作品タイトル不明
ライナーから教わる魔法
「母上、私ね。武術と魔法が上手くなってきたんだよ」
「そうなの。それは、良い事だわ。だけどね、メル。それだけじゃなくて、ちゃんと礼儀作法も学ばないと駄目よ?」
「はーい」
メルは母上のベッド横で嬉しそうに語っているけれど、母上の表情はどこか不安げだ。
僕は今、母上の部屋にメルやファラと一緒に訪れている。
いつも通り、ディアナ達護衛の皆も一緒だ。
二人のやり取りを見つめていると、隣にいたファラが心配顔を浮かべ母上に尋ねた。
「お母様、体の調子は如何ですか?」
「えぇ、以前より大分いいわ。最近は、サンドラに見てもらいながら軽い運動も始めたのよ」
「じゃあ、いずれ皆でお出かけもしたいですね」
提案すると、母上はニコリと頷いた。
「そうね。あ、その時は木炭車に乗ってみたいわ。乗り心地が馬車とは全然違うんでしょ?」
「はい。道次第ではありますが、馬車よりは揺れないと思います」
そう答えると、メルが横目でこちらを見ながら身を乗り出した。
「あ、でもね。それでも、兄様はすぐに酔っちゃうんだよ」
「あら、そうなの? ふふ、それは大変ね」
「あはは……そうなんですよ。どうしてでしょうね」
母上の視線に苦笑しながら頬を掻くと、周りの皆から忍び笑う声が聞こえてくる。
程なくすると、母上は皆と談笑を再開した。
その様子を微笑ましく見つめながら、母上の体調が快復していくことを実感する。
ここ最近、母上の体調はとても良く、本人も言っていたように軽い運動……リハビリも開始された。
サンドラからも完治もそう遠くないだろうと診断されている。
その診断に、僕達家族とバルディア家の皆が喜んだことは言うまでもない。
襲撃事件や本屋敷周辺で起きた件は、母上やメルには秘密にしておくことになった。
これは余計な心配をかけないための配慮だ。
ちなみにこの後、僕は父上から特訓を受ける予定になっている。
先日、襲撃事件後に行われた会議が終わると、父上はすぐに獣王国ズベーラ、狐人族の部族長ガレス・グランドーク家に今回の襲撃に関する抗議の親書を送付。
また、ファラとアスナの連名を入れた親書もレナルーテの『カーティス・ランマーク』宛に送られた。
勿論、帝都の皇帝にも今回の襲撃事件は親書を送付して報告している。
後日、父上も帝都に出向き説明すると言っていた。
まだどこからも返事は来ていないけれど、その前にバルディアとしてやれることも動き始めている。
工房の警備体制の見直し、狸人族のダン達の協力の元に『化術』の対策、国境警備におけるズベーラやバルストの入国審査の強化等々だ。
現状だと新たな問題は出ていないけど、油断はできない。
それから暫くすると、ふいに部屋のドアがノックされる。
「リッド様。ライナー様が木刀を持って訓練場に来るようにとお呼びでございます」
「わかった。すぐに行くよ」
ドア越しに聞こえたガルンの声に返事をすると、母上に畏まり会釈する。
「では、母上。今日はこれにて失礼します」
「はい。リッドも怪我をしないようにしてくださいね」
「勿論です。その言葉、父上にもお伝えしておきます」
すると、隣にいたファラとメルがニコリと笑った。
「リッド様、お気をつけて」
「兄様、頑張ってね!」
「二人共、ありがとう。じゃあ、行って来るよ」
そう言って皆に微笑み掛けると、僕はディアナ、カペラと共に母上の部屋を後にして父上の待つ訓練場に向かった。
◇
木刀を持って訓練場に着くと、そこには木剣を片手に持った父上が静かに立っていた。
「父上。お待たせして申し訳ありません」
声を掛けて少し頭を下げると、父上はゆっくりとこちらに振り向いた。
「思ったより早かったな。ナナリーの所に居たのだろう?」
