軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

憤怒のリッド

「な……なんだ⁉ この膨大な魔力は⁉」

エルバが戦斧を力一杯に振り下ろすと、鈍い金属音が辺りに響く。

「……⁉ な、なんだと⁉」

奴は目を見張った。

戦斧は薄い魔障壁に阻まれ、僕に届いていない。

「そんなもの……効くかぁあああああ⁉」

「ぬぉ⁉」

魔障壁が弾け、奴を戦斧ごと吹き飛ばした。

この程度じゃ足りない。

奴を倒すためには、もっと強大で膨大な魔力がいる。

それこそ、圧倒的な『力』がいるんだ。

奴の巨体が吹き飛ばされるのを見て、カペラとディアナが目を丸くして何か叫んでいる。

『リッド、止めるんだ。これ以上は君の体が持たないよ!』

脳裏にメモリーの声が響いた。

『……構わない』

『え⁉ な、何を言ってるんだ。リッド!』

僕の答えに、驚いた声が聞こえる。

『ここで、奴を止められなければバルディアはお終いだ。かと言って、奴に屈することもできない。そうなれば、皆は嬲り殺しにされるだけだ。どのみち死ぬなら、命を賭けて、僕は僕の責務を果たす。彼が……クロスがそうしたように!』

エルバと戦って、分かったことがある。

狐人族を支配しているのは、エルバだ。ガレスじゃない。

仮に、父上とアモンがガレスを倒しても、エルバが倒されない限り、狐人族の勢いは止まらない。

どっちつかずのラファだって、エルバが居る限り、こちらに靡かないだろう。

ガレスを倒すだけじゃ、駄目なんだ。

エルバを、奴を倒さないとこの戦は終わらない。

『リッド……わかった。僕も出来る限り力を貸す。でも、君の体が本当に耐えきれない時は止めるよ』

『ありがとう、メモリー』

『いいさ。君は僕で、僕は君だからね』

メモリーの声が聞こえなくなると、体の深淵から溢れ出る魔力の流れに変化が訪れる。

魔力がより膨大となり、強力になったけど、流れが落ち着いて扱いやすい。

まるで、荒れ狂う海が、穏やかで静かな海になったようだ。

「僕の知り得る全ての魔法と力を使って、エルバ。お前をここで倒す」

奴を凄むと、僕は溢れ出る魔力を操り、過去に失敗した魔法を含め、獣人族の子達から学んだ魔法を組み合わせていく。

全ての属性が交ざり合い、真っ黒に染まった魔力が僕を球体で覆い隠すと、全身に痛みと力が駆け巡る。

やがて、大きな流れの魔力に体が馴染むと球体が弾け、僕は再び戦場に立った。

つい先程まで感じていた体の痛みやきしみはなく、魔力切れも改善している。

手を動かし、足を動かし、首を動かして、感覚を確かめていった。

「リッド様……なのですか?」

目を丸くして尋ねてきたのは、ディアナとカペラだ。

二人の背後には獣人族の子達もいるけど、揃いも揃って唖然としている。

「皆、心配かけたね。もう大丈夫だよ」

「で、ですが、そのお姿は……」

カペラの問い掛けに、僕は首を横に振った。

「わかってる。でも、こうでもしないとあいつは倒せない。皆は、巻き込まれないように後ろに引くんだ」

「し、しかし……⁉」

「これは、命令だよ」

僕はそう答えて微笑むと、エルバの前に一瞬で跳躍する。

奴は眉をピクリと動かすと、興味深そうに上から下へと僕を舐めるように見つめた。

「随分と可愛らしい姿になったものだ。俺の小姓にでもなるつもりか?」

「御免被るね。それに、別に好きでこうなったわけじゃない。溢れる魔力を耐えるため、気付けばこの体になっていただけさ」

「なるほど。人族ながらに『獣化』を行ったというところか。まさか、体を無理矢理成長させて俺の前に立つとは思わなかったぞ」

僕の背丈は多分、父上と同じぐらいに大きくなり、髪は地面に付くほど伸びていた。

服装は小さい時のものがそのまま大きくなっている。

エレン達が言っていた装備者の魔力を吸収もしくは放出して、鎧と生地が伸縮するというのは本当だったらしい。

「しかし、わかっているのか? 人族の体では『獣化』に耐えきれん。加えて、それだけの魔力を無理矢理引き出せば、間違いなく時間と共に命が削れていくぞ」

「あぁ、承知しているよ。今にも体が粉々になりそうさ。それでも、僕は命に代えてもお前を倒す」

「ほう。勇ましいことだ」

「お前だけは、謝っても絶対に許さない……許すものか」

エルバは鼻で笑うと、ゆっくり戦斧を構えた。

だけど、奴にあった『余裕』のようなものは、もう感じられない。

「今日は、雲一つない晴天を鳥達が飛び交い、気持ちの良い風が吹いてる。クロスの言っていた通り、本当に良い日だ」

僕が何気なく空を見上げて呟くと、奴は首を傾げる。

「……だからこんな日に、お前だけは奈落へ落ちろ」

視線を戻して吐き捨てると、凄まじい地響きが鳴り、奴の足下から大地が沈み始めて大穴となっていく。

エルバはすぐに飛び上がろうとするが、奴の足には『樹』がまとわりついて身動きを封じている。

「相変わらず、小賢しい真似をする。だが、この程度では……」

「わかってる。だから、お前に僕からの贈り物だ」

あえて奴の言葉に被せると、僕は空に全属性十本の大きな魔槍を瞬時に生成する。

