軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 神代神社

「あらあら~、ようこそ 神代神社(くましろじんじゃ) 異界分社へ」

空腹と疲労でヘロヘロになりながら石段を登り切った正樹と佑梨を、おっとりした巫女さんが迎え入れる。

「えっと、異界分社?」

「ええ。ここは異界にある分社だから、異界分社。本社って言うと会社みたいね~。えっと、元となる神社は富士山のふもとにあるのだけど、昔からいろいろな事情があってここに分社を作って管理しているのよ~」

正樹の疑問に、かなりおっとりした口調で巫女さんが答える。

正樹としては、ここに分社がある事情ではなく異界という単語のほうを説明してほしかったのだが、それはそれとして昔からあるという重要な情報があったことは見逃せない。

「いろいろ聞きたいことがあるとは思うけど~、見た感じ学校帰りに迷い込んだのよね~? お腹すいてないかしら~?」

「正直、ペコペコです……」

「今にも倒れそうですね~……」

「あらあら~。だったら今日は特別に~、ただでご馳走してあげるわね~」

「持ち合わせがなかったので、助かります……」

「お金いるって言われたら、わたしだけ食べるわけにもいかないのでありがたいです……」

「あらあら~。異界なんだから、日本円以外でお代をもらうに決まってるじゃないの~」

「「えっ……?」」

「まあ、もともとご飯ぐらいだったら、大した対価は要求しないから安心してね~」

そんな、ちっとも安心できないことを言って、すたすたと社務所のほうへ歩いていく巫女さん。

その言動に唖然として動きが止まっていた正樹と佑梨が、慌ててその後ろをついていく。

なんだかんだで、とりあえず餓死だけは避けられそうな二人であった。

「さあ、召し上がれ」

社務所の食堂で、おいしそうな料理を前ににこやかな笑顔でそう言う巫女さん。

出されたのはご飯に味噌汁、漬物、薄切りのロースハムを添えた卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、筑前煮だと思われる煮物とひじきの煮物、野菜サラダという、旅館の朝食といった風情のメニューであった。

「こんなに、いいんですか?」

「いいのいいの。今作ったのは卵焼きと野菜サラダぐらいだし、ほうれん草は昨日の晩の残り物で筑前煮とひじきはたくさん作って冷凍したのをレンチンしただけ、ハムは消費期限内に食べきれそうにないものをこれ幸いと消費しようとしてるだけだし」

正樹の質問に、にこやかにそう答える巫女さん。

残り物やレンチンなど、聞きようによってはかなり失礼な話だが、ただで食わせてもらっているのに文句など言えない。

そもそも、残り物というから聞こえが悪いだけで、常備菜と言い換えればおかしなものでもなんでもない。

冷凍をレンチンに至っては、飲食店でもメニューによっては普通に行われている。

とはいえ、それを堂々と正直に言うあたり、この巫女さんはかなりいい性格をしているといえよう。

「煮物にしてもほうれん草にしても、一人分ってなかなか作れないのよね~。でも、スーパーで売ってるお惣菜の煮物とかはあんまり好みじゃないから、食べたいときは作るしかないしで、どうしてもたくさん余らせるのよ~」

「そうなんですか~」

「ええ。特に煮物は、たくさん作らないと美味しくできないのよね~。だから、卵焼きとハムとほうれん草はこれで終わりだけど、煮物類はまだまだあるから、ごはんと一緒にどんどんお替りしてね~」

そう言いながら、お替りせよとばかりにどんと筑前煮の入った鍋とひじきの入ったタッパーをテーブルの真ん中に置く巫女さん。

その量に、適当に相槌を打った佑梨が目を丸くする。

「こんなにあるんですか?」

「これぐらいは最低作らないと、本当においしくできないのよね~」

「自分で煮物なんて作ったことなかったから、知らなかった……」

「わたしも、料理は調理実習でやる程度の事しか経験なかったから、びっくりです」

「まあ、君たちのお年頃なら、そんなものよ~。という訳で、食べながらいろいろ説明するから、どんどん食べて~」

「「はい、いただきます」」

巫女さんに促され、手を合わせながら声をそろえる正樹と佑梨。

まずは巫女さんがやたら推してくる煮物類に手を付ける。

「あっ、美味しい……」

「すごく味が染みてます」

「お口に合ったようで、よかったわ~。じゃあまずは、ここがどういう場所かについて話すわね~」

思った以上に深い味わいの煮物に驚いている正樹と佑梨に微笑み、自身も食事に手を付けながら説明を始める巫女さん。

その説明は正直なところ、鳥居の前にたどり着くまでの光景を見ていなければ、絶対に信じられるようなものではなかった。

「まずこの神代神社・異界分社がある空間は、関係者からは異界と呼ばれている、いわゆる異世界に当たる世界なの。といっても、地球のある世界との関係は、同じ建物の扉一枚で隔たれた隣の部屋みたいな感じだけどね~」

