軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナナリーとファラ

「ふぅ……いよいよ、ですね」

バルディア領の屋敷の一室で、母上に会うために服を着替えたファラが強張った面持ちで息を呑んでいる。

そんな彼女の緊張をほぐそうと、僕は笑みを浮かべ話しかけた。

「あはは、ファラ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。母上は、ずっと君に会いたがっていたからね」

「うぅ……だからこそ、緊張するんです」

耳を上下させて必死な形相をしている彼女だけど、僕からすればとても可愛らしくて、つい微笑んでしまう。

そんな僕達のやり取りを見ていたアスナがファラに優しく声を掛けた。

「僭越ながらライナー様も、ナナリー様が姫様を心待ちにしていると仰っておりました故、真っ直ぐなお気持ちでお伺いすればよろしいかと存じます」

「アスナ様の言う通りでございます。それに、お二人はいま神前式の時と同じ素敵なお姿ですから、きっとナナリー様も喜んでくれると存じます」

「……ありがとう、二人共」

アスナが言い終えると、僕達の着付けをしてくれていたダークエルフのダリアが続く。

ファラは二人に、はにかみながら頷いている。

そう、僕とファラが今身に着けている服は式の時とお同じものである。

ちなみに、これを提案してくれたのはファラだ。

母上が僕達の式に参列出来なかったことを、とても残念がっていたという話を彼女に伝えた。

すると、ファラは式に使った衣装一式をバルディア領に持っていき、母上に見せようと言ってくれたのだ。

衣装一式を用意してくれたのはレナルーテ側だけど、ファラから事情を聞いたエリアス王やエルティアも了承してくれた。

結果、式の衣装は一式をバルディア領に持ち帰ってこられたわけだ。

ダリアやアスナに励まされても、まだ少し緊張している様子の彼女に僕はスッと手を差し出す。

「それじゃあ、そろそろ母上のところに行こうか、ファラ」

「はい……参りましょう」

おずおずと手を握り返してくれた彼女を連れて、僕は母上のいる部屋に向かうのであった。

母上の部屋に行くまでの間に屋敷の誰かとすれ違う度、僕達の姿に驚きながらうっとりと目を奪われているようだ。

バルディア領……いや、帝国においてこの婚姻衣装を見ることは、ほとんどないだろうから驚くのも無理はない。

だけどそれ以上に、白無垢を身に纏ったファラがやはり神秘的というか、神々しい感じがする為だろう。

やがて、その視線に気付いたのか、彼女が心配そうに小声で僕に訪ねて来た。

「リッド様、先程から何やら屋敷の皆さんが驚いているみたいですけど……どうしたのでしょうか」

「うーん、多分それはファラの可愛らしい姿に目を奪われているんじゃないかな」

「えぇ⁉ そんなわけないじゃないですか。それに、私はこちらに来たのは初めてなんですよ」

驚いた様子で顔を赤らめながら否定する彼女に、僕は少し悪戯っぽく返した。

「あはは、屋敷の皆は君が来るのを楽しみにしていたからね。そんな中、白無垢姿の君を見れば皆はこう思うはずさ。まさに『招福のファラ』だってね」

「な……⁉」

僕の言わんとしていることを察したらしく、彼女は『ボン』と言わんばかりに顔を赤らめる。

