軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇帝と辺境伯

「ふぅ、ライナー、さすがに今日は疲れたな」

応接間に入ると皇帝のアーウィンはライナーに声をかけた。

「ああ、だが帝都の貴族達、特にローラン伯爵の百面相は面白かったぞ」

「妻のマチルダがあそこまで積極的に動くとは、予想外だった。しかし、結果的に権利介入についての規制。貴族達へのけん制などを考えると、今回の一幕は大成功だ」

アーウィンとライナーはクリスとマチルダがいた応接間とは別の応接間に移動していた。

応接間は来賓や使用目的に応じて何種類か部屋がある。

いま二人がいる部屋は特に、声が漏れ出ないように厳重な管理がされている部屋だ。

二人はソファーに腰掛け、机を挟んで向き合っている。

机の上には紅茶の入ったカップが置かれており、湯気が上がっている。

「しかし、お前のところでは何が起きたのだ? あんな、化粧水やリンスなど誰でも思いつくものでもあるまい。何か秘密があるのだろう?」

「さてな。もしあったとしても領地の秘密を話せるわけもないだろう」

「ふふ、そうだな」

二人は幼い頃よりお互いを知っている旧友である。

いまはお互いに立場があるので、会う時間は限られているが、それでもこうして時間をとりお互いにガス抜きをしている。

「前置きはそろそろ良いだろう。また、面倒ごとか?」

「はぁ、そうだ。次から次へとたまったものではない」

紅茶を一口飲むと、アーウィンは苦笑しながら話し始めた。

「ある国から、我が皇族もしくはそれに準ずる貴族に婚姻の打診があったのだがそれが問題でな」

「アーウィンの子供は確かリッドと同じ歳だろう。あと弟もいたはずだ」

「うむ、普通ならそうだが自分の娘を皇妃にしたいという貴族達がそれを許さん。それに、公爵家の息子達も今回の婚姻はすべて拒否してきたのだ」

「ならうちか、グレイド辺境伯か」

マグノリア帝国には辺境と定められている領地が2箇所ある。

国の領地としては東西に広がっているので、東西の端に位置する隣国との境にある領地を辺境伯が治めていた。

「グレイド辺境伯も駄目なのだ」

「……どういうことだ?」

ライナーは少し声に怒気が混ざった。

皇族との婚姻が難しいのはまだわかる。

位というものがあるし、将来の皇后にもなる。

簡単に婚約者を決めることは出来ない。

だが、公爵家とグレイド辺境伯まで隣国との婚姻を拒むとは貴族をなんだと思っているのか。

ライナーの声と様子から怒りを読み取った、アーウィンは重々しく呟いた。

「グレイド辺境伯は高齢すぎるし、その息子とも年齢的に厳しい。打診があったのはレナルーテの姫君なのだが、まだ6歳だ」

「はぁ」とため息を吐いて、皇帝は額に手をあてながら首を横に振っている。

「……それは、難題だな」

レナルーテ王国(以降:レナルーテ)はライナーの治めているバルディア領の隣国だ。

特殊な文化を形成しており薬草他、植物全般の栽培、農業技術が高い国でもある。

レナルーテはマグノリア帝国(以降:マグノリア)、バルスト王国(以降:バルスト)の二つの国と隣接している。

アーウィンが頭を抱えた理由は数年前に起きた、バルスト事変から始まる。

当時レナルーテとバルストの国家間でいざこざが発生していた。

レナルーテは周りを山と森に囲まれた国であり、独自文化を形成。

軍事力においては、各個人の戦闘力が高く帝国の軍事力を以てしても決して侮れない相手だ。

何より、山と森に精通しているので、レナルーテの得意な戦場で戦うようなことになれば、被害は計り知れないことになるだろう。

対してバルストは海に接している国であり、貿易により高い経済力と商圏を持っている。

その経済力を活かして軍備にも力を入れており、昨今国力が急激に増加している国でもある。

そして、人族以外を「奴隷」として売買できる国でもあり、結果として多種多様な民族が集まっている。

