軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝都に出発

レナルーテから帰国してから約一ヶ月。

いよいよ帝都に向けて出発する日となり、僕とファラは母上の部屋を朝から訪ねていた。

「リッド、皇后のマチルダ様は私の友人でもあり大変お世話になった方です。帝都に行ったら両陛下にくれぐれも失礼の無いよう挨拶をお願いしますね」

「はい、承知しました」

自信に満ちた返事をして頷くと、母上は微笑みながら視線を僕の隣にいるファラに向ける。

「ファラ、初めての帝都は大変だと思いますが、マチルダ様はきっと貴女の力になってくれるはずです。何かあれば私の名前を出して構いませんから、彼女を頼りなさい」

「はい、お義母様」

笑みを浮かべた彼女が頷くと母上は、急に瞳に悔しさを滲ませて申し訳なさそうに呟いた。

「本来なら私が一緒に帝都に出向いて、貴女に帝都のことを色々教えないといけないのに力になれずごめんなさい」

ファラは母上の言葉に対して、首を横に振ってから優しくも力強く答えた。

「とんでもないことでございます、お義母様。それにお義父様とリッド様が一緒ですから、万が一何かあってもきっと大丈夫です」

「そうですよ、母上。ファラは僕が守りますから、安心してください」

同意するように僕も会話に加わると、母上は嬉しそうな面持ちを浮かべた。

「ふふ、ファラが来てからリッドが以前よりも頼もしくなりましたね」

「え、そ、そうですか」

戸惑いながら答えた僕が隣にいるファラに視線を移すと、意図せず目があってしまい互いに照れ笑いを浮かべた。

僕達のそんな様子を見た母上は「クスクス」と笑みを溢してから、「コホン」と咳払いをして凛とした雰囲気を醸し出す。

「リッド、帝都は貴方が思っている以上に様々な思惑が蠢く伏魔殿です。ファラをしっかりと守るようにお願いしますね」

「勿論です」

僕の答えに満足したように母上は頷くと、今度はファラに視線を移す。

「貴方はもうバルディア家の一員ですから不逞の輩には、『バルディア家を敵に回すつもりですか』ぐらい言って構いませんからね」

母上はそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべて片目を閉じて目配せを行った。

その言動に対してファラも、悪戯っぽく楽しそうに答える。

「ふふ、それは良いですね。あ、それなら『バルディア家とレナルーテ王国を敵に回すつもりですか』と、私の実家も入れるのはどうでしょうか」

「あら、それは凄く良いですね」

母上は満面の笑みを浮かべると、さも楽しそうに頷いて賛同する。

そんな二人のやりとりに「あはは……」と苦笑しながら、僕はここ一ヶ月の出来事を思い返していた。

父上との打ち合わせ後、帝国の成り立ちや歴史に加えて帝国貴族が所属する派閥についても僕がサンドラから教わることに追加された。

この時に、ファラも今後は同席して僕と一緒に学ぶことが決まる。

そして、ファラとサンドラは勉学の場において初めて対面することになり、互いに挨拶を交わした。

「初めまして、ファラ様。私は『サンドラ・アーネスト』と申します。以後、気軽に『サンドラ』とお呼び下さい」

さすがに初対面の為か、サンドラは貴族らしく丁寧な所作と言葉遣いを披露する。

普段の彼女を知っている僕からすれば、猫を被っているようにしか見えないけどね。

そんな彼女に、ファラも綺麗な所作で丁寧に答えた。

「はい、こちらこそよろしくお願いします。それと、彼女は私の専属護衛をしている『アスナ』です」

「姫様よりご紹介与りました、専属護衛の『アスナ・ランマーク』と申します。以後、お見知りおきをお願い致します」

ファラの言葉に反応して、アスナは一歩前に出ると口上を述べてから一礼する。

「畏まりました。ファラ様、アスナさん。改めて、よろしくお願いします」

サンドラはそう言うと、アスナとファラに向かってスッと頭を下げる。

