軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アモンとティス

「相手がどんな立場の人だったとしても、その人のことを好きになることは誰にだってあり得ることよ。大事なのは、その気持ちをどう処理するかでしょ。でも、まだそこまでは貴女にはわからないかしらねぇ」

「……私だって何となくわかります。でも、やっぱり駄目なんですよ、ラファ姉様」

「へぇ、貴女は本当に色々と成長したみたいね」

ラファとシトリーが見つめ合う中で、アモンが咳払いをした。

「えっと、二人とも。この場は私とティス殿の顔合わせの場だ。すまないが、積もる話はまた後にしてほしい。いいかな」

「はい、ごめんなさい。アモン兄様」

「ふふ、わかったわ」

シトリーはこの場にいる皆に向かって「お騒がせして申し訳ありませんでした」と一礼すると、アモンの隣の席に移動する。

そちらを見れば、ラファの部下であるピアニーが何やら感動した様子でシトリーを見つめている気がした。

ローゼンとリーリエは、あまり興味がないみたい。

彼女が席に着いて間もなく、再び扉が丁寧に叩かれる。

「リッド様、アモン様。ティンクです。ティスの準備が整いましたのでお連れしました。よろしいでしょうか」

僕が再び目配せすると、アモンは顔を少し強ばらせて「あ、あぁ。構わない」と答えた。

ゆっくりと扉が開いていき、まず室内に入ってきたのは帝国様式のドレスを着たティンクだ。

彼女は今回の顔合わせで母上の名代も兼ねているから、あのドレスも母上やクリスと一緒に彼女自身で選んだ一品ものだろう。

ティンクは元々美人だけど、ドレスを着こなした姿はまた今までと違った魅力があった。

年代層高めの豪族達に至っては「おぉ……」と少し鼻の下を伸ばし、唸るような声を漏らしている。

やれやれと呆れていると、ティンクの後ろからもう一人。

背の小さい帝国様式のドレスを着こなした少女がやってきた。

彼女はアモンと豪族達の前に凜々しく立つと、にこりと目を細めて一礼する。

「アモン・グランドーク様。豪族の皆様方、お初にお目に掛かります。バルディア家当主ライナー・バルディア辺境伯の娘ティス・バルディアでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

