軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッドと、ティンクとニーナ

バルディア領の新屋敷を出発して数日が経過。

僕達が乗っている被牽引車両内【トレーラーハウス】は、既に狭間砦を通り過ぎ、狐人族領首都フォルネウまでもう少しの地点まで進んでいる。

「緑一杯で綺麗な景色だね、シトリー」

「ティス姉様にそう言ってもらえるなんて、嬉しいです」

車内ではティスとシトリーが車窓から流れ行く景色を楽しみ、ティンクがその様子を微笑ましく見つめていた。

なお、ティンクが腰掛ける座席の隣には幼児用補助装置【チャイルドシート】が設置されていて、装置内では赤ん坊のクロードが口元から涎を垂らしながら心地よさそうに寝息を立てていた。

「もう、クロードったら。また涎が出ているじゃない」

ツンとした声を発しながら、ハンカチで彼の口元を優しく拭いているのはメイドのニーナだ。

「あら、本当ね。ありがとう」

「気にしないでください、ティンク様。これも私の仕事ですから」

皆が楽しく過ごす様子を、僕は倒した座椅子でぐったりしながら聞いていた。

何故、僕だけ横になっているかというと、いつも通り酔ってしまったからだ。

いや、正確にはいつもとは少し違う。

普段であれば、常備した酔い止めを飲みながら何とか耐えられているから、ここまで酷くはない。

今回はティスとシトリーの他、ティンクとニーナも一緒だったから、酔い止めの数が途中で足りなくなってしまったのだ。

一応、クリスに連絡して大目に発注はしていたんだけど、ティンクとニーナの同行は当日に知ったから彼女達の分が間に合わなかった。

振動が少なくなるよう工夫された被牽引車両内とはいえ、僕以外は木炭車による移動が初めてだったから、大なり小なり皆は車酔いを生じてしまう。

そこで、僕の分を皆に割り振ったというわけだ。

皆から心配されても、「大丈夫。僕は何度も木炭車で移動しているからね」と答えて納得してもらった。

僕だって男の子だから、強がりぐらい言うさ。でも、この件だけは少し父上と母上を恨んだ。

「リッド様、お加減は大丈夫ですか」

「うん、ありがとう。もう少しで到着するだろうから、頑張るよ」

心配してくれたティンクを安堵させようと、僕は笑顔で答えた。

出発当初は僕もここまでぐったりはしていなかったから、移動の途中で休憩を挟んだ際に、今後の打ち合わせやティンクと軽い手合わせも行っている。

驚くことに彼女の実力は騎士団の精鋭騎士に勝るとも劣らないものだった。

ティスを授かって騎士団を辞めた後、無事に出産を終えたティンクは武術の訓練をずっと続けていたそうだ。

時にはクロスとも手合わせを行い、最近ではティスの稽古にも良く付き合っていたらしい。

僕の護衛兼お目付役の任を父上から請け負った後、彼女は実戦の勘を取り戻すため、父上、ディアナ、カーティスと真剣での訓練を行ったそうだ。

ティンクは身体強化は使用できるが、魔法の発動は苦手としていたらしく、サンドラの教えで魔力変換強制自覚も施されたらしい。

『あれ、痛かったでしょ』と尋ねると、ティンクは『そうですね。でも、出産と比べたら大したことありませんでしたよ』と笑っていた。

母は強し、逞しいと言ったところだろうか。

「あ、フォルネウが見えてきました」

「え、どこ」

シトリーの声に、ティスがすぐに反応した。

「ほら、あそこです」

横目で見やれば、シトリーが車窓から遠目に見える街を指差している。

確かに、あの街はフォルネウだった。

「……あの街にシトリーのお兄さん。私の婚約者がいるんだね」

ティスの声が少し強ばった。

彼女にはアモンの性格、人となり、趣味趣向を一通り伝えて彼の肖像画を見せている。

シトリーもアモンは優しくて頼れる兄であり、他の兄弟とは違う。

性格や雰囲気が似ている人物を強いて言うなら『僕』だと説明していた。

アモンと僕が似ているどうかはさておき、様々な話を聞いたティスは『会うのが楽しみです』と言ってくれてはいたが、心中は色々な想いがあるのだろう。

「ティス、大丈夫かい」

「あ、はい。大丈夫です。いよいよだと思ったら、何だか緊張しちゃって」

体を起こして尋ねると、彼女は誤魔化すように苦笑しながら頬を掻いた。

「そうだよね。でも、アモンも緊張していると思うよ。君が来るのを楽しみにしていたからさ」

「え、そうなんですか」

ティスは意外そうに小首を傾げた。

「うん。君にアモンの事を伝えたように、彼にもティスのことをある程度伝えているからね。エルバを倒す切っ掛けを作った英雄の娘にして、バルディア騎士養成所主席の才女かつ美少女ってね」

