軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ふれるおもい② ☆

「そのシルビアという女だが……外見の特徴は?」

「黒のローブに……黒髪。少し垂れ目で、目元に泣きボクロが。赤い口紅が特徴的でした」

思い出して寒気がするのか、彼女が腕をさする。すかさず胸元に抱き込んで、リアージュは彼女が告げた容姿の女性を思い出そうとする。

「……旧宰相派の連中か……」

思わず声に出ていた。それを拾ったリディアが悔しそうにうめき声を上げる。

「……やはり、名前と簡単な容姿だけでは誰だか特定はできませんよね」

「大丈夫だ。向こうもそれくらいは想定しているだろうから」

ぎゅっと、彼女がリアージュのシャツを掴む。かすかに俯き、喉の辺りに彼女の柔らかな髪を感じる。

「……どうした?」

「……あの……」

口ごもる彼女に、彼は気付いた。

「……オーガストなら死んだよ」

ぱっと彼女が顔を上げた。こちらを映すエメラルドの瞳が驚愕に大きく見開かれ、複雑な感情が入り乱れているのがわかった。そっと彼女の頬に手を当てる。

「何者かが……彼の首を絞めた」

ひゅっと息を吸う音がし、彼女の視線が落ちる。柔らかく頬を撫で、リアージュはリディアが落ち着くのを待った。

かすかに震える白い手が、胸元辺りをきつく握り締めているのが見えた。

「大丈夫だ。後処理はこちらが受け持つ」

きっぱり告げると、そっと彼女がリアージュの胸元に顔を埋めた。温かな吐息を感じ、どきりとする。

「……私を斬ったのは……オーガストでしょうか」

掠れたつぶやきに、少し驚いて目を見張った。

「違うのか?」

ぞわりと、嫌な感じに身体の奥が震える。リディアを連れ去ったオーガストの他に、彼に手を貸す人物がいたのは、廃棄された砦の様子から理解できた。それがシルビアと名乗る愛人で、リディアを斬ったのはその二人の内どちらかだとばかり思っていた。

だが……違う?

「……わかりません」

ぽつりと彼女が零す。かすかに震える吐息を肌に感じて、リアージュは囲う様に彼女に腕を回した。

「……恐らくだが、そのシルビアと名乗った女が君を今まで害してきたんだろう。オーガストの愛人だというのなら、婚約者である君に我慢できなかったのかもしれない」

安心させるよう、噛んで含めるように告げれば、リディアがぎゅっとリアージュのシャツを握り締めた。

「……そうですね」

どこかあやふやな……自信のない声。だがリアージュは彼女が斬られた話を蒸し返したくなかった。一歩間違えれば殺されるところだった記憶なんて 心的外傷(トラウマ) にしかならない。それを思い出して記憶にとどめておいて欲しくないし、何よりも。

「すまない。俺が君を護るべきだった」

謝って済む問題ではないし、全ては認識の甘かった自分の落ち度だ。それを認めたくなくて……でも認めないと前には進めないと、リアージュは苦しそうに続けた。

「君に消えない傷を負わせたのは俺だ。だから──……」

ゆっくりと腕を解く。柔らかく、温かな身体を手放し、リアージュは驚いたようにこちらを見上げるリディアの、乱れて顔に掛かる髪をそっと払った。

「俺を許せないというのなら……そう言って欲しい」

真っ直ぐに見つめれば、彼女はじっとそのエメラルドにリアージュの姿を映す。彼女の唇からどんな言葉が漏れ出るのか。沈黙が痛く、怖く、リアージュは珍しく彼女から視線を逸らした。

約束を違えたのはリアージュだ。本来の彼女の依頼は、形はどうあれ遂行された。だがリディアが払った代償は瞳と同じ色の宝石のセットよりももっと……大きなものだ。必死に言い訳をしそうになる舌を抑えて断罪を待てば、ふっと頬に柔らかな指先を感じた。

はっとして彼女を見れば。

「……別に怒ってなんかいませんよ。悪いのはオーガストですから」

そう言って彼女の指先が頬をなぞった。そのまま困ったように笑う。

「だからそんな……今から怒られるのがわかってる子供みたいな顔をしないでください」

肩を竦めて見せるリディアに、リアージュは一瞬だけぽかんとし、それからようやく息が吸えると大きく深呼吸をした。そのまま寝台に仰向けになる。

「今回で痛感した。俺は……少し慢心していた」

「少しですか?」

揶揄うようにリディアが茶化す。むっとするが、持ち上げた腕を目の上に落とし、リアージュはようやく全身から緊張が取れていくのを覚えた。

(そうか……)

「少しだ。だいぶ慢心していたのならダイアウルフとの戦闘で怪我をしていたはずだからな」

「! そうですよ! リアージュ、どこも何ともないのですか? 斬られたり刺されたり……」

「君は自分の心配をしろ」

急に眼の色が変わるリディアに圧倒されながらも呆れたように告げる。それから腕を下ろして隣に寝そべるリディアを見た。

(俺は多分……リディアに軽蔑されるのが一番怖かったんだ……)

彼女はただの、都合がいい偽の婚約者で。こんな感情を抱くような間柄ではなかったというのに。

(こうして間近で眺めるのも……)

まったく悪くない。

「リアージュ?」

困惑した様子で尋ねる彼女に、男はふっと微笑んでゆっくりと起き上がった。それから乱れた上掛けを彼女の身体に掛ける。

「食事を持ってくる。とにかく今は安静にしていろ」

ベッドから降りて厨房へと向かう。その後ろ姿にリディアが「あの」と声を上げた。

「ん?」

「……私の傷は誰が? 治療師のエルマ様ですか?」

上掛けから目だけのぞかせて尋ねる彼女に、リアージュは苦く笑った。

「いや。ミス・エトワールだ」