軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍発売記念SS「独特な散歩と一人時間確保の条件」

何者かに斬られて怪我を負ってから、リアージュからの視線や言動が明らかに変わった気がする。

いうなれば「心配性が加速している」状態なのだ。

(……私はリアージュとの婚約を破棄しなくちゃならないのよ)

オーガストは死に、リディアは無事に死の運命から回避できた。

いま、彼女の命を狙う者はいない………………と思う。

(……ただ現在の状況は物語とは逸脱しちゃってるのよね……)

自室の机からぼんやり窓の外を眺めて考え込んでいたリディアは、鍵付きに引き出しを開けて一冊の 帳面(ノート) を取り出した。前に自分が覚えている限りの「読んだ本の内容」を書き留めていたものだ。

クエスチョンや二重線が引かれたページを捲り、真っ白な物を出すと現状と物語の差異を書き出していく。

「……まず最大の相違は……」

その一、名もなきモブのリディアが生きている

(これは大きいわよね……)

物語の中で死ななければいけなかった人物が生きている。それだけで大ごとだ。──ただしそのキャラは名前もない、三行で描写の終わるモブだったのだが。

(それでも生きていて……更には主役二人に絡んでいる……)

相違点その二はもちろんそれだ。

その二、ヒーローの婚約者がヒロインではなくモブ

書き出してそのパワーワードっぷりに頭を抱えてしまう。

(どういうことなのよ、読者もびっくり二次創作にもほどがあるわ)

こういうのがWEBになかっただろうか? 確か任意で名前を打ち込んで自分自身が素敵キャラと恋愛しているように思えるやつ……。

(それもネットじゃなくて現実になってるし……)

だがこの事実はいずれ解消すると勝手に考えている。物語と違い、自分とリアージュに接点が出来てしまったことはどうしようもないが、この後リアージュが正ヒロインのエトワールと結ばれれば何の問題もない。

(そのために私が死ぬとか……そんなこと……)

あるかもしれない。

そもそもこの物語の中でリディアは死ぬ予定なのだ。時間と場所が違っていても、運命は同じかもしれない。

つまり……エトワールとリアージュが結ばれる際にはリディアは死ななければいけない、とか。

その可能性に思い当たり、ぞくりと背筋が震えるが頭を振ってその考えを追いやった。

とにかく、自分の死期に関しては考えない。

生き残ったことに重点を置こう。

「それから変わった点は……」

その三、黒の領地で怪我を負うのはリアージュのはずがリディアに

(これも問題……)

この三が起きた所為で

その四、古代竜が召喚されない

その五、古代竜が召喚されなかったため、ヒロインが聖女が力に目覚めていない

その六、ヒロインが聖女が力に目覚めていないため王党派の計画が進んでいない

と連鎖的に三つの相違点が生まれ、問題も発生している。

小説で古代竜を召喚したのはオーガストだったが、彼がいなくなった今、誰が召喚するのか。エトワールはいつ聖女の力に目覚めるのか。そしてリディアを斬ったのは誰なのか……。

じっと黒いインクで刻まれた内容を見つめる。

見つめ続ければいずれそこに素晴らしいアイディアが閃くのではないかと、脳裏でちょっと期待していたがそんなことは起きない。

起きてしまったことは変えられないのだ、とリディアは渋面で溜息を吐くと再びページを捲った。

これらを踏まえて今後どうするのか考えたい。

(まず婚約解消……これはマスト)

この世界はリアージュとエトワールの恋愛小説の世界だ。リディアはお呼びでない。なのでこれが第一条件。

何となく気分が落ち込むがその理由を深く考えず、リディアは頭を切り替える。

(次はエトワールが『星の加護』が使えるようになるタイミングだけど……)

これがないと聖女認定はされない。

(それからオーガストを唆していたシルビアなる人物を探し出し目的を知ること)

偽名だったようで該当人物を探すのに苦労しているようだが、彼女に会ったリディアは間違いなく『存在している』と断言できる。彼女と共にオーガストが古代竜の召喚に踏み切ったのだから、現在それがいない今……間違いなくどこかで虎視眈々と古代竜召喚を目論んでいるはずだ。

(シルビアが私を斬った……)

リアージュはそのように考えているようだが、リディアはいまいち納得できていない。

彼女はオーガストに傅かれ、満足している雰囲気だった。間違ってもリディアを探し出し、「み~つけた」なんて愉悦塗れの声で囁いて背中を斬ったりしないと思う。

(うむ……)

書き出したものの中で、自分が出来そうなことを探していく。

古代竜が召喚されるのか否か、エトワールが力に目覚めるのか否かはリディアではどうしようもない。ぶっちゃけ、聖女に目覚めることも、王党派が新星教会の支援者である枢機卿を取り込もうと画策することも一モブのリディアには関係ないことなのだ。

むしろ関係してはいけない。

(これ以上リアージュと一緒にいて、見なくてもいい小説本筋を見るのはいかがなものか)