「えぇ⁉」

笑顔で告げると、彼女は目を見開いてこちらに迫ってきた。

「そ、そんなふうにお伝えしたなんて聞いていません」

「あれ、そうだったかな。でも、全部事実だから問題ないと思うよ」

クロスは狭間砦の戦いでの英雄としてバルディア、狐人族領内でその名が広まりつつある。

試験運用中の騎士養成所において、ティスの総合成績が主席であることも事実だ。

「で、でも、私が美少女というのはいくらなんでも……」

彼女は自信なさげに俯いてしまうが、僕は「そうかな」と首を傾げる。

そして、ティスの顔をまじまじと見つめた。

彼女は幼いながらに整った顔立ちをしていて、優しげな大きくつぶらな青い瞳をしている。

少しくせのある茶色の長髪は後ろで小さくまとめ上げ、顔立ちと相まって優しくも活発そうな印象を受ける少女だ。

くせっ毛の善し悪しは人によるけど、ティンクとクロスの良いところ取りをしたような容姿だから将来は間違いなく美人になるだろう。

「え、えっと、リッド兄様。どうかされましたか」

見つめすぎたせいか、ティスが恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「え、あ、ごめんごめん。でも、やっぱり美少女なのも間違いないよ。顔も可愛いし、青い瞳もとっても綺麗だもん」

「えぇ⁉ そ、そんなことありませんよ」

今度の彼女は、少し嬉しそうにはにかんだ。

謙遜は大事だけど、いきすぎれば自己評価が低くなってしまう。

自分に自信を持つことで、人は胸を自然と張るようになるから、人との対話でも姿勢が正しくなる。

そうなれば、その人は魅力はもっと輝くようになるだろう。

勿論、自信を持ちすぎれば驕りにも繋がっていくから、何事も案配が大切だ。

ティスの場合、もう少し全体的に自信を持って良いと思うんだよね。

養成所の主席というのも、簡単に取れるようなものじゃない。

どうしたものかと考えを巡らせた時、傍にいたティンクと目があって、ふと良い案を閃いた。

「だって、ティンクは誰がどう見たってすっごい美人じゃないか」

「え……?」

「あら、お世辞でも嬉しいですよ」

ティスはきょとんとするが、ティンクは嬉しそうに微笑んだ。

ティンクは大きくはっきりした鋭い目と大きな青い瞳をしていて、ティスと同じ髪色、髪質の長髪をそのまま後ろに流している。

以前は私服で気付かなかったけど、今では鍛えられて締まった体がメイド服の上から察せられる。

とても、二児を持つ母とは思えないほどの美人だ。

此処まで来る途中で休憩した町々でも、ティンクは様々な年齢層の男性達に声を掛けられていたけど、断り方も相手によって変えていた。

時には明るく、時には軽く、時には丁寧、時にはおどけて。

人生経験豊富で落ち着いた大人の色気、とでも言うんだろうか。

護送の騎士達も、彼女によく視線を向けているような気がする。

「お世辞なんかじゃないよ」

僕は頭を振った。

「ティンクは明るく察しもよくて会話力もあるし、器量も良い。誰がどう見たって、魅力的な美人さ。縁さえ在れば、皇族の婚約者候補にだってなれたかもよ」

「ママが皇族の婚約者候補に、ですか」

ティスは目を瞬くが、その瞳は驚きと興味で煌めていた。

「うん。過去には縁あって、平民出身の令嬢が皇族と結婚した例もあるそうだからさ。縁さえあれば、そうした可能性もあったかもしれないね。僕は帝都で皇族や高位貴族達と話したことがあるけど、断言できる。ティンクはそれだけの器量と魅力がある人さ。勿論、お世辞を抜きにしてね」

「そう、なんですね。ママが皇族かぁ」

嬉しそうにティスが破顔すると、僕はすかさず微笑み掛けた。

「君は、そんなティンクとクロスの間に生まれた娘なんだよ。今でさえ美少女なんだから、将来は絶対美人になるさ」

「は、はい。ありがとうございます、リッド兄様」

はにかみながら頷くと、ティスは嬉しそうにシトリーと一緒に再び車窓からフォルネウを見つめはじめた。

でも、今度は緊張ではなく、期待に満ちた横顔を浮かべている。

よかった、これで一安心かな。

そう思って、微笑ましく見つめていると、横でティンクとニーナが険しい表情を浮かべていることに気付いた。

「あれ、二人ともどうかしたの」

「いえ、ディアナから聞いてはいましたが、まさか此程の破壊力とは思いませんでした。ティスの為に仰って下さっているとわかっていても、ちょっと胸がドキッとしてしまいましたよ」

「本当です。それも、リッド様のあんな可愛い表情で言われたら、男女問わず誰だってコロッとやられちゃいます」

二人は顔を見合わせて肩を竦める。

言わんとしていることは何となくわかるが、そんなつもりは毛頭無かった。

ちょっと落ち込むなぁ。

それに、酔いのせいか目が潤んでいる感じがする。

今自分の目を鏡で見たら、少し赤目になっているかもしれない。

「えっと、でも、僕はティンクに思っていたことを正直に口にしただけなんだけど、な」

しゅんと俯いてから見上げるように告げ、最後は謝罪の意味を込めて小首を傾げた。

すると二人は目を見開き、自身の口元を両手で押さえて顔を赤くする。

「か、可愛い。可愛すぎるわ、リッド様」

「すっごい。ダナエがなんで『リッド様推し』になったのか。今、真に理解できた気がするわ」

「え……?」

二人の反応に理解が追いつかず、僕はきょとんとしていた。