軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リディア・セルティアの未来②

「……聞いてないですよ、リアージュ」

「ああ。言ってないからな」

目の前には煌々と明かりを灯した侯爵家の屋敷がそびえて居て、次から次へとやってくる馬車の列ができていた。

リディアの手を取って公爵家の馬車から下ろしながら、しれっと告げる偽の婚約者に内心歯噛みする。ぎゅっと眉間にしわを寄せた彼女を見下ろし、彼は真っ白な手袋に包まれた手を持ち上げ、そのまま彼女の眉間を押した。

「!?」

「君はこのわたしに選ばれた、誰もが羨む婚約者だ。もっと幸せそうな顔をしろ」

くすっと皮肉気に微笑まれて口をパクパクさせる。それからリディアはぐいっと顎を上げると自分史上最高に綺麗(だと思われる)笑みを浮かべて見せた。

「了解いたしました、 公爵閣下(ユアグレイス) 」

はっと小さくリアージュが息を呑むが、リディアはまったく気付かない。そのまま腕を絡め、背筋を伸ばし、堂々とした様子で 舞踏室(ボールルーム) へと突撃していく。

「オルダリア公爵様、ミス・セルティア様」

入り口で招待状を受け取った執事がとてもいい声で到着を告げる。

一際大きくざわめきが広がり、階下にひしめく招待客の視線がこちらに向いた。

(うう……ご令嬢の視線が痛い……)

羨望、嫉妬、落胆、それから明確な敵意とちょっぴりの殺意。

(こわっ!)

なんであの程度の女が、と思っているがびしばし感じられる視線の中を歩きながら、リディアはどうやってこの男を盾に防ごうかとそればかりを考えていた。ぎゅっと絡んだ腕に心持ちしがみ付けば、ふと気づいたようにリアージュが薄明色の瞳にリディアを映した。

「どうかいたしましたか? リディア」

猫を百匹以上被った、甘い声で言われてぞわりと背筋が粟立つ。

「いいえ、閣下に向けられる憧れの視線の多さに驚いておりました」

言外に「あなたが傍にいると刺殺されそうだ」を混ぜて告げれば、勘の鋭い偽の婚約者はにっこりと微笑み、曲げていた腕を伸ばしてリディアの腰に回した。

「!?」

するっと撫でられてぞわぞわがぞくぞくになる。

「セクハラッ」

小声で叱責すれば彼がきょとんとした顔をする。

「君はわたしの婚約者だろう?」

それからにんまりと……人の悪い笑みを浮かべる。

「見せつける必要がある」

更に近づくよう腕を動かされ、内心悲鳴を上げながらリディアは彼に寄り添うように立つ。

今日、リディアが着ているドレスは太ももの半ばまで身体に沿うようなデザインで、そこから下がふわりと膨らんでいるマーメードドレスに近いものだった。辛うじてお尻の辺りに巨大なリボンがぶら下がっているので形はわからないが、それでもこの世界の基準ではきわどい部類だ。

(同じようなことをマダム・ジョイスも言ってたけど……)

有名なドレスメーカーのデザイナー兼、いわゆるメイクアップアーティストの彼女は屋敷を追い出されたご令嬢が革命を起こすのだとよくわからない持論を展開していた。その結果がこれだ。

社交界の重鎮たちの視線が痛いし、デビュタントの令嬢たちの羨望と嫉妬が辛い。

(やっぱりリアージュを盾にして逃げるしかない……)

腕にしがみ付くのも品が無いと言われそうだと、リディアは必死に適正な距離を保ちつつなるべく彼の影に隠れるように立ち回る。

「……やっぱり連れてこなければよかったな」

そうやって一時間ほどあちこちに挨拶したり、比較的害の少ない王党派の方達と世間話をして過ごした頃だろうか。低い声でリアージュが呟くのを聞きつけ、ぱっとリディアが顔を上げた。

「でしょう? もういいんじゃないです? 帰りましょう」

早口で言えば、視線を落としたリアージュが軽く目を見張る。ぎゅっと袖を掴んで引っ張れば、ふっと彼が微笑んだ。

目が潰れそうなイケメンスマイルだ。

(ひ……久々に公式笑顔視ちゃった……)

うう、と眩しい物でも見たように顔を逸らすリディアの、その腰を抱いたままゆっくりと彼が歩きだす。そうして手を取ってくるりと回され、彼女はようやく自分がホールの中央にいることに気が付いた。

「え?」

軽やかな曲が流れだし、ワルツが始まる。

ふわりとドレスの裾とリボンが揺れ、キラキラしたシャンデリアの明かりが降り注ぐ、光と音の渦の中、リアージュに支えられてリディアが躍る。

「……帰るんじゃなかったんですか?」

ほんの少し眉を下げていえば、ちらちらとこちらを見る紳士や令嬢を彼が一瞥する。

「そうだが、まずはここの連中に君が誰のものなのか証明する必要がある」

「……はあ」

そんなことをしてどんな意味があるのだろうか。ここに居る皆さま、リディアなんか目に入っていないだろうに。

ちょっとだけ呆れて、なんとなくステップを踏んでいると、ふと、こうやって踊るのも最後かもしれないとリディアはしみじみと考えた。

婚約破棄が成立した後は、もう彼とワルツを踊ることもないだろう。

(そう……その話をしなくちゃ)

リアージュは王太子殿下の補佐役だ。黒の領地での討伐戦後、元宰相派の人間がオルダリア公爵を狙ったという疑惑が噴出したため、色々とやることが激増した。その所為で目の回るような忙しさだったらしく、屋敷にいてもなかなか顔を合わせる機会がなかったのだ。

だが今なら……そしてこの距離ならば婚約破棄の話ができる。

「……リアージュ」

「なんだ?」

ふっと柔らかい眼差しが自分に落ち、リディアは見惚れそうになる自分を叱責した。

(この人の運命の相手はエトワール……私はモブ……私はモブ……)

胸の中でしつこいくらいに唱え、リディアは大きく息を吸い込むと目の前の偽の婚約者に切り出した。

「私たちの婚約の件ですが……」

「解消したいというのだろう?」

先に言われ、彼女は目を瞬く。それから勢い込んで頷いた。そうしないと鋭く胸が痛んだ理由を深追いしてしまう。

「いつにいたしますか? 新聞への発表は」