軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 恋愛の指南書

「奥さん、邸に帰ってきたんだ?」

王城にあるロデリック王太子殿下の執務室。鼻歌を歌いながら出勤してきたオスカーに、同僚のジェレミーが問い掛けた。

「ああ、なんで知っているんだ?」

「いや、見たらわかるだろ」

「丸わかりだ」

ロデリック殿下も食い気味に同意した。オスカーが鼻歌を歌っているところを初めて見たのだ、むしろわからない方が不思議である。

「そ、そうか」

「それで、どうだったの? 例の贈り物は」

「殿下、彼女はものすごく喜んでくれたよ!」

「だろう?」

ロデリック殿下はドヤ顔をしてみせた。読みが当たったのが嬉しかったらしい。

「あの手紙で、君の奥さんはドレスなどより『食べられる物』に興味がありそうだと思ったんだ」

「まさにその通りだった。『実がなる木は大好き』だと。アドバイスありがとうございました」

「喜んでもらえたならよかったよ」

「しかしすごいな、あの手紙でそこまで読んだとはね」

ジェレミーも感心している。

「まあ、畑の作物や山で穫れる物ばかり話題にしていたからね」

ロデリック殿下も苦笑いだ。ここまで色気のない手紙を読んだことがなかったせいだろう。

「一週間で帰ってきてくれたのは、オスカーのラブレターも効いたんじゃない?」

「ラブレターというか……」

「なんだ、あの手紙はラブレターじゃなかったのか?」

「いや、もうすぐ鶏が届くよって書いたら帰ってきてくれたんだ」

「「あ〜」」

ロデリック殿下とジェレミーは遠い目をした。

「ある意味正解だったのかもね」

「そうだな、帰る気になったんだもんな。鶏だけど」

「やっぱり、愛の言葉とか書かなくちゃ駄目だったか……」

「あーいや、今回はそれでもよかったんじゃない?」

「うん、徐々に距離を縮めていけ」

「ああ、それなら昨日縮めたぞ」

「は? 本当に?」

「オスカーがどうやって?」

ふたりは身を乗り出して、興味津々で聞き返した。

「ソファで隣に座ったよ」

「うん?」

「午後のお茶を一緒に飲んだんだ。普段なら向かい合わせで座るところを、隣に座った。しかもかなり近くにな!」

「お、おう」

得意気に語るオスカーに、ふたりは少し首を傾げている。

「距離ってそっちだっけ?」

「う、う〜ん?」

オスカーはなおも自信満々の様子で続ける。

「拳ひとつ分くらいの近距離だぞ! かなり近くないか?」

「えっと、近すぎるとお茶が飲みにくくないかな?」

「大丈夫だ。お菓子も口に入れてあげたからな」

「「ぶーーっ」」

とうとう、ふたりは吹き出した。予想の斜め上をいっていたらしい。

「え、え? どういうこと?」

「言葉の通りだ。彼女がお菓子を食べたいと言うから、取ってあげたんだ」

「お皿に載せたらいいんじゃない?」

「でも彼女の手が汚れると思って」

「優しさの方向性が独特だな?」

「そうか? 彼女は食べてくれたぞ」

「食べてくれたんだ……やっぱり奥さんは大人だな」

ロデリック殿下とジェレミーはうしろを向き、コソコソと内緒話をした。

「今まで優秀なやつだと思っていたけど、色恋が絡むとちょっと変になるんだな」

「ああ、今のオスカーは紛れもないポンコツだ」

ぽやぽやと昨日のことを思い出していたオスカーに、ロデリック殿下が話し掛ける。

「ところで、その距離の詰め方は誰に教えてもらったんだい?」

「ん? ああ、王城の図書館で司書に『恋愛の指南書を貸してくれ』と言ったら、恋愛小説を紹介してくれたんだ。だけど今流行っているやつは貸出中でな」

「まあ、流行っているんなら誰か借りているだろうな」

「代わりに二年前に流行った小説を貸してくれた。恋愛小説というものは、なかなか勉強になるな。隣にくっついて座るなんて、思い付きもしなかったよ」

