軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68:アスラ族

「…………なるほどな」

刀を握り締める手に更なる力を込める。

恐らく先程の少年の行動は、わざわざ重い石剣とも呼んでいいか分からないものを背負い、自らの動きを制限していたということは理解できる。

だがそれを取り払い髷の男が持つ剣、いや、刀を受け取った。

そして身構える姿が堂に入っている。多分だが、その双刀の本来の持ち主は少年なのだろう。

(さっきまではまるで本気じゃなかったってわけか…………面白い)

ならこちらも全力で相手をしようと思い《文字魔法》を準備する。

(注意するべきなのはスピードだな。あの剣がどんだけ重かったのか分からんが、赤ロリの動きを追えていたところを見ると、あれくらいは最低でもあると思っておいた方がいいな……)

少年から視線を逸らさないで、右手を体の後ろに回して体に『速』の文字を書く。それを《設置文字》としてセットした。

あちらもこっちが魔力を使ったことに気づいたのか、警戒心が強まったのが伝わって来る。

「ちょっと待て小僧」

そうリリィンが日色に対し言ってきた。

「何だ? アイツとはオレがやる。手を出すなよ」

もしトドメを横取りでもされれば経験値が入らないのである。サクッとレベルを上げたい日色にとっては、強敵と戦うのはむしろ願ったり叶ったりなのだ。さすがにリリィンと戦うのはレベル差があり過ぎて遠慮したいが。

