軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

城内

「よ、ヨハン様。止めてください、皆が見ています」

「嫌だ。どうして止める必要がある」

シトリーが顔を赤らめて必死に剥がそうとするが、彼は頭を振って離れる様子はない。

皆が呆気に取られる中、「お止め下さい」と顔を顰めたアモンが文字通り二人の間に割って入った。

「シトリーは嫌がっております。それにまだ例の件は『公表』されておりません。周囲に誤解を与えるような真似は謹んでいただきたい」

「そう固いことを言うな。誤解を与えたとしても、今日の会議で公表されることだ。別にそんな気にしなくてもいいだろう」

ヨハンは目を細めて白い八重歯を見せるが、アモンは頭を振って凄んだ。

「よくありません。物事には筋と場に合わせた分別というものがあります。その上、ヨハン殿は獣王の息子、つまりこの国の王子です。そのような方が他国の来賓を前に今のような言動をしては品位を疑われましょう。ズベーラとセクメトス殿を貶めることにつながりますよ」

「は、母上を貶めるだって」

彼はハッとして横目でこちらを見やった。

僕は咳払いして「まぁ、そうだね」と頷く。

「ヨハンやセクメトス殿の人柄を僕はすでに知っているけど、知らない人が見れば厳しい目で見られると思うよ。特に他国の要人達はね」

「う……」

セクメトスの名前を出したせいか、ヨハンが決まりの悪い表情を浮かべた。

国によって文化や礼儀作法が違うのはしょうがないにしても、最低限の礼節というものはある。

今の彼の言動は、少々やんちゃ過ぎると言わざるを得ない。

もし僕が初対面のファラにあんなことをしていたら、エルティア母様から背筋が凍るようなとんでもなく冷たい眼差しを向けられたことだろう。

国同士の決め事だから、僕とファラの書面上における関係性は変わらなかったかもしれない。

でも、レナルーテとバルディアの関係性は、今現在のように良好な状況にはなっていなかったはずだ。

「礼儀礼節は互いの文化を尊重しつつ配慮して行うべき、という感じかな」

諭すように優しく告げると、ヨハンは「そ、そうか」と思案顔を浮かべてシトリーを見やった。

「じゃあ、後で僕の部屋に案内しよう。そこでなら大丈夫だろう」

「い、いえ。結構です」

彼女は勢いよく首を横に振るとアモンの後ろに隠れてしまった。

その様子に、彼はしゅんとして肩を落としてしまう。

「あの、ヨハン様。そろそろ、皆様を来賓室にご案内したく存じますがよろしいでしょうか」

開いた門から竜を模した全身鎧姿の戦士達がやってきて、恐る恐る彼に問い掛けた。

「あ、そ、そうだったな」

ヨハンが質問にハッとすると、僕は「来賓室」と首を傾げた。

「うん、母上から皆の顔を知る僕が案内するように言われたんだよ。さぁ、こっちだ」

ヨハンは白い八重歯をみせて微笑むと、颯爽と歩き出して戦士達の間を抜けて城内へと足を進めていった。

アモンがため息を吐いて足を動かし始めると、楽しげにラファ達が続いていく。

僕は皆の背中を見送りながら、足を止めて目の前にそびえ立つ門と城を見上げた。

帝国やレナルーテとも違う様式で作られた壮大な城は、近くでみると彼方此方に修繕したような跡が見受けられる。

多分、築何百年と経過しているんだろう。

ズベーラと共に歴史を歩んできたこの城で、これから部族長が一堂に会する部族長会議が開かれる。

何の因果か、僕はこれからその会議に参加する訳だ。

事前に調べてみたところ、ズベーラの部族長会議に帝国出身の貴族が参加した記録はなかった。

父上に通信魔法で報告した時は『流石、型破りな風雲児だな。どのような経緯にしろ、前代未聞だ』と呆れていたっけかなぁ。

「あの、リッドお兄様」

「ん、どうしたの?」

感慨に耽って見上げていると、シトリーが気落ちした様子でおずおずと尋ねてきた。

「その、私ってどのような香りがするんでしょうか」

「え、どのようなって……」

僕は首を傾げるとシトリーの正面に立ち、そのままの流れで軽く抱きしめる。

彼女の頭に生えた狐耳がちょうど僕の頬を擽った。

「ふぇ……⁉」

「うん。お日様みたいな優しくて、安心する香りかな」

そう言って微笑むと、僕は「あ、ごめん」と彼女から離れて頬を掻いた。

「ヨハンに駄目だよって言っておきながら、僕がやってたら世話ないね」

「い、いえ。リッドお兄様は家族ですから……」

シトリーは顔を赤らめて俯いてしまった。

「ファラ様が色々と不安になるのもわかりますね」

「私もそう思う」

僕達のやり取りを近くで見ていたティンクとティスが突然、呆れ顔を浮かべた。

「な、なんだい。二人ともその顔は……」

「いえいえ、なんでもございません。しかし、リッド様は少しクロスを見習ってもいいかもしれませんね」

ティンクがやれやれと肩を竦めた。

クロスのことは尊敬しているつもりなんだけどな。

どこかまだ足りない部分があるんだろうか。

「え、なんで?」

「愛妻家であることをもっと前面に出せば、方々に勘違いさせることも減るでしょうから」

「あ、愛妻家、勘違い……?」

僕が意図が分からず呆気に取られると、ティンクとティスが顔を見合わせてため息を吐いた。

「どうして、型破りな風雲児と評されるのに、少し鈍感なんでしょうかね」

「うんうん。人の機微は敏感だけど、こうした部分だけはちょっと弱いよね」

「あの、お二人とも私は気にしておりませんから、もうその辺で……」

いつの間にか、シトリーの表情は普段の凜としたものに戻っていた。

彼女は続けて「あ、早く行かないと置いて行かれてしまいます」と歩き出す。

言われて前を見やれば、先を進むヨハンとアモン達の背中が少し小さくなっていた。

「あ、本当だね。皆、急ごう」

「畏まりました」

僕達は急ぎ足で城内に入り、先を歩く面々を追いかけた。

王城内の装飾は、成り立ちに関与していると言われるミスティナ教の影響なのか。

白を基軸とした神聖な雰囲気がある。

空気というか気配が澄んでいるというべきか、荘厳な造りだ。

壁に付けられた蝋燭立て一つ一つ見ても、ミスティナ教における教典の物語に登場する様々な人物や雰囲気を模した装飾が施されているように感じる。

通路のところどころに出てくる支柱も、帝国やレナルーテは四角いものが多いが、ズベーラ王城内は丸いもの多い。

造りが全体的に丸みを帯びていた。

国と文化が違えば、建築思想も当然違ってくる。

こうした部分も、他国を見て見聞を広める面白さだろう。

城内を進んで程なく、先頭を歩いていたヨハンが気品ある荘厳な装飾が施された扉の前で足を止めて僕達に振り返った。

「ここが来賓室だ。部族長会議が始まるまで、ここで待つようにと母上からの伝言だ」

「わかった。案内してくれてありがとう」

僕が代表するようにお礼を述べると、兵士が扉を開けようと取っ手に手を掛けた。

「これはこれは。アモン・グランドーク殿ではありませんか」

突然だった。

音も気配もなく、妙にふわふわと心地の良い優しい声が背後から聞こえてきたのだ。