軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60「失踪①」※ルカーシュ視点

ヴィエラが遠征に出発した日、神獣騎士の広場にてルカーシュは、汗を拭きながら空いた手のひらにチャームを載せて眺めていた。

先についている小さなガラスの筒の中には、ヴィエラの瞳と同じ色の石でできたイヤリングが入っている。ピンクの石は今も淡い光を零し、存在感を示していた。

(本当にヴィエラが近くにいるように思えるから凄い。彼女には敵わないな)

ヴィエラが実験遠征に行くと聞いたとき、自分でも驚くほど拗ねてしまった自覚がルカーシュにはある。子どもっぽいと笑われても仕方ないほどに、婚約者と離れたくないと感情的になってしまった。

しかしヴィエラは笑わず真剣に考え、ルカーシュのために色々と用意してくれた。チャームだけでなく、彼が喜ぶことを調べて実行に移した。

楽しかった昨夜を思い出すだけで、顔が緩んでしまう。

「キュルッ」

アルベルティナがルカーシュの頭を丸ごとガブリと甘噛みした。「ルカだけずるい」と言っている。

嘴を頭から外しながら、ルカーシュは勝ち誇った笑みを相棒に向けた。

「俺はヴィエラの婚約者なんだから、ティナより優遇されるのは当然だろう?」

「キュルゥ……」

アルベルティナがしょんぼりと頭を下げた。強がれないほど、心にダメージを負ったらしい。

「悪い、俺が大人げなかった。君も寂しいんだな」

ルカーシュは眉を下げ、チャームをポケットに仕舞ってから慰めるようにアルベルティナの頭を強めに撫でる。

気が合うのか、最近の相棒とヴィエラは嫉妬してしまうほど仲が良かった。このグリフォンは、 育ての親(ルカーシュ) にすっかり似てしまったらしい。

「一週間だ。そうしたらヴィエラは帰ってくる。今は俺だけで我慢してくれ」

「キュルルル?」

「分かった。今夜は厩舎で一緒に寝るよ」

アルベルティナの首をしっかりと抱き締めて、約束の意思を伝えていると後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。

振り返れば、いつの間にか騎士団のトップである総帥ジェラルドがいた。

「よ、ルカーシュ。グリフォンと一緒に寂しそうにして、独占欲が強すぎて婚約者に逃げられたか?」

「まさか、ヴィエラは絶対に逃がしませんよ。今はただ魔法局の実験遠征で王都不在にしているだけです」

「お、おう。冗談だ。そう殺気を向けるな」

「たいして効いていないでしょうに」

ジェラルドは先代の神獣騎士団長だ。隣国との戦争において先頭で指揮を執った『本物の英雄』が、二十代半ばの若造の睨みを恐れるはずはない。

その証拠に、ルカーシュが視線を緩めてもいないのに、総帥はカラッとした表情に戻って笑い始めた。

「すっかりあの魔法使いのお嬢さんに夢中だな。外からも話を色々と聞くが、悪い噂が全然ない珍しいタイプじゃないか」

「ヴィエラは、素晴らしい女性ですから」

他人から見ても、ヴィエラは色気やぶりっ子で人を弄ぶタイプではなかったらしい。その上、身分差を埋められる才能も持っている。

文句を付けられる要素を、ヴィエラは持っていなかった。

これまでルカーシュを狙っていた令嬢たちもすっかり諦め、最初にあった偽りの噂も流さなくなった。今では、ヴィエラは猛獣に狙われ、逃げ遅れた可哀想な小動物扱いをされているほど。

英雄の引退は、彼を色仕掛けで篭絡した令嬢のわがまま――そんなデタラメが、ヴィエラの耳に入ってしまう前に消えて良かったと思う。

「その様子じゃ、引退の意思は固そうだな」

ジェラルドが、物思いに沈んだような微笑みを浮かべた。

「はい。五年、この座で待ちましたが……」

「もう遅いか」

ルカーシュは頷き、騎士の仲間から離れるように訓練場の端へと視線でジェラルドを誘う。窓のない壁に背をつけ、声量を下げた。

「待った結果、陛下は変わらないどころか、願いとは逆の道を進んでいます。ジェラルド総帥になってから、各騎士団の風通しがよくなりました。でもあなたがその座を奪ったときのように、陛下の気分で都合の良い人間に代えられたらと思うと国の行く末が心配です。現に魔法局は、ゼン殿やドレッセル室長といった方が陰で踏ん張っていますが密かに崩壊しつつあります。なにせ局長があれでは……」