「いいから待て。少し聞きたいことがあるんでな」

そう言うと彼女は少年の方に顔を向ける。

「おい貴様ら、何故執拗に侵入者を拒む? この砂漠は別に貴様らだけのものではなかろう」

彼女の質問は尤もなものだった。彼ら『アスラ族』が侵入者を排除しているという噂を聞きはしていたが、それはただ単に縄張りが荒らされるのを嫌っているからだと思った。

砂漠も荒らさないと言った。だがここから先に進むと言うと、それを執拗に拒んでくる。砂漠を進むと何かがあるのかと気になりリリィンは質問したのであろう。

「何も知らないお前らに、俺たちの気持ちが分かるものか!」

髷の男が突然怒りを露わにして怒鳴って来た。だがそんな彼の怒りを素知らぬフリで受け流すように言葉を返す。

「ふん、貴様は馬鹿か? だから聞いておるんだろうが。さっさと答えろ」

「なっ! キサマ!」

すると近くにいた少年が、彼を制するように手をサッと上げる。その仕草の意味に気づき、仕方無く口を噤む。

そして少年はリリィンに向かって「……分かった。……話す」と、少し暗い表情を浮かべ、その重い口を開く。

「この砂漠には……ううん、ここから奥に入った砂漠には……あるモンスターが住んでる。侵入者……そいつを怒らせる……ダメ。俺たち……困る。だから……ここで排除する」

独特な話し方のせいで分かりにくかったが、その後、もう少し詳しい話を聞いて、日色は代表して要約してみた。

「つまりだ、お前ら『アスラ族』は、その砂漠のモンスターを怒らせないように、何も知らない者の侵入を防いでるってわけだな?」

「そう」

「しかもそのモンスターはとても手強くて、自分たちだけでは手に負えないと?」

「誰も……死なせたくない」

犠牲を問わずに戦えば、あるいは倒せるかもしれない。だが『アスラ族』は数が少なく、老人や子供たちもいる。

特に未来を担う子供たちを命の危険に晒すわけにはいかない。だからこそ、砂漠のモンスターを刺激しないようにひっそりと暮らしているのだ。

「だがそれなら砂漠から出て行けばいいだろ?」

そんな日色の疑問に答えたのは髷の男だった。

「それはできないのだ」

渋い表情を作りながら歯を噛み締めている。

「何故だ?」

「砂漠は我々の家だ。砂とともに生き、砂とともに死んできた一族なのだ。何よりも…………ここには『アスラ族』の墓標があるのだ。それを捨てては行けん」

この近くには『アスラ族』の集落があり、昔から彼らは砂漠と共に生きてきた。

そして無論ここで死んでいった者もいる。そんな者たちのために墓を作った。その場所は『 墓台岩(ぼだいいわ) 』と呼ばれる大岩をくり抜いた中に作られているという。

『アスラ族』は一族の絆を何よりも大切にし、死者を重んじる種族でもある。死ねば骸となるのが普通だが、魂は一族の元へと還ると本気で信じている。

死者が眠っている墓を捨てて、砂漠を出て行くことはできないと言い張る。

「ならその墓ごと移動すればいいんじゃないのか?」

「無理を言うな。そんな墓を暴くようなことができるか!」

確かに一度そこに死者を埋めた以上、掘り起こして移動させるようなことを死者を重んじる彼らがするわけがない。

「それにここを通さないのはお前たちのためでもある! あのモンスターには決して敵わない! 死にたくなければさっさとここから出て行くことだ!」

「断る」

「……は?」

日色が即決で答えを出したのにも驚いたが、その答えが拒否だったことに思わず唖然としてしまっている。

「どうしてそんなわけの分からないモンスターのために、道を変えなければならないんだ?」

「だ、だから言っているだろう! お前たちがモンスターと戦って死ぬのは構わん! しかしそのせいでモンスターの怒りがこちらに向いたらどうするんだと言っている!」

「ふん、そんなもの仕留めてしまえばいいだろうが」

「な……お、お前はアイツを見ていないからそう言えるのだ! 怒らせてから逃げようとしても遅いのだぞ!」

「何度でも言う。オレたちはここを通る。邪魔をするなら押し通るまでだ」

「くっ!」

髷の男は言っても聞かない日色を忌々しげに睨みつけてくるが、その傍にいる少年だけはジッと日色に感情の見えない視線を送っていた。そして少年が、怒りで肩を震わせている髷の男の肩に手を置く。

