軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッドとバルディア

狐人族領とバルディア領の国境地点にある狭間砦で荷物検査を終えると、僕達の一団は門を潜っていよいよバルディア領内に進んでいく。

検査の際は騎士達から免除の申し出があったが、獣人族の中には『化け術』を使う者もいる。

誰であれ検査に手は抜くことはしないようにと伝え、通常通りの検査を行った。

その際、豪族達の子息令嬢達が少し驚いた表情を浮かべていたのが印象に残っている。

旧グランドーク政権下の特権階級者は、様々な部分が優遇されていたから僕の言動が特異に見えたのかもしれない。

普段であればすぐに屋敷へ向かうところだけど、今回は狐人族領の将来を担う子供達や工業団地の幹部候補生を連れている。

少し遠回りをして、バルディア領内にある町々、農業地、工業地などを案内して回った。

なお、豪族の子息令嬢達は十代前半から半ばの子がほとんどだ。

その理由はガレスやエルバ達がグレアス・グランドークの断罪以降、反政権派と見なした豪族の跡取りにありもしない罪をかけて処刑していたことに起因する。

最近では、アモンを支持する豪族の優秀な子息令嬢達はバルディア家との会談で捨て駒に使われ、狭間砦の戦いでも先駆けという方法で使い潰されてしまった。

結果、現在アモンを支持する豪族の子息令嬢は、戦にかり出されなかった幼い子供ばかりになってしまったそうだ。

でも、話した感じだと、豪族の子息令嬢は狐人族領再建に対する熱意が強く、精神年齢がとても高かった。

きっと身近な家族の死、戦争、圧政を立て続けに体験したことで『幼い子供』ではいられなかったのだろう。

バルディアに皆を連れてきたのは見聞を広めてもらうことが一番の目的だけど、少しでも彼等の心が癒やされて軽くなってくれればいいな、とも思っている。

工業団地の幹部候補生は、一般市民出の若者がほとんどだから年齢層は十代後半から三十代前後までと幅広い。

彼等は旧政権時に高い税金が納められず、家族や身内を人質に取られ、武具製作にひたすら酷使されていたそうだ。

日々生きていくのに必要最低限の食料だけ配布され、決まった時間に起床と就寝を繰り返し、「税金を払えないお前達がこうして働け、日々の食事にありつけるようにしたガレス様を始めとする皆様に感謝しろ」というお偉い豪族の罵声を浴びながら、武具製作を毎日続けていく。

口答えは勿論、自分の考えを提示することも許されない。

豪族達は自分達の運営方法を『豪腕経営』と誇らしげに語っていたらしいが、彼等の平民に対する扱いはさながら奴隷のようであったらしい。

この話を聞き、僕の脳裏に浮かんだのは前世の記憶にあるブラック企業だ。

かの企業も低賃金と違法に近い労務体制で人を使い捨ての道具のように扱うことが多く、特に社会経験の少ない若者達を食い物にする傾向もあって社会問題にもなっていた。

『豪腕経営』なんて、そんな経営方法があるものか。

単に人を酷使して、使い捨てているだけだ。

会社……いや国や領地にとって若い人材は未来を作っていく存在なのに。

それを大切にしない者が頂点に立つのであれば、きっとその国や領地は近い未来に手痛いしっぺ返しを喰らうことになるだろう。

幹部候補生の皆は当初こそ心身共に疲弊はしていたが、今では狐人族領の未来を照らすのは自分達の役目と強く意気込み、新たな技術も積極的に学んでくれている。

彼等が今の意識を持ち続け、アモンが頂点に立ち続ければ、狐人族領はバルディアにとって良い隣人となってくれるはずだ。

実際、バルディア領内の華やかな町、大規模で効率的な農業地、発展著しい工業地を目の当たりにした子息令嬢の子達は「いずれ、狐人族領内もこのように発展できるのでしょうか」と目を期待に輝かせていた。