「はい。母上から、僕も父上も怪我をしないようにと言われてきました」
「……そうだな。『大怪我』だけには気を付けねばならん」
そう言うと、父上は木剣を片手に軽く構える。
「……父上?」
不穏な気配を感じて思わず後ずさりすると、父上は不敵に笑い木剣の切先をこちらに向ける。
「よろしい。中々、勘が鋭いようだな。お前が現状どれだけの実力を持っているのか。まずは、私に見せてみろ。話はそれからだ」
父上がそう言ってこちらに向けた気配には、いつも以上の殺気がある。
一瞬で背筋がゾッとし、全身から嫌な汗が流れるの感じて息を呑んだ。
「問答無用……ということですね?」
「うむ。私が例の狐人族と思い魔法、身体強化。すべてを使い、挑んで来い。ディアナ、カペラ。お前達は手出しするなよ」
「畏まりました」と二人は一礼して少し離れた場所に控えた。
すると、父上は再びこちらに鋭い視線を向け、射貫くように見据える。
「さぁ、いつでも来い」
「……承知しました。では、参ります」
そう言うと、深呼吸をして身体強化を発動。
そして、襲撃犯の頭角であった狐人族のクレアと立ち会った時のように、魔法を駆使しつつ父上に全力で挑み始める。
しかし、父上との実力差は如何ともし難い。
近接戦は完全に読み切られ、喉元や目先に鼻先に何度も木剣の切先を向けられる。
距離を取り、魔法を発動してみるも父上は木剣に魔力付加を行い、冷静に切り払って無効化してしまう。
何度も魔力付加をした場合、木剣の耐久度が足りずに折れてしまうけど、父上は必要最低限の魔弾のみを切り払い、かつ木剣に無駄な負担が掛からないように工夫している。
「どうした。お得意の全属性を放つ魔法は使わんのか? 遠慮はいらんぞ」
訓練が開始されてそれなりに激しい立ち合いをしているはずなのに、父上は息を切らす様子もない。
むしろ、悠然としてこちらに木剣の切先を向けている。
「はぁ……はぁ……言いましたね。後悔しないでくださいよ……」
そう言うと、射線上に父上以外は何もない場所にバク宙で位置取る。
一瞬だけ集中すると、こちらを見据える父上に向かって言い放った。
「行きます……全十魔槍大車輪!」
詠唱と共に、全属性の魔槍が生成され父上目掛けて飛んでいく。
だが、父上には「ふむ」と観察するように頷いた。
「なるほど。確かに申し分なく素晴らしい魔法だな。しかし……」
不敵に呟くと、父上は襲い来る魔槍を切り払い、こちらに駆け抜けて来る。
「全属性を同時発動とは良い考えだが、所詮はこけおどしに過ぎん。見切れば、どうということはない」
「……な⁉」と驚愕した刹那、父上は間近に迫りニヤリと口元を緩めた。
「懐に入ったぞ?」
「く……⁉」
すかさず木刀で対応しようとするが時すでに遅く、僕は一瞬の内に組み伏せられ鼻先には木剣の切先。
そして、汗一つ掻いていない父上の涼しい顔があった。
「……参りました」
「うむ。まだまだ……だな。だが、お前の歳でここまで動ければ上出来だ」
父上はそう言うと、僕を解放して立ち上がり手を差し出した。
その手を握り、体を起こすとスッと頭を下げる。
「ありがとうございます。ですが、今の実力では襲撃犯の頭目には全く敵いませんでした。僕は、もっと強くならなければなりません」
悔し気に言うと、父上はふっと表情を崩した。
「その心意気やよし。少し早いが、お前に私から新しい魔法を教えてやろう」
「魔法……ですか?」と首を傾げると、父上は不敵に笑った。
「あぁ、そうだ。しかし、魔法といっても『身体強化』に使用する魔力量を術者自身で任意に増やし、出力を上げる『身体強化・弐式』と呼ばれるものだがな」
「身体強化……弐式⁉」
思いがけない新たな魔法に、僕の胸が高まり躍ったことは言うまでもない。