「お、長……?」

「……下がってて」

「わ、分かりました」

少年の言うことを聞いてその場を彼に譲った。

「おい赤ロリ、コイツはオレがやるからな」

「……構わんが、相手がやる気かどうかは分からんぞ?」

「何?」

すると少年は手に持っていた双刀を鞘に納めた。

「何のつもりだ? ここを通ってもいいってことか?」

少年はまたもジッと日色を見つめる。そして静かに口を開く。

「どうしても……行く?」

「ああ、迂回なんてめんどくさいからな」

「…………分かった。なら……ついてくる」

「は?」

「お、長! いいんですか?」

髷の男も少年の言葉に驚き大声を張り上げる。

少年は小さく頷いて、本気だということを示す。

「……分かりました。なら俺は先に戻って仲間たちにこのことを伝えてきます」

「ん……気をつけて」

「はい。では」

髷の男がその場から離れていくと、少年は再びこちらに顔を向ける。

「名乗り……遅れた。俺……カミュ。ここで『アスラ族』の長……やってる」

無表情に淡々と言い放つ彼を見ていると、とても一族の長を務めているとは思えないほどの若さだ。

『魔人族』だから見た目通りの年齢でなくとも、自分とそう違わない若さを持つ少年を見て、本当に長なのかどうか疑ってしまうのも無理は無い。

「今から住処に……つれてく。そこで……判断してほしい」

「判断? 何をだ?」

「……モンスターの……怖さ」

その時、初めて彼の瞳の奥に静かに燃える炎が見えた。それは間違いなく怒りが込められた光りだった。

感情に乏しい人物なのかとも思っていたが、モンスターに対して相当の怒りを持っているらしい。

日色は腕を組んで大人しくカミュについていくか考える。

確かに『アスラ族』の集落を見ることも旅の目的の一つでもあった。案内してくれると言うのだから、これは願ったりではないかと思った。無論警戒は緩めることはできないが。

「いいんじゃないか?」

リリィンがそう言うが、日色は一応他の者にも視線を向ける。

シウバは微かに笑みを浮かべたまま頷きを返し、シャモエはリリィンの傍で事の成り行きについて行けていないようであわあわとしている。

シャモエはともかく、二人はついていくのに何の問題も無いようだった。

リリィンの強さなら、幾ら相手が奇襲したところで、鋭く察知して返り討ちできるだろうし気にも留めていないのだろう。

「分かった。なら案内してもらおうか」

コクッと少年は頷くと日色たちを背にして歩き出した。彼の仲間たちもその背後に位置取ってともに歩き出していく。

(砂漠のモンスターか……やはり相当強いんだろうな)

強いはずのカミュがあのような態度をとるのだから、きっと暴れ出したら手に負えないほどの凶暴さを持つのだろうと判断する。

歩きながらシウバに近づきモンスターに関する情報を持っているかどうか聞いたが、彼も知らなかった。それと同時に、その質問を聞いていたリリィンも知らないと答えた。

「ま、面白そうじゃないか。こういう刺激はなかなかに良いな」

「引きこもってたくせによく言うな」

「む……いいか小僧! ワタシにはワタシの野望があってあそこにいたに過ぎない! それを忘れるな!」

指を突きつけて言ってくるが、軽く半目で一瞥して受け流して鼻で笑う。

「ふん、それよりもだ、お前から見て、アイツはどうだった?」

「ん? 何だぁ、気になるのか? ん?」

ムフフといやらしく笑みを浮かべながら聞いてくるので若干腹が立つ。

「いいから答えろ」

「フフン、そうだな、奴は長だったな。うむ、確かに長と名乗るだけはあると言っておこうか」

「ほう、それだけのものを持ってると?」

「惚けるな。それは実際に刀を交えた貴様の方が理解していると思ったが?」

カミュの強さは実際に手合せして少し分かった。無論どちらも本気では無かったが、かなりの実力を持っていることは把握している。

「恐らく身体能力だけでは貴様に勝ちの目は無いだろうな。それに奴の魔法についても謎だ。あそこでタイマンしなくて良かったかもしれんぞ?」

楽しそうにニヤニヤと表情を作り言葉を出してくる。

「ふざけるな。戦えばオレが勝つ」

「ククク、その自信はどこからくるのやら……まあ、その対戦が実現した時は精々楽しませてもらうぞ。ククク」

その時に、日色の本当の実力を見極めてやると言わんばかりのセリフだった。

確かに彼女は、この旅で日色の謎のベールに包まれた素性を暴いてやると豪語していた。

戦うところをじっくりと観察でもされれば、頭の切れる彼女のことだ、きっと丸裸にされるだろうし良い気分では無い。

(やるならやるで、コイツがいない時を見計らなきゃな)

そう決意して、先を歩くカミュの背中を見つめた。

照りつける太陽のせいで、額から噴き出す汗に顔をしかめながらも、しばらく歩いていると、嬉しい光景が目に入って来た。

「あれは……オアシスか!」

もしかして蜃気楼かとも思ったが、リリィンたちにも見えているみたいなのでホッとした。

それと同時に、お腹がぐぅっと鳴る。大分歩いてきたし体力も減ってきた。そろそろ昼時ということもあってか腹から警告音が鳴り響く。

「あそこが……住処」

カミュがオアシスを指差す。どうやらゆっくりと休憩できそうだと思った。

規模は大体東京ドームの広さくらいだろうか。その部分だけ緑が生まれ、池の存在も目に映る。その池の傍ではモンゴルの遊牧民が住むゲルのような建物があった。

(初めてゲルなんて見るな……思ったより大きいんだな)

ちなみにゲルというのは円形で、中心の柱(二本)によって支えられた骨組みをもち、屋根部分には中心から放射状に梁が渡される。これにヒツジの毛で作ったシートを被せて、屋根・壁に相当する覆いとしている。