そして、母上の部屋に辿り着くまでの間、彼女は少し俯きながら足を進めていく。

その時、ファラが小声で何を呟いた。

「リッド様……意地悪です」

「え、何か言った?」

「いいえ、何でもありません!」

声がよく聞こえず首を傾げながら僕は尋ねるも彼女は顔をプイっとして、ツンとしてしまう。

そんなファラの仕草に僕はきょとんとするが、傍に控えるアスナは笑みを浮かべながら「毎度、ごちそうさまです」と呟いていた。

母上の部屋の前に辿り着くと、僕は隣で緊張している様子のファラに優しく声を掛ける。

「ここが、母上の部屋だよ。準備はいいかい」

「すぅ……はぁ……はい、大丈夫です」

彼女は胸に手を充てながら、ゆっくりと深呼吸をするとニコリと微笑んだ。

答えるように僕も微笑むと、彼女の手を強く握り頷いた。

「うん。じゃあ、行くね」

僕はそう言うとドアをノックしてから、部屋の中にいる母上に聞こえるように声を張り上げた。

「母上、リッドです。僕の妻となりましたファラをご紹介したいのですが、よろしいでしょうか」

「……どうぞ、お入りなさい」

ん? 何かいつもより母上の声が冷たいというか、少し声色が違うような気がする。

思わず怪訝な表情を浮かべ、一瞬ドアを開けるのを躊躇してしまう。

その様子に、隣にいるファラが首を傾げた。

「リッド様……どうかされましたか」

「え、あ、ごめんごめん。何でもないよ。多分気のせいだね」

「……?」

きょとんとするファラに微笑みながら、僕はドアに手をかけてゆっくりとドアを開け室内に足を踏み入れる。

すると、部屋の中は何やら空気が張り詰めており緊張感に満ちていた。

母上は、ベッドで上半身を起こしてこちらを静かに見つめている。

そしてベッドの奥側に父上とメル、その後ろにディアナとダナエが姿勢を正して佇んでいるようだ。

こんなに重々しく、緊張感のある雰囲気は初めてだ……というか、なんでこんな状況になっているんだろうか。

そう思った時、母上が僕を見て嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、素敵な姿ね。おかえりなさい、リッド」

「え、ええ。只今戻りました。それと、この服装はレナルーテの式で使ったものです」

笑ってくれるけどやはりいつもと少し違う雰囲気の母上に、僕は戸惑いながらも着ている服を紹介する。

母上は笑みを浮かべて頷くと、ファラにゆっくりと視線を向けた。

「じゃあ、そちらの女の子が……」

「……⁉ ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。レナルーテ王国、第一王女の『ファラ・レナルーテ』と申します。この度、リッド・バルディア様と婚姻しました故、バルディア領に参りまりました。以後、よろしくお願い致します」

彼女は母上の視線に一瞬だけ驚いた様子を見せるが、すぐに表情を切り替えて立派に口上を述べて一礼する。

やがてファラが顔を上げると、母上が緊張感を纏いながら凛とした声で答えた。

「ようこそおいでくださいましたファラ王女。私はリッドの母、ナナリー・バルディアです。闘病中につき、ベッドの上からのご挨拶で申し訳ありません。こちらこそ、よろしくお願い致します」

