軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セインウッド子爵

(寒ッ)

びゅうっと凍るような風が吹きつけ、リディアは首に巻いたマフラーに唇まで埋まる。手には除雪用のスコップと、薬草を入れるための籠、それからランタンだ。

さくさくと半分凍った雪の上を歩き、石垣で囲われた野菜畑をくまなく照らす。この辺りの土地は瘴気が強く、普通の作物は育たない。灰色の樹と草がその証拠だ。

だが結界の中でなら、多少は育つ。

寒く、日照がほとんどないが、土の下で成長するよう改良されたニラや生姜、大根なんかを収穫していく。

それらを使ったお粥がどんな味になるのかは……リディアの領分ではない。

凍った雪を退かし硬い土を掘り、中から現れたこの地どくどくの野菜を収穫する。夢中になっているうちに、突風が身体に吹き付け、リディアは思わず顔を顰めて風下へと視線を遣った。

(ん?)

畑を囲む石垣の向こうに揺らぐ明かりが見える。

はっとして立ち上がり、転がる籠をものともせず、リディアはスコップを構えた。

「誰!?」

その灯りは真っ白な光を放っていて、風に吹かれてゆらゆら揺れてじわじわと石垣の上を移動していく。まるでどこかに入り口が無いか探しているようで、リディアの心臓が跳ね上がる。沈黙する白い手を他所に、駆け出す鼓動が口から飛び出そうになる。

じりじり動く白い光を目で追っていると不意にそれが消え、彼女は目を見張った。

次の瞬間。

「!?」

ひょいっと何者かが塀を越えて飛び込んで来て、リディアは悲鳴を上げながらスコップを振り上げた。

「ま、待って!? 待ってくださいッ!? 怪しいものではなく」

無我夢中でスコップを振るい、侵入者を殴打しながらリディアはあらん限りの声で喚く。

「怪しくない人間が塀を乗り越えて裏口から不法侵入しようとしないでしょう!? 何者ですか!? 魔物の手先か!?」

「ち、違います! ほら、見てください! これ! これ!」

殴り続けるスコップの柄をどうにか掴んだ侵入者が着ていたコートの内側から何かを取り出す。ひらひらと揺れるそれを受け取り、一旦スコップを収めたリディアは畑の端に置いたランタンの明かりにそれを透かして見た。

「……オルダリア公爵家の紋章?」

紙に透かしで入っているそれを確認し、身元保証人欄には紛れもないリアージュのフルネームが記されている。

「あなた……公爵閣下の使用人?」

「協力者です」

言って、被っていたマントのフードを下ろし、目の下に隈のある疲れきった顔でそっとリディアに近づいた。

「ブルーモーメントで調査を引き受けてます、セインウッド子爵です」

「あ」

婚約を発表した舞踏会にも参加していた……はずだ。直接顔を合わせていないけど。

ようやく納得し表情を和らげるリディアに、子爵はマントの内側にある自家の家紋を見せ、はあっと溜息を吐いた。

「我々セインウッドは代々公爵閣下の下について討伐戦に参加しております。日暮れ近くに、沼地には生息していない毒サソリの襲撃を受けたと聞いて……」

更に顔を寄せ、子爵がリディアの耳元で囁いた。

「コートニー伯爵の関与を調査しておりました」

その言葉に、リディアははっと身を強張らせる。

「どうでしたか!?」

思わず声を荒らげると、暗がりでもわかるくらいの渋面で彼は首を振った。

「それが……いないはずの魔物が突如現れたことから何者かの関与は疑われる状況ですが……」

誰がやったのかははっきりしない。

「その毒サソリになにか……自然発生とは違う……こう、強化されたあととか……」

リディアがブルーモーメントに提示したオーガストの計画は魔物の強化だ。その痕跡があればオーガストの関与を示唆できる。

両手を顔の辺りに添えて十本の指をわきわきさせて訴えれば、腕を組んだセインウッド子爵がうーんと天を仰ぐ仕草をする。

「今のところそういった報告は来ていませんね。……それに、毒サソリの原種の強さがどれくらいなのか知らないので何とも」

その言葉にしゅん、と肩を落とすリディアに、子爵は困ったように頭を掻いた。

「……あの……ミス・リディアのブルーモーメントへの依頼の内容は理解しております。しかし、公爵と正式な婚約が決まった女性にあの伯爵が本当に手を出してくるでしょうか」

恐る恐る言われた言葉に、リディアは押し黙る。

(子爵は私と公爵の婚約が契約の一部だとは知らないのかな……?)

何となく知らなそうだ。そうでなければこういう言い方はしないだろう。

「あの……子爵は私の依頼をどのように聞いてます?」

恐る恐る尋ねると、子爵は暗がりでもわかるくらいのきょとんとした顔をする。

「オルダリア公爵と婚約する際に、自分を騙した伯爵が邪魔をしてくるから何とかしてほしいと」

「………………なるほど」

ワルツ三回を「本当のこと」だと考えた説か。

リアージュがそうやって説明したのだろうが……。

ぐったりと彼の腕の中で力を失くした華奢な身体。可愛らしい外見のエトワール。しかもリアージュを庇って怪我をしたという。

(彼の心が傾くのは時間の問題よね……)

今頃二人はどうしているのか。

そこで頼まれていた仕事を思い出し、リディアは慌てて畑の方を振り返る。ぽつん、と残された籠を拾い上げ、彼女は立ち尽くす子爵に告げた。

「とにかく公爵閣下に報告もあるでしょうから、ご一緒にどうぞ。……あ、子爵家の皆さんは……? こちらの砦にいらっしゃるので?」

厨房に戻りながら告げれば、彼は乾いた笑い声をあげた。