広さは大体直径4~6メートルくらいの空間を持つ。そのゲルとそっくりの住居らしきものが幾つも建ち並んでいる。

「あ、カミュカミュだ!」

「ほんとだ!」

「カミュカミュ~!」

ゲルから数人の子供が出てきたかと思ったら皆してカミュに駆け寄ってくる。カミュは膝をつき子供の目線に合わせる。次々と子供たちに抱きつかれていくカミュを見て

(ずいぶんガキに慕われてるな)

目の前の光景を見つめながら、少し懐かしいような感覚が甦る。

児童養護施設に居た時、一番年上だった日色は、よく他の幼い子供たちの面倒を任されていた。

本人も嫌々やっていたが、子供の無邪気な笑顔の眩しさに少しだが救われたこともあったことを思い出して苦笑する。

「あ、ねえねえカミュカミュ! このひとたちはなぁに?」

子供の一人がそう尋ねると、同じようにカミュの傍にやってきた大人の女性が注意を促す。

「こら、長って言いなさいな!」

「ええ~、だってママ、カミュカミュはこれでいいっていってるもん!」

「そうだそうだ!」

「カミュカミュはカミュカミュだもんな!」

子供たちは一斉に大人に向かって口答えをする。大人たちは大きな溜め息をつき、やれやれと肩を竦める。そこへ先に戻ったはずの髷の男が姿を現す。

「……長」

よく見ると、その傍にはもう一人の人物が連れ添っていた。

外見は月日を感じさせるほどのしわを浮かべている老人だった。ただずっと目を閉じたままである。両目周辺に火傷のような傷が広がっているが、それが原因で、目を開けたくても開けられないのかもしれない。しかも右足が義足になっている。