幹部候補生の皆は町の道路や建物を見て、建築技術の高さに目を見張り、効率的な農業の考え方に唸って感嘆の声を漏らす。

何より、自分達より幼い狐人族の子供達がバルディアの工業を支えているという事実を目の当たりにし、唖然としていた。

バルディアの工業を支えているのが、ドワーフのエレンとアレックスが率いる狐人族の幼い子供達であることは、子息令嬢と幹部候補生には周知済みだ。

だけど、どこか半信半疑だったのかもしれない。

百聞は一見に如かずという言葉があるように、ただ話を伝え聞くよりも自分達の目と耳で感じてもらうことで、きっと良い刺激になったはずだ。

やがて領内を案内し終えると、僕達はバルディア家の新屋敷に移動を開始。

ちなみに本屋敷の修繕はまだ終わっていない。

というか、この機に本屋敷も老朽化した部分を改修して、様々な施設を増設することにしたそうだ。

当分、バルディア家の皆が過ごすのは住居は新屋敷となっている。

子息令嬢と幹部候補生の皆は、新屋敷近くに併設されている迎賓館に案内した。

この迎賓館の内装は新屋敷と遜色なく飾られ、規模が小さくなっていること以外は設備も変わらないものを用意している。

皆は町の宿泊施設に案内されると考えていたらしく、迎賓館の前に降ろされた時は一様に目を丸くしていた。

その光景がちょっと面白くて、つい噴き出してしまったのは秘密だ。

これも彼等の見聞を広め、狐人族領の将来を見据えてのことだ。

彼を知り己を知れば百戦殆からず、という言葉がある。

これは、個人から国まで大小様々な事柄に当てはめられる。

研修のためバルディアに連れてきた皆は、今まで自領を出たことない子がほとんどだ。

つまり、彼等は『己』しか知らないし、知れなかった。

でも、今後は違う。

狐人族領の隣にはバルディアがあり、『他国を知ること』ができるようになったのだ。

また、アモンがバルディアの養女ティスと婚約したことで、グランドーク家とバルディア家は血縁関係を持つ隣人となった。

今後、二家間における人と物資の往来はどんどん増えていくことだろう。

将来を担う彼等に狐人族領とバルディア領、それぞれの強みと弱みを知ってもらい、相互に発展できる方法を考え、是非とも実践してほしい。

そんなことを考え、今回の研修を実施したというわけだ。

迎賓館について簡単に説明すると、管理を任せている副メイド長のフラウとメイド達に後のことをお願いし、僕は新屋敷に向かって再び移動する。

木炭車に連結された被牽引車内の車窓から外を見れば、辺りは赤い夕暮れ時となっていた。

「リッド様。ご案内、お疲れ様でございました」

目の前の座席に腰掛けていたディアナが目を細め、軽く頭を下げる。

「ありがとう。でも、皆が喜んでくれているみたいで良かったよ」

「はい。きっと、リッド様のお気持ちが伝わったことと存じます」

彼女はそう言うと、「ですが……」と少し心配そうに表情を曇らせた。

「リッド様は、狐人族領に出向いた時から働きづめでございます。直々にせずとも、他の者に案内は任せてもよかったのではないでしょうか」

「そうだね。でも、やっぱりさ」

車窓の外に見えるバルディアの景色を一瞥し、僕はディアナに向き直った。

「此処にいる誰よりも、僕がバルディアのことを大好きなんだよ。だから、伝え始めたら止まらなくなっちゃったんだ」

狐人族領を見て回ったことで、僕はバルディアが発展してとても豊かであることを改めて認識した。

でも、それは、僕に前世の記憶があるからできたことじゃない。

父上が……いや、父上だけじゃないな。

僕の先祖であるバルディア家歴代の当主達が、代々領地と領民を守ってきたからだ。

バルディアを少し離れたからこそ、僕の中でその想いが強まったのだろう。

とはいえ、急に気恥ずかしくなってきた僕は、誤魔化すように頬を掻いた。

ディアナはきょとんとするが、「ふふ」と噴き出して微笑んだ。

「リッド様、そのお言葉。是非、ライナー様とナナリー様にお伝えください。きっとお喜びになると存じます」

「え、えぇ。そ、そうかな。でも、面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいなぁ」

憎まれ口を叩きつつも、僕の脳裏には父上と母上の喜ぶ顔が浮かんできていた。

ディアナの言うとおり、きっと二人は喜んでくれるだろう。

だけど、皆がいる前で言うのは気恥ずかしいから、こっそり伝えようかな。