア家もとい帝国との関係強化を見越し、将来生まれるであろうリッドの子と獣王の子を結婚させること。それを約束してもらうのはどうでしょうか」

彼はドヤ顔で自信満々に胸を張って断言するが、『また、その話かい』と僕は内心で突っ込みながら肩を落としてがっくりと項垂れた。

「はぁ……。そんな約束、できるわけないでしょう」

どっと疲れを感じながら頭を振っていると、セクメトスが急に噴き出して笑い始めた。

「セクメトス殿……?」

呆気に取られていると、彼女は笑うのを止めてヨハンの頭を優しく撫で始めた。

「面白い案だ、ヨハン。良いだろう、その条件も追加しようじゃないか」

「本当ですか⁉ ありがとうございます、母上」

「な……⁉ お、お待ちください」

ヨハンは嬉しそうに微笑むが、僕は咄嗟に声を上げた。

「そのようなこと、勝手に決められては困ります。そもそも、私は帝国に属する一貴族に過ぎません。仮に将来、私に子が出来たとしても、貴国の者と婚約するには皇帝陛下の許可が必要です。従いまして、我が父がこの場に居たとしても、絶対に約束はできません」

「まぁ、一般的にはそうであろうな」

セクメトスはそう言って頷くと、不敵に笑った。

「だが、獣王の子と帝国貴族の子が婚約するということは、帝国とズベーラが同盟を結ぶということを意味する。将来的な話とは言え、レナルーテに続きズベーラとも同盟を結んだとなれば、大陸における帝国の存在感は更に増すことになるだろう。政治的には、決して悪い話では無いはずだ」

「そ、それは……」

現在の帝国は、アーウィン皇帝陛下によって『圧倒的な国力によって、戦わずして他国を制する』という対外戦力を掲げている。

彼女の言い分は、その点とも合致しているとも言えなくもない。

僕が言い淀むと、セクメトスは「そして……」と切り出した。

「この話を決める、決めないの判断はリッド殿でも、ライナー辺境伯でもない。帝国の皇帝が決めることであろう。ヨハンが勝てば、バルディア家は既に承知していることだと明記した親書を送付する。後は、皇帝が決めることだよ」

「ですが、もし陛下が断ったらどうするおつもりですか」

僕が聞き返すと、彼女は肩を竦めておどけた。

「どうもせんよ。まぁ、我等の帝国に対する好感度は下がるとは思うがね」

セクメトスはそう言うと、喉を鳴らして笑い始めた。

「しかし、だ。今の話は、全てヨハンが勝った場合に限る仮定の話に過ぎん。我が息子にリッド殿が勝てば良いだけのことであろう」

「はは、セクメトスの言うとおりだぜ。リッド・バルディア殿」

会話に入ってきたのは馬人族部族長のアステカだが、彼はにたにたと口元を緩めていた。

「ほら、さっきも言われたばかりだろう。郷に入っては郷に従えってよ。俺達と協力関係を築くっていうんなら、相応の気概ぐらいみせてほしいもんだな」

「まぁ、等価交換とは言わないまでも、結果を求めるなら相応の対価も必要よねぇ」

アステカの発した言葉に猿人族部族長のジェティが肩を竦めると、次いで兎人族部族長のヴェネが「確かになぁ」と相槌を打った。

「海老で鯛を釣る、なんて言葉もあるけどよ。釣られた側は、良い気持ちにはならねぇよな」

彼女がそう言って周囲を見渡すと、部族長達が示し合わせたように相槌を打っている。

「リッド様、とりあえずこの場を治めるためにも条件を飲みましょう」

「……本気で言ってるの」

それとなく耳打ちをしてきたダイナスに小声で聞き返すと、彼は真剣な表情で頷いた。

「これ以上、この話を長引かせるとまたいらぬ条件が増えるやもしれません」

「私もダイナス殿と同意見です」

カペラはそう言うと、セクメトス達を一瞥して続けた。

「あの様子では、他の部族長達も様々な条件を言い出しかねません。リッド様が勝てば、あちらの言いだしたことを無効にできる内にまとめた方が無難かと存じます」

「……わかった」

僕は頷くと、深いため息を吐いてセクメトスとヨハンを見やった。

「では、新たに提示された将来的な条件も父に報告いたしましょう。ただし、こちらの条件は私や父の一存では決められないということはご承知ください」

「あぁ、理解しているとも。詳細は、ヨハンとリッド殿の勝敗が決まってからだな」

セクメトスはそう言って頷くと、楽しそうに破顔する。

そして、彼女の隣に立つヨハンは満面の笑みを浮かべ、瞳を期待に輝かせていた。

「リッド、私は絶対に負けないぞ」

「それは、こちらの台詞ですよ。ヨハン」

僕は微笑みながら、彼と視線を交えるのであった。