「じっちゃん……話は?」

「うむ、聞いておるわい」

カミュの質問に答えると、ゆっくりとした仕草で日色たちの前に近づき顔を上げる。

間違いなく目は開いていないのだが、ジッと日色の方を見つめている。

そしてリリィンたちの方にも顔だけ動かしてその存在を確認するような仕草をする。

また、リリィンの時にピクリと眉を動かしたところを日色は見逃さなかった。再び老人が日色に顔を向けてくる。

日色も眉をしかめながらも相手の顔を見つめ返していた。

「……なるほどのう、面白い連中のようじゃのう」

しわ塗れの顔に、さらに多くのしわを作りながら微笑む。

「のうカミュや、粗方はジンウに聞いたが、あの光景を見せてもまだ進むと言われればどうするのじゃ?」

「その時は……俺が止めるよ。……命……懸けても」

すると老人は楽しそうに笑いながら言葉を出す。

「ほっほっほ、そりゃ無理じゃよ」

「え……何で?」

まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのでキョトンとする。

「カミュ、お前は強い。先代にも負けないほど成長したかもしれん。しかしのう……」

今度は目を閉じながら意味ありげに笑みを浮かべているリリィンに視線を向ける。

「アレは別じゃ」

「……アレ?」

カミュも老人と同じようにリリィンに視線を向ける。

そしてリリィンはというと、腕を組みながらニヤリと口角を上げた。

「アレとは言い草だな、そうだろ…………シヴァン?」

その言葉に、日色だけでなくシウバやシャモエまで驚いていた。

恐らく顔見知りなのだろうが、シウバも知らないとは、ずいぶんと昔の話なのであろうことは理解できた。

そして先程、シヴァンがリリィンの方を見て気になる反応をした意味も分かった。

「知ってるの……じっちゃん?」

「うむ、まさかこのような場所で再び会うとは思わなかったわい」

「それはこちらのセリフだ。まだ生きておったとは、ずいぶんしぶといじゃないか」

「ほっほっほ、お主に言われとうないわい」

「おい、知り合いだったのか?」

日色の言葉に「ああ」と頷いて続ける。

「昔に少しな。シヴァンよ、ずいぶん歳を取ったようだな」

「あれからどれだけの年数が経ったと思っておるんじゃ? まあ、お主は相も変わらずあの時の姿のままのようじゃのう」

「ほう、分かるのか?」

「声と雰囲気でな。この目になってから自然とそういうことに敏感になりよったわい」

「……その目と足はどうした?」

リリィンが目を細めながら真剣な表情で聞いた。

「……できれば、お主には知られとうなかったのう」

「それも件のモンスターに……か?」

「そうじゃ」

「貴様ほどの人物が……か?」

「ほっほ、寄る年波には勝てんかったというわけじゃ。お主と違ってのう」

「ふん、どうせ貴様のことだ。足手纏いを庇った結果で負った傷なのだろう?」

「じっちゃんは……」

シヴァンが何か反論しようとした時、遮るようにカミュが言葉を挟んでくる。

「じっちゃんは……俺を守ってくれた……だけだよ。俺が……弱かった……だけだよ」

無表情だった顔が初めて悲痛そうに眉がひそめられている。

だがその言葉でシヴァンの傷の原因が把握できた。

モンスターとの戦いの時、カミュが襲われそうになったところ、シヴァンが助けに入ったのだろう。しかしその際にモンスターの攻撃かどうかは分からないが、両目と右足を失う傷を作ってしまったのだ。

「カミュよ、家族を守るのは長の義務じゃ。ワシも元長じゃ。そして今はお前がこの一族の長。長ともあろう者が、そのような悲しそうな顔をするな」

見えていないはずなのに、感じ取っているのかシヴァンが彼を窘める。

「いつも毅然として、誰からも頼られる男になれ」

「うん……分かったよ……ごめん」

「じゃからそう簡単に謝るものではないわい」

少し呆れるように溜め息交じりに肩を竦める。

「シヴァン、砂漠のモンスターとは何だ? どうして手を出さない? 強いだけというのなら……いや、たとえランクSSSのモンスターであろうと、貴様らが束になれば何とかなるだろう。墓があるから移動できないとか誤魔化しはワタシには効かんぞ。本当の理由を話せ」

リリィンの言葉に、周囲の者が目を見張る。もちろん日色も同様だった。あの話は本当の理由ではなかったのかと思い、皆と同じようにリリィンに視線を向ける。

『アスラ族』のほとんどが、警戒するような視線をリリィンにぶつけてくるが、彼女はそんな視線など鼻にもかけないでシヴァンを見つめている。

「……やはり、お主には隠し通せんか。本当に昔から忌々しいのう、このロリババア」

「ふん、また女の下着で埋もれて窒息死しかける夢でも魅せてやろうか、クソ真面目ジジイ」

互いに顔を合わせ、その間に火花が散る。空気が張りつめていく様子を感じた周囲の者たちは思わず息を飲む。

ちなみに日色とシウバは静かに事の成り行きを見守っていた。

(というか赤ロリの奴、そんなわけの分からないことをあのヨボヨボにしてやがったのか)