「異界、ですか……」

「そう、異界。このあたりの呼び名については、後で詳しい話が出てくるから、今はそういうものだと思っておいてね~」

「あっ、はい」

巫女さんの言い分に、胡散臭いという気持ちを隠し切れないままあいまいにうなずく正樹。

とはいえ、異世界だという点に関しては、残念ながら信じるしかないのだが。

「異界の成り立ちとかそういうのはいったん後回しにして~、なんで君たちが異界に迷い込む羽目になったのかなんだけど~……」

正樹の様子を見て、進めても大丈夫だと判断して話を続ける巫女さん。

二人にとって一番重要な話題に移ろうとしたところで、意味深な感じで言葉を止めて自身の懐に手を突っ込む。

豊かな胸がゆさゆさ揺れる様に、何となく目のやり場に困って煮物に意識を集中する正樹と佑梨。

そんな二人の様子を完全にスルーして、巫女さんが懐から目的のものを取り出す。

巫女さんが取り出したのは、正樹が教室で拾い、佑梨のパスケースに引っかかって出てきた、あの例のメモリーチップであった。

「二人とも、こういうのを拾った、もしくは荷物に紛れ込んでたのを発見したとかないかな~?」

「……僕は教室で拾いました」

「わたしは、守衛さんに学生証を見せようと取り出したときに、パスケースに引っかかってぽろっと」

「だよね~? 二人がこんなところに迷い込んだのは、まさしくこれのせいなのよ~」

正樹と佑梨の答えにうなずきながら、さりげなくメモリーチップを誰の手も届かない位置へと動かす巫女さん。

それを見ながら、頭の中で聞きたいことを整理して正樹が質問を開始する。

「これを手に入れると、異界に迷い込むんですか?」

「そうとも違うともいえるわね~。因果関係が逆のケースもあるし」

「因果関係が逆……? 異界に迷い込んだから、このチップを手に入れたパターンもあるってことですか?」

「そうそう。分かっていることとしては、異界に迷い込んだ人間は、必ずこのチップを入手することと、入手せずに迷い込むことはあっても、入手後に迷い込まずに済むことはないことだけね~」

「……例外なく、ですか?」

「この条件に関しては、今のところ例外はないわね~」

異界とチップに関しての正樹の質問に、はっきりきっぱりそう言い切る巫女さん。

それを聞いていた佑梨が、正樹の後を引き継ぐように気になったことを質問する。

「そのチップを入手する、もしくは異界に迷い込む人の共通点とか条件とかって、何かありますか?」

「残念ながら、はっきりとした条件や共通点は見つかってないのよね~。ただ、はっきりした自我を持たない幼い子供や生活に支障が出るレベルの障碍者、要介護認定を受けるレベルの認知症患者とかは対象にならないっぽいのは分かってるわね~」

「その条件だと、小学生以上の大部分の人が当てはまりますね……」

「そうなのよ~。だから、これに関しては心身ともに健康であること、以外の条件はないと考えてるわ~」

「じゃあ、なぜわたしと喜多村さんが対象になったのかは、わからないと考えていいですか?」

「うん、たぶん偶然よ~」

きっぱり巫女さんに言いきられ、理不尽さにため息をついてしまう佑梨。

おそらく誰にもどうすることもできないのだろうとは思うが、だからと言って嘆かずにいられるかというとそんなわけもない。

「でも、今日のことは偶然でも、これから先はそうじゃなくなるわ。だから、私の説明をよく聞いて、しっかり考えて行動してね~」

「これから先、ですか?」

「ええ。さしあたっては、まずこの異界から脱出した後の事かな~」

「脱出できるんですか!?」

「それはもちろん。私なんて、日本にある本社とこの分社を毎日行き来してるしね~」

正樹と佑梨にとって最も重要なことを、何事もなかったかのようにさらっと言ってのける巫女さん。

そのことについて詳しく聞こうと二人して前のめりになりかかったところで、巫女さんがのんびりと話を続ける。

「で、異界からの脱出とその後についての事なんだけど、君たち二人。……そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね~。今更だけど、私は 神代命(くましろみこと) 、見ての通り巫女として神社の管理をしてるわ~」