そして、顔を上げると僕に視線を向けて、ニヤリと笑みを浮かべて呟いた。

「いやしかし、こうしてファラ様の可憐なお姿を見れば、リッド様が夢中になる理由が良くわかりますね」

「な……⁉」

「え……?」

いきなり、猫を被るのを止めた彼女の言葉に僕とファラは目を丸くした。

しかし、そんな僕の反応を楽しむようにサンドラは話しを続ける。

「あれ、私は何か間違ったことを申したでしょうか? リッド様は私にも何度か、『僕にはファラがいる』と仰っておりましたが」

「う……ま、間違ってはいないけど、わざわざこの場で言う必要はないでしょ⁉」

僕が顔を赤らめながら激しく抗議すると、サンドラはわざとらしくハッとした。

「確かに、リッド様の仰る通りでございます。出過ぎた発言をしたこと、大変申し訳ありませんでした」

すると彼女はあざとくテヘっと笑い、ペロッと舌を出して僕達に向かって会釈する。

その言動に(こ、こいつ……)と、僕の中に怒りが込み上げた。

しかしそれは一瞬だけで、すぐに呆れ果てた僕は「はぁ……」と深いため息を吐くと、苦笑しながらファラに話しかける。

「あはは……驚かしてごめんね、ファラ。サンドラはこういう人だけど、根は凄く良い人だから安心して」

「え、あ、はい、わかりました。ところでサンドラ、早速一つお願いがあるんですけど……」

顔を赤らめてきょとんしていたファラだけど、僕の言葉でハッとして頷くとサンドラに話しかけながら近寄った。

「はい、なんでしょうか」と首を傾げて答える彼女に、ファラがそっと耳打ちをする。

すると、サンドラはニコリと笑った。

「ふふ、承知しました。あとで、ゆっくりとお話致しましょう」

「ありがとうございます、サンドラ。約束ですからね」

彼女の答えを聞いたファラは、少し耳を上下にさせて嬉しそうに微笑んでいる。

僕は二人の言動の意図がわからず、首を傾げて尋ねた。

「えっと、ファラ。サンドラと何を話す約束したの」

「え⁉ そ、それは……乙女の秘密です」

「へ……?」

思いがけない回答に、僕は呆気に取られてしまった。

そんな僕達のやり取りに、サンドラとアスナは笑みを浮かべていた。

その後、ようやく帝都貴族についての授業が開始される。

しかし、開始早々に僕とサンドラはファラの知識に驚愕した。

なんと彼女は、帝国貴族について授業内容をほぼ理解、暗記していたのだ。

スラスラと帝都貴族について暗読していくファラに、僕とサンドラが目を白黒させると彼女は照れ笑いを浮かべた。

「あの、その、帝都貴族に関しては以前より母上から教わりましたから」

「左様でございましたか。恐らく、帝国に嫁いだファラ様が少しでも立場を確立しやすいよう、お母様なりに考えておいでだったのでしょう。とても素晴らしいことでございます」

サンドラが感心した様子で答えると、ファラはハッとして嬉しそうに笑みを溢した。

それから間もなく、サンドラの視線がこちらに向けられる。

「そうなると、やはり問題はリッド様ですね。ライナー様から、帝都に行くまでに詰め込むように言われておりますから、頑張っていきましょう」

「はは、お手柔らかにお願いします」

こうして、僕はファラの助けも借りながらサンドラに帝国と貴族について学んでいくことになる。

幸い、クリスから習っている『商学』の暗記術を流用したり、僕自身が暗記が得意な部分でもあったから授業はかなり順調に進んでいった。

結果、帝都に出発する前には問題ないぐらいの知識を僕は学ぶことができたのである。

しかし、帝都の知識を学ぶだけではなく他のことでも大忙しだった。

帝都にあるバルディア家の屋敷で行う『懇親会』の為に、クリスとかなり事細かに打ち合わせも行っている。

彼女は打ち合わせの時、「リッド様のお考え通りにうまくいけば、バルディア家の存在感はこの機に帝都でとても大きなものになりますね。クリスティ商会としても、出来る限りお手伝いさせて頂きます」と有難いことにノリノリだった。

