軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外伝・狭間砦の衝撃

その日、とある情報誌の見出しが帝都に衝撃を与えた。

『本日、バルディア家とグランドーク家で行われた会談は決裂。当日のうちに、狐人族が侵攻を開始した』

バルディア家が一人勝ちのように発展することを妬み、軽い嫌がらせ程度でバルディア家とグランドーク家の問題を取り上げていた貴族は多い。

それでも、グランドーク家が本当に侵攻すると考えていた者はほとんどいなかった。

しかし、この情報は貴族達を混乱させ、帝国の初動を鈍らせる。

何故なら、バルディア領と帝都にはそれなりの距離があるためだ。

普通に考えれば、仮にグランドーク家が侵攻したとしても、帝都へ情報が届くには時間が掛かる。

バルディア領で起きた出来事が、こんなに速く情報誌で報道されるというのは、今までの常識ではあり得ないことだった。

もしくは何者かが、意図的に偽情報を流布しているかである。

すぐに帝都の兵士達が情報精査のため、情報誌を発行した商会を探った。

だが、記者は捕まるのを恐れたのか行方をくらましており、情報の出所は不明のままである。

皇帝のアーウィンは、貴族達を緊急召集して会議を開き、情報精査を兼ねて即座に帝国軍を派遣すると発言した。

しかし、これに保守派から異論が出る。

情報精査のためとはいえ、『帝国軍』を大軍で派遣してはズベーラを刺激してしまう。

最悪、両国の全面戦争に発展してしまう可能性もある。

いくらバルディア領を救うためとはいえ、二国間が全面戦争となれば本末転倒。

まずは、偵察隊に留めて情報を確認すべき……というものである。

一方、革新派は皇帝の意見を全面的な支持を表明。

偵察隊が情報を確認してから大軍を準備、派遣していては手遅れになり、バルディア領は狐人族の手に落ちるだろう。

そうなれば帝国貴族の結束と威信が弱まり、諸外国との外交も優位に進められなくなる。

ここは、全面戦争を辞さない覚悟を示すべき……という意見であった。

保守派と革新派の意見が割れたことで会議は混乱を極め、少ない時間がさらに短くなっていく。

そうした中で、ベルルッティ侯爵が折衷案を出した。

「ズベーラとの全面戦争を危惧するお心。帝国とバルディア領を考えるお心。どちらも、

帝国を思う気持ちは一緒です。ここは皆様の気持ちを汲み、時期を若干ずらした上で軍を派遣する……というのはどうでしょうか?」

彼の案は、まず少数部隊で機動力の高い先遣隊を派遣。

その後、数日ごとに機動力重視の中隊を派遣していくというものである。

先遣隊によって情報精査を行い、誤報であれば後続の中隊に伝えて撤退。

情報が事実であれば、バルディア領の手前で後続の帝国軍を集結させてグランドーク家と対峙する。

そうすれば、ズベーラへの刺激は最小限に留めつつ、大軍を派遣できる……というものであった。

「如何でしょう、陛下。この案であれば帝国の体面も保ちつつ、バルディア領を救うために大軍を派遣できましょう」

「ふむ……」

その後も様々な意見が出るが、最終的に皇帝はベルルッティ侯爵の提案を採用。

バルディア領に軍を派遣することが決定する。

しかし、情報がもたらされたのは朝だが、会議が終わった頃には日が暮れていた。

帝城で会議が開かれた翌日の夜。

派遣の準備を急ぐ帝都で再び激震が走る。

バルディア家と繋がりが深いクリスティ商会から、『狭間砦の戦いは、バルディア家の圧勝』という見出しの号外が帝都中に配布されたのだ。

『六万の軍勢を率いてバルディア領の管理する狭間砦に侵攻した狐人族の部族長、ガレス・グランドーク。

時を同じくして彼の息子であるアモン・グランドークが、現政権の圧政に苦しむ民を救うために決起。

バルディア家の当主ライナー・バルディアとリッド・バルディアはアモンと協力して、約九千の兵でガレス・グランドークを討ち取った。

狐人族の次期部族長と目されていた長男エルバ・グランドークと、彼を補佐していた次男マルバス・グランドークは共に敗走。

また、長女ラファ・グランドークを始めとする大多数の狐人族がアモン・グランドークを次期部族長として支持すると表明。

狭間砦の戦いは、歴史に残るであろうバルディア家の劇的勝利で終わった』

この内容はすぐさま皇帝皇后と貴族達の耳に入り、情報精査のために帝都のクリスティ商会に滞在していた『エマ』が帝城に呼びだされることになった。

彼女は帝国貴族に囲まれる中、皇帝皇后の御前で号外の内容が事実であることを伝えた上で、経緯を説明する。

曰く、エマは『狭間砦の戦い』の決着がついた時点で即座にバルディア領を木炭車で出立。

丸一日かけて何とか当日中に帝都に着き、号外を発表したということだった。

その場にいる者達は、彼女の行動力と今までの常識を覆す情報伝達の速度に唖然とする。

しかし、彼等が何より驚愕したのは、ガレス・グランドークが率いる狐人族六万の軍勢を、アモン・グランドークを筆頭としたバルディア家が、約九千の軍勢で打ち破ったという事実であった。