読者ならいいのだろうが、ここで生きているリディアとしては素知らぬ振りでいるのが一番なのだ。

もう、ブルーモーメントへの依頼は終了した。体調も万全。シルビアがリディアの命を狙ってくるかもしれないとリアージュは語るが……リアージュとエトワールが主役の物語に関りさえしなければ命を狙われることもない。

「うん。……決めた」

全てを解決できるいい案を思いつき、それを実行しようと心に決める。

椅子に背筋をしっかり伸ばして座ったリディアはぐっと両手を握り締めた。

§

気が付いたらリディアはリアージュにベッドに押し倒されていた。

だらだらと背中を冷や汗が伝っていく。

足元には小ぶりの鞄が置かれており、中には彼女が自腹で買ったドレスとナイトウエア、下着、少々の路銀が入っていた。薬指に嵌っていた指輪はテーブルの上に置かれ、隣には白い封筒が一つ。

「どこに行く気なのかな? マイディア」

にっこりと微笑んで上から見下ろすリアージュに、リディアの鼓動が跳ね上がる。

今まさにここを出て行こうとした矢先に、ドアを物凄い勢いで叩かれ、焦って窓から出ようとした時にノブを壊したリアージュが突入してきたのだ。

手にした剣を放り投げ、リディアの該当のフードをひっつかんだ彼は強引に引き寄せて手近なベッドにリディアを押し倒した。

薄明色の瞳はぎらぎらした光を湛え、辛うじて笑んでいる口の端はひきつっている。ぎり、と手首を掴む手に力を込められ思わずリディアは「痛い」と吐息交じりに吐き出した。

はっとした様に彼の肩が揺れ、手からわずかに力が抜ける。だが彼の指が作り出す拘束具は離れそうもなく、力を入れてもびくともしない。

彼の瞳に宿る金色の炎が燃えていて、リディアは息を呑んだあと気まずそうにそっぽを向いた。

「ち……ちょっと散歩に……」

物凄く苦しい言い訳だとわかってはいる。いるが、誤魔化すように軽い口調で告げてみたがどうやら彼の怒りに油を注いだだけだった。

「散歩? こんな真っ暗な……日付が変わる時刻に? 黒いコートとそこの鞄をもち、指輪も外して手紙を置いて散歩?」

ゆっくりと身を伏せたリアージュが落ち着いた声で淡々と、リディアの耳元で事実を述べる。

どう考えても散歩ではない。

ないが。

「そうです」

きっぱりと言い切った。

しばしの沈黙ののち、「はー」っと深い溜息がリアージュの唇から漏れた。それから無造作に身体を起こすと、ベッドを軋ませて床に降り立った。

リディアはばくばくとありえない速さで駆け続ける鼓動を抑えるべくゆっくりした呼吸を繰り返し、それから緩慢な動作で身を起こした。

何故自分が屋敷を出ようとしていることがわかったのか。特に誰かに何かを言った覚えはない。

この部屋に監視カメラがあるわけもなく……一体全体どういう嗅覚だと、苦々しく思い返していると、

「なるほど、君の散歩の定義はわかった」

淡々とリアージュが言う。

胸に手を当て不可解さを噛み締め、うつむいたまま呼吸を繰り返していたリディアは、その声にぱっと顔を上げる。丁度彼が座り込むリディアの隣に腰を下ろすところだった。

スプリングが再び軋んだ音を立て、リディアは隣の彼から距離を取ろうと身をのけ反らせる。だがその左手を男が素早くつかんだ。

そのまま左手の薬指に、外したばかりの婚約指輪が押し込まれる。

リアージュの瞳の色に染まった宝石が、室内のオレンジの明かりを反射してきらきらと光を弾いた。

「だが、夜中に一人で屋敷を出て歩き回るのは俺が想定する散歩には該当しない」

苛立ちと怒り……それからなんだかよくわからない感情の揺らぎをその口調から聞き取り、リディアは口をつぐむ。

「散歩がしたいなら俺が付き合う」

「……一人になりたいときはどうすれば?」

口の端を下げたまま、憮然として尋ねれば彼は掴んだままのリディアの左手にぐっと力を込めた。

「もちろん、尊重する。ただし、明るい昼間、護衛をつけて」

「一人じゃないじゃない」

眉間の皺もプラスする。それに、彼は軽く片眉を上げた。

「護衛は遠目にしよう。もしくは」

伸ばした彼の、乾いて熱い指先が頬に触れた。

「屋敷の中でなら」

「…… 自室(ここ) ってこと?」

ならば問題ない。ドアノブを壊して突入するリアージュがいなければ、この部屋から外に出ることは可能だ。だがリアージュはにっこりと微笑んで、トンデモナイ提案をした。

「君が一人の時間を堪能できるのは俺の私室だけにしよう」

「はあ!?」

思わず声を荒らげると、彼がその薄明の瞳に真剣な……どこか怒りにも似た色を浮かべながら迫ってきた。

「君は、俺の、信頼を裏切った。ナインから連絡が無ければみすみす逃すところだった」

ナインにはばれていたのか。

彼女は黒の領地での失態以来、リディアの身に何か起きるのではないかと常に気を張っている。

