作品タイトル不明
闇夜の会談3
「……負けるとわかっている相手に力を貸すほど、私は愚かではないわ」
ラファが言葉と一緒に発した殺気は凄まじく、この場にいる皆は息を呑む。
エルバに次ぐ実力者というのは、伊達ではないらしい。
やっぱり、彼女は何としても説得しなければならない人物だ。
僕は深呼吸をすると、凄むラファの目を見て口火を切った。
「アモン殿がお伝えした……力を貸してほしい。というのは、少し語弊があったかもしれません。私達はラファ殿に『あるお願い』をしに参ったのです」
「お願い……? それは『裏切り』や『力を貸してほしい』と同義でなくて? 何がどう違うのかしら?」
「はい。その点、今からご説明いたします」
好奇心を擽られたらしく、ラファの瞳には妖しい光が宿っている。
彼女を味方にするために必要なことは、如何に楽しませるかだ。
今までのやり取りで得た彼女の性格を加味して、僕は考えていた提案を頭の中で修正。
カペラとアモンにも補足してもらい、丁寧に『あるお願い』を伝えていく。
◇
「……以上です。どうでしょう? これなら、ラファ殿がガレス殿やエルバ殿を裏切ることになりません」
僕の説明を聞いたラファが、嘲るように口元を緩める。
「面白いわ。それだけのことで、本気で勝てると考えているというの?」
「これは異な事を。姉上らしくありませんね」
アモンが挑発するように肩を竦めた。
「姉上はいつも仰っていたじゃありませんか。『兄上が負ける姿を見てみたい』と。この程度のことで敗れるようであれば、兄上もそれまでだったということでしょう」
「あら、アモンも言うようになったじゃない。ふふ、そうねぇ……どうしようかしら?」
ラファが口元に指を当て首を傾げたその時、僕の背後から声が響いた。
「貴女が蒔いた種です。リッド様の提案を受けるべきでしょう」
驚いて振り向くと、頭巾を外したノアールとラガードがやってくる。
二人は、今回の会談に絶対参加したいと言って聞かなかった。
それにはここに来る前、ノアール本人から『僕だけ』が聞かされた、彼女の出自が関わっている。
彼等の気持ちを汲んだ上で、ラファとの会談で何か光明が見えるのでは? と感じて、僕の護衛を兼ねた同行を許可していた。
「突然、申し訳ありません。リッド様、少しだけ発言をお許しください」
「わかった。君の好きなようにすると良いよ」
「ありがとうございます」
ノアールは会釈すると、ラファの前に足を進めていく。
「リッド殿。彼女は……?」
「あはは。まぁ、いずれ話さないといけないね」
「……?」
アモンが首を傾げる間に、ノアールは彼女達の前に毅然と立った。
「あら、貴女はどこかで見た顔ね?」
「私の母の名をお伝えしたく存じます。どうか、耳をお貸し下さい」
ラファがその場にしゃがみ込むと、ノアールが何かを囁いた。
目を丸くしたラファは、彼女の顔をまじまじとのぞき込む。
そして、「ふふ、あははは!」と笑い始めた。
「はぁ……面白いわ。まさか、こんな偶然ってあるのねぇ。貴女の言うとおり、これは確かに私の蒔いた『種』だわ」
ラファは合点がいったらしく、こちらに振り向き目を細めた。
「もし……貴方達が万が一にでも勝利することがあれば、『いなり寿司』と『清酒』を沢山ご馳走してもらうわよ?」
「……! 承知しました」
よし、上手くいった。
僕は会釈しながら片手をそれとなく拳に変える。
明日の決戦は、これでバルディアの勝算が飛躍的に大きくなった。
極端な言い方をすれば、一割程度だった勝率が互角か、それ以上まで上がったと評しても過言じゃない。
油断はできないけどね。
「ラファ様⁉ 本気ですか⁉」
ピアニーが目を見開いて声を荒らげるが、彼女は意に介さず笑っている。
「ふふ、良いじゃない。彼等の『お願い』を聞いたところで、兄上達の勝利が揺るぐとは思えないもの」
「で、ですが……⁉」
「アモンが言った通りよ。この程度のことで敗れるなら、兄上もそれまでだったということだわ。それに、どちらに転んでも私達は楽しめるのよ? なら、それで良いじゃない」
「はぁ……ラファ様のお考えは、わかりかねます」
「あはは。貴女が難しく考え過ぎなのよ」
なんだろう。
何だか、親近感を覚えるやり取りだ。
ピアニーとのやり取りが終わると、ラファは笑みを浮かべたままこちらに目をやった。
「それにしても、メルディちゃんの言うとおりだったわねぇ」
「……私の妹が何か?」
聞き返すが、彼女は不敵に笑う。
「ふふ。メルディちゃん達を預かって管理しているのは、私なの」
聞き捨てならない発言に凄みはするが、ここで下手な真似はできない。
メルをいち早く救いたい気持ちに嘘はないけど、この会談を破談にしては終わらせてしまえば、バルディアの未来が消えかねない状況だ
こちらは慎重にならざるを得ない。
それを理解してか、ラファは余裕の笑みを浮かべて続けた。
「メルディちゃんには、色々と話を聞かせてもらったわ。特に、貴方がいかに『型破り』なのかをね。再会したら感謝した方がいいわよ。メルディちゃんの話を聞いてなかったら、『お願い』は断っていたかもしれないから。ふふ」
メルから何をどう聞いたのか。
問い掛けたいところだけど、今重要なのはそこじゃない。
感情を抑えるように深呼吸をすると、僕はあえて微笑んだ。
「そうでしたか。なら尚更、私達が勝利した時の『約束』は守っていただきますよ」
「えぇ、当然よ。でも、クリスだったかしら? あのエルフだけは、兄上が気に入っていてね。私の傍にいないのよ」
「……それは聞き捨てなりませんね。どういうことでしょうか?」
「あはは。言葉通りの意味よ。兄上がね、あのエルフが運営する商会と手腕を欲したの。それで、『俺の女になれ』って口説いたのよ」
「な……⁉」
僕を含め、皆がざわめいた。
まさか、エルバがそんなことをするとは夢にも思わなかった。
クリスが首を縦に振るとは思えないけど、商会の面々やメルを人質に取られている以上、止むなくという可能性もある。
一抹の不安が脳裏を駆け巡る中、ラファは、「ふっふふふ」と思い出すように笑い始めた。
「でも、断られたのよ。そして、これがまた傑作なのよねぇ」
彼女は、面白可笑しそうに当時の状況を語り始めた。
『クリスティ・サフロン……俺の女になれ』
エルバから面と向かって言われたクリスは、にべもなく『……そんなのお断りです』ときっぱり告げたそうだ。
『それとも何ですか。俺の女になれ、と啖呵を切っておきながら、メルディ様や皆を人質にして、私を手籠めにするお考えなのでしょうか? そのおつもりなら次期部族長、次期獣王と呼ばれる方の底も知れましたね』と威勢良く言い放ったらしい。
彼女の勝ち気かつ毅然とした口撃に、エルバは『なんだと……?』と眉間に皺を寄せる。
でも、クリスも負けじと凄む。
二人の睨み合いがややあった後、エルバは口元を緩めたそうだ。
『ふふ、血気盛んな女だ。そうでなくては面白くない。良いだろう、口車に乗ってやろうではないか。メルディ・バルディアを含め、お前達にはバルディア家を潰すまで、手を出さんでおいてやろう。せいぜい気張ることだな』
エルバは豪快に笑って吐き捨てると、メルやクリス達の管理をラファに一任したらしい。