この「奴隷」がレナルーテとバルストの間でいざこざが起きた原因だ。

レナルーテは「ダークエルフ」が治めている国であり、バルスト側からの悪質な奴隷狩りによる人攫いが少なからず発生していた。

レナルーテは当然バルストに抗議するが、バルスト側は取り締まりを強化すると言うだけで特に行動を起こすようなことはしなかった。

ダークエルフは奴隷としての価値が非常に高い。レナルーテの抗議が来てからは表立っての売買はされなくなったが、依然、裏取引による売買は続いていた。

その結果、二国間の関係性は悪化を辿り、一触即発の状況になっていったのである。

だが、戦争となるとレナルーテは戦力的に不利であり、攻めることは出来ない。

バルストも攻めるとなると、レナルーテが待ち構えている戦場で戦わなければならなくなるので攻めるようなことはしない。

にらみ合いによる膠着になっても、バルストの違法な奴隷狩りは後を絶たなかった。

その状況に頭を抱えたレナルーテはマグノリアに助力を求めたのである。

助力を求められたマグノリアでは、レナルーテとバルストのどちらに付くかで大論争が起きた。

だが、最終的にマグノリアはレナルーテを選んだ。

理由はレナルーテがマグノリアの庇護下に入る条件として事実上の属国になることを了承したからだ。

これにより、マグノリアはレナルーテの領地と技術、国民を得ることができた。

レナルーテが属国になってまで帝国の庇護下に入った理由はその地理的条件が大きい。

山と森に囲まれ、海に隣接していないレナルーテでは塩を自国で生産することが出来ず、そのほとんどをバルストかマグノリアからの輸入に頼るしかなかった。

その中でバルストが関係性の悪化を理由にレナルーテに対して塩の輸出を停止。

経済制裁を課してきたのだ。これにより、レナルーテ国内では塩の価格が高騰し始めた。

そして、マグノリアからレナルーテに密書が届けられた。その内容は、レナルーテに対して塩の輸出を停止するようにと、バルストより打診が来ていると言うものである。

強かなマグノリアはこの時に、レナルーテに対して次のように通知した。属国となるのであれば全面的な支援を約束する。

もし、断るのであればバルストの要請通りに塩の輸出を停止する。

その結果、レナルーテはマグノリアの条件をすべて受け入れることを選択した。

その結果、対外的にはマグノリアとレナルーテは同盟国となった。

だが、実際には密約によりレナルーテはマグノリアの属国となった。

なお、この密約を知っているのはマグノリア国内においては皇族と公爵、もしくは辺境伯以上の貴族だけである。

もし、密約を漏らすようなことがあれば貴族とて死罪は免れない。

それほどの国家機密である。

マグノリアはレナルーテと同盟を結ぶと発表。

即座にバルストに対して、悪質な奴隷狩りの件を含めて問題を解決するように圧力をかける。

バルストもさすがにマグノリアとレナルーテの2国を相手には出来ないと判断。

以降バルストではダークエルフの奴隷売買は完全に禁止され、違法に奴隷となっていたダークエルフ達も解放された。

これにより、マグノリアとレナルーテの友好関係は大幅に向上。

また、対外的には同盟国と発表しているので他国からの「事変介入」という批判も防いだ。マグノリアは漁夫の利を得たのである。

また、属国となったレナルーテに対してマグノリアは、今まで通りの自治権は基本的に了承。

国家運営に関わる最終的な政治的決定権のみマグノリアに確認と報告を必須とした。

これにより、レナルーテは対外的には今までの通りと変わらなかった。

だが、今まで国を率いてきたレナルーテの王族はマグノリアの傀儡になった。

今回、帝国に対してレナルーテは同盟強化の名目で王の娘との婚姻を打診してきた。

実際にはマグノリア側に人質として差し出されることになる。