ぎりぎりと胸の内で歯噛みしながら、それでもリディアは必死に続けた。

「わ、私は散歩に行こうとしただけで別に何もそんな」

「指輪と、更には腹立たしい内容だと推測できる手紙を置いて? 散歩?」

手紙は内容を確認される前に処分しよう。そうしよう。

心の奥底でそう誓っていると、彼はリディアの手を掴んだまま立ち上がった。

「さて、君は一人になりたいそうだから早速その時間を設けるとしよう」

「……え?」

ぐいっと手を引っ張って歩き出す彼に目を白黒させる。

「ひ、一人になる時間をくれるというのに何故一緒に歩く必要が?」

部屋を出ると、ドアノブを悲し気に見つめるメイドや使用人がいる。その彼らの脇を通り過ぎ、リアージュは不穏な響きを持った口調であっけらかんと答えた。

「言っただろう? 一人になるのは俺の部屋でどうぞと」

「………………え?」

一人のなるのは……? 俺の部屋……?

「あの……意味がわからないんですけど……」

「何故? 君の一人の時間は俺の部屋で取ればいい」

「いやいやいやいや……いやいやいやいや?」

そう言い、足を突っ張って連行されるのを防ごうとするが、リアージュは止まらない。そのまま彼の私室へと連れてこられ……執務机近くの扉から プライベートスペース(寝室) へと足を踏み入れる羽目に陥る。

「ここと本棚のある向こうは扉で隔てられている。俺は向こうにいるから君はここで存分に一人を楽しめばいい」

「………………」

大きなガラス窓の向こうには広いバルコニーが広がり、幾つもクッションが置かれたソファやチェスト、ライティングデスクや小さなテーブルが置かれている。

だがどうしても目に飛び込んでくるのは深い紺色のカバーが掛けられた大きなベッドだ。

「リアージュ」

「リア」

「……リアージュッ! ここでは! 私は! くつろげそうもありませんッ」

くわっと目を見開いて訴える。引き攣った笑顔でそう宣言すれば、彼は数度瞬きをした後、先程とはまるで違う上機嫌な笑みを浮かべて見せた。

「慣れろ」

「なれるかッ!」

こんな場所に未婚の乙女がいていいわけがない。

「心配するな。まだ何もしない」

「まだ!?」

「君は一人にするとろくなことが無いからな。目を離した隙に背中を斬られたし」

ほうっと溜息交じりに言われてぐっと言葉に詰まる。

「で、ですけど! だからって自らの寝室に招き入れる必要は──」

「自らの寝室じゃない」

そんなリディアの文句などどこ吹く風でリアージュが答えた。

「君と俺の寝室だ」

「…………………………え?」

たっぷり十秒の間の後、告げられた爆弾発言にリディアの目が点になる。

「あ……あの?」

「先程の件で痛いほど理解した。君は一人にはできない。よって今晩から君はこのベッドで寝るように」

「はあ!?」

「タイニーとナインに連絡しよう。荷物を持ってこさせる」

「ち、ちょっと!?」

「安心しろ。手は出さない」

「当たり前でしょう!?」

耳まで赤くなって叫び返せば、社交界中の貴婦人や令嬢を虜にしそうな笑みを彼が浮かべた。

「結婚初夜までは、ね」

しないからな、結婚。

うぐ、と言葉に詰まり新ためてリディアは決意する。

いやいや、その前にこのオカシナ状況を打破しなければ……!

「ベッドは二人で寝ても余る広さだし。問題ないだろう」

「何一緒に寝ること前提で話をしてるんですか!? ないですからね!?」

「馬鹿を言うな。二人一緒は決定事項だ」

「ちょ……まって、リアージュ……まっ」

焦りまくる彼女についっと顔を寄せた彼は、そっとその額に口付ける。

「!?」

「諦めろ。君が出て行こうとした罰だ。ああ、違うな、散歩か」

独特な散歩なんか計画しなきゃよかったのにな。

ふっとせせら笑うように言われてぐうの音も出ない。

新たな厄介後ごとが出来たと、リディアは頭を抱える。

絶対に……絶っっっ対に正ヒロインであるエトワールにばれてはいけない。何がってリアージュとの関係だ。

ばれたら何が起きるのか……。

(……いや……もしかして……)

いつか。

いつかエトワールとリアージュが結ばれた時。こんなやりとりが自分の胸を貫く刃に代わるのではないだろうか……?

(……やめやめやめやめ)

刃になんか変わらない。ただただ申し訳なく思うか、エトワールに変な風に誤解されて必死に言い訳するかどちらかだ。だから……だから。

「さて。今日は遅いしもう寝ようか」

「……………………え?」

ふっと妖し気に微笑んだ彼がリディアの手を掴む。

長い長い夜が幕を開けた瞬間だった。

§

後日、リディアは自分とリアージュが寝室を共にしていてよかったと思うようになるのだが……それはまだもう少し先の話である。