軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ファラ・バルディアの『力』2

「ふぅ……まさか、ファラがあんな隠し玉を持っているなんてね」

普段と違い武道着を身に纏い、長い髪を後ろで纏めている彼女は、正面の少し離れた場所でこちらに向かって構えている。

僕はそんな彼女を見据えながら、ゆっくりと体を向けて構えを取った。

その時、武舞台の観客席で獣人族の皆からの歓声が挙がる。

彼らも、ファラがあんな魔法……『猛虎風爆波』を放つなんて思いもしなかったのだろう。

それに、僕自身まさか魔障壁が割られるなんて思いもしなかった。

少なからず、あの魔法はもう頂けない。

まともに食らったら……と想像すると背筋が寒くなる。

しかし、僕が体勢を崩してもファラは追撃をしてこなかった。

改めて彼女の様子と気配を観察すると、肩で息をしており少し辛そうだ。

(さすがにあれだけの魔法となると消耗が激しいんだろうな。この試合では二発目はないか……)

心の中でそう呟いた瞬間、ファラの目に強い光が灯る。

「リッド様……私はまだまだ行けますよ」

「ふふ、それなら次は僕から行くよ……『水槍二式・八槍』」

魔法の水槍弐式は通常の水槍より威力が低いけど、誘導性がある。

これなら、ファラを傷つけずに場外に落とせるだろう。

右手を彼女に向け魔法名を唱えると、僕の周りで水槍が瞬時に生成され間髪入れずファラ目掛けて飛んでいく。

だけど、彼女は怯むどころかニコリと笑みを浮かべた。

「遠距離からの魔法があるなら、距離を詰めるだけです……『疾風』!」

「へ……?」

彼女の声が轟くと同時に、またも辺りに激しい風が吹き荒れる。

しかし、僕の間近に迫ってきたのは風ではなく、今度はファラ自身だ。

発動した僕の魔法は、先程まで彼女が居た場所に着弾して水飛沫が散っている。

つまり……ファラは弾幕を正面から突破してきたということだろう。

「えぇ⁉」

思わず驚きの声を上げるが、彼女は笑みを浮かべたまま「これからが本番です!」と言い放つと、そのまま僕との近接戦に突入する。

それと同時に、また観客席からどよめきと歓声が沸き上がった。

(これは……想像以上というか、ちょっと強すぎないかな⁉)