そして、エレンとアレックスに献上品として作成を依頼していた『懐中時計』の確認など、毎日が怒涛の日々だったのは言うまでもない。

まぁ、何とかなったから良かったけどね。

その時、部屋のドアがノックされて僕達はハッとする。

母上とファラに目配せした僕が返事をすると、父上が「二人共、そろそろ出発するぞ」と言って部屋に入って来た。

「あら、もうそんな時間なんですね。リッド、ファラ、気を付けて下さいね」

母上は少し驚いた表情を浮かべると、僕達をまっすぐに見つめる。

僕とファラは、その視線にニコリと頷いた。

「はい、母上」

「行って参ります、お義母様」

僕達の返事を聞いた母上は嬉しそうに頷くと、父上に視線を向けた。

「ライナー。私が行けない分、リッドとファラの事をお願いします。それから、マチルダ様にファラを紹介するようにお願いしますね」

「ああ、わかっている。では、行って来る」

父上が安心させるように、言葉に力を込めて返事すると母上はニコリと微笑んだ。

「はい。じゃあ皆、気を付けていってらっしゃい」

その後、母上に一礼して部屋を出た僕達は、エレンやアレックスが中心に指示を出して木炭車や荷台の準備を進めている屋敷外に移動する。

そこには第一騎士団のクロスやネルスに加えて、第二騎士団から選別された子達が待機していた。

なお、第一騎士団のダイナスとルーベンスはバルディア領に残ることになっている。

その時、第二騎士団の子達と楽し気に話している両肩に子猫を乗せた少女が、僕達に気付いてパァっと満面の笑みを浮かべた。

そして、こちらに向かって走って来ると僕の胸の中を目掛けて飛び込んで来る。

「にいさま、おそーい! みんな、じゅんびおわっちゃったよ」

「ごめんよ、メル。母上に出発前の挨拶にファラと行っていたんだ」

メルは僕の傍にいるファラと父上を横目に見ると、少し不満げに呟いた。

「いいなぁ。にいさまとひめねえさまだけ、ちちうえと『ていと』にいくなんて……」

「あはは。でも、遊びに行くわけじゃないんだよ、メル。帝国を治める両陛下に挨拶したり、色んな貴族の人達と失礼のないように話したりするんだ。きっと、想像以上に大変だと思うよ」

「そうなの? じゃあ、わたしはティスとだいにきしだんのみんなといっしょに、ぶじゅつをみがいておくね。ひめねえさまとアスナぐらいつよくなるんだ」

首を傾げた後、メルは笑みを浮かべてファラとアスナの二人に憧れているような視線を向けた。

僕と第二騎士団の皆で行った鉢巻戦以降、メルも武術と魔法を学び始めている。

そんな中、ディアナ以外にも強い女性としてアスナやファラを知ったメルの武術に対する姿勢はさらに熱くなっていた。

程なくしてメルから向けられた視線に、ファラが優しく答える。

「ふふ、メルディ様。帝都から帰ってきたらまた一緒に訓練しましょうね」

「うん。でも、ひめねえさま。わたしのことは『メル』ってよんでくれないの?」

彼女の答えに頷いた後、メルは上目遣いにファラを見つめている。

そう、ファラとメルが一緒に訓練を始めてから間もなく「ひめねえさまも、わたしのこと『メル』ってよんでいいからね」とファラに伝えていた。

彼女はメルからの指摘に、照れ笑いをうかべながら頷くと言い直す。

「そ、そうでしたね、メル」

ファラに愛称を呼ばれたメルは嬉しそうにはにかむと、僕達を見回した。

「えへへ。みんなきをつけてね」

皆が頷く中、父上が咳払いをしてメルに優しく話しかける。

「ところでメル。武術と魔法は嗜む程度で良いのだぞ」

「はーい」

元気に返事をするメルの言葉に、父上はどこか不安気だ。

実際のところ、メルは武術と魔法の覚えが早くて僕を含めた周りを驚かせている。

メルの両肩にいる子猫姿のクッキーとビスケットに視線を移すと、彼らに話しかけた。

「じゃあ、二人ともメルと母上のことをよろしくね」

クッキーとビスケットは僕の言葉に頷くと「ニャ~」と少し気の抜けた声を出した。

恐らく、『あいよ~』という感じだろう。

それから間もなく、父上が咳払いを行い号令を発した。

「では、帝都に向けて出発するぞ」

僕達は父上の声に従い、木炭車に乗り込むとメルや騎士団の皆に見送られてバルディア領を出発した。

そしてそれから数日後……。

帝都にあるバルディア家の屋敷に無事に到着した僕は、早々に驚愕することになる。

何故なら、帝都の屋敷には僕達の到着を見越した『来賓』がいたのだ。

愕然とする僕に対して、その来賓は鋭い目つきでニコリと笑うと、綺麗かつ気品ある所作で僕達に向かって一礼すると口上を述べた。

「初めまして、バルディア家の皆様。バーンズ・エラセニーゼ公爵の娘、『ヴァレリ・エラセニーゼ』です。以後、お見知りおきを」

「こ、こちらこそ初めまして、ライナー・バルディア辺境伯の息子……リッド・バルディアです」

動揺を隠しながら答えたけど、突然の邂逅に僕は心の中で、(な、なんで、どうして、悪役令嬢の彼女がバルディア家の屋敷にいるんだぁああああ⁉)と叫ぶのであった。