作品タイトル不明
リッドとミスティナ教2
「リッド様。熱心に読まれておりましたが、ミスティナ教に興味があるのですか」
「え? いやいや、そんなんじゃないよ。ズベーラでも比較的信仰されていると聞いたからね。内容だけ知っておこうと思っただけさ」
「そうですか。それならば良いのですが……」
「ディアナは、ミスティナ教は好きじゃないの?」
問い掛けると、彼女は「はい」と頷いた。
「ミスティナ教は一神教で他の信仰を基本的に認めておりません故、些細なことでも諍いが起こりやすいのです。熱心な信者は自国の教えやあり方に不信感を抱き、出国してトーガに移り住むことがほとんどです。一般市民ではあればまだ良いですが、過去には技術者や国の機密を知る者すら出国したこともあると聞きました。ミスティナ教を布教する方々は、人を救い導くと言っていますが詭弁です。彼等は、自らが考える利己的な方向に導こうと教えを利用しているに過ぎません」
流暢に捲し立てて断言した彼女の目には、明らかにミスティナ教に対する嫌悪感が宿っていた。
「えっと、昔ミスティナ教で何かあったのかな」
「……えぇ。幼い頃、親しい友人の両親がミスティナ教にはまって様々な問題を起こし、最後は帝国を捨てました。以来、私はかの宗教に良い感情はあまり抱いておりません」
「そっか。それは辛いかったね」
ディアナはどこか寂しそうな表情を浮かべた。きっと仲の良い友達だったのだろう。
宗教とは違うけど、前世の記憶を辿れば僕も似たような経験がある。
会社員だった時、大学時代の友人が久しぶりに会いたいと連絡をもらった時のことだ。
久しぶりの再会に胸を躍らせ、喜び勇んで会いに行ったら『最近、良い仕事と人に会ったからお前にも教えたい』なんて言われて、とあるビジネスの会員に誘われたのである。
これはかなりきな臭いぞ、とすぐに断って『大丈夫? 盲目にならず、ちゃんと調べたほうが良いと思うよ』と説いたけど、彼は耳を傾けることなかった。
その後も彼は何度も勧誘してきたけど僕は断り続け、最終的に『こんな良いビジネスなのにやらないなんて、お前はおかしい』と言われてしまいそれっきり。
学生時代は楽しく遊んだ良い友人だったのにと、悲しくなったものだ。
人が生き方や道徳を学ぶための宗教や教えは必要かもしれないけど、理性から離れた宗教というのは危険な部分も多い。
トーガは侵攻の意図を持って戦略的に布教していたわけだから、ミスティナ教は知識として知っておき、警戒しておくことに越したことはないだろう。
考えを巡らせていたその時、木炭車が突然車内が激しく揺れた。
「うわ⁉」
「リッド様!」
体が浮きそうになった瞬間、僕はディアナに抱きしめられる。
そして、二人して車内の床に倒れてしまう。
「う⁉」
彼女は呻き声を上げつつも、僕を守るように抱きしめる力を強めていった。
揺れが程なく治まると、僕は急いで体を起こした。
「ディアナ、大丈夫⁉」
「は、はい。軽く体を打っただけです。怪我はございません」
彼女はそう言ってゆっくり立ち上がると、乱れた服装を整えた。
様子を見る限り、どうやら本当に怪我はしていないらしい。
僕は思わず安堵のため息を吐いた。
「良かった。もし、ディアナに怪我をさせたらルーベンスに怒られちゃうよ」
「とんでもないことです。リッド様を守るのが私の役目。彼……いえ、夫はきっと良くやったと言ってくれるでしょう」
夫、そう言った時、彼女は少し照れくさそうにはにかんだ。
ちなみに、ルーベンスとディアナは狭間砦の戦いの後で結婚。
先日、結婚式を挙げたばかりだ。
新婚で幸せ一杯の二人を引き裂く訳にはいかないから、今回の狐人族の領地訪問にディアナは来なくていいって伝えたけど、彼女は提案を聞くなり頭を振った。
『お気遣いいただきありがとうございます。しかし、私はバルディア家に仕える身上。お気持ちだけ受け取らせていただき、これまでと変わりなく護衛の任務を果たしたく存じます』
ルーベンスにも尋ねてみたけど、彼も同意見だった。
加えて、ディアナの意志も強かったので、こうして同行してもらっているという訳だ。
「それにしても……」
はにかんでいたディアナは、一転して表情を曇らせた。
「此程の車内が揺れるとは、一体何事でしょう」
「うん。意図的にこんな運転するはずないし、外で何かあったのかもしれないね」
僕達が乗っている被けん引自動車をけん引する木炭車の運転手はカペラだ。
彼はエレンやアレックスの依頼で、木炭車の運転をよくしているから、運転技術はバルディアでも一番高い。
車内の窓から外を見れば、後続の木炭車も停車したらしく荷台に乗っていた騎士達が続々と臨戦態勢を整えている。
何事だろうか、そう思った時、車の扉が丁寧に叩かれた。
「リッド様。ご無事ですか」
「うん。大丈夫だよ」
返事をすると、扉が開かれて体格の良いスキンヘッドの騎士が姿を見せた。
バルディア第一騎士団長のダイナスである。
実は父上が自身が行けない代わりにと、ダイナスを僕の狐人族の領地訪問に同行するよう指示を出してくれたのだ。
なお、彼がバルディア不在の間、騎士団長の任務は父上とルーベンスで兼任するらしい。
というか、将来的にルーベンスを騎士団長に据えることを見越してのことだろう。
「申し訳ありません。急におかしな奴らが出てきて道を塞ぎまして、リッド様を出せと騒いでおります。野盗とは少し様子も違うようですが、如何しましょう」
ダイナスは普段の豪快な様子と違い、礼儀正しく畏まっている。
おぉ、流石は騎士団長。分別をわきまえている、というところだろうか。
そう思ったのも束の間、彼は目を細めながら白い歯を見せて笑った。
「まぁ、帝国内であればあのような輩は問答無用で蹴散らしますがね。しかし、此処は狐人族の領内故に留まっております」
言い方に随分と棘があるなぁと思ったら、ダイナスの頭には薄い青筋が走っていた。
どうやら、相当な怒りを堪えているらしい。
「あ、あはは。じゃあ、取りあえず会ってみようか」
「え、お会いになるのですか」
ディアナが表情を曇らせたまま首を傾げた。
「うん。僕を出せってことは、道を塞いだ彼等はバルディアの一団であることを理解して止めたってことになる。なら、彼等の背後に必ず情報を渡した人物がいるはずさ。それと、下手に騒ぎを起こせば狐人族の豪族達から言い掛かりを付けられるだろうからね」
裏で色々動かれるより、こうして僕を呼び出してくれる方がわかりやすくて助かる。
でも、こんな手を使うということは、おそらく待ち構える相手は下っ端だろうな。