軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キール・マグノリア

「キール殿下。どうして此処に居られるのでしょうか。見れば護衛の騎士もいないようですが、まさかお一人でこちらに来たわけではありますまい」

父上が凄むと、キールはたじろぎながら頷いた。

「あ、あぁ、勿論だとも。此処に来る道中は騎士達に護送してもらったから安心してほしい。彼等にはバルディアの騎士達に護衛を引き継いでもらって、私の命令で一足先に返したんだ」

「そうでしたか。しかし、恐れながら我等が帝城にお迎えに上がる予定だったはずですが」

「心配を掛けて申し訳ないけど、予定が急遽変わったんだ」

彼はそう言うと、懐から皇族の印が押された封書を父上に渡した。

「拝見します」

父上は畏まって受け取ると、封を開けて中身を改める。

それにしても、まさかバルディア邸に突然やってくるなんて想像もしていなかった。

しかも、キールの背後には十数台の馬車が並んでいる。

「ところで、キール。この馬車についても聞いてもいいかな」

「勿論だ。むしろ、よく聞いてくれたよ」

彼は目を輝かせながら身を乗り出すと、馬車を横目で見やった。

「この馬車全てにね、帝国が誇る書庫にあった様々な文献を『書写』した本を積んでいるのさ」

「え……」

彼の答え唖然としながら、改めて馬車を見渡した。

十数台並んでいる馬車の荷物が、全て『書写』された本。

さすが皇族というべきか、やることがえげつない。

この世界にはパソコン、ワープロを始め、タイプライターすらまだ登場していないのだ。

つまり、キールの言う『書写』とは全て人力で行われた『コピー』である。

「……これだけの『書写本』をいつから作っていたんだい」

「メルディ殿の肖像画を母上に見せられてからだね。いずれ、こうなることもあろうかと、書庫員の人達に毎日一冊以上行うように指示を出していたのさ。おかげで、今ではこれだけの量になったんだ」

「へ、へぇ。それは凄いね」

脳裏に一生懸命、本を書き写している名前も知らない書庫員の人達の姿が浮かんでくる。

彼はさも当然のように言ったけど、書庫員の人達は毎日大変だっただろうなぁ。

僕が相槌を打つと、彼は真面目な顔で続けた。

「以前から貴重な文献が帝国の書庫にだけ集まっているのは、万が一のことがあれば危険だと考えていたんだよ」

「ま、まぁ、確かに貴重な文献なら原本以外にも書写本があった方が良いかもね」

「おぉ、リッドは話がわかるね。さすがは僕の新しい兄さんだ。いやぁ、書写本の重要性は貴族達に説いても中々伝わらなくてねぇ」

彼は深いため息を吐くと、肩を竦めてかぶりを振った。

ヴァレリから『本の虫』と聞いていたけど、これは本の虫どころじゃない。

此処まで来ると、『本狂い』と言った方が正しい気がする。

「あれ、そう言えば……」

僕は違和感を覚えて周りを再び見回した。

「キール。君と一緒にバルディアに行く人達はどこだい」

「あぁ。彼等には私物が多くて馬車に空きがないから連れて行けないと、全員断ったよ」

「……え、えっと、どういうこと」

「ふふ。言葉通りさ」

彼は目を細めて微笑むが、言っている意味がわからない。

私物って、書写本のことか。

いや、それが多すぎて従者を誰も連れて行けないと断った……まさか、そんな冗談みたいなことを本気でするはずない。

そう思ったけど、キールが見せた笑みはマチルダ陛下を彷彿させるもので、背筋がぞくりとした。

「キール殿下が仰ったことは、全て事実のようだ」

父上が深いため息を吐いて頭を振ると、彼から渡された封書を僕に渡してきた。

「これは……」

封書にはアーウィン陛下とマチルダ陛下の直筆で色々と書いてあっけど、要約すれば『どんな人員を選んでも革新派、保守派と繋がりを持っている者が紛れ込んでしまう。よって、キールには単身でバルディア領に行ってもらうことになった。ちなみに、これは本人も了承している。追伸、キールのことをよろしくね。マチルダより』ということだ。

何処に皇族の、それも第二皇子という立場の子供を裸一貫で辺境へ行かせる親がいるんだよ。

怒りを通り越して呆れてしまい、心の中で突っ込んでしまった。

「しかし、これを良く貴族達が納得しましたね」

僕が呆れながら問い掛けると、キールには不敵に笑い出した。

「それは色々と小細工をね。さぁ、それよりも早く出発しましょう。私はこの日をとても楽しみにしていたんです」

「畏まりました。では、参りましょう」

父上が会釈すると、キールは首を横に振った。

「ライナー殿。貴殿は、私の婚約者となるメルディ殿の父。つまり、義理父になるのです。どうか、義兄のリッドと同様に接してください」

「……わかりました。では、お言葉に甘えましょう。これからは殿下ではなく、一人の義息【むすこ】として私も接することにいたします。よろしいかな」

「はい。よろしくお願いします」

彼が嬉しそうに頷くと、僕達は本を載せた十数台の馬車を急いで木炭車に連結して早朝のうちにバルディア邸を出立。バルディア領への帰途に就く。

だけど出発して間もなく、木炭車を運転している父上が「そうだ」と切り出した。

「リッド、折角だからロナミス邸を見ていくか」

「え、見ることが出来るんですか」

ロナミス邸とは、母上が帝都で生まれ育った場所であり、今は亡きトリスタン・ロナミス伯爵が住んでいた場所だ。

「うむ。中には入れんが、外から屋敷を見ることぐらいはできるからな」

「はい、それなら是非寄りたいです。あ、キールは大丈夫かな」

「勿論。私もロナミス邸には興味があるよ」

「決まりだな。では、少し寄っていくか」

父上はそう言うと木炭車を一旦止め、後続の馬車を引く馭者に『先にバルディアに向かえ』と指示を出す。

そして、僕達の乗った木炭車だけ、帝都の貴族街にあるロナミス邸へ向かった

「ここがロナミス邸だ」

父上がそう言って木炭車を止めた場所の前には、立派なお屋敷が建っていた。

門を見れば、三つの剣と星を表す丸が描かれた家紋が掘ってある。

おそらく、ロナミス家の家紋だろう。

「……人が住んで居ないのに綺麗ですね」

外から少し覗くだけでも、屋敷内の庭が整っているのが見て取れる。

人が住まなくなった家というのは、手入れがないと直ぐに雑草だらけになって荒れ果ててしまう。

それなのに、ロナミス邸の木々や草花は綺麗に剪定されていた。

「ロナミス邸は皇帝の管理下に置かれているからな。ナナリーと親しいマチルダ陛下が、気に掛けてくださっているそうだ」

「私の両親は、意外と義理堅い方ですからね」

キールはそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。

「へぇ。でも、ここが母上の生まれ育った場所か」

感慨に浸っていると、小さな違和感を覚えた。

何だか、このお屋敷はどこかで見たことがあるような気がするんだけど何処だっけ。