十本の魔槍は、空で螺旋を描くように混ざり合い巨大な一本の魔槍となり、大穴の中心にいるエルバに向かって落ちていく。

「……調子に乗るなよ、リッド・バルディア。貴様一人の命を賭けたところで、俺に敵うと思ったら大間違いだ」

奴は体を捻って魔力と力を溜めると、戦斧を落ちてくる巨大な魔槍に向かって振り下ろした。

エルバが振るった戦斧の切っ先と巨大な魔槍が衝突すると、魔力波と衝撃波が発生して暴風が吹き荒れる。

狐人族の戦士達や僕の背後にいる皆や騎士達からどよめきが起きる中、エルバの怒号が大穴の下から轟いてくる。

見やれば、奴は戦斧で徐々に巨大な魔槍を押し返していた。

僕の右手にもその反発が伝わってきている。

「さすがだね、エルバ。じゃあ、もう一槍。追加してあげよう」

僕が左手を空に掲げると、先程同様に全属性十本の大きな魔槍が大空に生成され、螺旋を描いて混ざり合い巨大な一本の魔槍となり落ちていく。

そして、先に落ちていた魔槍と融合し、二槍の魔槍はさらに巨大な一本の魔槍となる。

その現象を間近で目の当たりにしたエルバは、目を瞬いた。

「な……なんだと⁉」

大穴を中心に狂風が吹き荒れ、大地が舞い上がり、強力な魔力波と衝撃波が起きている。

でも、エルバは戦斧で必死に押しつぶされまいと耐えているようだ。

「こ……こんなもの……⁉ こ、こんな……⁉」

「もう一度言ってやる……奈落へ落ちろ」

反発する力を押し込むように両手に力を込めた。

「……⁉」

エルバがハッとして目を見開いた次の瞬間、魔槍は奴を飲み込み、大穴から大爆発が起きる。

巨大な火柱が立ち上がり、悲鳴のような声が敵味方に関係なく聞こえきた。

僕は火柱の奥にいる奴の気配が消えず、大穴の中心を睨んでいる。

やがて火柱が消え、土煙が立ち上がると、その中から一つの影が飛び上がり、僕の前に降り立った。

「はぁ……はぁ……やってくれたな。今のは、流石に死ぬかと思ったぞ」

肩で息するエルバの姿は、上半身の服が破れており、全身傷だらけであちこちから血が出ている。

咄嗟に全力で魔障壁を張ったのだろうが、それでも損傷は免れなかったのだろう。

「そうかい。なら、そのまま倒れてくれれば良かったのに」

「ふふ、倒れるだと? 冗談ではない、こんなに心躍る戦いは始めてなのだ」

エルバは楽しそうに口元を歪め、自身の破れた上半身の服を剥ぎ取ると、戦斧を切っ先から地面に突き刺した。

「良いだろう。お前の命を賭す覚悟に、俺も全力で答えてやる」

僕を指差し吐き捨て、奴から強烈な衝撃波が巻き起こる。

エルバの獣化に変化が現れ始めたその時、「リッド様、今です!」とカペラの声が聞こえてきた。

「奴が獣化に集中している隙に大技を放ってください!」

「そうです! 全力の奴と戦う必要はありません。先程の魔槍を放てば、いくら奴でも無防備であれば倒せるはずです」

ディアナの声も聞こえて横目で見れば、二人とも必死な顔でこちらを見ていた。

でも、僕は首を横に振る。

「駄目だよ。こいつには、自分の犯した過ちを知り、絶望して奈落に落ちてもらう。そうでないと、僕の気が収まらない……収まらないんだよ」

「そ、そんな……⁉」

「そのようなことをする必要はありません。この戦は、リッド様とエルバの個人的な戦いではありません。奴を倒せば、それでいいはずです」

「そんなことわかってる!」

二人の説得に、僕は声を荒らげた。

「クロスには、帰りを待つ家族がいたんだ。ティンク、ティス、クロード……僕が不甲斐ないせいで、彼等からクロスを守れなかった。いや、彼だけじゃない。人は死んだら、生き返らない。二度と語り合うことも、会うこともできないんだよ」

僕は目の前にいるエルバを睨み、指差した。

「それなのに呆気なく倒してしまえば、こいつはその罪を自覚することはない。故に傲慢と誇りを打ち砕き、後悔させなければいけないんだ。無闇に命を奪うことが、どれだけの人を悲しませ、怒りと憎悪を生み出すのか……思い知らせてやる」

「リッド様……」

二人は諦めた様子で膝を突き、項垂れた。

「ごめんね、皆。これは僕の我が儘だってわかってる。でも、溢れてくる怒りが止まらない。気が収まらないんだ」

そう答えると、僕は再びエルバを睨む。

「さぁ、そういうことだから、さっさと全力を出しなよ、エルバ。その上で、お前を倒してやる。そして、僕を怒らせたこと……人の命を粗末にしてきたことを後悔させてやるよ」

「ふふ……傲慢か。だが、お前こそ全力の俺を相手に後悔するなよ、リッド・バルディア」

エルバがそう答えて間もなく、奴の全身に赤と黒の模様が入り乱れ、黒炎の魔力を纏った禍々しい姿となり、尻尾の数が増えて九尾となった。

「それが、お前の全力なんだな?」

「あぁ、待たせて悪かったな。では、最終戦といこうか」

エルバは、顎で別の場所を指した。

この場が穴だらけだからだろう。

僕は頷き、二人揃ってまだ地面が無傷の場所に移動する。

奴は戦斧を片手にどっしりと構えた。

僕は腰に魔刀を帯刀しているが抜かずに徒手空拳で構えると、奴に掌を向けて挑発する。

「さぁ、エルバ。挑戦者はお前だろ? さっさと掛かってこい」