軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

交差する思惑2

「それに帝国に仕える貴族であれば、狐人族の戦後処理よりキール殿下とメルディ殿の婚約と顔合わせを優先すべきです。皆様もそう思いませんか」

ベルガモット卿が語りかけると、一部の貴族達から拍手が巻き起こる。

こ、こいつら……。

おそらく、いま拍手している彼等は僕を狐人族の領地に行かせ、何かしらの失態を期待しているのだろう。

「皆の意見はわかった。リッド、貴殿はこの件をどう考える」

皇帝陛下の問いかけで、謁見の間が静寂に包まれる。

横目で父上を見やれば、険しい表情で首を小さく横に振っていた。

『断れ』ということだろう。

この場で僕が断れば、キールがバルディア領に来るのは先延ばし。

予定通り、狐人族の領地には父上が出向いて戦後処理を行うことになるはずだ。

でも、断れば、バルディア家の帝国における立場と影響力は少なからず弱まってしまう。

貴族は名誉と面子を重んじる社会だし、皇帝陛下の依頼を断ったという事実が残ってしまうからだ。

皇帝陛下もそれを理解した上、あえて僕に問い掛けて試しているようが気がするんだよね。

それに、狐人族の領地……もといズベーラには個人的に少し気になっていることもある。

僕は深呼吸をすると、父上に視線で『ごめんなさい』と謝って皇帝陛下に向き直った。

「若輩ながら、私も帝国に仕える身です。必要であれば父に代わり、ズベーラに出向く覚悟はございます」

そう答えると、貴族達からどよめきが起きる。

どうやら、臆病風に吹かれて断ると思っていたらしい。

「……馬鹿者め」

僕にだけ聞こえる声で父上は呟き、深いため息を吐いた。

あ、これは後でめっちゃ怒られるやつだ。

「リッド、良い返事だ」

皇帝陛下は満足そうに破顔した。

「それでは、貴殿達がバルディア領に戻る際、キールも同行させよう。お前もそれで良いな」

「はい、承知しました。父上」

キールは二つ返事で頷くと、こちらに視線を変えて微笑んだ。

でも、目の奥が笑っていない。

彼も全て承知の上なのかもなぁ。

皇族らしいと言うか、なんというか。

ん、あれ、ちょっと待って……。

ハッとして背筋に悪寒が走った。

メルと第二皇子のキールが婚約したということは、第一皇子のデイビッドと婚約している悪役令嬢ことヴァレリは僕にとって義理の姉になる。

つまり、親戚になるってことじゃないか。

この婚約、ひょっとして断罪への道を突き進むことに繋がってるんじゃ……そう思った時、マチルダ陛下が咳払いをした。

「では、ライナー。私達の息子をよろしくお願いしますよ」

「畏まりました」

父上は諦め顔で一礼して顔を上げると、真剣な表情を浮かべた。

「陛下。恐れながら、私からもベルガモット卿の発言に対して申したいことがございます。少々、よろしいでしょうか」

「構わんぞ。申してみよ」

皇帝陛下の許可を得ると、父上はベルガモット卿に振り向いて凄んだ。

「……なんでしょうか。ライナー辺境伯」

「魔力枯渇症における後遺症の有無についてだ。今のところ、どちらにしても根拠はない。故に、どんな議論も水かけ論だ。しかし、それでも貴殿がこの場でした『後遺症が有る』ということを前提とした発言は撤回してもらおう」

「そんなことですか。ですが、物事は常に『最悪』を想定して考えるべきです。後遺症が無いという希望的観測ではなく、有ることを前提にして考えた方が合理的でしょう」

ベルガモット卿は肩を竦め、やれやれと首を横に振った。

でも、父上は鬼の形相を浮かべたままだ。

「貴殿は『当事者』ではない故、他人事のように言えるのだ。私も後遺症の有無は慎重に判断するべきと考えている。しかし、『有る』ということが『前提』となれば、『魔力枯渇症』を患っている者達に対する『風評被害』を誘発することに繋がると言っているのだ」

あえて、だろう。

父上は謁見の間に轟かせるように声を荒らげながら続けた。

「国内外を含め、魔力枯渇症を患っている者には平民、貴族、華族。様々な立場の者がいるだろう。貴殿の発言が発端となり、その者達が言われなき誹りに晒された場合、どう責任を取るつもりだ」

「そ、それは……」

ベルガモット卿はバツの悪い表情を浮かべると、父上は畳みかけるように詰め寄った。

「治療方法に光明は差したが、発症原因は不明のままだ。つまり、この場にいる誰もが魔力枯渇症を発症する可能性があるのだぞ。一度蔓延してしまった『風評』を払拭することがどれだけ難しいことか、貴殿もわからぬわけではあるまい。故に、軽率な発言は撤回すべきと言っているのだ」

「ぬ、ぬぅ……」

「二人共、そこまでだ」

父上とベルガモット卿が睨み合うなか、皇帝陛下が制止する。

「ライナーの言うことが正しかろう。魔力枯渇症における後遺症の有無は、慎重な調査が必要だ。しかし、後遺症が有ることを前提とする根拠のない主張は、無意味な風評や憶測を呼び、差別にも繋がる恐れがある。ベルガモット卿、その点は発言を撤回すべきであろう」

「は、はい。畏まりました。軽率な発言であったことを認め、撤回いたします」

ベルガモット卿はそう言うと、僕達に向かって深く頭を下げた。

「うむ。では、魔力枯渇症における後遺症の有無について、無意味な憶測や軽率な発言は皇帝の名において許さぬ。サンドラ準伯爵による解明を待つ事にする。皆、心せよ」

陛下の鶴の一声によって、貴族達が一斉に畏まって一礼する。

その後、謁見の間での報告は終わりを告げ、僕達は城内の貴賓室に移動した。

「全く、妙なことになった」

父上は深いため息を吐くと、貴賓室のソファーに勢いよく腰を落とした。

「メルとキール殿下の突然の婚約だけでも頭が痛いのに、まさかリッドが私の代わりに狐人族の領地に出向くことになるとはな」

父上はそう言うと、机を挟んで正面のソファーに腰掛けた僕に視線を向けた。

「……勝手な判断をして申し訳ありませんでした。ですが、あの場の流れで断ってしまえば、バルディア家の面目が潰れてしまいます。あれは、やむを得ませんでした」

「わかっている。だが、お前はまだ幼い子供なのだ。あの場で断っても大した問題にならなかっただろう。それに……」

父上が何かを言い掛けたその時、扉が叩かれた。

「ライナー様、リッド様。両陛下が別室にお呼びでございます」

「承知した。すぐに向かおう」

ゆっくりと立ち上がった父上は、眉間に皺を寄せた。

「やはり呼ばれたか。さぁ、茶番の答えを聞きにいくぞ」

「は、はい」

颯爽と歩いて進んでいく父上。

でも、その背中からは明らかな怒りの気配が発せられていた。