魔法局の局長は、国王のイエスマンだ。トップがそれで有能であれば問題ないが、そうでなければしわ寄せは部下にいく。

騎士団の先代の総帥も、国王から家門を優遇されてその座に就いた高位貴族だった。彼は恩を返す名目で国王に尻尾を振ることに注力するばかりで、現場にいる騎士の意見に耳を傾けないタイプの人間。

そうして迎えた戦争の初動は最悪だった。

ワイバーン率いる敵国の神獣騎士と王宮の守りばかりに目が向き、必要以上の犠牲者が出た。ルカーシュの知り合いも死んでいった。不意を突かれ、いくつもの結界石が魔物寄せの魔法式に乗っ取られた。

あの戦争は、現場にいた騎士や魔法使いが、生き残るために必死に戦って手に入れた勝利だった。

戦後、前総帥がその地位にい続けることに危機感を募らせたジェラルドは、前総帥からその座を奪うため、国王の性格と思惑を利用したのだ。

総帥の家門より、アンブロッシュ家の方が魅力的ではありませんか。私を総帥にしてくれたら、ルカーシュが騎士団長になるよう説得しましょう――と。

部下を売ったとして負い目を感じているジェラルドが、自分に対して弱いのをルカーシュは知っている。

「ジェラルド総帥、陛下には一方的に押し付けた恩では、真の忠誠と本当の国の安寧は得られないことを分かっていただかないといけません」

「それを最初に分からせるのがルカーシュの役目か。血筋、経歴、名声のすべてがそろっている者でなければ強気で『恩』を撥ねつけ、現実を思い知らせ、陛下に考えを改めさせられない……と。だから渋っていたのに、急に団長を引き受けると素直になったのか。こうなる未来を予期して」

「予期したのは父ですけどね。そして今、引退できない俺への同情が、陛下への不信に変わろうとしています。王宮内の支持は俺に傾きました。近いうちに、再び引退の承認を求めるでしょう。次は遠慮のない方法で……そのときは味方してくれますよね?」

ルカーシュは無垢に見えるような、柔らかい笑みを向けた。断られるなんて思っていない、純粋そうな部下の顔。

ジェラルドは軽く瞠目したのち、呆れたように「はは」と笑った。

「相変わらず冷酷な顔と甘い顔を使い分けて、人の心を誘導するのがうまいな。今後本格的に巻き込まれると分かっていても、大切に育てた部下に甘えられたら答えは決まっているじゃないか」

「ご理解ありがとうございます。あなたは素晴らしい上司です」

「そりゃ、どうも。で、引退したらその髪は切るのか?」

ジェラルドは、ルカーシュの腰まで伸びている三つ編みを見た。

ルカーシュが髪を伸ばし始めたのは、神獣騎士の団長の座に就いてからだ。自分が団長でいる間は決して仲間は死なせないと、自分が希望の綱になるのだと――決意と願掛けの意味を込めて髪を伸ばし、仲間との絆が解けないことを祈りながら毎日編んでいた。

「きっと、このままです。引退しても、何かあれば俺はティナに乗って駆けつけますよ」

「それは心強い。では休憩の邪魔をしたな」

「いえ、総帥も お(・) つ(・) か(・) い(・) ご苦労様です」

ジェラルドは、国王からルカーシュの引退に対する意思の探りと、引き留めの説得を頼まれていたはずだ。それを暗に仄めかすと、図星だったのか、ジェラルドは「まったくだよ」と笑いながら訓練場を去っていった。

(これで引退への味方は揃った。次こそ首を縦にしてくれるといいが……これで納得せず考えが変わらなかったら陛下――あなたは周囲に失望され、賢王から愚王にされてしまいますよ)

あとは国王に決断を迫る絶好のタイミングを待つだけ――と思っていたが、そのときは予想より早く訪れた。

「ルカーシュ・ヘリングおよび神獣騎士は、余のそばを離れてヴィエラ・ユーベルトの捜索に向かうことは認めぬ」

ヴィエラが実験遠征に出発して五日後、トレスティ王国の国王が直接、ルカーシュにそう宣告したのだった。