鉢巻戦が始まってから、僕は驚愕しっぱなしだ。

何せファラの徒手空拳は鋭く、無駄がない。

油断すれば、鉢巻が取られかねない動きを見せている。

激しい攻防が続く中、彼女の近接戦に段々慣れてくると僕にはある疑問が生まれた。

やがて、それは確信に変わっていく。

一旦距離を取ると、肩で息をしているファラに優しく話しかけた。

「凄いね、ファラ。まさか、君がここまでの実力を持っているなんて思いもしなかったよ」

「はぁ……はぁ……お褒めに与り光栄です。でも、さすがリッド様です。全然、手が届きませんね」

彼女はこちらを見据え、構えつつ息を整えているようだ。

そんなファラに、僕は今までの動きで抱いた疑問を問い掛ける。

「ちなみになんだけど……君にその武術を教えたのは、ひょっとして『ザック』さんとかかな……?」

「え……⁉ どうしておわかりになったんですか」

予想外の問い掛けだったらしく、ファラは目を白黒させている。

「あはは、やっぱりそうなんだね。いや、ファラの見せる動きや技がそこにいる『カペラ』とそっくりだったからさ」

話しながら、武舞台上に審判として立っているダークエルフのカペラをチラリと僕は一瞥する。

ファラも僕同様、カペラに視線を移すと「あ、なるほど……」と納得した表情を見せた。

それにしても、ザックめ……ファラに何という武術を教えるんだ。

今までの立ち合いから察するに、彼女の武術はレナルーテで暗部が習得するものに間違いないだろう。

カペラを通じて僕も知っていた動きだったからまだ対処出来た。

だけど、あの武術は無駄をとことん省いて一撃必殺というか、ともかく急所を狙う技が多いのが特徴だ。

その上、初見殺しの技も多い。

何も知らずに立ち会えば、何かしらの痛手を受けると思う。

そんな凶悪な技をザックは、ファラにかなり叩き込んでいるようだ。

いや、ここまで動けるのは彼女にそれだけ素質があったということかもしれないなぁ。

だけど、気になることはそれだけじゃない。

「あと、ファラも魔力による『身体強化』を使っているよね」

「あ、バレちゃいましたか。でも、アスナやリッド様ほどはまだうまく扱えないんです」

「いやいや、それだけ使えれば十分凄いことだと思うよ」

問い掛けに対してはにかみながら答えてくれた彼女に、僕は驚嘆の言葉を送る。

すると、彼女はパァっと明るい満面の笑みを浮かべた。

「本当ですか⁉ リッド様にそう言っていただけるなんて……えへへ、やっぱり他の勉学を習う時間を少なくして『武術』を修練したかいがありましたね。じゃあ……もっと、もっとお見せ致します……疾風!」

「え⁉」

何やら、ファラは物騒な事を言い放つと再度魔法を発動させて瞬時に僕の懐に入り込む。

どうやら、『疾風』という魔法は風を推進力することで相手との間合いを一気に詰めるものらしい。

そんな分析をしている間にも、彼女から鋭い攻撃が連続で飛んでくる。

「リッド様、私はあなたの隣に並び立ちたいんです。守られるだけの存在ではなく、リッド様の目指すところに一緒に歩んで行きたい……だから、この武術と魔法を学んだんです。どうか、私の想いを受け取って下さい!」

「それは、とても……嬉しいね。想いも……十分受け取っている……よぉ⁉」

激しい近接戦をしながら話すもんじゃない。

危うく、良いのをもらうところだった。

恐らく普通の状況であれば、心温まるとても良い言葉を彼女は言ってくれている。

しかし、彼女は言葉と同時に激しい連撃を繰り出しているので、感動する暇がない。

やがて、ファラの連撃に堪らずに体勢を崩した瞬間、「頂きます!」と僕の鉢巻に彼女の手が伸びてきた。

「く……⁉」

僕は止む無く彼女との間に魔障壁を展開する。

同時に、ファラが魔障壁に弾き飛ばされ「きゃあ⁉」と悲鳴を上げながら後ろに飛び退いた。

その光景を見た観客の皆からは、歓声と僕に対するブーイングのようなものが聞こえて来る。

確かに、少しやり過ぎたかもしれない。

僕は申し訳ない気持ちを抱きながら、体勢を直しているファラに話しかけた。

「ごめん、ファラ。大丈夫?」

彼女は僕の問い掛けに頬を膨らませ、可愛らしくツンとする。

「むぅ……もうちょっとで、鉢巻がとれたのに。リッド様、少し意地悪です」

「あはは、ごめんね。でも、今のは危なかったよ」

鉢巻を締め直しながら、答えるとファラは楽しそうに笑みを浮かべた。

「だけど、まだまだいけますからね……疾風!」

彼女は魔法の『疾風』を使い高速でジグザクに移動すると、僕の懐にまた入り込んでくる。

そして、僕とファラでまた激しい近接戦の応酬が始まり、会場は歓声に包まれた。

ファラの攻撃は肘や膝、足技を中心に繰り出されるが、彼女の生まれ持った体の柔らかさのせいなのか、ともかく変則的だ。

地面に両手をついて独楽のように回転しながら蹴り技を繰り出してきたり、アスナお得意のサマーソルト、ムーンサルトまで使ってくる……そう、ファラはともかく動きが身軽でしなやかなのだ。

「いきます、猛虎三連撃!」

「く……⁉ またそれか」

そして地味に僕を困らせるのが、彼女が頻繁に繰り出してくる『猛虎三連撃』という技だ。

これは肘、膝、拳技、足技のどれかで文字通り三連撃を繰り出してくるんだけど、技の中に形が豊富にあるらしく、三連撃の内容が都度違うという曲技だ。

恐らく、あえて技名を言う事で相手を混乱させる狙いがあるのだろう。

ファラに手を出すわけにはいかないから、『水槍』で場外に出したいけどその隙を彼女は猛攻によって与えてくれない。

まるで対魔法を意識したかのような動きだ。

(もしかしたらファラが見せているこの戦い方も、アスナとかザック辺りの入れ知恵かもしれないなぁ)