女の下着に埋もれて窒息というのは、人によれば嬉々として受け入れるかもしれないが、日色は絶対ゴメンだった。

そしてリリィンとシヴァンは、しばらくその状態が続き、お互いに微かに笑みを浮かべると声を出して笑う。

「ほっほっほ」

「ククク」

一気に雰囲気が柔らかくなったことに周囲の者たちは唖然としている。

「ついて来るんじゃお客人。見せたいものがある」

カツカツとどこかに向けて歩いて行く。日色たちもその後に続いて歩を進めることにした。

案内されたのは一つのゲル(『アスラ族』の住居)。

他のものと違って、三倍くらいの大きさがあった。そこに入ると、つい顔をしかめてしまうような血と消毒液の匂いが鼻に届いた。

草や葉で作られた幾つかの寝床に十人くらいの男女が横になっていた。

ただ単に寝ているのではなく、誰もの体に包帯が巻かれてあり血が滲んでいる。よく見ると地面にも血液が染み込んだであろうシミが所々に見られる。

その光景を見て、シャモエが両手で口を覆い、小さく震えているのが分かった。リリィンも不愉快そうに眉を寄せている。

「コレがここから移動できない理由の一つじゃ」

一人や二人なら何とか運ぶことができるだろう。

しかし十人近い数の重症者がここにいる以上、運ぶのが容易ではないことが理解できる。聞くところによると、動かせないほど危ない者もいるようなのだ。

「無論、この近くにある《墓台岩》に埋葬されておる死者たちを動かしたくないというのも本当じゃ」

「傷薬などは無いのか?」

日色は疑問に思ったことを口にする。

「もちろんあるにはあるが、どうやら砂漠のモンスターに与えられた傷は傷薬が効きにくいみたいでのう……それに傷薬を手に入れるには他の集落か、砂漠の外で薬草などを見つけてくる必要があるんじゃ。今ここで戦える者を割くのは難しいんじゃよ」

なるほどなと思った。確かにこんな砂漠の真ん中に薬草などが生えているわけがないだろう。

手に入れるためには砂漠を出る必要があるが、凶暴なモンスターも出てくるし、他の集落にも行くのなら、時間もかかるし、それなりの実力者を動かす必要がある。

だが元々あまり数が多くない『アスラ族』は、カミュたちのような強者が少ないらしい。侵入者を阻む役目や、もし砂漠のモンスターが牙を剥いてきたことを考えて、実力者を減らすことができないのだ。

「今はこのオアシスに生える薬草を煎じてこの者たちの治療を行っておるが、なかなかに難しい状況なのじゃよ」

「そりゃ大変だな」

日色は腕を組んで目を閉じる。

恐らくシウバやリリィンは今、自分を見つめているだろうことを予想する。

あの時、日色が見せた治癒魔法なら彼らを治せるのではと思っているのではと考えて、聞く耳持たないように我関さずといった態度を示す。彼らを治す義理など無いのである。

「おいシヴァン」

「何じゃリリィン?」

「まだ他にも理由があるだろう? さっきも言った通り、相手がランクSSSのモンスターだとしても、『アスラ族』が総力をかけて戦えば何とかなるはずだ。何故そうしない?」

「…………」

「それに気になっていることもある。幾ら現役の時のような力は無いとはいえ、貴様ほどの者がたかがモンスターに遅れをとるとは思えん。たとえ足手纏いが近くに居ようと、片足だけならいざ知らず、両目まで失うようなヘマをするとは思えん。…………何を隠している?」

リリィンはキラリと瞳を光らせて追及する。

彼女の言葉を聞いてカミュも、髷の男も言葉を失ったように唖然としている。その様子でリリィンの言葉が的を射ていることが十二分に分かった。

そしてシヴァンが大きく息を吐くと、静かに口を開いていく。

「さすがは《赤バラの魔女》、本当にお前の洞察力には舌を巻くわい」

「フフン、当然だ」

当たり前のように胸を張るが、その顔は嬉しいのか若干緩んでいる。

「……砂漠のモンスター。それは……………………先代の長じゃ」

「先代の長だと? どういうことだシヴァン?」

リリィンが怪訝そうに眉を寄せて質問する。

「その子、カミュがほんの小さな子供だった頃のことじゃ」

そうしてシヴァンは重そうにその唇を動かしていく。

今から約三十年ほど前、この砂漠に異変が起こった。

それは一匹のモンスターから始まった。そのモンスターは、この砂漠に普通に生息していた種なのだが、そのモンスターが突然変異したように姿形が変化したのである。

名前はデザートトータスと呼ばれるモンスターで、背中に背負った大きな甲羅が特徴のランクSのモンスターであった。

そのデザートトータスが、ある日、緑色の肌をしていたはずだが、毒々しい濃い紫色に変色していった。

しかもだ、それほど凶暴ではないはずのデザートトータスが、他のモンスターを襲い始めたのだ。加えてただ襲うだけではなく、倒して屍になったモンスターを食べ始めたのだ。

そして驚いたことに、食べられたモンスターの特徴をその身体に復元する力を見せたのだ。マッドスコーピオンというモンスターを摂取し、その特徴である毒の尾がデザートトータスに生えてきた。