これは密約の中にも含まれていた。マグノリアにとっては、レナルーテの王族の血を取り込むことが出来れば将来レナルーテの王位継承権に介入することが出来る可能性がある。

その為、アーウィンとしては自分の第二皇子と婚姻させようと考えたのだが、密約を知る公爵達より反対を受けた。

正妻が決まってから側室として迎えいれるのならまだしも、属国となったレナルーテの王族を皇子の正妻にするメリットがないと訴えられたのだ。

公爵達からすれば自分たちの娘を皇族の一員にしたい思いもあったのだろうが、訴えとして正論であったので無下に出来ない。

かといって、公爵達に自分の息子とレナルーテの姫君との婚姻を希望する者はいなかった。

皇帝の立場から無理やりどこかの公爵家の息子と婚姻させることも出来るが、貴族達の反感を買ってしまう。

また、レナルーテの王位継承権に関わる血筋の子供が中央貴族の中から生まれるのは、将来を見据えると危険だ。

下手をすると、中央政権の中で新たな派閥が出来てしまう恐れもある。

「つまり、ライナー。お前の息子しか適した婚姻相手がいないということだ」

アーウィンはレナルーテと帝国の関係性を改めてわざと説明して外堀を埋めた。

逃げ道を潰してから本命をライナーに告げたのだ。

話を聞いていたライナーは途中からどんどん眉間に皺がよっていき皇帝の話を聞き終えると、天井を見上げながら息を吐いた。

その様子を見てアーウィンは満足そうに紅茶を飲んでいた。

友であるライナーに託せばこの問題も無事に解決できると肩の荷が下りて安心していた。

「……お前の側室にすれば良いだろう」

「ゴホッ‼ 今の会話の流れからどうしてそうなるのだ‼」

予想外の言葉に驚き、アーウィンはむせて咳込んでしまった。

ライナーはさらに言葉を紡いでいった。怒気を含めて。

「マチルダがすでに正妃となっているお前が、レナルーテの姫君を側室に迎えればいい。そして時が来るまで見守ればいいじゃないか。そうだ。それがいい。世界中の幼女愛者達から羨まれるぞ。良かったな。皇帝陛下?」

「お前わかって言っているだろ? 大体、自分の子供達と同歳の姫を側室に出来るはずないだろう。それに、そんなことをしたらマチルダに暗殺されかねん」

「ふふ、「そんなことをしたら」だと、やはり幼妻に興味があるのか?」

「ライナー、あまり言うと不敬罪を適用することもできるのだぞ?」

アーウィンはライナーの言葉に眉を顰めた。

「そうか、ならば適用しろ。お前が言った、レナルーテや中央貴族との関係性についても理解は出来る。だが、私はお前の友であるが、国の国境を守る辺境伯でもある。重要な役割を持たされている貴族に対して、相談もなくすべてが決まってから話を持ってくるとはどういうことだ?親しき仲にも礼儀ありという言葉がある。この件に関しては「友」としてではなく、皇帝と辺境伯としてもっと事前に話をすべきことだったはずだ。違うか?」

ライナーは皇帝の言っている意味はすべて貴族としては理解した。

ただ、親の感情としては自らの子供に対して、苦難の道を歩ませる婚姻が決定してから話が来たこと。

そして、アーウィンの友である自分であれば大丈夫だろうという安易な発想に憤慨した。

その為、親として、友として、貴族として皇帝に苦言を呈したのだった。

「……そうだな。もっと事前に皇帝として辺境伯のライナーに相談すべきだった案件だ。すまない」

確かに、ライナーの言う通りであった。公爵と辺境伯は名前と役割は違うが爵位としては同じ扱いである。

それなのに、皇帝である自分が公爵には相談して、当事者となる辺境伯には相談せずに物事を決めてしまったことは、辺境伯を軽んじていると思われてもしょうがない。

「……次からはちゃんと事前に相談をしてくれよ。皇帝陛下に苦言を伝える事は命がけなのだぞ…?」

「ふふふ。わかった。そうしよう」

ライナーは話をしたあとに疲れた顔で「はぁ」とため息をついていた。

その様子を見てアーウィンは笑っていた。