ウンウンとひとりで頷くオスカー。またふたりはうしろを向いて内緒話を始めた。

「そうだった、学生時代からオスカーは真面目で勤勉なやつだったよ」

「いつも図書館にいたな。だけど、なにもそれを色恋にまで発揮しなくても……」

「ところで、二年前はソファでイチャつくのが流行っていたの?」

「いや、わからん。だが受け入れる奥さんはすごいよ」

「そうだね。ふたりともズレてるけれど、案外お似合いかもね」

「それは言えてる」

ふたりは両側からオスカーと肩を組み、ポンポンと叩いた。

「まあなんだ、頑張れよ」

「いつでも話は聞くからね」

「ありがとう、持つべきものは頼りになる友だな!」

◇◇◇◇

「ねぇみんな、旦那様……オスカー様が最近変じゃない?」

恒例になりつつある侍女やメイドなど女性使用人とのお茶会で、みんなにも聞いてみることにした。付き合いの浅い私より、みんなの方がオスカー様をよく知っているはずだもの。

「前からあんな感じだったのかしら?」

「そうですねぇ……」

みんなはおやつを摘みながら考え込んだ。今日のおやつは、余っていた昨日のパンで作った簡単ラスク。このサクサク食感が、かなり好評だ。

「若奥様が嫁いでこられてから、良くも悪くも感情が豊かになられた気はいたしますね」

侯爵家に長く勤めているメイド長が最初に口を開いた。

「坊っちゃんは前侯爵様に似て生真面目で堅物なタイプでしたけれど、若奥様とのお見合いであんなことを言われるなんて、少々びっくりいたしました。普段は人をバカにしたり絶対にしないのに」

「あの『地味』発言ですね。私は今でもあれは許せませんわ。若奥様は地味ではありません!」

エイダが怒った顔を隠そうともせずに言った。そうか、いつも私が『地味だから』と言うと不機嫌そうになっていたのは、あのお見合いでの発言が発端だったのね。

「まあ落ち着いて。私もあれはどうかと思いましたよ? だけど、あんなに感情を表に出した坊っちゃんは珍しいと思ったわ」

「まあ、それはそうかもしれません……」

「若奥様のおかげで、人間らしくなってきたと言いますか」

「私? 何もしていないわよ」

「鶏小屋に興味を持たれたり、若奥様とのお茶でもあんな……ふふっ」

「でしょう? あれは傑作でございましたよ。ふふふ」

先日のお茶の時間に給仕をしてくれた、ベテランメイドのヘザーも思い出し笑いをした。あれ? あの場にいなかったメイド長まで知っているということは、もしかして他の人も――

「若旦那様もやりますね。ソファでべったりくっついて、お口にあーんだなんて」

やっぱり! なんでそんなどうでもいい情報を共有しているのよ! というか、べったりくっついてはいないわ! 拳ひとつ分は離れていたからね!

「二年くらい前の恋愛小説で流行ったわよね。ソファでくっついて恋人を甘やかすやつ」

「あったあった! 私も一度は甘やかされてみたいわ。二年前の流行りだけど」

「あら、相手がイケメンなら流行遅れでもいいわ」

「「「たしかに〜」」」

若いメイド達も盛り上がっている。なによその小説、世間に疎くて全く知らないわ!

「きっと、気まぐれでされただけよ。こ、恋人とかそんなんじゃないと思うわ」

「新婚さんなんですから、存分にイチャついてくださって構わないんですけどねぇ」

「なっ、イチャつくって、ないない! あなた達も知っているでしょ。その、私達はただの政略結婚よ……」

「「「あぁ〜」」」

なぜか全員に残念な子を見る目をされてしまった。なによ、本当のことじゃない。寝室だって一度も共にしたことがないくらいなのに。

「本当にじれったいわ」

「坊っちゃんがポンコツなのが悪いんですよ」

「ん? 何か言った?」

「いいえ、若奥様。あんな堅物の若旦那様ですけど、末永くよろしくお願いいたします」

「ええ、はい」

上手くまとめられてしまったけれど、結局オスカー様が挙動不審になった原因は掴めなかったわ。