マッドゴーレムというモンスターからは、そのゴツゴツした硬化した肌を宿すことになったのである。

こんなふうに、食べたものの特徴を、その体に宿していくという不可思議な現象を、デザートトータスは起こし始めたのだ。

このままでは、砂漠のモンスターだけではなく、いずれ自分たちにも危険が及ぶと感じた『アスラ族』は、今のうちに仕留めることに決めた。

その時の『アスラ族』の長の名前はリグンド。カミュの実の父親でもある、実力、人望ともに恵まれた戦士だった。特に戦闘になると、誰もが羨むほどの強さを持ち、カミュもそんな父が自慢だった。

リグンドは仲間と共に、デザートトータス討伐に向かった。彼ならば、確実にモンスターを仕留めて戻って来るだろうと誰もが確信していた。

しかし帰って来たのは、何とボロボロになったリグンドただ一人だけだった。満身創痍の彼を見て、他の者たちは言葉を失くした。シヴァンでさえ、彼の姿を見てしばらく呆然としていた。

デザートトータスはそんなに強かったのかと誰もが思ったが、彼から発された言葉は、予想外の一言だった。

『デザートトータスは自然発生した存在では無い。その裏には黒幕がいた』

皆は時が止まったように動かなくなった。ただ一人、険しい表情で聞き返したのがシヴァンだった。

しかしその時、ドゴゴゴゴゴという轟音とともにデザートトータスの襲撃を受けたのだ。

さらにその甲羅の上に、全身を黒いローブで覆った謎の人物が立っていた。その状況を見て、リグンドの言っていたことが本当だったことを誰もが理解する。

カミュは酷く傷ついた父や、仲間たちを見て、まだ幼いながらも怒りに肩を震わせて、曲刀を備えて向かって行った。しかし一族最強だった父が無残にもやられたというのに、カミュが勝てるわけがなかった。

カミュの行動に青ざめたリグンドは、必死で痛む体を動かして、デザートトータスの攻撃を防ごうと思ったが間に合わない。容赦なくデザートトータスの鋭い爪がカミュを襲う。

カミュも、初めて本気の殺意が込められた攻撃に死の予感を感じてしまい、全身が硬直する。

誰もがカミュは殺されると思った。しかしその時、シヴァンがギリギリで彼の前に現れ庇う。

しかしそのせいで、シヴァンは右足に大きな傷を受ける。

その上、まだデザートトータスの攻撃は止まず、今度は毒の尾で攻撃してくる。

シヴァンは力を振り絞ってカミュを抱えて、その場から遠ざけるように投げ飛ばす。

そして上手いこと尻尾をかわして後ろへ飛ぶが、次の瞬間、足元から 蔓(つる) のようなものが生えてきて、足を絡めとられ拘束される。

すかさずシヴァンは魔法だと判断し、魔力の流れを追うと、ローブの人物から放たれていることが分かった。しかもただの蔓ではなく、物凄い魔力が込められているのか、ビクともしなかった。