「は、はい……」

母上とファラは互いに挨拶を終えた。

しかし、いまだに母上の緊張感は健在でファラの表情は硬く、部屋の中は未だ張り詰めた空気が漂っている。

母上の様子が気になった僕は、ふと奥にいる父上やメル達に視線を移す。

すると、意図はわからないけど全員が『無表情に徹している』という感じがした。

どうしたんだろう、と僕が首を傾げたその時。

母上がファラの衣装をまじまじと見つめた後、声を掛けた。

「その姿も……式で身に纏ったものでしょうか」

「仰る通りです。これは、レナルーテ王国の婚姻衣装で『白無垢』と申します」

「白無垢……なるほど、良ければ近くで見せてもらってもよろしいでしょうか」

「は、はい……」

母上の問い掛けに、ファラは頷いてから緊張した面持ちでこちらをチラリと一瞥する。

僕は「大丈夫」と、笑みを浮かべて答えた。

緊張感が漂う中、ベッドに寝ている母上に向かってファラが恐る恐ると足を進める。

やがて、母上の手が届くところまでファラが近寄った。

そんなファラの表情と白無垢を、母上は間近で静かに無言で眺めている。

程なくして、張り詰めた雰囲気に耐えきれなくなったのか、ファラが母上に恐る恐る問い掛けた。

「あ、あの、どうでしょうか」

「とても素晴らしいですね。ところで、ファラ王女。今から私が何をしても許して頂けますか?」

「え、あの……は、はい、勿論です。それと、その、ナナリー様さえよければ私のことは『ファラ』とお呼び下さい」

答えを聞いた母上はニコリと笑みを浮かべると、突然彼女の手を引いて引き寄せて胸元に抱きしめた。

突然のことに、僕もファラもきょとんとしてしまう。

「は、母上……? どう……」

僕が何事かと思い声を掛けようとしたその時、緊張感を纏っていた母上がまるで悪戯が成功したかのように、喜色満面の笑みを浮かべた。

「可愛い! ファラ、あなたはとっても可愛いわ。良く来てくれましたね。貴方が来るのをずっと心待ちにしていたのよ。こうしてあえて、本当に嬉しいわ」

「え……えぇ⁉ あ、あの、ナナリー様、これはどういう……?」

「うふふ、貴方達が準備をしてくると聞いたものだから、少し驚かせようと思ったの。ごめんなさいね」

母上はそう言うとニコリと悪戯っぽく微笑んだ。

あまりに唐突な出来事に、ファラはついていけないらしくきょとんとして目を白黒させている。

何となく想像はついていたけど、僕はため息を吐いて父上と母上をジトっとした視線を向けた。

「……母上、父上。少し悪戯が過ぎますよ」

「う、うむ……私は一応止めたんだが、ナナリーがどうしてもと言うのでな」

「まぁ、酷い! 私の話に乗った時点で、貴方も共犯なんですからね」

バツの悪そうな表情を浮かべて答えた父上に、母上がすぐにピシャリと指摘を行う。

確かに、母上の案を呑んだ時点で父上も共犯者だ。

ふとメルに視線を向けると、彼女はきょとんしている。

しかし、その奥に佇むメイドのディアナとダナエは少し呆れた表情で苦笑しているようだ。

その時、ファラの震える声が部屋の中に響いた。

「良かった……良かったです」

「あら、あらら……ファラ、ごめんなさい。少し驚かせ過ぎてしまいましたね」

その声に気付いた母上が、優しくニコリと微笑みながらファラと目を合せた。

彼女は首を横に振ると、すぐに笑みを浮かべて答える。

「い、いえ、大丈夫です。それよりも、私もナナリー様のことをお義母様と呼んでもよろしいでしょうか」

「ええ、勿論です。リッドの妻となってくれたのだから、貴方はこれから私の娘ですもの。改めて、本当にきてくれてありがとう」

「はい、これからよろしくお願いします。お義母様」

こうして、ファラと母上は互いに笑みを浮かべて楽しそうにするのであった。

ちなみにこの後、彼女の専属護衛であるアスナの紹介も済ます。

そして、僕達の式と婚姻衣装について母上から終始質問攻めにあったことは言うまでもない。

母上にファラの紹介が終わると、僕達は着替えと荷物の片付けの為、部屋を後にする。

そして、片付けが落ち着く頃にはもう日が遅く、旅の疲れもあるのでファラ達にはこのまま本屋敷で休んでもらうことになった。

新屋敷をファラ達に案内するのは明日以降ということなる。

それに、今後彼女と過ごす時間は沢山あるから急ぐこともないだろう。

ファラ達を屋敷の貴賓室に案内し終えた僕は、自室に帰って来るとベッドに仰向けに横たわった。

「ふぅ……無事に式も終わったし、また明日から色々としないといけないことが多いから頑張ろう……」

呟くと同時に、僕は強烈な睡魔に襲われてそのまま意識を手放した。

それから、どれくらい経過したのか、僕は部屋をノックされる音で目を覚ます。

「リッド様、よろしいでしょうか」

僕は寝ぼけた様子で目を擦りながら、ドアに近寄り返事をする。

「ううん……その声は、ディアナかな。どうしたの?」

「お休み中に申し訳ございません。実は、ファラ様がリッド様のお部屋に伺いたいとのことでございます」

「へ……」

思いがけないディアナの答えに、僕の眠気は吹っ飛んだのであった。