心の中で呟くと、ファラの背後にザックとアスナがニヤリと笑みを浮かべている影が見えた気がした。

はぁ、僕の妻となる人になんという武術と入れ知恵をするんだか……と、彼らに呆れたその時、ファラが攻撃の手を止めて不満そうに頬を膨らませる。

「……リッド様。どうしてずっと攻めてこないのでしょうか。先程から鉢巻を狙うだけで、私自身には全然攻撃をしてこないじゃないですか」

「あはは、バレちゃったか。だけどね、大好きな女の子。それも僕のお嫁さんに手は出せないよ」

「ふぇ……⁉」

ファラは驚いたような表情を見せると、顔を赤らめた。

そして耳を上下させながら「はわぁ……私がリッド様の『大好きな女の子』かぁ……えへへ」と呟き、嬉しそうに両手を頬に充てながらモジモジしている。

……どうやら、彼女は自分の世界に入り込んでしまったらしい。

ちなみにファラの言う通り、ここまで動きの中で僕は鉢巻こそ狙えど、彼女自身への攻撃は一切していない。

激しい近接戦の応酬も、僕が行っていたのは防戦と鉢巻奪取の動きだけ。

ファラを行動不能にするような攻撃は、一切していない。

それに、今回は彼女の実力を見る為の『鉢巻戦』だ。

初めから、彼女を傷つけるような攻撃を僕はするつもりはない。

勿論、『水槍』もかなり威力は控えていたから当たったとしても、彼女が怪我をするようなことは無かった。

というか、ファラがここまでの実力を持っていたことが本当に想像もしていなかったというわけだ。

しかし……ファラは今も自分の世界に入って嬉しそうにモジモジしている。

このまま、鉢巻取ったら怒られるかな?

でも、コッソリやれば……と僕はソッと気配を出来る限り消して彼女に近寄っていく。

やがて間近に迫ったけど、ファラはまだモジモジしながら自分の世界からは抜け出していない。

「はわぁ……リッド様にあんな風に仰って頂けるなんて……やっぱり武術を学んだ甲斐がありました。あ、そうです! 次は『あの技』をお見せすれば、もっと喜んで頂けるかもしれません。そうと決まれば……」

(これなら……いけるかな?)

鉢巻に手を伸ばしながら心の中で呟いたまさにその瞬間、ファラが急にこちらを振り向いて間近で目が合った。

思いがけない出来事に、僕は思わず「あ……」と固まってしまう。

彼女も僕の顔が間近にあることにきょとんとして、「ふぇ……?」と可愛らしい声を発した。

この時、僕とファラは意図せず至近距離で見つめ合い、時間が止まったような感覚を共有したと思う。

しかし、それから間もなく「きゃああああ⁉」と悲鳴を上げたファラは、自身を中心に突風を巻き起こした。

「く……⁉」

僕は突然の突風によって吹き飛ばされてしまい、ファラとの間合いがまたひらいてしまう。

同時に、その光景を目の当たりにした観客席からまた歓声が挙がった。

吹き飛ばされた僕は、受け身を取り体勢を整えると、すぐさま構えを取りファラに振り向いた。

「はは、あんな事もできるんだね。本当にファラは凄いよ」

「はぁ……はぁ……も、申し訳ありません。つい、驚いてしまって……」

彼女は話しながら、息を整えると「コホン」と咳払いをして話を続けた。

「先程のお話と、リッド様のお気持ちは承知しました。それ故、私が次に繰り出す技を受けて頂きたく存じます。リッド様が受けきれれば、今回の鉢巻戦は私の負けで構いません」

「……わかった。君の技を受け止めよう」

僕がニコリと微笑み頷くと、ファラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

そして今までとは違う、冷たく淀みのない雰囲気を纏い、新たな構えを見せる。

彼女の今までとは全く違う気配に、僕は背筋にゾッとするものを感じて、(あれ……これって思ったよりやばい感じかも……)と心の中で呟くのであった。