戦で勝利した場合、諸外国を畏怖させるために戦果を誇張して流布することはよくある手段だが、今回の戦果に誇張は一切無いという。

そして、敗走したという狐人族のエルバ・グランドークと言えば、獣人国ズベーラを治める次期獣王最有力候補者として名が知られていた人物だ。

現部族長だったガレス・グランドークよりも一部の間では有名であり、武力もさることながら優れた政治力も発揮して、各国の貴族や幹部達とも繋がっていた黒い噂も絶えない大物でもあった。

全ての説明を聞いた皇帝皇后は大変な喜びようであり、帝国貴族達も帝国の威信を高める多大な戦果に歓喜する。

エマが帝都で報じた号外。

両陛下や貴族達にした報告は、否応なくバルディア家と『リッド・バルディア』の評価に大きな影響を与えることになった。

しかし、この事をバルディア領にいる者達は知る由もなく、彼等が実感するのはまだ少し先の話である。

狭間砦の戦いが終結した数日後。

とある屋敷で蝋燭の明かりが揺らめく一室に、黒いローブとフードで全身を覆い、顔も仮面で隠した人物達が集まっていた。

彼等は円卓を囲い、重々しい空気を漂わせている。

「……まさか、ガレスが討ち取られ、エルバ・グランドークが敗走するとは夢にも思いませんでしたな」

装飾のない白仮面の人物が苦々しげに声を発すると、部屋の一番奥の椅子に腰掛けた人物が「あぁ、全くだ」と頷いた。

なお、彼の仮面は色が白と黒で分かれている。

「バルディア領がガレスとエルバに蹂躙される様子を目の当たりにさせ、平和というぬるま湯に浸かり、考え方までふやけてしまった貴族達の目を覚ます予定がね……崩れてしまったよ」

白黒仮面は肩を竦めて首を横に振るが、「しかし……」と声を凄ませる。

「これはこれで、我等にとって都合の良い方向に持っていくことはできるだろう」

部屋にいる誰もがその言葉に首を捻り、懐疑的な様子を見せる。

「どういう事でしょうか?」

代表するように、白仮面が挙手をした。

「ふふ、詳細はもう少し計画を練ってから説明させてもらう。まぁ、言ってしまえば『彼等』には利用価値があるということだよ。我等の為に力を尽くしてもらおうと思ってね」

「我等の……? 『彼等』は、我々の思想に同意してくれるとは思えませんが?」

白仮面の答えに、この場の者達が頷いて同意を示す。

しかし、白黒仮面は首を横に振った。

「私も、彼等が志を同じくしてくれるとは考えてはおらんよ。だが、物事はもっと大局的に見ねばならん。本人達にそのつもりがなくとも、結果的に我々の思惑に通じる部分があれば、それで良いということだな」

「あぁ……なるほど。では、今後は彼等の力に頼ることが大きくなるということですね?」

何かを察したように白仮面が尋ねると、白黒仮面はゆっくり頷いた。

「そういうことだ。まぁ、色々と種は蒔いているのでね。皆で、収穫を楽しもうじゃないか」

白黒仮面がそう言って両手を広げると、部屋にいた者達は怪しい雰囲気を醸し出して頷くのであった。

集会が終わり、白黒仮面が部屋に一人で残っていると扉が丁寧に叩かれる。

「主、よろしいでしょうか?」

「あぁ、ローブだな。構わんぞ」

「失礼いたします」

ローブは部屋に入ると、白黒仮面の傍に近づき片膝を突いて頭を垂れた。

「……申し訳ありません。狭間砦の戦いは、クリスティ商会が発表した通りでございます」

「そうか。だが、これはこれで、我等のとって良い方向に世論は進むだろう。ご苦労だったな」

「とんでもないことでございます」

畏まるローブだが、「しかし……」と彼にしては珍しく、悔しげに呟いた。

「メルディ・バルディアの件が残念でなりません。我等の手中に収める絶好の機会だったのに、エルバからは『バルディアに勝ってからしか渡せない』と約束を反故された上、強奪はラファに阻まれました」

「ふむ、メルディの件は確かに残念だったが、今回は縁がなかったと潔く諦めるしかあるまい。その代わり、扱いづらいが良い手駒がこちらに来たではないか」

白黒仮面が笑って答えると、ローブが首を横に振る。

「……私は反対です。以前もお伝えしましたが、主の言うことを奴が素直に聞くとは思えません。現に、『前例』もすでに起きています」

「それを含めても、余りある戦力となるはずだ。まぁ、暫く休養が必要だろうがね」

そう言うと、白黒仮面が急に咳き込みだした。

「主、大丈夫ですか?」

「あぁ、すまん。近頃、悪い風邪を引いたのか、体調が少し悪くてね。もう、大丈夫だ」

白黒仮面は腰を上げると、「それにしても……」と感慨深そうに漏らした。

「一番可能性が低いと考えていた『新たな道』を切り開いたか。ふふ、今後も彼等は楽しませてくれそうだ」

集会場を後にした二人は、暗い通路の闇の中へ消えて行った。