「あっ、喜多村正樹です。今日入学式の高校一年生です」

「相沢佑梨です。小学六年生です」

「あらあら、まだ小学生だったの~。しっかりしてるから、高校生ぐらいかと思ってたわ~」

「あ、それは僕も初対面の時に思いました」

「え~……。わたし、そんなに老けて見えます?」

「老けて見えるというか~、大人びてる感じね~」

「それ、クラスメイトに言わせたら”ババ臭い”ってことになるんですけど……」

「へえ~。相沢さん、それを言ったクラスメイトの子、今度紹介してくれるかな~?」

「神代さん、ちょっとどころでなく怖いです……」

自己紹介の時にぽろっと漏れた、佑梨が受けた暴言に対し、割とガチ目の怒りを漏らす巫女さんこと命。

それに本気でビビる正樹とドン引きする佑梨。

「というか、その子たちを紹介するにしても、まずはここから出ないとだめなような……」

「あ~、そうだね~。という訳でその話から。と言っても、異界からの脱出って、言うだけならそんなに難しくないんだよね~」

「そうなんですか?」

「うん。単に、異界ごとに決められた条件を達成すると、異界を攻略したことになって日本に帰ることができるのよ~」

佑梨に促され、異界についての話を進める命。

その内容は、確かに言うだけなら簡単な話ではあった。

「で、攻略が終わった異界に関しては、その末路は大きく二つに分かれるの。一つは攻略済みの異界として存続して、攻略した人と私みたいな立場の存在だけが自由に行き来できるようになる。もう一つは完全に消滅してしまう」

「あっ、これから先って、その異界が消滅しなかったパターンも含まれるんですね」

「というか、攻略した異界が消滅しようがしまいが、攻略が終わった後に別の異界に迷い込むだけだから、結局は一生の付き合いになるわね」

「え~……」

夢も希望もない話に、絶望したという表情でうめく佑梨。

明らかに上流階級の子女である彼女の場合、こんなよく分からない現象に頻繁に巻き込まれるのは、困るどころの話ではないのだろう。

「ちなみに、異界を攻略した後は、異界に迷い込んだ直後の時間に戻ってくるから、生き返り機能がない異界もしくはルール違反で生き返り機能を適用してもらえない形で死んだ場合以外は行方不明事件にはならないわよ~」

「生き返り機能とか、あるんですか?」

「七割ぐらいはあるわね~。といっても、大多数はそもそもよほど運が悪くない限り、死にようがないぐらい安全な異界だけど」

「えっと、僕たちが迷い込んだ異界は、どんな感じですか?」

「正確なところは自力でルールを調べてもらわなきゃだけど、死に戻り機能はあるわね~。難易度的には、油断すると普通に死ぬ感じかしら~」

「「うわあ……」」

命の説明に、絶望の声をハモらせる正樹と佑梨。

油断すると普通に死ぬというのは、年相応の身体能力と注意力しか持たない二人の場合、間違いなく一度は死ぬと考えてよさそうだ。

「というか、神代さん。異界のそういう情報普通に分かるんですね」

「巫女だから、という冗談は置いておいて、管理人としてそういう能力を持ってるのよ~。その辺りはこのチップの説明の時に、一緒に説明するわね~」

佑梨に突っ込まれ、人を食ったような笑顔でそう答える命。

そういうところが絶妙に胡散臭いのだが、かといって彼女以外に情報源は存在しない。

さらに言えば、いくら大人びているとはいえ、佑梨はまだ小学生だ。

こういうタイプの態度や言動から情報の真偽を見極めるには、圧倒的に人生経験が足りない。

なので、よほどつじつまが合わない話を聞かされたのでもなければ、基本的に全部信じるしかない。

なお、正樹に関してもその辺りは同レベルというか、上流階級との付き合いがない分佑梨よりも劣る。

「本当なら、チップの話を先にしたほうが分かりやすくて信じやすいとは思うけど~、結構内容も多いし体を動かす必要もあるから~、先にご飯を食べながら異界関係の話を済ませたほうがいいかなって思ったのよ~」

「ああ、確かに頭が回らないかも、ってぐらいにはおなか減ってました……」

命に言われ、食事を先に済ませるという判断に納得と感謝をしてしまう正樹。

このあたりのちょろさを見るまでもなく、相手を疑って裏を読もうとする能力は彼にはない。

「そういえば、異界に飛ばされる前の時間に飛ばされるっていう話ですけど、ここで食べたものってどうなります?」

「もしかして、ヨモツヘグイのことを気にしてる~? だったら安心して~。戻った瞬間に餓死するかもって状態でもない限りは、どれだけ食べてもカロリー的にはなかったことになるわ~」

「カロリー的には?」

「全ての栄養がなかったことにはならないから、異界的な意味での影響は蓄積するわね~。まあ、今食べてるような普通の食事だと影響はないけど~」

「異界的な意味での影響って……」

「そのあたりのことは、チップの説明の時に一緒にね。それで、ご飯のおかわりはいいかしら~?」

「「……いただきます」」

食べ盛りの食欲とカロリー的にはなかったことになるという言葉に負け、素直におかわりをもらう佑梨と正樹。

こうして、今後も長きにわたってお世話になる神代神社の食事、その記念すべき最初の一食は命の思惑通り、冷蔵庫を致命的なレベルで占拠していた作り置きの煮物を完食するという形で終わるのであった。