軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 夜会(2)

侯爵家から王城までは、馬車でも十五分ほど。ひとりでモヤモヤしているうちに、会場の前に着いてしまった。

馬車を降り、入口で招待状を見せると会場へ案内される。オスカー様にエスコートされ中に入ると、いっせいに視線が私達に突き刺さり、ザワザワとしだしたのを感じた。

こうなることは、ある程度覚悟はしていた。結婚披露パーティーをしていない私達は、実質これが初めてのお披露目ということになるもの。オスカー様が成金子爵家の娘と結婚したと社交界でも話が広がっているはずだし、人々が好奇の目で見るのも仕方がない。

あぁでも、注目されるのは慣れないわね。地味な私はいつも壁の花だったし。

「ノーラ、君がきれいだから注目を浴びているんだよ」

「えっ、そんなはずはないです。むしろ、旦那様がかっこいいからでは?」

「かっこいい……んん、ありがとう」

「どういたしまして?」

なんだこのやり取りは。よくわからんが、バカップルみたいになってしまった。

「なんだ、イチャついたりして上手くいっているじゃないか」

「しかもお揃いの衣装だし。ふふっ、凄い独占欲ね」

「ジェレミー!」「シェイラ様!」

その声に振り返ると、うしろに立っていたのはフィップス侯爵家のご令嬢、シェイラ様だ。ということは、隣でエスコートする男性が婚約者のジェレミー・ハワード公爵令息ね。

「君がオスカーの奥さんか。はじめまして、ジェレミー・ハワードです。噂の奥さんに会えるのを楽しみにしていたんだ」

「お初にお目にかかります、ノーラ・ラングフォードと申します」

しかし、噂? どんな噂になっているんだ?

「シェイラとも仲良くしてくれているんだろう? 話は聞いているよ。それにオスカーからも――むぐっ」

「余計なことを言うなよ!」

オスカー様はハワード公爵令息に飛びかかり、口を塞いでしまった。何を言いかけたんだろ……いつも職場で嫁のグチでも言っているのかしら。わかってはいたけれど、ちょっと凹むわぁ。

「ノーラ様、王太子殿下とご挨拶はされましたか?」

「いいえ、今来たばかりなのでまだ」

「では、またあとでおしゃべりでもしましょうよ。レイチェルとも合流する予定なの」

「俺たちも男同士の集まりがあるからな。そうするといい」

ハワード公爵令息が言われたので、私は頷きシェイラ様へ答えた。

「ええ、もちろん喜んで」

「なら俺も――」

「お前は男の集まりの方だよ」

「むぅ、なんでだよ」

なぜか不服そうなオスカー様。私と一緒にいるより、男性同士で話したほうが楽しいでしょうに。気を遣ってくれたのかしら。

「とりあえず、殿下に挨拶してこいよ」

「……わかった」

「ノーラ様、またあとで」

「ええ、シェイラ様。行ってきます」

おふたりと別れ、私達はロデリック殿下へ挨拶するために王族席に向かった。少し列ができていたので、最後尾につく。

「ノーラ、ひとりにして大丈夫か?」

「ひとりじゃなくて、シェイラ様やレイチェル様と一緒ですけど」

「いや、その、女性だけにすると男に声をかけられたり……」

「今までも壁の花でしたし、誰も声を掛けてきたりしませんよ?」

「今はちがうだろ!」

オスカー様ってば、なんの心配をされているのやら。

「おいおい、オスカー。えげつないほどの独占欲だな」

いつの間にやら列が進み、最前列まで来ていたらしい。王族席には、本日の主役ロデリック王太子殿下が座っておられた。遠くからお姿を拝見したことはあるけれど、こんなに近くでご挨拶をするのは初めてだ。サラサラの黒髪に薄いブルーの瞳は、美しいだけでなく高貴さを感じる。

「殿下、お誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「ありがとう。オスカー、そちらが噂の奥さんだね?」

「はい、彼女が妻のノーラです」

「お目にかかれて光栄にございます。ノーラ・ラングフォードと申します」

またも噂だ。いったいどれだけグチっているのか。ロデリック殿下は悠然と頷いて言われた。

「ノーラ夫人、オスカーからオレンジとレモンのジャムをもらったよ」

「まあ、そうでしたか」

「ククッ、あの三つ編みの子にそっくりだ」

「えっ、そちらですか? 旦那様、お渡しする方をお間違えでは?」

庶民用のラベルには、私の似顔絵が描かれている。中身は同じだけれど、まさか王族にそちらをお渡しするなんて!

「殿下が、君の顔を見てみたいって言うから」

「ああ、私が頼んだんだ。それにとても美味しかったよ」

「 拙(つたな) いものを褒めていただき、恐悦至極に存じます」

「また君とはゆっくり話したいね。オスカーと一緒に城の執務室に来るといい」

「ええ、はい。ありがとうございます」

うしろに列が伸びていたので、早々に挨拶は切り上げた。はぁ〜緊張した! 執務室うんぬんは社交辞令よね?

列から離れると、小さく手を振るシェイラ様達の姿が見えた。近くで待ってくれていたみたい。一緒にいるあの方達は?