逃げようとしてもがくが、先程の尾から毒液がブシャァッとシヴァンに向けて放たれる。

放出された毒液が両目の周辺にかかってしまい、まるで炎の中に眼球を投げ入れたかのような激痛と熱を感じる。

トドメを刺そうとデザートトータスは再び毒の尾を仕向けるが、彼に当たる瞬間に尾が切断された。

そして即座にシヴァンを拘束している蔓も断ち切る。それを見たローブの人物は「ほう」と感心したような声を上げていた。

彼を救ったのは、痛みと疲労に息を乱しているリグンドだった。

その手には黒刀が握られている。だが次の瞬間に、その双刀を鞘に納めてカミュの方へ投げ飛ばす。そして下に落ちてある曲刀を手に取ると構える。

彼はシヴァンを連れて逃げるように他の仲間たちに言う。即座にシヴァンを回収してその場を離れようとするが、カミュはジッと父の背中を見つめていた。

『早く行け!』

『とうちゃん!』

カミュは行きたくはなかった。

満身創痍の父親では、勝ち目が無いことは感覚で理解できていたのだ。父は自分たちが逃げるまでの時間を稼ぐつもりなのだと。

『判断を誤るな!』

『……っ!?』

『お前は俺の息子だろ! だったら今すべきことを間違うな!』

『と、とうちゃん……』

カミュは父の言葉に体を震わせながらも、地面に落ちている双刀を拾い上げる。重いと感じながらも、その場を離れようとするが、

『逃げるのか?』

とても暗く、そして妙に耳の奥に響く低い声が届く。

その声の主は、間違いなくデザートトータスの甲羅の上に立っているローブの人物だった。

『父を捨てて、無様に逃げのびるか。……それも面白いか』

『……おまえ……』

カミュは拳を握りしめて睨みつける。

フードで顔も覆っているのだが、微かに頬に十字傷があるのを確認できた。

『カミュ!』

父の言葉でビクッとなり我に返る。

『……いいかカミュよ。一族は……その双刀と共にお前に託す』

『とう……ちゃん……』

そして痛みで辛いはずの表情を崩してニカッと笑う。

『忘れるな。お前は俺の息子だ! だから必ず!』

『…………』

『必ず……良い男になる』

目に涙が溢れる。

『行け……みんなを……頼んだぞ』

もう振り返らなかった。そのまま刀を抱えてその場から必死に走って離れた。

住んでいたオアシスを放棄して、かなり遠いが、新しいオアシスを見つけてそこに拠点を置いたのである。

期待しながらリグンドの帰りを皆が待ったが、砂漠を見回っていた仲間たちからの報告を聞いて愕然とした。

リグンドと同じ姿の生物を発見した。それだけ聞けば彼が生きていたと喜ぶべきことなのだが、次の言葉で全てを裏切られた気分になった。

『リグンドから毒の尾が生えている』

調べたところ、彼はデザートトータスに食べられ、吸収されたようだった。

しかも姿が変化し毒々しい紫色の肌をして、毒の尾や鋭い爪などが生えたリグンドの姿に変わったのである。

その事実に皆がショックを隠し切れなかった。仲間たちが発見した時、まだ微かにリグンドの意識があったらしく、彼から安全な場所を聞いた。

どうやら最後の力を振り絞って、デザートトータスの行動範囲に制限をかけることに成功したのだ。

これは彼の魔法によるものなのだが、何とか結界を施すことができて、そこからデザートトータスを出さないようにすることができた。

だがそれもいつまで持つかは分からない。

ここには摂取できるモンスターが多いので、わざわざカミュたちを探すまでもしないとのことだ。

ローブの人物は、「用は済んだ」と口にし、どこかに姿を消したようなので、一応の安心はできることも分かった。

しかしわざわざ探さないと言っても、結界内を荒らしたりすれば、デザートトータスの本能を刺激して暴れ出すことがあるかもしれない。だからできればそっとしておくようにと言われた。

シヴァンはリグンドの話を吟味し、彼の言う通りデザートトータスに触れない生活を志そうとした。

だがもちろん、ずっとそのままにできないと思い、何とか彼を治せないか皆で考えたのだ。

しばらくして砂漠に旅人が現れ、その旅人が結界内に入りデザートトータスを刺激した結果、様子見をしていた『アスラ族』の存在に気づき、そのとばっちりを受けてデザートトータスに殺されかけた。

そのことから、砂漠に入って来た者たちを自分たちが排除しようと決断したのだ。もしデザートトータスを本気で怒らせ、結界が効かなくなれば、今度こそ自分たちに牙が向く可能性があるのだ。

だからこそ『アスラ族』は砂漠の門番となって、いつかリグンドが元に戻ることを信じて、その方法を探しつつ今まで過ごしてきたのだ。