帝国様式のドレスを身に纏ったティスが淀みない綺麗なカーテシーで口上を述べると、再び豪族達から感嘆の混じったうなり声が聞こえてくる。

流石に、今度は鼻の下を伸ばす者はいないようだ。

ふとアモンを見やれば、彼は頬を赤く染めてぽうっと見蕩れている様子だった。

「……アモン、進めて」

「あ、す、すまない」

僕の呼びかけに彼はハッとして、その場に立ち上がった。

「遠路はるばるようこそ、ティス・バルディア殿。私が狐人族部族長アモン・グランドークだ。今回の良縁、とても嬉しく思っている。どうか、そちらに座ってほしい」

「はい。ありがとうございます」

ティスが会釈して僕の横に腰掛けると、ティンクが畏まって一礼する。

「リッド様、アモン様。恐れながら、私も自己紹介してもよろしいでしょうか」

「うん。大丈夫だよね」

目配せすると、彼は「勿論」と頷いた。

ティンクは僕達の許可を得て顔を上げると、室内に居る豪族達を一瞥する。

「この度、バルディア家の正妻ナナリー・バルディア様の名代として参りましたティンクと申します。よろしくお願いいたします」

彼女は凜とした声を発すると、無駄ない所作でカーテシーを行った。

その動きは精錬されたもので、ティスとはまた違う印象を受ける。

ティンクが顔を上げて微笑むと、アモンが「あれ……」と首を傾げた。

「お二人は雰囲気が大分似ているように見受けられるが、ひょっとして……」

「流石だね、アモン。察しの通り、ティンクは英雄クロスの妻だよ」

そう告げると、豪族達が一斉にどよめいた。

「貴殿があのエルバに勝つ切っ掛けを生み出したというクロス殿の妻ですか」

「まさか、ナナリー様の名代として来て下さるとは思いませんでしたぞ」

「うむ。それに当主名代のリッド殿だけではなく、正妻の名代まで立ててくれるとは。これはバルディア家が我等狐人族との縁談を重要視している証ですな」

ついさっきまでティンクに鼻の下を伸ばしていた豪族達だが、クロスの妻かつ母上の名代と知って途端に見る目が変わった。

弱肉強食の思考が根強い獣人族の妻にとって必要なのは、高貴な血筋よりも武人としての血筋らしい。

狐人族で絶対的な存在だったエルバを倒す切っ掛けを作ったクロスの妻となれば、彼等にとっては畏敬を示すべき存在だ。

その上、母上の名代ともなれば、鼻の下を伸ばせる相手ではない。

アモンを見れば、彼は頬を少し赤く染めつつティスとティンクを見つめていた。

「夢の、夢のお告げは本当だった。ティス殿は、未来を約束された超絶美少女だ……」

「え、夢のなんだって……?」

何やら不可解な言葉が聞こえて訝しむと、彼はハッとして頭を振った。

「あ、いや、何でもない。噂通り、ティス殿が超絶美少女だと感動していたんだよ」

「わ、私が超絶美少女ですか」

「あぁ、リッドからそうした情報を事前に聞いていてね。実はこっそり、君の似顔絵も姉上にお願いして用意してもらったんだ。ほら、ここに」

ティスの問い掛けに答えつつ、アモンは懐中時計を服から取り出して蓋を開いた。

するとそこには、ティスの小さな似顔絵があるではないか。

ふと彼の隣に座るラファに目をやると、彼女は肩を震わせて忍び笑っていた。

「聞くところによると帝国貴族の間では、懐中時計の蓋裏に気になる女性の似顔絵を忍ばせておくのが流行だと聞いてね。ティス殿が来るのに合わせて、用意しておいたんだよ」

「そ、そうなんですね……」

あ、ティスの顔がちょっと引いている。

ちなみに、彼が持つ懐中時計は僕が手渡したものだ。

それにしても、似たようなことがついこの間もあったぞ。

誰だ、懐中時計でそんなことを流行らせたのは。

アモンは僕やティスの反応を見るなり、首を傾げた。

「あ、あれ。ひょっとして、流行ではなかったのかな」

「帝都で流行っているのかどうかは定かじゃないけど。僕はあんまり聞いたことはない、かな。ちなみにアモン、その情報は何処から仕入れたの」

「え、あ、いや、姉上からだが……」

しどろもどろにアモンが目を向けると、ラファが「あぁ、可笑しいわ」と目を擦った。

「嘘は言っていないわよ。何でも、帝国の第二皇子が意中の女性を懐中時計の蓋裏に忍ばせていることから『一部』の帝国貴族で流行りつつあるそうなの。近いうち、もっと一般的になるんじゃないかしら」

「な……⁉」

アモンは目を丸くして顔を赤らめる。

『やっぱり、お前が発祥か。キール』と僕は密かに心の中で叫んだ。

その後アモンは、ティスを意図せずとも驚かせてしまったことを謝罪。

ティスも、良かれと想ってしてくれたので大丈夫です、と返答。

二家の顔合わせは滞りなく進んだ。

狐人族の豪族一同は今回の縁組みに前向きだし、アモンとティスも互いに好印象を抱いたみたい。

当初こそ懐中時計でやらかしたアモンだったが、彼はティスと会えることを楽しみにしていたことを真摯に伝えていた。

顔合わせ終盤、アモンは僕達や豪族達にも席を外すようお願いして、ティスとティンクの三人だけで話す時間を設ける。

その場でどんな話をしたのかは、僕もわからない。

でも、話し終えた後の三人はとても良い表情をしていた。

念のため、ティンクに問題なかったか尋ねてみたところ「あくまで私達家族への個人的なことでした。アモン様、いえアモン君はとても誠実な子ですね」と嬉しそうに微笑んだ。

それ以上は聞くのも野暮だし、本当に必要なことがあれば後から報告があるだろうと考えて、追求はしなかった。

こうしてアモンとティスの顔合わせは無事に終わりを告げ、バルディア家とグランドーク家が強い繋がりで結ばれたことが名実ともに領内外へ発信されたのである。

でも、顔合わせが終わっても休む暇はない。

狸人族部族長ギョウブ・ヤタヌキが僕達と会談を行うため狐人族領へ来訪してくるからだ。

さて、かの人物だどんな人なんだろうか。

ティスとアモンの顔合わせが終わった後日のこと。

アモンと二人っきりの時、ふと気に掛かっていた『夢のお告げ』について尋ねてみた。

「あ、なんだ。あの時、やっぱり聞かれていたのか。実は……」

彼は照れくさそうに話し始める。

曰く、ティスとアモンの婚約が決まった頃ぐらいから定期的に『ティス』が夢に出てくるようになったらしい。

実際、夢で見るティスはとても可愛らしく、何故か彼女が大人になった姿も出てきたそうだ。

「恥ずかしい話、夢で惚れてしまってね。しかも、本人と会ってみれば夢で見た姿と瓜二つなんだ。おまけに、大人になったティス殿の姿はティンク殿とよく似ていた気がするよ」

「へぇ、そうなんだ。でも、それは二人には言わない方が良いかもね」

「はは、口が裂けても言えるわけないだろ。流石にそれぐらいのことはわかるさ」

決まりが悪そうに頬を掻く彼に、「ちなみに……」と切り出した。

「今もその夢は見るのかな」

「いや、顔合わせ以降はさっぱりないんだ。そう考えると、やっぱり不思議な夢だったな。それにお告げの通り『ティスは超絶美少女』だった。私には勿体ないぐらいの、本当に良縁だと想っているよ」

「へ、へぇ……」

喜ぶべきことなんだが、何やら驚きと共に背筋に寒いものを感じた。

『ね、リッド様。ティスは誰が見たって超絶美少女なんです』

「え……⁉」

何か聞こえた気がして耳を押さえながら周りを見渡すが、部屋にはアモンと僕だけである。

「どうした、リッド」

「い、いや。なんでも……」

前にも似たようなことがあったような気がするな。

そんなことも考えながらアモンを見やると、彼の背後に微笑むクロスが薄ら見えた気がした。

「……⁉」

目を擦って二度見するが、アモンの背後には誰もいない。

「どうしたんだ、リッド。本当に大丈夫か」

「え、あ、うん。大丈夫、大丈夫だよ」

「そうか、君も働き過ぎだからな。何かあれば、すぐに休むんだぞ」

アモンはそう言うと、「ちょっと、資料を取ってくる」と部屋の扉に手を掛けた。

するとその時、彼の背中に再び薄らとクロスの姿が見える。

背後霊⁉ アモンが部屋を出て行くと、僕は驚きのあまりその場にへたり込む。

でも、いや、多分、絶対に見間違いだろう。

僕は頭を振ると、この件にはこれ以上は深く考えないようにした。