軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40「帰還③」

とりあえず頭に栄養を、と逃避するようにヴィエラはブドウをひと粒口にするがまったく味が分からない上に、当然すぐ栄養は届かない。

「ヴィエラ、どうして躊躇している?」

「それは――……なぜでしょうか?」

「は?」

「ほんと、なぜでしょうね?」

反射的に答えようとしたが、自分でも分かっていなかった。

まずは、恥ずかしいから。あとは気まずい。

ではどうしてそう思うのか、理由をハッキリと認識していなかったのだった。

(恥ずかしいのは、ルカ様が格好良くて眩しく見えるから……勝手にドキドキしてしまう。気まずいのは……好きになってしまいそうだから。ルカ様が契約相手以上に思っていないのに、好きになってしまったら辛い片思いのはじまりだわ。いや、恋をしたことないからよく分からないけれど、片思いは辛いとよく聞くもの)

片思いのまま婚約を続け本当に結婚をしたら、毎日が生き地獄の予感がしてくる。

事前に分かっている危険は回避一択。

好きにならないように、結界課とともに帰還するのが安全だ。

別行動している間に、『好きにならない』よう自分の心を戒める時間が確保できる。

けれども、賭けの相手であるアンブロッシュ公爵夫人の話によれば、ルカーシュと両想いの可能性も残されている。

まさか、あり得ない――と軽く否定するのが難しいほどに、ルカーシュの優しさを日々感じている。

昨日は、彼自身だって疲れているのにヴィエラを優しく抱き上げ、運んでくれた。

今も、周囲には誰もいないから仲睦まじい演技は不要。だけれど彼の態度と距離感は、親しい友人以上のように思う。

(本当に私はルカ様にとって特別なのかな? 甘えられる貴重な存在として? 女性として?)

怪訝な眼差しで見下ろすルカーシュの顔を、そろりと見上げる。

端正な顔に、今は英雄モードの冷たさはない。ただの二十代半ばらしい青年の顔。親しい人にしか見せないだろう、彼の素の表情だ。

「ヴィエラ、本当は体調が良くないのを隠しているのか? 顔色が赤い。熱が出ているのかもしれない」

「いえ、これは別の問題です」

ヴィエラの真意が読めないルカーシュは、ますます困惑したように眉をひそめた。

(やはり恋愛スキルゼロの私では、相手が好意を持っているかどうか顔を見ても分からないわ。ルカ様が私を好きなら一緒にティナ様に乗って、違うなら結界課と一緒に帰るのが望ましいんだけれど)

時間はあまり残されていない。変更希望が受け入れられる五時までにルカーシュの気持ちを確認する必要があった。

そうして行きついた手段は、夫人との賭けだった。

キスをしてルカーシュが喜べば、彼はヴィエラに好意がある。嫌がれば勘違い。

ルカーシュには悪いが、嫌がられたときでも「夫人に言われて」と言い訳ができる。

(キスは好きな人としかしないから正誤判定が分かりやすいわ。そう好きな人と……キス……私もキスをする……)

ハッとした。

キスはひとりではできない上に、キスを仕掛けるのは自分。その自分が、ルカーシュとキスすることが嫌でないと思っている。

相手の反応で決めようと思っていたが、すでに手遅れだったことを知る。

(私は、ルカ様が……好き)

ヴィエラは、ルカーシュに恋をしてしまっていると認めるしかなかった。

ますます契約婚約者の気持ちを確認し、今後の自分の気持ちを制御する必要があると彼女は考える。

改めてルカーシュの顔を見た。正確には唇だ。

薄く、非常に形が良い。荒れている様子もない、実に良質な肌質をしている。

さすがに無理だ。想像しただけで脳がパンクして逃げ出しそうになった。唇は駄目だ。

「ルカ様、これからティナ様に一緒に乗って帰るか、結界課と一緒に帰るか心を決めたいので、扉の方を向いてくれませんか?」

「……わかった」

何か聞きたそうにしながらも、どこか追い詰められたヴィエラの気迫に押されルカーシュは視線を扉に向けた。

ヴィエラの薄紅色の瞳には、整った横顔が映った。

すると彼女はジュースの小瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。酒ではないけれど、気分は酔っぱらえた気がする。

「失礼します!」

ヴィエラは腰を浮かし、勢いよくルカーシュの頬にキスをした。一、二、三……と数えてから顔を離し、彼の反応を窺う。

ルカーシュはヴィエラの唇が触れた場所を確認するように、長い指で自身の頬を撫でた。

横を向いていた端正な顔がゆっくりと、ヴィエラの正面に向けられる。瞼は限界まで開かれ、唖然としている表情だ。

驚きの感情以外が読めず、正誤の判別ができない。緊張が振り切っていたヴィエラは、そのままの勢いで問う。

「今の、ルカ様としてはありですか? なしですか?」

「ありか、なしかと問われれば……そうだな……」

ルカーシュの表情が一瞬にして神妙なものへと転じた。ブルーグレーの瞳の奥が、ギラリと光ったのがヴィエラにも分かった。

身勝手な行動に怒られる。失敗した――と身を引こうとした瞬間、彼女の後頭部には大きな手のひらが回り阻止された。

「ありだが、物足りない」

ルカーシュは、ヴィエラの唇に自身の唇を重ねた。ぐっと押し当てるようなキスだ。

「んむっ」

「逃げるな」

唇を離すことなく、彼は求める言葉を告げた。嫌がるどころか積極的なキスに、ヴィエラは翻弄される。

ルカーシュの気持ちは疑いようもない。

頬にキスしたとき以上の時間をかけてから、顔が離れた。

「ヴィエラが好きだ。君も俺と同じ気持ちと判断するが、問題ないな?」

「は、はい」

「俺の気持ち次第で数年後に離縁という話もなしだ。この先ずっと共にいたいと願っている」

「――っ、はい」

「契約ではなく、本物の夫婦になろう」

「~~~~!」

次々と告げられていく情熱的なルカーシュの言葉に、ヴィエラの胸はいっぱいで返事は声にならない。真っ赤な顔で、コクリと頷きを返した。

「なら、俺と結界課、どちらと帰るか決まったな?」

ルカーシュはこれまでにないほどに妖艶で、恍惚の笑みを浮かべた。あまりの色香に、ヴィエラは息を飲んだ。

激しく脈打つ胸元に手を当て、一度深呼吸をしてから返す。

「結界課と帰ります」

「なぜそうなる?」

想定外の答えに、ルカーシュは不機嫌に眉を寄せた。

「心臓が持ちません。爆発するに決まっています。ルカ様に長時間抱き締められたら死んじゃう」

恋を自覚したばかりで、しかも両想いで幸せな気持ちを処理しきれない。落ち着くなんて到底無理で、コントロールできない感情は胸の中で暴れている。

やはり色々と整理する時間が欲しい。

「キスは大丈夫で、今さら抱きしめるのは駄目ということはないだろう。爆発して屍になっても俺は抱えていく。抵抗は諦めろ」

婚約者が容赦ない。だが反論もできない。

ヴィエラは顔を真っ赤にして白旗をあげた。

「うぅ、明日はお願いします」

「もちろん、俺の愛しい婚約者殿」

こうして翌日、予定通りヴィエラはルカーシュに後ろから抱きしめられる体勢でアルベルティナの背に乗った。

冷静な態度でクールな表情の騎士団長の腕の中で、顔を真っ赤にしてプルプルと震える小柄な婚約者の姿はとても目立った。

完全に、猛獣に捕獲された小動物。

移動の間、神獣騎士たちから生温かい視線を集めることになったヴィエラの精神は、王都に到着したときには屍同然になっていた。