「ノーラ様!」

「レイチェル様!」

アスター伯爵家のレイチェル様だ。先に合流できていたらしい。今日はお兄様と一緒に参加されたとのこと。アスター伯爵令息にもご挨拶をすると、オスカー様はハワード公爵令息とアスター伯爵令息のふたりから引きずられるように連行されていった。男性には男性の社交があるのね。残された私達はなにか料理を摘むことにし、軽食が置いてあるコーナーへと向かった。

「それにしても、凄いわね」

「ええ、ここまでむき出しにするとは」

「なあに?」

話を聞きながらローストビーフを口に入れた瞬間、ふたりは私のドレスを指差した。

「「独占欲のかたまり」」

「んぐっ、ど、どこが?」

「だって、全身オスカー様の色に染められているわ」

「ああ、愛されているのね。推し夫婦が尊い!」

ちょっ、オスカー様の色って何? この世界で男女交際の経験もなく、貴族の友人もいなかったので社交界の流行りにも疎いまま結婚してしまった。ふたりの言っていることがよくわからないわ。

「どういうこと? イチから教えて!」

「そのドレス、オスカー様の瞳の色でしょう。それに、リボンや胸の飾りは髪の色だわ」

「ネックレスやイヤリングも髪の色ね。要するに、『この女性は俺のもの(意訳)』ってこと」

「ブッ、はあ〜?」

この色にそんな意味があっただなんて! それでみんな『えげつない』だのなんだの言っていたのね!

「知らなかった……侍女達がドレスを選んでくれたから」

「新婚さんだもの、むしろ見せつけたらいいのよ」

「うんうん、微笑ましいって思われるだけだから大丈夫!」

いやいや、全然大丈夫じゃないわ! お飾りの妻が大きな顔をするわけにはいかないもの。なんで愛するつもりもないのに、こんな色のドレスを私に……?

「いつものオスカー様は、若い令嬢から未亡人まで女性に取り囲まれているけれど、さすがにこれだけ見せつけられたら誰も近寄れないわね」

「うんうん、入り込む余地もないものね」

「ああ、なるほど」

そうか、女性に取り囲まれるのが煩わしくて、私を女除けにしたんだ。それなら納得だわ。

なんだ、最初から深い意味なんてなかったんだわ……わかっていたけれど、ちょっと残念なのはどうしてかしら。

「お嬢さん達、飲み物でもいかが?」

暗い思考の沼にズブズブと沈んでいるうちに、知らない男性三人が私達の前に立っていた。同じくらいか少し年上の男性達は、手に持った飲み物をしきりに勧めてくる。

「いいえ、結構ですわ。私達も連れがおりますし」

「この方も人妻ですから、お誘いならよそを当たったほうがよろしいんじゃなくて?」

「いやいや、指輪もしていないじゃないか。その手には乗らないよ。君はどこのお嬢さん? あまり見かけないね」

あっ、もしかしてこれナンパ? 何度か夜会には出席したけれど、ナンパなんて初めてだわ。シェイラ様とレイチェル様と一緒にいるから、目立っちゃったのかな。シェイラ様も婚約者がいるのに、ナンパなんて困るわよね。

「あの、本当に既婚者ですわ。誤解を招くと困りますので、私達は失礼いたします」

「ちょっとちょっと、少しくらいいいだろ?」

「お酒に付き合うくらい、なんでもないよ。なあ?」

「そうだよ、ほらこれ美味しいよ?」

うわ、しつこい! ふたりを促し、逃げようとしたら腕を掴まれてしまった。もしかして、すでに酔ってる? 振り解こうとすると、腕を掴む力が強まった。もう、やめ――

「ほう、人の妻に手を出そうとは、どこの家の者だ」

男の手は振り払われ、後ろからギュッと抱きしめられた。ふわりと覚えのあるシトラスの香水が香る。この声は!

「だ、旦那様?」

「ノーラ大丈夫か? 腕が赤くなっているじゃないか」

「だだだだ、大丈夫ですぅ!」

動揺して噛んじゃったわ! だって、うしろから抱きしめたまま耳元で喋るんだもの!

「シェイラ、どうした!?」

「レイチェル、大丈夫か?」

ハワード公爵令息とアスター伯爵令息も一足遅れて駆けつけた。走って来たのか、少し息が切れている。

「私達はなんともありませんわ」

「ノーラ様がかばってくださったのよ」

三人のナンパ男達はハワード公爵令息達に睨まれると、ゴニョゴニョと言い訳をして逃げ出していった。

「シェイラ、変なものを飲まされたりしていないか?」

「ええと、しきりにお酒を勧められましたが断りましたわ」

「よかった……飲み物に薬を仕込んで女性を前後不覚にして、休憩室に連れ込む手口があると先ほど聞いたんだ」

「それでレイチェル達が心配になって来てみたんだ。危なかったよ」

では、あのお酒に何か入っていたかもしれないのね。飲まなくてよかった!

ふとオスカー様を見上げると、なんだか迷子の子犬のようにしゅんとしていた。

「ノーラ、側にいなくてごめん」

「旦那様が助けてくださったので、なんともありませんでしたよ」

「今日はもう離れないから、安心してくれ」

そう言うと、オスカー様はガッチリと私の腰を抱いた。いや、近いって! しかも、シェイラ様達がみんなニマニマとからかうような視線を寄越す。もう、そんなんじゃないから!

だけど、助けに来てくれたのは嬉しかったな……